2011年度コンピュータサイエンス領域奨励賞受賞者詳細

コンピュータサイエンス領域奨励賞は,コンピュータサイエンス領域に所属する研究会および研究会主催シンポジウムにおける研究発表のうちから特に優秀な研究発表を行った若手会員に贈呈されます.本賞の選考は,CS領域奨励賞表彰規程,CS領域奨励賞受賞者選定手続およびCS領域奨励賞受賞者推薦内規に基づき,領域委員会が選定委員会となって行います.本年度は10研究会の主査から推薦された計15編の優れた論文に対し,慎重な審議を行い,決定しました.本年度の受賞者は下記15君で,各研究発表会およびシンポジウムの席上で表彰状,賞金が授与されます.

●QAコンテンツからの観点抽出とそれにもとづくウェブ検索結果の再ランキング
  [Webとデータベースに関するフォーラム(WebDB Forum 2010)(H22. 10. 11)] (データベースシステム研究会)

山本 岳洋  君 (学生会員)

発表時所属:京都大学大学院 情報学研究科 社会情報学専攻 博士後期課程 3年
受賞時所属:京都大学大学院 情報学研究科 社会情報学専攻 博士後期課程 3年
[推薦理由]
本発表では,対話的情報検索を実現する有効な手段の一つである単語ベースフィードバックを拡張し,新たな手法を提案している.提案手法は,Web検索において利用者が入力したクエリ語に関連する「観点」を形容詞等の修飾語と名詞の対で表現し,ユーザに提示するものであり,従来手法とは一線を画するものである.発表者らは,質問応答コミュニティサイトにアクセスし,大量の質問・回答事例集に基づいて共起分析を行うことで「観点」の抽出に成功している.また,被験者実験によって従来手法や商用サービスと比較評価し,提案手法の有効性を検証している.このように独自性と有用性のいずれも高く評価されることから,本発表はCS領域奨励賞にふさわしいと考え,ここに推薦する.
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●筆記者の強調表現に基づいたオンライン手書きノートの圧縮サムネイル生成手法
  [データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム( DEIM2011 )(H23. 2. 28)] (データベースシステム研究会)

浅井 洋樹  君 (学生会員)

発表時所属:早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科4学年
受賞時所属:早稲田大学大学院 基幹理工学研究科 情報理工学専攻 1学年
[推薦理由]
本論文では,オンライン手書きノートの検索性の向上という,近年のタブレット端末等の普及により重要度が増している問題に先駆けて取り組んでいる点が第一に評価できる.検索性の向上のために,筆記者の強調表現の認識を行うことにより圧縮したサムネイルを作成するというアイデアが興味深い.各強調表現の強調度を算出する際に,実際の大学生の手書きノートを収集し,アンケートを併せて行うなど,実データに基づいた方式設計を行っている点も評価できる.著者らが作成した実アプリケーションで収集したデータに対して評価実験を行い,検索速度が21%,操作量の負担が51%減少したことが確認されており,実用的な意義も高いと考えられる.以上の点から,本論文をCS領域奨励賞に推薦するものである.
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●コードクローン検出に必要な計算コストの削減を目的としたプログラム依存グラフ頂点集約法の提案
  [ソフトウェアエンジニアリングシンポジウム(SES2010)(H22. 9. 1)] (ソフトウェア工学研究会)

肥後 芳樹  君 (正会員)

発表時所属:大阪大学大学院 情報科学研究科
受賞時所属:大阪大学大学院 情報科学研究科
[推薦理由]
本研究は,プログラム依存グラフを用いたコードクローン検出法に対して,実行依存という新しい依存関係を導入することで連続コードクローンの検出能力を高めた筆者らの先行研究を踏まえ,グラフの頂点を集約することでグラフ規模を小さくし,計算コストを抑える手法を提案し,適用実験を通して有効性を確認している.近年コードクローン検出の重要性は高まっており,それを支え良質の研究であり,本研究賞にふさわしいものとして推薦する.
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●テストカバレッジに基づく重複テストコードの検出ツール
  [ソフトウェアエンジニアリングシンポジウム(SES2010)(H22. 9. 1)] (ソフトウェア工学研究会)

坂本 一憲  君 (学生会員)

発表時所属:早稲田大学 基幹理工学研究科情報理工学専攻 博士1年
受賞時所属:早稲田大学 基幹理工学研究科情報理工学専攻 博士2年
[推薦理由]
本研究は,重複したテストコードの検出のために,テストコードの包含関係にカバレッジに基づいた定義を与え,形式化した検出手法と検出ツールを提案している.オープンソースによる重複テストコード検出実験により有効性を示すとともに,カバレッジの変更で検出基準を調整できることなどを示している.ソフトウェア規模の増大の中でテストコードが増加する課題に対する良質な研究であり,本研究賞にふさわしいものとして推薦する.
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●コンテキストスイッチを利用したルータにおけるTCPストリーム再構築のメモリ削減手法
  [2010-ARC-190 (H22. 8. 3)] (計算機アーキテクチャ研究会)

石田 慎一  君 (正会員)

発表時所属:慶應義塾大学大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程3年
受賞時所属:慶應義塾大学大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程4年
[推薦理由]
本研究は,インターネット上を転送されるデータから受動的に情報を収集し,アプリケーションの価値向上と高度化を支援するサービス指向ルータを扱っている.サービス指向ルータではメモリ使用量の低減が必要であり,本論文では,コンテキストスイッチを利用した解析手法である部分TPC再構築法を実装し,評価している.従来法と比較してメモリ利用量を90%削減できている.将来のWebアプリケーション・サービスの高度化に寄与し,新たなビジネスを開拓できる可能性を秘めた研究である.新規性と有用性はともに高く評価できる.コンピュータサイエンス領域奨励賞に相応しい論文である.
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●仮想マシンモニタによる透過的ネットワークブート方式
  [コンピュータシステム・シンポジウム(ComSys2010)(H22. 11. 29)]
                                    (システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会)

表  祐志 君 (学生会員)

発表時所属:筑波大学 システム情報工学研究科 博士前期1年
受賞時所属:筑波大学 システム情報工学研究科 博士前期2年
[推薦理由]
仮想マシン技術はさまざまな分野に応用が可能な基盤技術であり,現在,活発にその応用研究が展開されている.本論文は,仮想化技術を用いることで,ゲスト・オペレーティングシステムに新たな機能が追加可能であることを示唆しており,その一例としてネットワークブート機能を持たないオペレーティングシステムにその機能を透過的に持たせることに成功している.仮想化技術の応用範囲を広げる興味深い研究であり,コンピュータサイエンス領域賞にふさわしい論文である.
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●FPGAを用いたデータストリームに対するウィンドウジョインの検討
  [2011-SLDM-148 (H23. 1. 18)] (システムLSI設計技術研究会)

寺田 祐太  君 (正会員)

発表時所属:電気通信大学 電気通信学部 4年
受賞時所属:(株)アバールデータ
[推薦理由]
センサデータ等のストリームデータを対象としたクエリの中で重要な演算の一つであるウィンドウジョインを、FPGA上で並列性を活かしながら効率良く実行するためのアーキテクチャを提案している.具体的には,ウィンドウジョイン演算へ入力される二つのデータストリームを並列処理するとともに,演算中の処理である,入力層,マッチ層,出力層をパイプライン化した.提案アーキテクチャをFPGAに実装して定量的に評価した結果,2の16乗個のバッファサイズを持つウィンドウジョインを,1ms程度までの周期で生成されるデータストリームに対して処理可能であることを明らかにした.以上の理由により本論文をCS領域奨励賞に推薦する.
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●オートマトンの分解に基づく正規表現マッチング回路について
  [2011-SLDM-148 (H23. 1. 18)] (システムLSI設計技術研究会)

中原 啓貴  君 (正会員)

発表時所属:九州工業大学
受賞時所属:九州工業大学 情報工学部 電子情報工学系 笹尾研究室
[推薦理由]
本論文はネットワーク機器における侵入検知システム等で必要となる高速な正規表現マッチングを安価なFPGAで実装する方法を提案している.具体的には,1文字ずつの遷移ではなく文字列で遷移する非決定性オートマトン(MNFAU)に基づいて正規表現マッチングを行う方法を提案している.MNFAUをDFAとNFAに分解することで,組込みメモリとLUTを効率良く使用した実装を可能にしている.従来手法と比較して,提案手法が組込みメモリおよびLUTの使用効率において優れていることを,理論的な解析,および,FPGAへの実装による評価の両面から明らかにしている.以上の理由により本論文をCS領域奨励賞に推薦する.
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●NSIM:将来の大規模相互結合網を対象とした通信シミュレータの開発
  [2010-HPC-125 (H22. 6. 17)] (ハイパフォーマンスコンピューティング研究会)

三輪 英樹  君 (正会員)

発表時所属:富士通(株)次世代テクニカルコンピューティング開発本部PAプロジェクト
受賞時所属:富士通(株)次世代テクニカルコンピューティング開発本部PAプロジェクト
[推薦理由]
本発表は,数10万ノードを接続する将来の相互結合網を対象として,様々な通信パターンを現実的な時間内でシミュレーション可能とする相互結合網シミュレータNSIMの設計,実装および評価について報告している.実行駆動方式を採用することでネットワークの混雑状況に応じて振舞いが動的に変化する通信パターンも正しくシミュレートし,実装上の工夫によりワークステーション等の小規模な並列計算機上での動作も可能としている.本研究は将来の大規模並列計算機におけるアプリケーションや通信ライブラリ,あるいは相互結合網の制御方式の開発等様々な分野での活用が期待されるものであり,本発表をCS領域奨励賞に推薦する.
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●ステンシル計算を対象とした大規模GPUクラスタ向け自動並列化フレームワーク
  [2010-HPC-128(H22. 12. 16)] (ハイパフォーマンスコンピューティング研究会)

野村 達雄  君 (正会員)

発表時所属:東京工業大学 情報理科学研究科 数理・計算科学専攻 修士2年
受賞時所属:グーグル(株)
[推薦理由]
本発表は,ステンシル計算に本質的に必要な部分のみからなる宣言的な記述を入力としCPUクラスタに向けに並列化されたコードを生成するフレームワークについて報告している.ステンシル計算という限定されたドメイン専用とすることで簡便なプログラム記述とGPUクラスタに最適化された並列コードの自動生成を両立するフレームワークを実装し,本フレームワークの評価を行った.その結果,自動生成されたコードが良好な性能が達成されていることを示した.以上のようにHPCに求められる性能と生産性を両立させる本研究は今後の発展が大いに期待されることから,本発表をCS領域奨励賞に推薦する.
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●文脈自由言語と超決定性言語の包含判定問題の決定可能性の型理論を用いた証明
  [PRO-2010-3 (H22. 10. 28) ] (プログラミング研究会)

塚田 武志  君 (学生会員)

発表時所属:東北大学大学院 情報学研究科
受賞時所属:東北大学大学院 情報学研究科
[推薦理由]
本論文は,文脈自由言語L1が超決定性言語Lに包含されるという関係L1⊆L2が決定可能であることを,型理論を用いた新たな証明手法を提案している.この定理自体は既知のものであったが,証明手法自体は,既存のものと比較して全く異なるものであり,大変有用なものであるといえる.また,論文の構成は極めて明晰であり,手法の有効性が分かりやすく提示されており,読者にとって有益な情報を与えるものであった.研究発表については理論に関するものであったにも関わらず,研究の背景,提案手法の要点などを要領よくまとめたものであり,印象的であった.このような理由により,コンピュータサイエンス領域奨励賞に推薦するものである.
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●Spanning tree congestion of k-outerplanar graphs
[2010-AL-130(H22. 5. 19)] (アルゴリズム研究会)

大舘 陽太  君 (正会員)

発表時所属:東北大学 情報科学研究科 システム情報科学専攻
受賞時所属:東北大学大学院 情報科学研究科 数学連携推進室
[推薦理由]
本文では,k-外平面的グラフ上で,spanning tree congestion という問題に解く方法を与えている.これは,1987年に Simonson [Math. Syst. Theory 20(1987) 235-252] により提唱された未解決問題であり,彼の予想に対して肯定的な結果を与えている.また,外平面的グラフ上で,spanning tree congestion を線形時間で求める手法を与えている.spanning tree congestion を一般のグラフで解くことは,NP完全であることが知られており,グラフを制限したとしても,いくつかのグラフクラスに対しては,なおNP完全であることも知られている.大舘氏の与えた結果は,あるメジャーなグラフのクラスに対して,多項式時間で解くアルゴリズムを与えている.さらに,外平面グラフに対して,線形時間という非常に高速なアルゴリズムを与えたことは計算量理論的に非常に興味深い結果である.以上の理由により,CS領域奨励賞に推薦する.
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●特徴の出現回数に応じたL1正則化を実現する教師ありオンライン学習手法
[2011-MPS-82 (H23. 3. 8)] (数理モデル化と問題解決研究会)

大岩 秀和 君 (学生会員)

発表時所属:東京大学 情報理工学系研究科 数理情報学専攻 修士1年
受賞時所属:東京大学 情報理工学系研究科 数理情報学専攻 修士2年 中川研究室
[推薦理由]
オンライン学習において,識別に有用な特徴の選択を行うためにL1 正則化を採り入れた高速かつメモリ効率の良い学習手法FOBOS アルゴリズムが提案されている.しかし、FOBOS アルゴリズムでは,正則化の際に各特徴の出現回数を考慮していないため,特徴出現回数が不均一なデータでは適切に正則化が行えない問題があった.本研究では,FOBOS アルゴリズムのこの問題点を改良し,各特徴の出現回数の情報を利用した学習手法を提案しており,明解な議論・検証に基づいて,提案手法の有効性を示している.オンライン学習の特徴選択手法として,極めて優れた研究業績であり,CS領域奨励賞に推薦する.
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●Dalvikアクセラレータ:Android端末におけるJavaアプリケーションの高速実行機構
[組込みシステムシンポジウム2010 (H22.10.27)] (組込みシステム研究会)

太田  淳 君 (正会員)

発表時所属:東京農工大学大学院 工学府 電子情報工学専攻 博士後期課程 3年
受賞時所属:日立情報通信エンジニアリング(株)
[推薦理由]
Android端末では,JavaプログラムがDalvikバイトコードと呼ばれる独自のバイトコードに変換され実行される.しかし,このバイトコードはバーチャルマシンを介して実行されるため動作が遅いという問題がある.本研究では,Dalvik Register Map Table (DRMT) を提案し,Dalvikバイトコードを高速に実行する.DRMTは,物理レジスタにマップされたオペランドを管理する表で,これを利用することで物理レジスタにマップされたオペランドのロード/ストアの発行を抑止し,効率よくバイトコードをネイティブ・コードに置換え,高速化を実現する.本研究では,従来のJavaバイトコードの高速化方式を詳細に分析し,その結果からDalvikバーチャルマシンの高速化機構を提案しており,組込みシステムにおける今後のAndroid端末の隆盛を考えても,実用的でありかつ学術的な研究要素も多い研究発表であり,今後が期待できる.以上の理由からCS領域奨励賞にふさわしいと考えられる.
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●中断可能な優先度継承キューイングスピンロックのハードウェア実装と評価
[組込みシステムシンポジウム2010 (H22.10.28)] (組込みシステム研究会)

一場 利幸  君 (学生会員)

発表時所属:名古屋大学大学院 情報科学研究科 博士後期課程2年
受賞時所属:名古屋大学大学院 情報科学研究科 博士後期課程3年
[推薦理由]
マルチコアプロセッサを用いたリアルタイムシステムでは,従来,単一のロックに対しては中断可能なキューイングスピンロックアルゴリズムは提案されているが,コア数のスケーラビリティとリアルタイム性の両立に問題があった.これに対して,本研究ではTotally FIFOアプローチをベースに,割込み処理の受付を可能にし,優先度継承を行うことで,割込み処理を受け付けた場合の優先度逆転を解消するPPIQLアルゴリズムを提案し,優先度発光ユニットと優先度順スピンロックユニットからなるハードウェアサポート機構を設計,実現した.実機において評価を行い,提案方式の有効性を確認した.本研究は,既存研究の問題分析,アルゴリズムの提案,実装,評価までを詳細に行っている点が高く評価でき,今後が期待できる.以上の理由からCS領域奨励賞にふさわしいと考えられる.
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