2013年度コンピュータサイエンス領域奨励賞受賞者詳細

コンピュータサイエンス領域奨励賞は,コンピュータサイエンス領域に所属する研究会および研究会主催シンポジウムにおける研究発表のうちから特に優秀な研究発表を行った若手会員に贈呈されます.本賞の選考は,CS領域奨励賞表彰規程,CS領域奨励賞受賞者選定手続およびCS領域奨励賞受賞者推薦内規に基づき,領域委員会が選定委員会となって行います.本年度は10研究会の主査から推薦された計14編の優れた論文に対し,慎重な審議を行い,決定しました.本年度の受賞者は下記14君で,各研究発表会およびシンポジウムの席上で表彰状,賞金が授与されます.

●視聴者の時刻同期コメントを用いた楽曲動画の印象推定
 [WebDBフォーラム2012(2012/11/20)](データベースシステム研究会)

山本 岳洋  君 (正会員)

発表時所属:京都大学大学院 情報学研究科
受賞時所属:京都大学大学院 情報学研究科
[推薦理由]
本論文では,印象に基づいた楽曲検索サービスを実現することを目的として,動画共有サイト上に投稿された楽曲動画をその動画の印象によって分類する手法を提案している.楽曲動画におけるユーザの投稿した時刻同期コメントに着目し,単語の品詞,文字の繰り返し構造,楽曲のサビ区間の3つの観点からを楽曲動画の分析を行い,分類精度の向上を図っている.大規模な楽曲データセットを用いて網羅的に性能評価を行っており,実用上大変興味深く,高く評価できる.今後のメディア処理システムに関する技術を発展させる上で重要な研究成果であり,山下記念研究賞にふさわしい論文として推薦する.
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●大規模ソフトウェアの概要把握の支援を目的とした構造体型の特徴付け
  [2013-SE-179(2013/3/11)] (ソフトウェア工学研究会)

竹治  勲  君 (学生会員)

発表時所属:愛知県立大学大学院  情報科学研究科 博士後期 情報科学専攻 1年
受賞時所属:愛知県立大学大学院  情報科学研究科 博士後期 情報科学専攻 2年
[推薦理由]
本研究は,プログラム全体の処理の流れのなかで,構造体が持つ役割に着目した新しい理解支援手法として,構造体型へのアクセス数を分析する手法を提案している.オープンソースへの適用実験を行っている点も高く評価できる.構造体はプログラムの保守の過程では変化しにくく,初期の設計の情報を引き継いでいると考えられることから,プログラム理解支援において有効な手段といえる.開発現場では,設計書内容とソースコードによる実現機能との間に乖離が発生していることが現実にも多いため,ソースコードからの仕様理解に多くの労力を要している.本研究の手法を手順として確立し自動化できれば有用な手法・ツールとなると考えられ,多様な言語への適用など今後の発展も期待できる.よって,CS領域奨励賞受賞候補として推薦する.
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●コードクローンに含まれるメソッド呼び出しの変更度合の調査
  [2013-SE-179(2013/3/11)] (ソフトウェア工学研究会)

工藤 良介 君 (正会員)

発表時所属:大阪大学 大学院情報科学研究科 コンピュータサイエンス専攻 博士前期課程2年
受賞時所属:(株)リンク サポート部
[推薦理由]
本研究は,最先端の研究成果を国内から創出しているコードクローンの研究分野においてメソッド呼び出しに着目して,コードクローンとなっているコードが持つ性質に着目し調査した研究で,検出されたコードクローンに対して,従来の研究で確認されていなかったコードクローンの性質を確認している.多くのコードクローンで重要なメソッド呼出しの変化が少ないことや,変化が多いコードクローンには制御構造の再利用が多いなど,これまで知られていなかったコードクローンの特徴を明らかにしている.
コードクローンの新たな分析手法を構築する上で有益な結果を確認しつつあり,研究を継続することで,今後のコードクローン検出技術の展開に寄与することが期待できることからCS領域奨励賞受賞候補として推薦する.
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●TSVを用いる間接NoCの評価
 [2012-ARC-201(2012/8/1)] (計算機アーキテクチャ研究会)

飯尾 亮介 君 (学生会員)

発表時所属:東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 平木研究室 修士1年
受賞時所属:東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 平木研究室 修士2年
[推薦理由]
本研究は,シリコン貫通電極(TSV)を採用する三次元実装により実現されるメニーコアプロセッサを扱っている.パフォーマンススケーリングに着目し,ネットワークオンチップ(NoC)の利点を論じている.メニーコアプロセッサに搭載されるコアは益々その数を増し,それに応じた性能を獲得するためにはNoCは重要な要素技術である.同様に,大規模なNoCでレイテンシを短くし高い性能を獲得するためにはTSVを採用する三次元実装は必須の技術である.本論文は,これらの必然的な要素技術の評価を行なっており,その有用性は高い.コンピュータサイエンス領域奨励賞に相応しい論文である..
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●Linux カーネルにおけるエラー伝播の調査
  [2012-OS-121(2012/5/7)] (システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会)

吉村  剛 君 (学生会員)

発表時所属:慶應義塾大学 理工学研究科 開放環境科学専攻 修士2年
受賞時所属:慶應義塾大学 理工学研究科 開放環境科学専攻 博士課程1年
[推薦理由]
オペレーティングシステムはあらゆるアプリケーションソフトウェアの基盤であり,その信頼性はソフトウェアシステム全体の信頼性に大きな影響を与える.本発表では,広く実用に供されている Linuxを対象に,オペレーティングシステム内部で発生したエラー状態がどのように伝播し障害に繋がるのかを実験的に詳細に検討した結果を報告している.特に,エラー伝播をプロセスローカルなものと,カーネルグローバルなものとに分類するという新しい指標を提示したところが面白い.実用システムを対象に馬力のいる実験と解析をやり遂げた上で,今後の研究に繋がる基礎的なデータを積み上げたものである.本賞にふさわしいすぐれた研究発表である.
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●集約処理を用いた MapReduce 最適化手法の提案と実装
 [ComSys2012(2012/12/7)] (システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会) 

小沢 健史 君 (正会員)

発表時所属:NTT ソフトウェアイノベーションセンタ
受賞時所属:NTT ソフトウェアイノベーションセンタ 分散処理基盤プロジェクト
[推薦理由]
MapReduceは巨大なデータセットに対する分散処理を行うためのソフトウェアフレームワークである.本研究発表では,MapReduceの実装のひとつであるHadoopへのコード変更を少なく抑えつつ,部分集約の可能な処理の性能を著しく向上させる手法を提案している.既存方式では MapReduceの仕組みを大幅に変更する必要があったにも関わらず,提案手法ではRecord ReduceとLocal Reduceというふたつの機能拡張を行うことにより,MapReduceの仕組みを大きく変更することなく高い性能向上を達成しており,ベンチマークでは約1.7倍という性能向上を示している.高い実用性をもつ方式の提案であり,本賞にふさわしいすぐれた研究発表である.
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●低電圧動作に向けたPN比可変スタンダードセルライブラリの構成法とその評価
 [DAシンポジウム2012(2012/8/30)] (システムLSI設計技術研究会)

西澤 真一 君 (学生会員)

発表時所属:京都大学大学院 情報学研究科 博士課程2年
受賞時所属:京都大学大学院 情報学研究科 通信情報システム専攻 小野寺研究室
[推薦理由]
集積回路の低電力化のためには電源電圧の低下が最も有効とされるが,トランジスタスタックを持つセルの立ち上がり遅延と立ち下がり遅延のバランスを崩し却って遅延と消費エネルギーの増大を招く.これを解決するため,本論文ではPwellとNwellの比を個別に最適化できるセル構造を提案している.小さい面積オーバヘッドにて遅延バランスの改善が可能となる.本論文は今後の低電力化セル設計の新たな指針を与えるものであり価値の高い論文と認めCS領域奨励賞に推薦する.
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●仮想グランド線電圧の自動検出による細粒度パワーゲーティング制御
 [2012-SLDM-158(2012/11/28)] (システムLSI設計技術研究会)

工藤  優 君 (正会員)

発表時所属:芝浦工業大学大学院 理工学研究科 電気電子情報工学専攻 修士2年
受賞時所属:芝浦工業大学大学院 理工学研究科 機能制御システム専攻 博士後期課程
[推薦理由]
本論文ではリーク電流による仮想グランド線のチャージアップ現象を利用し,遅延素子を用いた細粒度パワーゲーティングへのスリープ制御方式を提案している.リーク電流量によって遅延時間が変わるが,より効果的にリーク電力を削減することができる.パワーゲーティングを適用しない場合に対する提案手法のエネルギー削減率は平均で83%であることを示してる.本論文は今後の低電力化回路設計の新たな指針を与えるものであり価値の高い論文と認め,CS領域奨励賞に推薦する.
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●メニーコアOS向け新プロセスモデルの提案
  [2012-HPC-135(2012/8/1)] (ハイパフォーマンスコンピューティング研究会)

島田 明男 君 (正会員)

発表時所属:(独)理化学研究所 計算科学研究機構 システムソフトウェア研究チーム
受賞時所属:(独)理化学研究所 計算科学研究機構 システムソフトウェア研究チーム
[推薦理由]
本研究ではメニーコアアーキテクチャをターゲットとして,Partitioned Virtual Address Space (PVAS) という新たなプロセスモデルを提案している.PVASモデルでは,PVASプロセスという特殊なプロセス群を同一アドレス空間で実行させるが,PVASプロセスは個別のデータ格納領域を持ち,PVASプロセス間通信を利用してデータの送受信を行うことができる.これにより,メモリコピー回数を削減し高性能が実現でき,かつマルチスレッドプログラミングで必要となる排他制御・スレッド安全性などの問題を回避できる.本発表ではLinuxへの実装と性能評価を行っており,メッセージサイズが大きい領域で性能向上を達成した.近年の研究動向を踏まえた上で,将来性のある研究にいち早く取り組んでおり,CS領域奨励賞にふさわしい論文として推薦する.
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●GPUにおける高速なCRS形式疎行列ベクトル積の実装
  [2013-HPC-138(2013/2/21)] (ハイパフォーマンスコンピューティング研究会)

椋木 大地 君 (学生会員)

発表時所属:筑波大学大学院 システム情報工学研究科 博士前期課程3年
受賞時所属:筑波大学大学院 システム情報工学研究科 博士後期課程3年
[推薦理由]
GPUを用いた汎用高性能計算の研究は多方面で進められているが,本発表では,最新のKeplerアーキテクチャを最大限活用した疎行列基本演算の高性能化が論じられている.リードオンリーデータキャッシュの活用,拡大された最大グリッドサイズを活用したアドレス計算の省略,シャッフル命令を用いた共有メモリを不要とするワープ内総和計算という,最新アーキテクチャの新機能を独創的な方法で活用した最適化手法を提案している.これにより,ベンダー提供のcuSPARSEよりも格段に高い性能を達成した.アーキテクチャの変化が速いGPUにおいて新機能をいち早く活用して高性能化を達成し,多くの著者に示唆するところが多大であったので,CS領域奨励賞にふさわしい発表として推薦する.
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●アトミックグループで拡張された正規表現のオートマトンへの変換
  [PRO-2012-3(2012/6/22) ] (プログラミング研究会)

杉山  聡 君 (学生会員)

発表時所属:筑波大学 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻1年
受賞時所属:筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻2年
[推薦理由]
本研究は,実用的な正規表現処理系にしばしば含まれる拡張である「アトミックグループ」について,これを含む正規表現が依然として正規言語を表すことを証明した.アトミックグループは以降のバックトラックを抑制するものであり,マッチングの効率化などに用いられるが,これまで理論的な理解はほとんど与えられていなかった.本研究の証明はモナドを経由し先読み付きオートマトンへ変換するシンプルなものであり,他の拡張の取り扱いにも応用できると期待できる.またこの結果は理論的に興味深いだけでなく,マッチする文字列を変えることなく正規表現を効率化する際など,実用上も有用でありうる.以上のように興味深い結果であり受賞に値する.
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●A New Compact Encoding of Rectangular Drawings
 [2013-AL-143(2013/3/1)] (アルゴリズム研究会)

齋川 勇人 君 (学生会員)

発表時所属:群馬大学 工学部 情報工学科3年
受賞時所属:群馬大学 工学部 情報工学科4年
[推薦理由]
この研究は方形描画のコンパクトな符号に関するものである.方形描画とは,すべての面が長方形であるようなグラフの描画である.方形描画はフロアプランの主要なモデルのひとつである重要な描画である.候補者らは,既存の方法よりもコンパクトな方形描画の新しい符号を開発した.また符号化と復号には線形時間しかからず,かつ,アルゴリズムも簡単である.非常に優れた進捗であると評価し,ここに推薦する次第である.
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●Pitman-Yor過程に基づく確率的木挿入文法モデル
 [2012-MPS-88(2012/5/17)] (数理モデル化と問題解決研究会)

進藤 裕之 君 (正会員)

発表時所属:NTTコミュニケーション科学基礎研究所
受賞時所属:NTTコミュニケーション科学基礎研究所
[推薦理由]
木挿入文法は部分木の挿入操作により少数の規則で様々な構文パターンを表現できるが,計算コストが高いという問題がある.本研究では,木挿入文法に関してPitman-Yor 過程に基づく階層ベイズモデルを提案することで,従来手法と比較して効率的に確率モデルの学習ができることを示している.モデリング自体の妥当性に加えて,文法の推定という対象問題についても興味深く,この分野の発展に資する研究として評価される.
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●移動のないIncremental GCにおけるリアルタイム性評価
 [2012-EMB-25(2012/5/21)] (組込みシステム研究会)

養安 元気 君 (正会員)

発表時所属:横浜国立大学大学院 工学府 物理情報工学専攻 電気電子ネットワークコース 博士前期課程2年
受賞時所属:(株)ミクシィ 運用部
[推薦理由]
本発表は,スクリプト言語処理系使用時のリアルタイム性向上手法について提案を行っている.提案手法は,スクリプト言語konohaにmutatorの最大停止時間を短縮する目的でIncremental Garbage Collection機能を,オーバーヘッド低減のために複数のbitmapを用いたNon-moving世代別Garbage Collection機能の追加を行い,リアルタイム性を高めることを提案している.評価実験では,実際にハードリアルタイムを提供するART-LinuxのAPIにkonohaのAPIをマッピングさせ,従来のGarbage Collectionの性能を大きく改善し,実用的なリアルタイムシステムへの適用可能性を示すなど,その研究成果は今後も多いに期待できるものである.
以上の理由からCS領域奨励賞にふさわしいと考えられる.
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