デジタルプラクティス Vol.11 No.3(July 2020)

Wi-Fiパケットセンサ商用化に至る課題克服の歩み
―産学官連携が生んだ交通流動解析システム―

西田 純二1

1(株)社会システム総合研究所 

Wi-Fiパケットセンサはスマートフォン等のWi-Fiを搭載する端末が発するプローブリクエストを取得し,人や自動車等の流動を計測するためのセンサ・システムである.2013年に基盤技術を開発し道路や駅等で交通流動の計測に成功した.その後個人情報保護のためのデータ処理・計測手法を確立し,商用化を進めた.開発の過程では技術開発のみならずプライバシー保護に関する法制度への対応,さまざまな用途での活用事例の積み上げに基づいた社会的受容性の確認が必要であった.本稿では本システムの開発着手に至った背景から,実用化までの課題と克服の過程を紹介する.

1.はじめに

Wi-Fiパケットセンサは,Wi-Fiを搭載する端末が発するプローブリクエストフレームを受信して解析を行う流動解析のためのシステムである.観光地や交通結節点,商業施設等に設置して容易に計測を行うことができるが,個人が保有する機器のMACアドレスを本人承諾を得ずに収集するため,プライバシー保護の観点から計測の実施と取得データの取り扱いには最大限の注意を払う必要がある.

すでに国内外でのべ数百台に上る設置実績を有し,低コストで実施できる交通観測調査手法として多くの計測事例が蓄積されてきた.一般道路や高速道路における自動車交通の流動解析や渋滞検知を目的とするもの,都市圏レベルでの広域的な交通流動の観測や,来訪者が集中する商業施設・観光施設(図1)での流動観測など,その用途は幅広い.しかしこの利用拡大にあたっては,匿名化や暗号化といった技術的な対策はもちろんのこと,プライバシー保護に関する法制度への対応や,利用目的の開示,取得データの利用制限など,社会倫理上の問題がない形で調査を実施する必要がある.

尼崎城に設置されたセンサ(L150×W150×H55㎜)
図1 尼崎城に設置されたセンサ(L150×W150×H55㎜)

本稿では,Wi-Fiパケットセンサの開発から実用化に至るまでのプロセスに沿って課題克服の歩みを紹介する.

2.Wi-Fiパケットセンサと開発の背景

2.1 Wi-Fiパケットセンサとは

近年,Wi-Fi通信機能を持つ携帯用情報機器が急速に普及している.最も普及率が高い端末はスマートフォンであるが,これ以外にもノートPCや携帯用ゲーム機をはじめ,カメラなどにもWi-Fi通信機能が装備されている.そして多くの人は,歩行中も自動車の中でも公共交通に乗ってもスマートフォンを持ち歩いている.

これらの機器の多くは,スタンバイ時にWi-Fiルータと接続するため図2のような探索パケット(Probe Request Frame)を送出している.

Probe Request Frameの構成
図2 Probe Request Frameの構成

この探索パケットの送出間隔は機器によって幅があるが,15秒から120秒程度の間隔で発信されている場合が多い.このパケットには端末ごとに与えられた固有アドレス(MACアドレス)が含まれているため,複数地点に設置したセンサによりこの探索パケットを取得し,パケットに含まれるMACアドレス,取得時刻,取得位置を突合解析することで,さまざまな交通流動解析を行うことができる.パケットに含まれる機器固有の情報は,それ単独では個人の特定を行うことはできないが,たとえば狙った個人を追跡してMACアドレスを取得する等,悪意を持って個人情報との紐付けが行われた場合には,個人の行動追跡が可能となる.そこで取得したMACアドレスをセンサ内で一方向ハッシュ関数により変換し,匿名化を行った上で分析処理を行う.このように匿名化(Anonymous)したMACアドレスを用いたProbe Requestを受信するセンサを,以下では略してAMPセンサ(Anonymous MAC address Probe Sensor)と呼ぶ.なお本稿ではWi-Fiパケットの取得による計測手法を中心に述べているが,Bluetoothにおいても同様の計測が可能であり,多くの車載カーナビがスマートフォンとハンズフリー通話接続するためのBluetoothを備えていることから,人流計測にはWi-Fi,自動車交通計測にはBluetoothを用いている.またこれら2つの機能を統合したハイブリッドセンサも開発している.図3ではAMPセンサの仕組みを図示したが,キャプチャされたパケットはセンサ内で匿名化され,3G/4G携帯電話回線によりクラウド・ストレージ・サーバにアップロードされ解析される仕組みとなっている.

AMPセンサの仕組み
図3 AMPセンサの仕組み

2.2 開発の動機

(株)社会システム総合研究所は,IoTシステムの開発に加えて,交通計画や地域計画分野のコンサルティングを本業とするコンサルタント会社である.交通計画・地域計画の検討にあたっては,最初に対象地域を詳細に観察するのだが,その中で人やクルマの流動計測を行う場合が多い.

従来この作業は,路側で調査員がカウンタを手に計測したり(図4),対面アンケート等により調査されてきた.しかしこのような調査手法では,特定の調査日のみしか観測できなかったり,また長期にわたる調査を行おうとすると多大な労力と費用が必要となる.そこで,この流動調査を効率的に実施する方法はないかと思案していたところ,人やクルマが発する信号を受信することで交通量や流動パターンを計測できないか,という発想にたどり着いた.

従来手法による交通量調査
図4 従来手法による交通量調査

当初は高性能の集音機で計測した音響データをFFT解析し,交通量を推定する研究を行ったこともあった.非可聴範囲の周波数の音響特性を分析すると,車種判定ができることなどは分かったが,求める交通量推定にはなかなかたどり着かない.そこで次に取り組んだのが人やクルマが発する電磁波を解析する方法だった.

この発想を弊社の取締役でもある大阪電気通信大学の上善恒雄教授に相談したところ,研究室からアルバイトで来ていた学生とともに,プローブリクエストを受信し解析するというAMPセンサの基盤技術の開発提案が出た.プローブリクエストフレームは通信内容を含まず,パケットが含むMACアドレスを判定キーに使えば流動量が計測できるのではないか?これがAMPセンサの開発着手の動機であり,2012年秋のことであった.同時に文献レビューを行ったところ,ほぼこれと同時期に国内外でプローブリクエストの検出方法に関する研究[1],[2]が開始されていることが分かったが,まだ交通流動計測を目的としたセンサとして活用する開発は行われておらず,関連特許の出願も見出すことができなかった.

3.開発に着手

3.1 計ってみた

最初に開発したAMPセンサのプロトタイプは,MacBookで動作するプログラム群である.実装においては,Wi-Fiインターフェイスをプロミスキャスモードに設定してWi-Fiパケットを受信し,その中のProbe Request Frameを抽出し,MACアドレスと受信時刻のタイムスタンプ,電波強度などを記録するというもので,C言語で記述した.交通量計測ができるか確認することが目的であったため,初期のものはデータの匿名化処理も暗号化処理も行わないシンプルなものであった.このMacBookをいろんなところに持ち出して計測を行った.大阪駅に近い大阪市営地下鉄の西梅田駅近くの喫茶店で30分ほど計測し,喫茶店の前を通過する歩行者数のカウント結果と突き合わせると,計測されたユニークなMACアドレスの数は通行者数の30%程度になった.また大阪電気通信大学の近くの大阪・奈良間を結ぶ国道163号の清滝トンネルや,大阪市内の幹線道路である四ツ橋筋で自動車の流動計測を繰り返したところ,非常に良好な計測結果を得た.

しかしプローブリクエストは15秒~2分程度の時間間隔で発せられることがわかっていたため,高速で走行する車両の速度は取得できないだろうと想像していた.そこで当時,交通分析業務を受託していたNEXCO西日本の足立智之氏に相談したところ,「面白そうだから高速道路沿道で計測してみたら?トラフィックカウンタのデータと突き合わせると,データ取得率も明らかになる」というコメントをいただいた.すぐに中国自動車道を見下ろす跨道橋付近に陣取り,計測試験を実施してみた.また休憩で立ち寄ったサービスエリアでも計測を行った.この時の計測の様子を図5に示している.

中国自動車道とサービスエリアでの計測
図5 中国自動車道とサービスエリアでの計測

この結果,60分間で走行車両の11~12%の計測が可能であることが明らかとなった.また2カ所の測定地点で共通に計測された車両,すなわち速度計測ができた車両は1.76%となり道路交通の測定にも活用できるという見通しを得た.この結果は[3]の論文に発表している.

3.2.U2A研究会と総務省SCOPE事業の採択

一連の測定試験を経て,AMPセンサが交通流動計測に有効であるという確信を得たため,次の開発ステップへと進むこととした.しかしAMPセンサを実社会で利用するには,センサ感度に影響を与える要因や個人情報保護に関する取得情報の取扱いなど,多くの検討課題があることを認識していた.

そこで弊社が事務局となり開催しているU2A研究会の研究者の先生方に相談を行ったところ,立命館大学理工学部の西尾信彦教授,望月祐洋准教授,新井イスマイル准教授らが興味を示していただいた.西尾教授が代表となり筆者の西田も参加して総務省戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)に応募したところ採択され,2014年度から2カ年の実証研究☆1が開始されることとなった.

まず最初に,Raspberry PI Model B ・512MBに市販のUSB Wi-Fiインタフェイスを接続してセンサプロトタイプを開発した.この段階で初めて,MACアドレスの匿名化やデータの暗号化を実装した.このセンサを用いて,市販の複数のスマートフォンを使って距離と電波強度の関係を調べたり,スマートフォンの保持方法が電波強度に与える影響の程度,機種ごとのプローブリクエストの発出回数などを計測した.この結果は[4]の論文に発表した.

次に大阪駅前の商業業務複合ビルであるグランフロント大阪を実証実験場所として20台のセンサを設置し,施設内の人の流動計測を行った.施設側からエントランスの入退場者計測のための赤外線センサのデータ提供を受けて,AMP計測値と入退場者・滞留者数の比較分析を行ったところ,十分に実用性のある計測が可能であることが確認された.この結果は[6]の論文として発表した.図6は計測結果をもとにグランフロント大阪の2階レベルで観測されたデータを図化したものであり,メッシュごとの人流密度を示している.

グランフロント大阪での人流計測結果
図6 グランフロント大阪での人流計測結果

3.3 プライバシーに配慮した計測手法の確立

Wi-Fiパケットセンサはその名称が一般名詞として使用されるほど国内外で多数の調査に活用され,低コストで実現できる交通観測調査手法として,多数の実証計測事例が蓄積されるようになった.しかし開発当初の段階では,グレーゾーンとも言える本人承諾のないデータ取得による計測手法が社会に受け入れられるかという疑念を持っていた,プライバシー保護にも十二分に配慮した運用手法を徹底しなければ,技術的な課題をいくら解決したとしても,社会の理解を得ることは困難であると認識していた.

このため総務省SCOPE事業では,プライバシー保護のための匿名化や暗号化といった技術的な対策についての研究開発を進める一方,取得したデータの利用用途の開示等を通した社会的受容性の醸成が重要であると考えた.そこで利用目的の開示や取得データ活用の際の制限など,社会倫理上も問題がない形で調査を実施するための調査方法の確立をテーマとして研究が組み立てられた.まず個人情報保護に詳しい専門家・学識経験者から構成される第三者会議を組織し,プライバシー侵害とならない調査手法とはどのような手順を取るべきか,検討を行っていただいた.この議論を経て,以下の調査手法が提案された.

  • ① データの利用目的,取得の方法,データの取扱い方法等を明示し,利用者への十分な情報提供(ホームページやポスター等での告知)を行う.
  • ② 調査地点を公開し,データ取得を望まない方に対する計測を避ける方法(Wi-Fiのオフ)の提示やオプトアウトの方法を準備し,その連絡窓口を設ける.
  • ③ 取得したデータは十分な匿名化を行い,長期間の追跡による個人特定のリスクを避ける.(現在は1週間ごとにハッシュ関数を変更し,連続期間解析を避ける対応を行っている)
  • ④ センサ本体はもちろん,データ通信における暗号化やデータ蓄積装置に対する外部からの侵入防止等,十分なセキュリティ対策を行う.
  • ⑤ 観測データの第三者への提供は行わない.利用の範囲はプライバシーポリシーに示したデータ利用目的に限定する.利用目的に沿う解析や研究を外部委託する場合でも,再委託先にプライバシーポリシーに沿った取扱いを義務付ける.
  • ⑥ 以上のデータ取得および取扱いの方法,方針をプライバシーポリシーとして公開する.

その後2014年7月に,総務省より位置情報プライバシーレポート[5]が発表され,その中で利用者の個別かつ明確な同意を得ずに調査を行う際の留意点が示されることとなった.上記の①~⑥の対応は,同レポートが示す条件を満たしている.図7は,調査実施地点に掲出する告知用ステッカーの例であり,すべての計測個所においてこのような告知を行うこととしている.

調査告知ステッカーの例
図7 調査告知ステッカーの例

4.海外への展開

第3章で述べた研究開発と個人情報保護のための計測方法論の議論を経て,AMPセンサの実用性の確認と調査手法が確立された.

しかしこれらの実証研究の結果を以てしても,公共空間で継続的な交通流動観測を行うために,長期常設計測の実績を問われることが多かった.この理由は街頭防犯カメラと同様に本人承諾を得ずに調査を行うものであることから,社会的受容性に対する調査実績の積み上げが必要とされたからである.

そこでこの壁を破るために,先例となり批判を浴びるリスクを重視する日本より,まず海外に出て計測実績を積むことを考えた.

4.1 インドネシアでの試験計測

最初に海外で計測を行ったのは,インドネシアの南スラウェシ州マカッサル市であった.インドネシアの大都市はいずれも交通渋滞が課題となっていた.しかし開発途上国の多くは交通観測インフラの整備が不十分であり,渋滞発生状況を検知する手段を持っていなかった.このような背景から海外において道路交通観測に対するニーズは十分にあるだろうと考えていた折,交通分析業務の委託を受けていたNEXCO西日本から,インドネシアにおける交通計測の相談を受けた.そこで2014年1月に開発を進めていたAMPセンサのプロトタイプを現地に搬入し,道路の区間所要時間の計測を実施することとなった.計測結果と分析結果は足立・西田・牧村らの論文[3]に詳しいが,高速道路本線と側道部の区間所要時間を計測し,ここから区間平均速度を求めることができた.この結果を図8に示す.

マカッサルでの高速道路走行速度の計測結果
図8 マカッサルでの高速道路走行速度の計測結果

図8では計測された走行速度が5~25㎞/hと35~75㎞/hの2つの群に分かれているが,本線と側道の上下線の速度分布が1組のセンサで計測されていることを示している.速度分布に幅があるのは,計測対象区間には高速走行をする普通自動車のほか,低速走行する大型貨物車や2人乗りバイクなどが混在しているためである.計測時間内に強いスコールがあったため,スリップを避けるために低速走行する車両も存在したことを示している.

この計測を実施した2014年時点では,インドネシアで利用されている携帯端末の主流はBlackBerryであった.日本国内でiOSやAndroid端末を計測できることは確認していたが,BlackBerryでも計測できるのだろうか?不安を持ちながら現地試験に臨んだが,測定結果はきわめて良好であった.

4.2 ラオスでの常時計測は高温多湿との戦い

インドネシア・マカッサル市での計測結果が良好であったことから,自動車交通流の計測にAMPセンサが有用であることに強い確信を持った.次の課題は,堅牢なハードウェアを製造し長期にわたる常時計測を実現させることであった.

筆者が東京大学の講義でAMPセンサの仕組みと計測事例を紹介したところ,社会人受講生の1人から,この計測をぜひラオスでも試験したいという申し出を受けた.ラオスの首都ビエンチャンでも渋滞が深刻化し,公共バスの導入などの対策を進めているが,交通観測インフラがない.ぜひラオスの現状を見て,導入可能性について検討してほしいという.常時観測機器の製造試験をしようとしていた矢先の相談であったことからこの申し出を快諾し,2014年10月にビエンチャンに入った.1週間ほどの現地活動を行い,幹線道路での速度計測試験や携帯電話網のカバー率調査など,システム導入に必要な基礎データの収集を行った.

この結果,ビエンチャン市内での自動車走行速度の計測は可能で,データ収集のための3G通信網の速度や安定性に問題はないことを確認した.帰国後すぐに,JICAから中小企業海外展開支援・普及実証事業の公募があったため,この申請を行った.

申請したJICA事業は,ビエンチャン市内の主要交差点に25台のAMPセンサを設置し常時交通観測を実施するとともに,路線バスにバスロケーションシステムを導入し,バス利用促進を目指すという総額1億円の計画であった.審査を経て幸いなことにこの申請が採択され,ラオス国政府との文書締結も円滑に進み,2015年の春から実証事業が開始されることとなった.

ところがこの時点ではまだ,気温40℃を超え,スコールが激しいラオスの屋外環境で安定運用できるハードウェアは完成していなかったのである.しかし導入時期は確定している.JICAから採択通知を受け取った2015年2月から,突貫で製造試験を行うこととなった.手あたり次第候補となるデバイスをテストし,電気アンカを毛布でくるんで耐熱性と安定性の試験を繰り返した.50℃の環境で安定動作する製品が出来上がったのは,着手から3カ月後の4月になっていた.

図9はビエンチャン市内の交通警察の派出所に取り付けたセンサであるが,短期間で開発を行ったセンサは,その後大きなトラブルもなく3年以上順調に稼働した.

ビエンチャン市内の派出所に取り付けたセンサ
図9 ビエンチャン市内の派出所に取り付けたセンサ

計測の開始にあたっては,計測方法やプライバシー保護のための仕組みを関係機関に説明して了解を得る必要があった.ラオスには当時,個人情報保護法にあたる法律が存在せず,またこのような交通調査方法を申請し認可を得るための適切な組織がなかった.そこで本調査に関係すると思われる政府機関や交通警察,バス公社,通信会社,ラオス国立大学など9つの政府等の機関を構成員とするステアリング・コミッティを組織し,この会議体で承認を得ることとした.この会議にテレビ局・新聞社の取材を要請し,会議内容が報道されることで市民への告知を行うことができた.図10はこの時のステークホルダー会議の様子である.

ステークホルダー会議を通した確認
図10 ステークホルダー会議を通した確認

以上のような協議を経て,2015年秋からビエンチャン市内での常時交通観測が開始された.観測システムが検知した市内の交通渋滞の発生個所や主要交差点間の所要時間はインターネットを通して市民に公開した.また交通警察や公共事業運輸省のオフィス,バス運行管理室などで交通状況の常時モニタリングが可能となった.この詳細は参考資料[7],[8]に示している.

図11は構築したビエンチャン市内の交通渋滞と区間所要時間を配信するインターネットサービスである.赤い線は渋滞区間を示している.図12は指定した日時の交差点間の交通流動量と所要時間をコードダイヤグラムで表示したものである.地点交通量が円弧の長さで,地点間交通量が弦の太さで示される.

道路区間の渋滞状況と所要時間の提供
図11 道路区間の渋滞状況と所要時間の提供
交差点間の流動量と所要時間の表示
図12 交差点間の流動量と所要時間の表示

常時観測が開始されてから,技術的な問題はほとんど生じなかったが,悩まされたのは窃盗であった.センサ本体は特殊な樹脂製筐体で建屋に強固に固定していたため窃盗はなかったが,電源ケーブルや配線部品を切断して持ち去るという事件が発生した.

この防衛策として,ケーブル等の部材は塗料等で汚損させて再販できないようにしたところ,この盗難はなくなった.

4.3 ケニアでは全国紙によるパブリックコメント

次に導入が行われたのは,ケニアの首都ナイロビである.JICAの「ナイロビ都心総合システムおよび環状線事業計画策定プロジェクト」☆2の調査団からの依頼であった.

2017年3月から準備を開始し,6月から7月にかけてAMPセンサを市内42地点に設置した.まず準備段階で本調査手法の政府承認を受ける必要があった.ケニアではラオスよりも厳格に法制度が運用されており,まず最初にAMPセンサ本体の技術基準適合検査を受ける必要があった.このためCommunications Authority of Kenya(ケニア通信総局)を訪問し,センサ内部の構造を説明したところ,データアップロードに用いている3G/4Gモデムの技術基準適合性を検査するという結論となった.海外用に製造しているAMPセンサは,データアップロード用のデバイスにHuawei製の汎用品を用いていたので,短期間で問題なく技術基準適合の判定を受けることができた.

次に個人情報保護に関する確認である.AMPセンサによる調査手法は,当然ながらケニアでは前例がないことから,次のような手順を踏むこととなった.まず調査の実施前に関係する政府省庁や通信企業等のステークホルダーで構成される会議体で調査内容について説明し意見を得る.さらにケニア全国紙に調査の実施に関する告知を行う(図13).

ケニア全国紙への告知記事
図13 ケニア全国紙への告知記事

そしてパブリックコメントを受け付け,すべてのコメントに対応が完了した時点で承認を行う,という手順である.きわめて厳格な手続きではあるが,民主的でオープンな方法であり,学ぶところは大きい.調査団では3月から6月の3カ月でこの手順に沿った告知と会議開催を行い,無事7月から計測を開始することができた.

そして7月から12月まで,約半年間の計測が行われた.この調査結果は本調査を主導したPADECO中川らの論文[9]に詳しく述べられているが,ナイロビ都心交通の改善案の検討に大きな役割を果たすことができた.なおナイロビ市内でもセンサの盗難が懸念されたことから,図14に示すように5m以上の高さのポールを新設し,この上部に電力メータとともにセンサが設置されることとなった.ナイロビ市内を訪れると,現在も多数のポールが残されており,関係者の間でセンサの再稼働が検討されている.

ポールに設置したセンサ
図14 ポールに設置したセンサ

4.4 スペインでの計測はGDPRを睨んで

ケニアの経験により,AMPセンサを海外展開するにあたって当該国の個人情報保護に関する法規制に対し十分な経験を積むことの重要性が認識された.2016年4月に欧州ではEUが,EU居住者の個人情報を保護し制御するための規則として「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」を定め,2018年5月から適用すると発表されていた.

GDPRによる個人情報の定義は日本の個人情報保護法より明確であり,MACアドレスなどのオンライン識別子はパーソナルデータと定義されている.またGDPRはEU域外に拠点を置く組織がEU地域内居住者(EEA)のパーソナルデータを収集処理する場合にも適用される.このためAMPセンサによる調査手法や取得データがGDPRでどのように判断されるか,興味を抱いていた.

折しもケニアでの取り組みを行っていた時期,2015年秋から2018年秋までの3カ年プロジェクトとして,「新世代ネットワークの実現に向けた欧州との連携による共同研究開発および実証」が情報通信機構(NICT)から公募されていた.日本側は大阪大学が代表提案者となり日本側コンソーシアムが構成され,弊社もこの研究に参画することになった.欧州側の代表はフランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)で,フランス・スペイン・イタリアの研究機関や企業により構成されるコンソーシアムである.その後,関係者の昼夜を厭わぬ連携作業により完成された提案書は,EU側・日本側の審査を経て採択☆3されることとなった.このプロジェクトは,FEderated interoperable SmarT ICT services deVelopment And testing pLatforms:FESTIVALの略称が付され,3カ年にわたる研究開発が開始された.この成果が[10]である.

FESTIVALが採択された当初,弊社はGDPRに対する詳しい知識を有しておらず,日欧共同プロジェクトが果たす価値を十分に認識できていなかったのだが,同時期に進めていたナイロビのプロジェクトは,GDPR発効後のIoT計測における法制度対応の重要性を認識させることとなった.

FESTIVALではスペイン北部のカンタブリア州サンタンデール市とカンタブリア大学がAMPセンサの計測手法に興味を示し,図15に示すように,市内のエステ市場(Mercado del Este)に8基のセンサを設置して計測を行うこととなった.

エステ市場とセンサの配置
図15 エステ市場とセンサの配置

エステ市場での計測を行うにあたり,欧州側コンソーシアムから個人データ保護を管轄するSpanish Data Protection Agency(AEPD:Agencia Española de Protección de Datos)への申請が行われた.欧州ではすでにBluetoothを用いた自動車流動の計測事例があったことから,スペイン側関係者の精力的な協議の結果,円滑にAEPDの承認を得ることができた.

ただしAEPDからはAMPセンサで取得される原データは国境を越えて日本側に持ち込まないという条件が付された.このためAMPセンサのデータを解析するプログラム群をEU側に設置したサーバに置き,集計解析を行った結果のみを日欧で共有するという方法で対応することとなった.

GDPRでは国境を越えてパーソナルデータをやり取りするには相手国との間で,個人データの移転を行うための十分なデータ保護水準を持つという認定(十分性認定)が必要とされている.十分性認定がない国へのパーソナルデータの移転には,複雑な契約の締結と規則の運用が必要となる.我が国のEUとの十分性認定の発効は2019年1月23日であり,このためエステ市場での実験を行った2017年時点では,国境を越えた原データのやりとりはできなかったのである.

5.日本国内への展開

5.1 京都府北部で60台の常時観測を開始

我が国で最初に大規模かつ長期にわたるAMPセンサの観測網が設置されたのは,京都府宮津市である.京都大学工学研究科の特定准教授から宮津市理事に就任した安東直紀氏がAMPセンサによる調査手法に着目し,宮津市内への30基のセンサ設置の検討が開始された.宮津市は日本三景天橋立を有し,観光産業の活性化に力を注いでおり,天橋立周辺の観光地を巡る来訪者の回遊行動を把握する必要があった.我が国ではまだ事例の少ない調査手法であったが,宮津市役所の関係部署や議会説明にあたっては,JICA事業によるビエンチャンでの計測実績が大きな説得力を持った.この結果,2015年12月からセンサの設置と運用が開始[11]された.さらに2016年には海の京都DMO☆4が事業主体となって宮津市周辺の7市町に観測網が拡大され,合計60基のセンサによる常時観測網が運用されることとなった.

この運用に合わせて,取得データの解析システムも充実させた.観光地間の流動分析,滞留時間の分析,来訪者のみの流動分析,来訪者と住民割合の算出,地域間起終点間流動量表(OD表☆5)の自動生成などである.この解析システムはWebベースで提供され,地域の観光協会や観光施設運営者,交通事業者など多数の観光関係者が分析結果やリアルタイムの動きを参照することができるようにした.2020年2月時点でも,この観測システムは常時稼働を続けている.図16は海の京都DMO事務局に設置している解析ダッシュボードであり,各観光地の毎日・毎時の来訪者数(図16右下の折れ線グラフ)がリアルタイムに表示され,各市町の観光客数(図16右上の地図上の円グラフ)も集計されて掲出される.1週間前の各施設の住民と観光客別の来場数(図16左)も表示されている.

海の京都エリアの解析ダッシュボード
図16 海の京都エリアの解析ダッシュボード

24時間365日にわたる連続した観光流動データは,災害時の人の動きや大規模イベント時の流動変化をとらえることができる.また,多変量解析等の統計解析手法を援用することで,短期調査では得られないさまざまな解析結果を得ることができる.

図17は長期の観測データを用いて,天候と平休日の観光客数の重相関分析を行ったものである.観光施設の来客数は天候や曜日によって大きく変化するが,立地条件や施設の性格によってその傾向は異なる.たとえば温浴施設や博物館は天候の影響を受けにくい.観光施設ごとに雨天時の訪問客減少率や休日増加率を算出し,天候の影響を受けにくい観光施設の地域内配置について提案を行った.

長期データを用いた多変量解析(雨天・休日との相関)
図17 長期データを用いた多変量解析(雨天・休日との相関)

5.2 日欧共同研究ではNICT審議委員会を通過

4.4節では,情報通信機構(NICT)委託による日欧共同研究FESTIVALにおいてスペインのエステ市場で計測を行った事例を紹介したが,本プロジェクトでは日本側でも計測を行う計画としていた.当初はグランフロント大阪や大阪駅周辺にAMPセンサを複数設置し,このデータを日欧共同で運用するテストベッドで活用する予定としていた.

しかし2013年12月にNICTがJR西日本の大阪駅ビルでディジタルビデオカメラを用いた「大規模複合施設におけるICT技術の利用実証実験」の予告をプレスリリース☆6した際,この取り組みに対して新聞各紙から「画像の扱いに懸念の声も」(2013年12月6日毎日新聞),「カメラで顔追跡『やめて』JR大阪駅実験前に反発続々」(2014年3月5日朝日新聞)などの報道が行われた.

このためNICTでは当初予定していた社会実験を中止し,映像センサ使用大規模実証実験検討委員会を設置して,実証実験の際のプライバシー保護,個人情報保護,情報セキュリティの保護に関する再検討を行った[12].この結果,NICTでは社会実験等の実施の際に組織内部でパーソナルデータ保護に関する問題の審査を行う審議委員会の設置等を含む「パーソナルデータの取り扱いに関するマニュアル」[13]を整備する方針となった.

FESTIVALにおいてAMPセンサを用いた流動計測を企図していた2016年は,これら手続きの準備段階であったため,NICTより計測実験の開始を遅らせてほしいという要請を受けた.その後2017年にこのマニュアルが公開され,審査委員会の設置と運用が開始されたことから,ようやく2017年度よりグランフロント大阪で計測を開始することができた.

NICTの厳格なチェックを受けることはAMPセンサを用いた調査手法を確立する良い機会となり,この審査を経て調査の実施が承認されたことは,これまでのプライバシー保護に関する対応に問題がなかったことの証左として大きな意義を持つこととなった.NICT審議委員会のコメントでは,プライバシー保護のために,3.3節に示した対策が必要とされたことは言うまでもないが,これに加えて①移動経路の連続追跡を可能とする期間は必要最小の期間とすること,②原データの保存期間は必要最小限とし調査終了後には速やかに破棄すること,という2つの条件が明記された.①についてはすでに1週間ごとにハッシュ関数を変更するという運用を行っていたが,FESTIVALの実験では1日単位の来場者分析で十分であったことから,ハッシュ関数を毎日変更し,連続日の解析ができないように対応した.また②についても調査完了後には原データを破棄する対応としていたため,問題なく承認を受けることができた.

5.3 京都・大阪・名古屋・東京と全国へ拡大

国内外で多くの導入事例を積み重ね,個人情報保護対策についての方法論が確立しはじめた2017年頃から,各地から多数の計測依頼を受けることとなった.

観光分野では,大阪道頓堀付近のインバウンド率計測,京都東山地区の観光渋滞対策,岐阜県高山市の交通対策等で活用された.神戸市道路公社では渋滞検知と区間走行速度の常時計測を行ったり,愛知県では豊田スタジアムでのワールドカップ時の流動解析など,イベント対応の短期調査から長期間の常時観測までさまざまな分野での利用事例が急拡大することとなった.これら計測事例を[14],[15]に示している.図18は京都市内の主要観光地に設置したセンサの間の1日の流動を図化したものであり,弧線は地点間の流動を示し,流動が多いほど濃い赤になっている.

京都市内の主要観光地間の流動
図18 京都市内の主要観光地間の流動

また2018年9月の台風21号による関西空港連絡橋へのタンカー衝突事故の際には,連絡橋を管理するNEXCO西日本からの要請を受け,連絡橋両端部にAMPセンサを設置して通行所要時間のリアルタイム監視を行った.この案件では災害対応として迅速な設置が必要であったことから,依頼後24時間以内でセンサの準備を完了し,翌朝には観測を開始させることができた.

このように2017年からの3年間で多数の地域・多数の施設にAMPセンサの設置を行い,国内外における設置台数(のべ)は400を超えることとなった.これら導入事例の拡大にあたっては,個人情報保護に関する法制度面での対応以外にも,いくつかの技術面での改良や追加機能の開発が必要であった.

次章では国内外への拡大にあたり対応が必要となった技術面での障壁や課題について述べておく.

6.技術的障壁と課題への対応

6.1 MACアドレスのランダマイズ

モバイル機器側においても,MACアドレス追跡によるプライバシー侵害を避けるため,スマートフォン供給大手のGoogle社とApple社は,2014年頃よりMACアドレスのランダマイズ機能☆7を搭載すると発表した.しかしその後,ランダマイズを行ってもランダマイズ機能の実装の不備やスマートフォン自体の脆弱性からMACアドレスランダマイズ機能を事実上無効化する研究結果がUS Naval Academyの論文[16]等に発表された.この結果,Apple社もGoogle社も一時はランダマイズ機能を停止したかに見えたが,2018年頃からランダマイズ化を行う端末が増加し始めた.最新のiOSやAndroid OSの多くはMACアドレスをランダマイズしている.このためAMPセンサにランダマイズされたMAC アドレスを除去する処理を追加した.

なおスマートフォンの挙動を詳細に分析すると,OSやメーカにより違いはあるが,一定条件下ではMAC アドレスのランダマイズを行わなかったり,一定時間ごとに非ランダマイズMACアドレスを送出することがわかっている.このため本原稿執筆時点ではAMPセンサは有効に機能していることを確認しているが,悪意ある追跡を避けるためにモバイル機器側においてもさまざまな対策を講じる可能性があると考えており,今後とも技術動向を注視して,AMPセンサの機能を常に更新していく必要がある.

6.2 インバウンドカウンタの実装

訪日外国人(訪日外客数)の急激な増加やオリンピック・パラリンピックなどへの対応の必要性から,計測を行っている各地で訪日外国人割合の把握ができないかという相談が頻繁に寄せられるようになった.そこで,プローブリクエストフレームのディレクティッドプローブ(directed probe)に含まれるSSIDの値を用いて,インバウンド率を求める仕組みを構築した.

しかしSSIDには個人特定につながる名前や組織名,頻繁に利用するホテルや店舗等の施設名が含まれる場合があり,これを収集することで個人特定につながる可能性があり,SSIDを取得蓄積することは大きなリスクを伴う.そこでAMPセンサのエッジ側でインバウンド判定を行い,SSIDは即時破棄する仕組みを構築し,センサ端末に組み込むこととした.この仕組みの詳細と計測事例は[17]の望月らの論文に詳しいが,実用上十分と判断できるインバウンド率の算出に成功している.図19は2019年の大阪道頓堀におけるハロウィン前後のインバウンド率の変化を示したものであるが,通勤時やハロウィンの深夜に日本人が増えインバウンド率が低下している様子や,通常の日は19時の夕食時間帯に外国人が増加しインバウンド率がピークになる様子が読み取れる.

大阪道頓堀におけるハロウィン前後のインバウンド率の変化(2019年)
図19 大阪道頓堀におけるハロウィン前後のインバウンド率の変化(2019年)

6.3 Wi-Fi/Bluetoothハイブリッドセンサの開発

AMPセンサは,観光地や商業地等における人の流動を計測する他に,自動車交通を対象とする道路交通計測を目的として設置される場合がある.

しかし高速で走行する自動車交通をWi-Fiパケットにより計測する場合には捕捉率が低くなるという問題がある.この理由はWi‐Fiプローブリクエストは30秒~2分に1回程度の発出頻度であることから,高速走行する自動車では,AMPセンサの前を計測されずに通過する確率が高くなるためである.

そこで自動車交通の計測率を高くするため,車載器が発するBluetoothのMACアドレスを取得する仕組みを追加実装した.Bluetoothはセンサ側からサービス問合せ(inquiry)要求を発することで,それに応答して車両側からパケットを発出するため,高速走行する自動車でも計測が可能となる確率が高くなる.多くの機器はInquiryから1秒以内に反応することから,時速100㎞で走行していても1秒間の走行距離は30ⅿ弱であり,Bluetoothの受信距離範囲内となるからである.日本国内で販売されている車両の多くは車載器にハンズフリー通話機能を搭載しているため,高い割合の車両がこれに反応することが確認された.そこで,Wi-Fiに加えてBluetoothのMACアドレスを取得し,流動解析を行えるようにAMPセンサの高機能化を行った.

このWi-Fi/Bluetoothハイブリッドセンサの実現により,高速走行する車両の計測が可能となり,より幅広い設置ニーズに応えることができるようになった.

6.4 富士通特機システムと提携し供給安定化へ

AMPセンサの導入依頼が急増するにつれ,同時に多数台の設置依頼が集中した場合に,製造が追いつかないという問題が生じはじめていた.ちょうどその時,弊社大阪事務所に富士通特機システム(株)から問合せがあり,センサの製造や販売に関する提携の申し入れを受けた.富士通特機システムの工場で製造を行い,製品テストや販売,メンテナンスを含めて協業できないかというご相談である.

弊社ではAMPセンサの製造やソフトウェア開発,販売等を担当するメンバは5人ほどで,このままでは業務が集中する時期には残業や休日出勤が常態化し,ブラック企業となってしまうという心配をしていたため,ありがたくこのご提案をお受けすることとした.この提携実現により,AMPセンサは富士通特機システムの商品としても販売されることとなり,多数台の設置依頼を受けても安定した供給を行えることとなった.

7.おわりに

2012年の開発着手から7年ほどの期間を経て,AMPセンサは都市計画や交通計画,観光地経営や施設設計などさまざまな分野で活用されるようになった.2013年の総務省SCOPEの適用を受けた社会実験に始まり,JICA事業による海外展開,NICT委託による日欧共同研究,そして多くの大学研究者や各地の現場ご担当者の助言やご要望があってこそ,現在のシステムが完成してきたと考えている.まさに産学官連携の賜物であると感謝している.

AMPセンサのような本人承諾を得ない調査手法については,調査目的やデータの取り扱いなどについて,社会的受容性が醸成されていくことが重要であった.

街頭に取り付けられている防犯カメラは,防犯目的で利用するという合意のもとに市民理解が得られているのであり,取得されたデータを行動追跡など別の目的で利用することは許されない.

これと同様にAMPセンサにおいても,利用目的と取得データの取扱い方法が重要である.これをプライバシーポリシーとして公開し,常に外部からの意見を受け入れるという姿勢をとり続けたことが,社会に受容していただいた要因であると考えている.

今後IoT計測機器は,社会のあらゆるところに導入され,さまざまなデータが観測され分析されることになろう.たとえばプライバシーとは縁遠いと思われる気象センサであっても,生活エリアに密に配置されれば個人生活のモニタリングが可能となり,プライバシー侵害を発生させる可能性も否定できない,このような時代にあって大切なことは,公共空間にセンサを設置し計測する場合には,常に計測目的や取得データの取扱い方法などを社会に公開していく姿勢だと考えている.

最後に,本システムの開発段階から応用,普及に至るまで多くの方々の支援をいただいた.ここにご指導をいただいた関係各位に,心より感謝を申し上げる次第である.

参考文献
  • 1)Musa, A. B. M. and Eriksson, J.: Tracking Unmodified Smartphones Using Wi-fi Monitors, Proceedings of the 10th ACM Conference on Embedded Network Sensor Systems, SenSys ’12, New York, NY, USA, ACM, pp.281–294 (online), DOI : 10.1145/2426656.2426685 (2012).
  • 2)中野隆介,沼尾雅之:無線LAN アクセスポイントへの検索要求を用いた屋内混雑度推定手法,日本データベース学会論文誌,Vol.12, No.1, pp.121–126 (2013).
  • 3)NISHIDA, J., ADACHI, T. and MAKIMURA, K.:Traffic Flow Analysis by the Use of Wi-Fi Packets Receiver, 1st IRF Asia Resional Congress & Exhibition (2014).
  • 4)望月祐洋,上善恒雄,西田純二,中野秀男,西尾信彦:Wi-Fiパケットセンサを利用した匿名人流解析システムの構築,情報処理学会研究報告 (2014).
  • 5)総務省:位置情報プライバシーレポート~位置情報に関するプライバシーの適切な保護と社会的利活用の両立に向けて~(2014).
  • 6)西尾信彦,望月祐洋,村尾和哉,中野秀男,上善恒雄,西田 純二,吉田 龍一,大田 香織,新井 イスマイル:「うめきた」におけるWi-Fiパケット・アノニマス人流解析システムの研究開発,ICT イノベーションフォーラム 2015・戦略的情報通信研究開発推進事業 (2015).
  • 7)(独)国際協力機構(JICA),(株)社会システム総合研究所:ラオス国ビエンチャン市都市交通改善のための位置情報・交通観測システム普及・実証事業業務完了報告書 (2016).
  • 8)西田純二,森本哲郎,白濱勝太,浅尾啓明,辻堂史子,上善恒雄:ラオスにおけるバスロケーションシステムと交通観測センサの実用化,土木計画学研究発表会・春大会論文集 (2017).
  • 9)中川義也,西田純二,浅尾啓明:AMP観測による希望線図の即時描画と交通計画,土木計画学研究発表会・春大会論文集 (2018).
  • 10)FEderated interoperable SmarT ICT Services DeVelopment And Testing PLatform : http://www.festival-project.eu/
  • 11)浅尾啓明, 森本哲郎, 望月祐洋, 西田純二, 安東直紀:Wi-Fiパケットセンサによる交通流動解析, 土木計画学研究発表会・春大会論文集(2016).
  • 12)映像センサ使用大規模実証実験検討委員会(委員長 菊池浩明):映像センサ使用大規模実証実験検討委員会報告書 (2014).
  • 13)国立研究開発法人情報通信研究機構:高度通信・放送研究開発委託研究におけるパーソナルデータの取扱いに関するマニュアル (2017).
  • 14)IZUMI, N., KINUTA, Y., HIROKAWA, K., SASA, K., NISHIDA, J. and MAKIMURA, K. : Monitoring the Flow of People with Wi-Fi Packet Sensors-changes in the Flow of People Made by People-attracting events–,ITS World Congress 2017 Montreal (2017).
  • 15)笹圭樹,絹田裕一,和泉範之,廣川和希,牧村和彦,鈴木紀一,西田純二:Wi-Fiパケットセンサを用いた高山市の観光客の行動把握,第15回ITSシンポジウム2017(2017).
  • 16)Martin, J., Mayberry, T., Donahue, C., Foppe, L., Brown, L., Riggins, C., Rye, E. C. and Brown, D. : A Study of MAC Address Randomization in Mobile Devices and When it Fails, Privacy Enhancing Technologies, US Naval Academy (2017).
  • 17)望月祐洋,西田純二:Wi-Fiインバウンドカウンタによる日本人・訪日外国人比率の推定手法,土木計画学研究発表会・秋大会論文集 (2019).
脚注
  • ☆1 「うめきた」におけるWi-Fiパケット・アノニマス人流解析システムの研究開発(132307011)https://www.soumu.go.jp/main_content/000393923.pdf
  • ☆2 ナイロビ都心総合交通システムおよび環状線事業計画策定プロジェクト 
    https://www.jica.go.jp/oda/project/1500413/index.html
  • ☆3 採択番号174A01
    〔課題名〕新世代ネットワークの実現に向けた欧州との連携による共同研究開発および実証 〔個別課題名〕課題A 大規模スマートICTサービス実証基盤を用いたアプリケーション実証
    〔副題〕日欧が連携する都市型 Smart ICT 実験環境の創出
    https://www.nict.go.jp/collabo/commission/k_174a.html</li>
  • ☆4 海の京都DMO:正式名称は(一社)京都府北部地域連携都市圏振興社.2016年に京都府および北部7市町(福知山市,舞鶴市,綾部市,宮津市,京丹後市,伊根町,与謝野町)により設立.
  • ☆5 OD表:起点(Origin)と終点(Destination)の間で流動する交通量を表形式で表現したもの.
  • ☆6 大規模複合施設におけるICT技術の利用実証実験を大阪ステーションシティで実施
     https://www.nict.go.jp/press/2013/11/25-1.html
  • ☆7 本来MACアドレスは機器ごとに割り振られた固有の値を用いるが,プライバシー侵害を避けるためMACアドレスにランダムな値を生成する機能を搭載する.
西田 純二(非会員)nishida@jriss.jp

1980年京都大学工学部交通土木工学科卒.中央復建コンサルタンツ(株),日本ディジタルイクイップメント(株),阪急電鉄(株)を経て,2004年に(株)社会システム総合研究所を設立,代表取締役に就任し現在に至る.京都大学経営管理大学院経営研究センター特命教授.

採録決定:2020年4月24日
編集担当:坂下 秀((株)アクタスソフトウェア)

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