山本 享弘 (株)コア 先端組込み開発センター 技術主任技師 |
[背景]スマートフォンを利用した実空間情報の収集
[問題]センシングアプリケーション実行時の消費電力増大とユーザ操作性低下
[貢献]携帯電話端末におけるリソーススケジューリング手法
近年,スマートフォンに代表される携帯電話において,GPSや加速度センサ,角速度センサなど多彩なセンサの搭載が進んでいることを背景に,携帯電話を利用してセンサネットワークを構成する携帯電話センシングの研究が行われている.センサとCPU,無線通信デバイスを具備する携帯電話をセンサノードとして利用することで,広範囲に渡る実空間情報をこれまでにない粒度と量で収集することができる.本論文では,携帯電話センシングを実現するための端末ソフトウェア基盤技術であるPBTP (Piggyback Transport Protocol) とLW-LBE (Lightweight Lower-than-Best-Effort)について論じた.
PBTPは,センシングアプリケーションがセンサデータをアップロードするときに生じる消費電力を削減する技術である.携帯電話では通信を完了しても一定期間データ通信用チャネルを保持することに着目し,ユーザがブラウザを眺めている間などユーザ操作によって発生した通信セッションの期間を利用してセンサデータを転送する.ユーザの通信セッション中に存在する通信デバイスの空き時間を利用してセンサデータを転送することで,通信デバイスの駆動時間増大を抑制する.携帯電話センシング以外の既存アプリケーションに変更を加えることなく省電力転送を実現するために,通信の開始と終了の検出は通信プロトコルレベルで行う.携帯電話の消費電力モデルとユーザの通信トラヒックモデル,センサデータのトラヒックモデルを適用してシミュレーションを行った結果,既存手法以上の省電力効果が得られることを示した.また,省電力転送エンジンをAndroid端末に実装して評価することで,携帯電話センシング以外のアプリケーションに変更を加えることなく消費電力の削減が実現できることを示した.
LW-LBEは,センシングアプリケーションがバックグラウンドで実行されているときのユーザ操作の遅延を抑制する優先制御技術である.P2Pなどのバックグラウンドトラヒックが増大するインターネットの分野で研究が進められている低優先度通信に着目し,携帯電話上で低優先度通信を実現することによってユーザ操作の遅延削減を実現した.低優先度通信では,バックグラウンドのアプリケーションにベストエフォートよりも低い優先度を割り当てるため,ベストエフォートで動作するフォアグラウンドアプリケーションには変更を加えることなく優先制御を実現することができる.ただし,携帯電話上でパケットの優先制御を行うに当たっては,通信プロトコルがソフトウェアによって実現されることから,割り込みがタスクよりも優先して実行されることによるパケットの優先度逆転を抑制する必要がある.LW-LBEでは,オーバヘッドの小さいソフトウェア割り込みハンドラを優先度ごとに割り当て,タスクとソフトウェア割り込みハンドラの実行順序をパケットの優先度に沿って制御することで,パケットの優先度順に処理を実行する動作を実現する.Android端末に実装して評価した結果,フォアグラウンドアプリケーションの遅延時間を既存手法と同レベルまで抑制しつつ,既存手法よりも少ないCPU負荷で優先制御を実現できることを示した.

図 LW-LBEの全体像
(2012年8月31日受付)