ソフトウェアプロダクトラインのアジャイル開発方法論に関する研究

 
林 健吾
(株)デンソー AD&ADAS技術4部 マネージャ

[背景]多様な製品の俊敏なソフトウェア開発
[問題]複雑化した並行開発における管理性の悪化
[貢献]多様性と俊敏性に対応する開発方法論の提案


 本研究は,ソフトウェア工学において,多様なソフトウェア製品を開発するためのソフトウェアプロダクトライン工学(以下,SPLEと略記)と俊敏な開発を実現するためのアジャイル開発(以下,ASDと略記)という2つの技術領域の統合に関する研究である.従来,多様な製品を効率良く開発する技術体系としてSPLEが研究され,組込みシステムを中心に実際の製品開発に適用されてきた.一方,市場への新製品の迅速な提供や不確定性への適応を目的として,開発単位を細粒度に分割して反復型プロセスで開発するASDが独立して研究され,企業情報システムを中心に実際の開発へ適用されてきた.しかし,この2つの技術体系は一般に独立しており,その統合についての試みはあったが,体系的な統合についての研究は課題であった.

 本研究では,SPLEとASDを統合したAPLE(アジャイルプロダクトライン工学)の開発方法論を自動車システムのソフトウェア開発の実プロジェクトに適用し,その結果から,多様な製品を俊敏に開発する提案開発方法論の有効性と妥当性を示す.ポートフォリオマネジメントを指向したAPLEの開発方法論を提供することで,各分野のSPL(ソフトウェアプロダクトライン)のコンテキストへの適用を可能とし,SPLEを運用する組織に対して包括的に管理可能な開発活動の推進に貢献する.本研究の成果はソフトウェア工学の発展に関して,次の3つの点で貢献する.(1)従来,個別に研究されてきたSPLEとASDの2領域を統合した新たな開発方法論を創出したこと.(2)APLEを実現する開発方法論を,プロセス,アーキテクチャ,マネジメントにわたる包括的技術体系として提案していること.(3)提案開発方法論を実際の自動車ソフトウェアプロダクトライン開発に適用し,多面的な評価尺度を設定してデータを収集し,その効果を定量的に評価していること.

 本研究では,SPLEにおける複数のプロダクトラインを対象として,複数のプロダクトラインを跨いで横断かつ共通して現れる可変性(製品ごとに可変させて切り替える開発要素)に着目することにより,ASDにおける細粒度で反復して開発するモデルがSPLEへ適切に統合できるプロセスの構造を発見している.これに基づき,開発プロセス,アーキテクチャ,可変性の制御の3つの技術的側面から開発体系を提案している.

 開発プロセスでは2層のイテレーションプロセス構造を備えたSPLEのためのASDを提案する.これまで,ASDでは短期開発プロジェクトへの適用が想定されていない.そこで,複数の開発プロジェクトを包括的に開発対象とすることでASDをSPLEのアプリケーション開発に適用可能とし,生産性の測定や開発量の推定能力を高めることで複数製品の開発を包括した管理性を向上する.

 アーキテクチャに関しては,アプリケーション開発をドメイン開発と並行開発できるアーキテクチャへのリファクタリング方法を提案する.これによって,可変性を開発ビューレベル(開発における構成管理上のファイル配置)でモジュール化し,ドメイン開発とアプリケーション開発間や,アプリケーション開発アクティビティ間の衝突を抑制し,開発アクティビティの並行化を実現する.並行開発を実現することで,開発資源の割当て制約を軽減し,開発の管理性(人的資源・開発環境の配置計画とリスクコントロール,開発資産の運用など)を向上する.

 可変性の制御に関しては,可変性をモデル化して構造化することで可変点の開発の順序制約を明らかにし,独立した開発単位の集合にプロジェクトを分割する方法を提案する.開発プロセスを一括したウォータフォール型開発から分割した反復型のASDに移行することで,テスト環境などの資源消費を平準化して資源不足による開発量の変動を抑え,開発全体の管理性を向上する.

 この開発体系を,顧客要求に基づき制御し,ビジネス戦略との整合を実現するポートフォリオマネジメントの概念を導入している.提案方法を実際の自動車ソフトウェア製品の開発へ適用し,提案方法の妥当性,有効性を示している.


 

 (2018年5月25日受付)
取得年月日:2018年3月
学位種別:博士(ソフトウェア工学)
大学:南山大学



推薦文
:(ソフトウェア工学研究会)


本論文は,個別研究分野とされてきたソフトウェアプロダクトライン工学とアジャイル開発を統合した新しいディシプリンを提案し,プロセス,アーキテクチャ,マネジメントの3領域でその実現技術を提案した.提案技術を実際の自動車ソフトウェア開発に適用して効果を示した.本成果はソフトウェア工学の発展に貢献する.


研究生活


会社職場での研修をきっかけにソフトウェア工学の研究分野に入りました.開発現場は研究課題に溢れています.業務と研究の両立は大変なところはありますが,実践したデータで直に検証することができる環境であることには魅力があります.研究における仮説の誤りは自らの製品開発の失敗に直結するというリスクもプレッシャーとなる中,新たな開発方法に取り組んでくれた開発メンバに感謝します.

本研究を進めるにあたりご指導をいただいた青山幹雄教授,ならびに,ご指導賜った研究,職場の方々に感謝します.今後も現場でソフトウェア工学の研究成果を実践するとともに,新たな知見を世の中に発信することで貢献できるよう精進していきたいと思います.