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最終更新日:2011年3月25日

東日本大震災と学会のこれから
─会長メッセージ─

白鳥 則郎
情報処理学会会長
東北大学/公立はこだて未来大学

 

2つのネットワーク

 止まっているのに,凸凹道を運転しているように上下・左右に車体が激しくゆれている.3月11日午後2時46分,車で仙台市の中心部を移動中,大地震に遭遇し交差点で停止していた時のことである.

 今回のマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震は戦後最大の自然災害となった.余震が続く中,被災地の1つである私の住む地域(宮城県)でも電気,水道,ガスが止まった状態から復興へ向けての窮乏生活が始まった.町内会から配給される最低限の食糧と水をもとに,不足の物資を求めてスーパーやコンビニに2時間も3時間も並ぶ長蛇の列.ガソリンにいたっては,6時間から10時間(隣の住人は前日から並び16時間という)待たされ,ようやく一律10リッターだけ給油される.どこの店が開いているか,待ち時間はどうか,品数は,個数や量の制限は,等々.このような情報を求め,隣家を越えて,あいさつ程度だった隣の隣,さらにその隣の住人まで頭を突き合わせ井戸端会議ならぬ情報交換の場があちこちに形成された.このように地域(コミュニティ)における人のつながり,すなわちヒューマンネットワークが新たに形成され,広がっていった.一人ひとりの力は小さいが知恵を出し合えば,より大きな力が生まれる共生空間の誕生である.物質的な豊かさを求め経済性や効率を重視するあまり,住民の一体感が弱くなり日本人が忘れかけていた人と人とのつながり,ぬくもり,思いやりの一端を,私はこのヒューマンネットワークに基づいた共生空間に見た,と思った.

 高齢化社会が進む日本は,2025年に高齢化率のピークを迎える.このような社会では,コミュニティにおける先述のヒューマンネットワークがかけがえのない重要なものとなろう.

 翻ってネットワークと言えば,インターネットは今回の東日本大震災では,どのように機能したのであろうか.私自身,国内だけでなく海外の友人,学会関係者からも安否を気遣うたくさんのメールを受信した.人の安否だけでなく「日本」のことを,みな心配してくれている.これらのメールは,震災によるストレスと疲労で落ち込んでいる私に大きな力を与えてくれた.

 地震当日,職場から停電で暗くなった自宅に戻ると建物の壁のあちこちにひびが入ったものの大きな損傷はなかったが,中は足の踏み場もない壊滅状態であった.加えて,倒壊物が水道の開閉レバーにあたって蛇口が開き,畳一面の水浸し.メール環境は,研究室と自宅ともに動作しない.携帯は発信してもビジーでつながらない.やがて電池切れとなった.懐中電灯を頼りにスペースを作って仮眠.

 地震から4日目の3月14日夕方,電気が復旧した.米国にいる親戚から固定電話に連絡が入る.被災した東北地方の様子がネットを通して詳しく分かったという.たとえば,私の住む地域の公民館に避難している人数など,私自身が知らない情報を得ていた.また,宮城県気仙沼市出身で滞米中の日本人がYouTubeを見ていたら,気仙沼の上空からの映像が映り自宅の屋上で,お姉さんが救助を求めて手を振っている姿を発見した,という.これが米国で大きな話題となって感動を呼んでいるとのことだ.これこそ正にネットの力である.

情報処理学会の使命

 ネットには光と影の両面がある.影の部分を止揚して克服しながら光の部分を充実させ,さらに発展させることが肝要だ.たとえば,あとを絶たないネットの不正使用を防止するとともに,一層シニアに近づきやさしくなって,ソーシャルメディア等で先述のヒューマンネットワークを支援し,来たるべき高齢化社会をしっかり支えることだ.

 大震災を経験した今,海外でも原子力発電計画の見直しなど,世の中は大きく変わりつつある.深刻な事故が相次いだ福島第一原発に象徴されるように,地球環境の変化の中心的な課題であるエネルギー問題と人の暮らしが,いかに共生するかが課題なのだ.具体的には,人の活動の活性化とエネルギー消費をどのように折り合いをつけるかが問題である.

 このような背景のもと本学会は昨年,創立50周年を迎え,今年は新たな50年へ向けた最初の年である.次の50年へ向けた考え方の基本的な方向として,「人間性,多様性,共生」が重要となろう.これは今回の大震災から学ぶ教訓でもある.すなわち,個の「多様性」を尊重しつつ,効率重視の「人間性」の中身が問われ,自分も相手も共により良くなるように,個と個の調和に価値を置く「共生」の概念が中心的な役割を果たすことになると考えられる1)〜3).ここで,個とは人,コンピュータ,情報環境,地域,文化,国,自然などである.

 このような観点から情報処理学会の使命は,コンピュータ,インターネットやサイバーフィジカルなどの情報基盤の確立へ向けて,情報にかかわる新たな科学技術の創生を目指したオープンな「場」を構築し提供するとともに,社会へ情報発信して「政府を動かし」,「社会を変える」ことである,と考えている.

 このような立場に立って,本学会では今,昨年の情報発信であるGoogleブック検索問題,事業仕分けについての意見表明などに引き続き,今後も「教育ビジョン2011」,「情報処理技術遺産」,「情報教育」等いくつかの提言を発信する予定である.

 今回の大震災を機に,我々は心を新たに情報にかかわる科学技術のあり方を見つめ直し,真に人と社会の平和と幸福のためのより良い情報環境の創生へ向けて立ち上がらねばならない.終わりに,この震災に対して「日本」が一丸となって立ち向かい,一日も早い復興のために,本学会もその一助となるべく,希望と英知,勇気をもって発展していくことを祈念し「会長メッセージ」といたします.

参考文献
1) 白鳥則郎 : 50周年と新たな旅立ち─会長就任にあたって─, 情報処理, Vol.50, No.6, pp.78-80 (June 2009).
2) 白鳥則郎: 会長式辞, 情報処理, Vol.52, No.2, pp.261-262 (Feb. 2011).
3) 白鳥則郎 : 巻頭言「新たな50年へ向けて─心に木を植える─」, 情報処理, Vol.52, No.1 (Jan. 2011).

(平成23年3月23日)