生活支援のための認知的傾向を考慮した情報提示技術に関する研究

双見 京介

立命館大学情報理工学部 助教

[背景]情報提示系ユーザ支援システム(提示系システム)の生活全体への普及
[問題]人の精神の持つ傾向のルールについて,提示系システムが理解不足
[貢献]提示系システムの高度化
 
 本研究では,情報提示を介してユーザを支援するシステムを“情報提示系ユーザ支援システム”(以降では提示系システム)と呼ぶ.近年,コンピュータを常時装着するウェアラブルコンピュータや偏在させるユビキタスコンピュータの普及が現実のものとなってきた.これに伴って提示系システムの役割は,卓上事務などの限定場面における便利化から,生活全体において心身を充実化させる方向に向かい始めた.

 このような方向に提示系システムが向かうにあたり,現状の課題は,人の精神のルールの理解不足にある.現状の提示系システムは情報処理作業にまつわる便利化をあらゆる場面で実現できる.それは,認知の効率に関する人のルールや,情報処理の機構に関する自然のルールをこれまでに獲得してきたからである.しかしながら,心身の充実化のような精神活動の伴う目的を実現するためのルールは獲得していない.たとえば,ある心身の活動を記録して他者と共有閲覧したい人がいた場合,簡便に記録・通信・閲覧ができる情報処理機構は実現できるが,その活動における満足・継続・上達を生むといった,心身の状態や能力を向上・充実させる主目的の実現は,正しく支援できるか分からない.そのためのルールを理解していないからである.現状の提示系システムが人の精神ルールを理解せずに生活全体へ普及しても,人の目的を正しく支援できないばかりか害する危険もある.一方,もし正しく精神ルールを獲得できれば,きわめて高度で前衛的な人の目的も支援し,実現させるはずである.

 この背景から本研究では,情報提示系ユーザ支援システムの高度化の推進を,心理や認知の傾向の観点からユーザの精神のルールを考慮することにより行った.戦略目標を,1 作業,2. 行動・活動,3. 精神に関する支援目的を高度に達成する提示系システムとし,セルフマネジメントシステムとして具体化した.

1. 作業においては,精神ルールを考慮して作業結果を向上させる提示系システムの構想に取り組んだ.具体的には,容姿管理のためのセルフヘアカット支援として,視点代行テレプレゼンスロボットを用いて,提示映像内の自己動作の所有感を精神性錯覚を排除しつつ高めることで,散髪結果を向上させるシステムを開発した.

2.行動・活動においては,行動・活動における主目的を実現するための精神変容をより積極的に起こす提示系システムの構想に取り組んだ.具体的には,健康管理のための運動量増加支援として,標的行動についてのモチベーションを向上させるために競争経過情報にフィクションを混ぜる競争プラットフォームの開発と,標的行動についてのマインドセット(ここでは暗黙的な達成基準を指す)を変容させるために自分の過去達成程度にフィクションを混ぜるライフログシステムの開発を行った.

3. 精神においては,心身の能力や状態を簡便・即座に拡張させる提示系システムの構想と,精神の特徴を考慮して最適な支援を行う提示系システムの構想に取り組んだ.具体的には,スポーツなどの本番時を対象にした精神管理支援として,体験と知覚情報の条件づけを利用して、メンタル機能を向上させる知覚刺激を自動で生成・提示するシステムを開発した.加えて,性格からわかる精神特徴を考慮して個人ごとに最適な情報提示を行うための支援効果予測システムを開発した.

 装着や偏在によって人々の生活に同化した先のコンピュータは,これまでになかった高度な目的を実現するために,人の精神ルールを獲得していく.そして,人と精神の観点で調和したコンピュータは,物質的な便利化を提供する道具を超えて,心身の充実化のために人と協働するパートナーとなる.このようなコンピュータを”Digital Spirits Computer”と本研究では呼び,その実現を提示系システムで推進した.

 
 

(2018年5月31日受付)
取得年月日:2018年3月
学位種別:博士(工学)
大学:神戸大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本論文では,心理や認知といった人の内的特性を考慮した情報提示を軸に,生活におけるセルフマネジメント支援手法を提案・評価し,内的特性考慮によるユーザ支援サービス拡張について議論している.エンタテインメントサービスにも今後応用できる内容の本論文を,エンタテインメント技術の発展に貢献すると考え,推薦する.


研究生活


研究テーマには,できたら嬉しいと思ったことを先生達と選びました.見返すと,生活を快適にするために,自分の心と体の状態や能力を,良くする技術や,意のままにコントロールする技術が,欲しかったのだと思います.科学とコンピュータの情報提示には,このような願いを叶える力がある,と考えています.

最も苦労したのは,研究構想や開発物の説明でした.これらは当時の私が遂行するにはパワー不足だったように思います.バッチリとした説明がいつまでたっても完成しないことは,時間的な消耗に加えて,地に足付いた研究をしなさいという就活時の手厳しい指摘や,競争結果の改変は道理に反するからやめなさいといった査読のリジェクトに繋がりました.今後クリアしていくべき課題です.

本研究を通して随分と青春と冒険をさせていただきました.ご支援いただいた先生方,研究室や外部組織や親族の皆様には深く感謝申し上げます.これまでの経験を活かし,今後も本研究の続きを楽しみ勇んで推進します.