A Study on Pervasive Health Monitoring for Heat Stroke Prevention Using Wrist-worn Devices

(邦訳:腕装着型センサを用いた熱中症予防のためのヘルスモニタリング技術に関する研究)
 
濱谷 尚志
(株)NTTドコモ

[背景]個々の生体情報に基づく熱中症予防の重要性
[問題]深部体温と脱水量を把握する技術の開発
[貢献]腕装着型センサを活用し深部体温推定と飲水量推定を実現

 近年の地球温暖化や熱波の影響により,熱帯および亜熱帯諸国では熱中症予防が喫緊の課題となっている.我が国でも,環境情報に基づく活動ガイドラインの提供がなされており,これを参考に運動負荷や運動時間を調整することで熱中症対策が行われている.しかしながら,同じ環境で同じ運動を行う場合においてもそれぞれの人の体温の上昇度合いは異なるため,熱中症が生じ得る条件も人や環境条件によって異なる.本研究では腕装着型デバイスと環境センサ(温度,湿度,日射など)を用い,運動中の個々人の身体中枢の体温(深部体温)や脱水の状況を高精度に把握する技術を開発することで,熱中症予防や予兆検知を実現する.

 第一に,腕装着型センサと環境センサから得られる計測値を用いた運動中の深部体温推定手法を開発している.開発手法では生体温熱モデルに基づき人の体温変化のシミュレーションを行い,発汗量や血流量といった体温調節機能の個人差を合計3,200通りのパラメータ組でモデル化し,その中から腕装着型デバイスで計測した体表温度の変化を最も忠実に再現するパラメータ組を探索し,そのパラメータ組を用いて深部体温の時間的変化を高精度に推定する.提案手法により運動中に利用者の負担が少ない深部体温推定が実現可能であり,さらにその日の実測データに基づくパラメータ値を推定することで,環境や体調の違いなどを考慮した深部体温推定が可能になる.

 第二に,複雑な環境条件や運動負荷の変化に対応する深部体温の推定性能を向上させるため,発汗量や血流量の変化など実際の人体の反応における遅延を表現するパラメータ二種を生体温熱モデルへ導入している.さらに,屋外運動における日射,風の影響および飲水による影響を定式化し,モデルに組み込んでいる.このモデルでは,運動開始時に鼓膜温度計を用いて簡単に計測可能な深部体温の実測値を用いてパラメータ調整を行い,エアロバイク運動,歩行,走行およびテニスにおいて収集したのべ120時間のデータセットにおいて,平均絶対誤差0.3度以内で深部体温を推定可能であることを明らかにしており,休憩を含む多様な運動においても深部体温の推定を可能としている.さらに,深部体温が過度に上昇した際に警告を生じるシステムを開発し,深部体温の推定誤差を前もって勘案しておくことで,高温状態を高精度に検出できることを示している.

 第三に,脱水予防のために腕装着デバイスを用いた飲水量の推定手法の開発を行っている.腕の動きによって得られる慣性センサの読み取り値に対し,二段階スケールでの行動認識を実施することで,日常生活における多様な行動の中から飲水を行っている区間,さらに実際に飲水を行っているジェスチャの認識を行う.さらに,実際に飲水を行っている区間における飲水継続時間と飲水姿勢の両方を考慮した飲水量推定モデルの提案により,日常生活における飲水量の継続的なトラッキングを可能にしている.本研究は,日常生活と同等のセンサ装着環境における飲水量の推定において,有効性のあるアプローチを示している.

 
 (2018年5月28日受付)
取得年月日:2018年3月
学位種別:博士(情報科学)
大学:大阪大学



推薦文
:(モバイルコンピューティングとパーベイシブシステム研究会)


本論文では,熱中症予防のため,腕装着型デバイスを活用した研究に取り組んでいる.熱中症の兆候を早期にとらえるため,深部体温を非侵襲的に推定する手法を考案するとともに,脱水を予防するため飲水行動・飲水量の推定法を提案しており,本研究会の研究を反映した斬新かつ将来性の高い研究として推薦する. 


研究生活


本研究を進めるにあたり,指導教官である東野輝夫先生をはじめ,多くのご支援をいただきました.ここに改めて御礼申し上げます.研究開始当初より,熱中症という社会問題解決のため,やり甲斐を持って研究に努めることができました.成果が出ない時期もありましたが,諦めずに挑戦した経験が今に活きていると実感しています.これからは一企業人として,大学で身につけた専門性を活かし,日本の科学技術発展に貢献できるよう努めてまいります.