Shape and Optical Parameters Determination of Thin Film Objects

(邦訳:薄膜物体の形状と光学パラメータの推定に関する研究)
 
小林 由枝

(株)富士通研究所

[背景]文化遺産,工業製品のディジタル展示
[問題]薄膜を表面に有する対象の形状と色彩の取得
[貢献]既存手法で計測困難な対象の形状・色彩取得を行った
 
 コンピュータビジョンにおいて実世界の物体をモデリングすることは重要な課題である.実物体のモデリングはゲーム,映画,文化遺産のディジタル保存などさまざまな面で利用されている.しかし,実物体は散乱,吸収,回折,屈折,干渉などさまざまな反射特性を持っており,モデリングが困難なものが多い.実物体の反射特性の中でも干渉は,工業製品,螺鈿装飾などの文化遺産で見られ,そのモデル化はバイオや考古学分野への応用が期待される.しかし,シャボン玉のように干渉は,その色彩が光源・視線方向に対して大きく変化するため,特にモデル化が難しい.

 近年のコンピュータグラフィックスでは,薄膜干渉を物理モデルに基づいてレンダリングする手法が提案されており,それらは実物に近い色彩を再現できることが実証されている.しかし,物理モデルのパラメータである薄膜の屈折率,膜厚を手動で設定しているため,実物体をモデル化するにはこの2つのパラメータを求める必要がある.光学分野では,膜厚計測手法として分光干渉法やエリプソメトリといった手法が提案されている.一般的にこれらは,シリコンウェハの成膜検査に用いられており,対象が平面でスポットの計測であるため,複雑な形状を持つ物体には適用が難しい.

 これらの課題点を解決するため,本研究では複雑な形状とその表面に薄膜を有する物体の非接触・非破壊計測を行い,薄膜の屈折率・膜厚,形状を推定することで対象のモデル化を行う手法の提案を行う.提案手法では次の3点について提案を行った.
 (1)薄膜物体の形状の推定
 (2)薄膜の屈折率・膜厚の推定
 (3)薄膜物体の全周反射率の計測装置の開発

 薄膜物体の形状復元では,まず入射角の推定を干渉の強め合いにより生じる反射率の極大値が出射媒質の屈折率と入射角に依存することを利用し推定を行った.次に方位角の推定では,対象を凸形状と仮定し,偏光解析により得られる方位角の曖昧性の除去を行った.

 屈折率・膜厚の推定では,干渉の強め合いにより生じる反射率の極大値の波長の整数倍が屈折率・膜厚により表される光路差に該当することから,候補となる膜厚の範囲を絞り計測反射率と反射率モデルとの二乗誤差最小化により推定を行った.

 最後に,対象となる薄膜物体の反射率を計測では,薄膜の反射特性を用いることで観測可能な全周反射率を一度で取得できる装置を開発した.薄膜干渉は,入射角と反射角が同一となる場合に生じるため,一度にさまざまな方向から光を当てても干渉が生じるのはある一定の角度と決まっている.したがって,全方向から一度に光を当てることで対象の反射率を一度に計測できる.

 実験により提案手法は計測誤差により推定精度に影響を受けることが分かった.そのため,計測精度の高いスペクトルメーターのような機材を用いれば,入射角1度未満,膜厚が計測機器のバンド幅程度となり,有効な手法であることか分かった.

 
 

(2016年6月27日受付)
取得年月日:2016年3月
学位種別:博士(情報理工学)
大学:東京大学



推薦文
:(コンピュータビジョンとイメージメディア研究会)


本論文は,薄膜物体の表面上で生じる干渉縞を物理モデルに従って解析することで,法線方向や膜厚を推定する新しい手法を提案している.一般的なカラーカメラだけではなく,ハイパースペクトルカメラを用いた場合の解析にも取り組み,その成果はトップカンファレンスであるCVPRにも採択されるなど,国内外で高く評価されている.


著者からの一言


推薦いただきありがとうございました.これまでご指導いただいた先生方,研究室の皆さま,家族の支えのおかげで博士号の取得ができたと思っております.今後も研究活動に精進し,社会に貢献したいと考えております.