A High Speed Mobile Communication System implementing Bicasting Architecture on the IP Layer

(邦訳:IPレイヤにおけるバイキャスティングアーキテクチャを実装した高速移動通信システム)

山田 和弘

東海旅客鉄道(株)総合技術本部技術開発部 主幹研究員


[背景]高速移動環境からのネットワークアクセスニーズの増加
[問題]ハンドオーバに伴うタイムアウトや無線リンク障害を原因とする通信不能時間
[貢献]16.4Mbpsの平均TCPスループットを実現すると同時に,通信不能時間率を1%程度にまで低減したIEEE802.11g高速移動通信システムの開発

高速鉄道車内からのネットワークアクセスニーズの高まりとともに,さらに高速なアクセス回線が求められている.我々は,高速移動通信システムの無線通信メディアとして経済的に高速な通信システムを構築することが期待できるIEEE 802.11gに注目している.IEEE 802.11gを利用した高速移動通信システム(IEEE 802.11g通信システム)を実現することを目的として,実際の高速鉄道システムに実験用のIEEE 802.11g通信システムを構築し,実証実験に基づく性能評価を行った.実験の結果,提案手法により,通信不能時間率を1%程度に低減するとともに,16.4(Mbps)のTCPスループットを得られることを示した.

IEEE 802.11g通信システムは指向性アンテナを利用した小型セルラーシステムであり,システム構成を図に示す.設計したIEEE 802.11g通信システムを実際の高速鉄道に構築して実証実験を行った.移動速度はその営業最高速度である270(km/h)とした.実証実験の結果,IEEE 802.11g通信システムにより,Mode 1で9.86(Mbps),Mode 2で13.7(Mbps)の平均TCPスループットを実現した.なお,Mode 1とは移動局アンテナが列車後端部になるように列車を移動させた場合であり,Mode 2とは,移動局アンテナが列車前端部となるように列車を移動させた場合である.

移動局がセル境界を通過するとレイヤ2ハンドオーバ(L2HO)が発生する.L2HOでは無線リンクが瞬断することにより,TCPはタイムアウトによる通信中断を伴う.また,高速移動に起因して,IEEE 802.11gリンクが正常に構成できない事象(無線リンク障害)も確認された.無線リンク障害時には通信は中断される.全通信時間のうち,TCPが通信できない時間率を通信不能時間率と呼ぶこととする.実験結果より,通信不能時間率は,Mode 1で9.9%,Mode 2で18.1%になることを明らかとした.つまり,IEEE 802.11g通信システムは,高速移動中でも10(Mbps)程度以上の通信速度を得ることができるが,通信不能時間が長く不安定な通信システムである.そこで,通信不能時間率の低減手法について研究を進めることとした.

通信不能時間率の低減のため,列車前端部と後端部の両方に無線機を搭載することで地上~移動局間のIEEE 802.11gリンクを2重化し,片系のL2HO時や無線リンク障害時においては両無線リンクにトラヒックをバイキャストする実装を提案した.本システムの特徴は,L2HOを予測し,L2HOにより無線リンクが切断される前にバイキャスティングを開始することである.これにより,L2HOによるパケットドロップを最小化するとともに,TCPタイムアウトを回避することができる.なお,バイキャストの実装にはレイヤ3でMultipath Mobile IPを利用した.提案手法についても実際の高速鉄道システムを利用した実証実験を行った.その結果,TCPはタイムアウトすることなく,平均で16.4(Mbps)のTCPスループットを得るとともに,通信不能時間率を0.67%に低減させることができた.今後も高速移動環境からのネットワークアクセスの改善に向けた研究開発を進めていく. 

図 IEEE 802.11g通信システム(実験構成)
 (2012年8月23日受付)
 
取得年月日:2012年3月
学位種別 :博士(情報理工学)
大  学 :東京大学

推薦文:(モバイルコンピューティングとユビキタス通信研究会)


IEEE802.11gの適用が向かいないと思われる超高速移動環境下において,バイキャスト技術を使うことによってシームレスなハンドオーバーが可能であることを示しており,この成果がIEEE802.11gの適用領域の拡大に大きく寄与すると考え,将来性および実用性の観点から本論文を博士論文速報として推薦する.

著者からの一言


恩師の先生方をはじめ,多くの皆様からご指導・ご支援をいただき,博士を取得することができました.この場を借りて御礼申し上げます.今後は博士課程で習得した技術を活かして,ユーザの皆様に喜んでいただけるシステムの開発を進めていきたいと思います.