熱溶解積層方式3Dプリンタの表現力拡張と造形手法に関する研究

 
高橋 治輝
明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科 助教

[背景]ディジタル・ファブリケーションの普及と3Dプリンタの表現力
[問題]製造のための熱溶解積層方式3Dプリンタからの脱却と表現力拡張
[貢献]造形手法の提案と造形例を提示して表現の道具のための3Dプリンタについて議論


 製造方法のひとつとして開発された3Dプリンティング(付加製造法)は,製造サイクルの高速化,低コスト化などに貢献している.3Dプリンタと関連技術は一般ユーザへと一気に普及し,工作機器の低価格化や小型化,コミュニティの発達も伴って,ものづくり革命と呼ばれるムーブメントが世界中に広まった.このようなコンピュータと接続されたディジタル工作機器を用いた製造体制は「ディジタル・ファブリケーション」と呼ばれている.

 本論文は,熱溶解積層方式3Dプリンタの表現力拡張とその表現を活用するための造形手法に関する研究成果についてまとめたものである.この工作機器をいったん「製造」から切り離し,表現の道具として用いる環境を考える.そして,素材の抵抗によって技法が生まれる「メディウムスペシフィック」という考え方のもと,この方式に特有な表現を探求する.3Dプリンタの素材としての抵抗のひとつは「造形エラー」として現れている.ノズルから押し出された樹脂は,安定して積層されていくことが期待されているが,その一方で,深刻なエラーを引き起こすことがある.こういった特殊性が歓迎されず,素材の特殊性を極力廃して常に均一な結果を得られることが良しとされているのが現在の3Dプリンタである.本研究は,形式化された熱溶解積層方式を見直して,3Dプリンタができることと人間が3Dプリンタを使ってできることの拡張を目指したものである.

 各章は,熱溶解積層方式3Dプリンタの特殊性の観察とその調査,技法の確立とこれを制御・活用するためのデザインシステムを実装するという構成である.まず,造形中の熱溶解積層方式3Dプリンタを一時停止させると樹脂が溢れる現象を調査し,樹脂溢れで造形物を彩る造形手法の構築を試みる.溢れ出させる個所を指定するドローイングツールを実装し,造形物の表面のデザイン表現を可能とした.次に,柱の間に橋を渡すような構造の造形可能性に注目し,空中に安定した水平面を作り出す造形手法の構築を試みる.水平面を駆使したレイアウトシステムを実装し,造形領域を最大限に活用することを可能とした.そして,熱溶解積層方式3Dプリンタを制御するパラメータに注目し,これらを広範囲かつ網羅的に探索し,組み合わせた際に生まれるさまざまな構造を造形に活用する.各構造を作り出すパラメータを与えることで,3Dモデルを処理可能なスライサソフトウェアを実装し,動物の毛並みのような質感や手作り感を付与することを可能とした.これらの具体的な造形手法を踏まえて,パラメータ探索という観点から,これらの造形手法と先行研究を整理する.パラメータ制御によって生まれる構造が熱溶解積層方式の素材としての特殊性であり,パラメータを「探索する」ことが,この方式の表現を追究することであると考え,パラメータ探索のためのシステムを提案する.パラメータによる熱溶解積層方式の振る舞いを探索し,その結果を造形手法として活用するものづくり環境について議論する.

 

 
 (2018年5月31日受付)
取得年月日:2018年3月
学位種別:博士(工学)
大学:明治大学



推薦文
:(ヒューマンコンピュータインタラクション研究会)


熱溶解積層方式3Dプリンタの表現力に着目した研究であり,具体的な造形手法によって表現力拡張を実現し,造形例でそれぞれの有効性を示した.さらに,この造形手法に通底するパラメータの重要性に注目し,パラメータ探索手法を提案した.HCIの立場から3Dプリンタにできることや素材としての特殊性を追究した優れた論文である.


研究生活


音楽やGUI研究などの研究テーマを転々とし,行き着いたところがディジタル・ファブリケーションに関する研究分野でした.研究システムの実装や文献調査,原稿執筆はもちろんですが,3Dプリンタをはじめとするハードウェアの制御を学んだり,自身で手を動かして作例を出力したりと,取り組まなければならない内容が盛りだくさんで苦労しました.一方で,研究アイディアを実装して,実際に造形できたときの感動や地道な作業が報われる瞬間を数多く体験できました.こうしたものづくりの醍醐味を味わいながら研究生活を送ることができたことは私にとって貴重な経験です.充実した研究環境とアドバイスをしていただいた宮下芳明先生に心から感謝申し上げます.今後も自身の研究を発展させていけるように精進いたします.