局面難易度推定法の提案および名人の大局観や名局の感性評価への応用

 
竹内 章
日本電信電話(株) 主任研究員

[背景]人工知能の一分野としてのコンピュータ将棋の進歩
[問題]名人レベルの大局観および棋譜の感性評価
[貢献]投了識別や名局判定のアルゴリズム
 
 本研究は,エキスパートが経験的に培ったスキルや感性をコンピュータが理解し実現するために必要とされる新たな指標および汎用的モデルの提案を目指した.本研究においては,コンピュータ将棋という専門分野を対象とした.コンピュータ将棋は勝負に対する強さという観点ではトッププロ棋士レベルに到達したと思われるが,大局観による柔軟な戦略や美観を尊重した投了など,その道を究めた人にしかできない領域があった.本研究では,名人レベルの大局観を理解するために必要とされる新たな指標と,その指標を推定するための計測・解析方法を提案した.また,その指標を用いた応用モデルを検証することによって,提案手法の有用性を示した.

 新たな指標を発想する原点として,古くから提案されていた「共謀数」が探索木を本質的に捉える概念であると着目した.コンピュータ将棋の技術は,人間の読みに相当する探索アルゴリズムと人間の大局観に相当する評価関数とに大別され,それぞれの進歩によって棋力が向上してきた.探索アルゴリズムと評価関数が究極的なものになったときの探索ノード数が「共謀数」に相当することから,その近似になり得る難易度推定法を提案した.

 着手決定の難易度推定法においては,ウインドウを有利な側のみにした探索におけるノード数を計測する.この計測値を定量的な指標とするため,探索アルゴリズムを調整して有効分岐因子に変換することを提案した.駒落ち対局の初期局面を分析した結果,深く探索するに従い,またハンディキャップを大きくするに従い,難易度が低下することを検証し,形勢に差がついた局面の難易度推定に適していることを確認した.さらに,プロ棋士を特定した棋譜を用いて検証した結果,有効分岐因子によって投了識別性能が向上することを確認し,提案する難易度推定が投了識別に応用できることを明らかにした.

 形勢判断の難易度推定法は,より実践的な手法であり,通常の探索におけるリーフノードの評価値の正/負の比率を計測する.共謀数がルートノードの評価値に与えるリーフノード群の評価値の影響を示すことから,ルートノードの評価値とリーフレベルの評価値との相関分析を行う推定手法を提案した.棋力に相当する探索ノード数をパラメータとして駒落ち対局の自己対戦を分析した結果,適切な手合いの対局において,バランスのとれた好局を識別できることを確認した.また,ゲームの進行に対する難易度の推移を解析した結果,ポイントとなる局面で難易度が高く推定され,プロ棋士等の評価と一致していることを検証した.さらに,プロ棋士により名局として選ばれた棋譜は,相対的に難易度が高いことを示し,提案する難易度推定が名局判定にも応用できることを明らかにした.

 

(2016年6月10日受付)
取得年月日:2016年3月
学位種別:博士(情報科学)
大学:北陸先端科学技術大学院大学



推薦文
:ゲーム情報学研究会


本研究では,大局観と呼ばれる長期的かつ全体的な視野に基づいて局面の形勢判断をする感覚や,棋譜鑑賞の観点から名局と評価できる感性のモデル化に取り組んだ.見込みのない局面の早期認識に基づく名人の投了メカニズムの解明等,従来分からなかったプロ棋士の思考の解明へ向けての重要な貢献である.


著者からの一言


社会人コースで本業とは異なる趣味の分野での学位取得ということもあり,あまり時間をかけることができなかったため検証不足のところもありますが,飯田教授をはじめとする指導教員および外部審査員の先生方から適確なご助言をいただき効率良く論文にまとめることができました.改めて御礼申し上げます.