アプリケーションルータにおける情報抽出およびテーブル検索のアクセラレーションに関する研究

 
八巻 隼人
電気通信大学 助教

[背景]ルータによる高度な通信制御への注目
[問題]アプリケーションルータの3つの性能的課題
[貢献]広帯域ネットワークへのアプリケーションルータの適用


 高度情報化社会の進展に伴い,インターネットのあり方は大きく変化した.IP電話やファイル共有,スマートグリッド等,さまざまなアプリケーションがインターネット上で実行される.このような中で,インターネットにおける情報処理システムは成熟し,従来の至上命題であったスループットの獲得のみならず,ネットワーク利便性の向上やトラフィックの削減,消費電力の削減といった役割が求められるようになった.

 このような要求に対し,現在のエンドツーエンド原理を基にしたネットワーク処理がもたらす解決策は最適であるとはいえない.近年のインターネットでは,通信ノードが状況に応じて動的に変化するアプリケーションが増え,必ずしもエンドツーエンドにおいてネットワーク処理を行うことが最適ではなくなっている.そこで,通信内容まで踏み込んだパケット解析機能をルータが有することで,ネットワーク経路上においても高度に通信を制御可能とするアプリケーションルータが注目されている.

 アプリケーションルータは,通信内容やコンテンツ情報を含むパケットペイロードまで踏み込んだ情報抽出・解析を行うことで,IoTにおける情報処理や,ネットワーク型侵入検知システム,動的な負荷分散といった今後のインターネットに必要とされるさまざまな機能をネットワーク経路上で提供できる.しかしながら,アプリケーションルータには3つの性能的課題が存在する.

 まず1つに,GZIP圧縮されたネットワークデータの展開処理がある.GZIP展開は処理の複雑さから数Gbpsの達成が限界であった.次に,パケットのペイロードに対する文字列探索処理がある.文字列探索処理もGZIP展開と同様に,処理工数の多さから数Gbpsの達成が限界であった.最後に,テーブル検索処理がある.アプリケーションルータでは,情報解析結果をもとに各種テーブルのエントリ追加や変更を頻繁に行うため,従来のルータよりもテーブル検索にかかる負荷が増大する.これら性能的課題によって,既存のアプリケーションルータは10Gbps以上の広帯域ネットワークに適用することが困難であり,実用性の低さから普及に至っていない.

 そこで本論文では, 3つの性能的課題それぞれを解決するアーキテクチャを提案した.まず,ハードウェア並列性を活かした高速なGZIP展開機構を提案し,最大で25Gbpsの処理性能を得た.現在のGZIP圧縮適用率が5.5%程度であることから,本機構により400GbpsネットワークにおけるGZIP展開処理が可能となった.次に,ラビン-カープ法を基にした文字列探索処理のフィルタリング機構を提案し,文字列探索処理負荷を96%程度削減できることを示した.既存の文字列探索スループットが最大で7Gbps程度であることから.本機構を用いることで100Gbpsネットワークにおける文字列探索が可能となった.最後に,ごく小規模なキャッシュを用いたパケット処理機構を提案し,従来の17.9%の消費電力で400Gbps以上の処理性能が得られることを示した.これらにより,アプリケーションルータのパケット処理全体で100Gbps以上の処理性能が得られることを示した.
 


 
 (2016年6月6日受付)
取得年月日:2016年3月
学位種別:博士(工学)
大学:慶應義塾大学



推薦文
:(システム・アーキテクチャ研究会)


本論文は,パケットのレイヤ7解析を用いて高度なサービスを提供するアプリケーションルータの,処理ボトルネックの解決に焦点をあてている.キャッシュやハードウェア並列化を用いた新たな高スループット処理アーキテクチャを提案しており,今後のネットワーク研究に大きく寄与する研究である.


著者からの一言


指導教員の西先生のご指導があり,ここまでこれたことを深く感謝しております.近年はIoTに関する活発な動きもあり,とにかく進歩が速いインターネットの世界ではありますが,それだけにこの研究にはやりがいを感じます.今後も研究に励む所存です.