物理空間に埋もれている無限の情報をセンサ等によって大量に獲得し,それを加工して住民や行政にとって有意義な情報を生産し,物理空間へフィードバックすることで,情報の力で街のスマート化を促進できる.エネルギーや医療といった国全体での推進が求められる分野においては国がその推進を担うのに対して,特定の地域に特化した分野においては,地方自治体がその任を負う.一方,地域に特化した情報の獲得には,その地域の事情に合わせてさまざまな情報技術を組み合わせて活用するとともに,地方自治体による日常の行政業務を煩雑化しない工夫が必要である.
筆者らは,神奈川県藤沢市においてこれまで数年間,「ピギーバック手法」による街のスマート化を推進してきた.同手法では,地方自治体がすでに運用しているリソースや業務フローに,それらの運用を阻害しない形で情報技術を追加して,これまで活用されてこなかった情報を物理空間から獲得する.例として,清掃車(いわゆるごみ収集車)に各種センサを搭載して,ごみや資源とともに環境情報を収集する清掃車のIoT化や,清掃車の運行に携わる職員がスマートフォン等を用いて同市内の落書きや不法投棄物等の情報を収集する参加型センシングが挙げられる.
上記のようなさまざまなセンシングデータを,産官学民の多様なステークホルダ間で共有し,情報の利活用を進めるためには,その流通プラットフォームが必要である.筆者らは,物理センサや参加型センサをはじめとする多様なセンサで生成されたデータを,統一的なメタデータを伴って柔軟に流通させられるプラットフォームとして,ユニバーサルセンサネットワーク技術(USN)に関する研究開発を進めている.同技術は通信プロトコルXMPP上のpublish/subscribe機能を用いて,センシングデータの生成側と消費側の相互依存性を解消しながら,スケーラブルなデータ流通を実現している.筆者らが藤沢市内で獲得したセンシングデータはすべてUSNを介して流通しており,現在日常的に500万本のセンシングデータストリームを介して1日約20GBのデータが生成されている.
本稿では,まず藤沢市の持つ地域課題を概説するとともに,USNの概要を述べ,地域課題解決へ向けた取り組みとして,上述した2つのセンシングを詳述する.これまでの実践を通じて得られた経験をそれぞれまとめ,最後に地域のスマート化を進める上での知見を示す.
藤沢市は人口約43万人の自治体で,南は太平洋に面して漁業が盛んであり北は農業が盛んである.それらの中間にJR私鉄の各駅を核とした市街地が広がっている.筆者らは同市IT推進課と連携して,これまで以下2つのアプローチで街のスマート化に関する取り組みを進めてきた.
一方はシーズを起点とするボトムアップ的なアプローチで,市へ技術を提案しその活用法をともに検討する方法である.USN技術に関しては,その実証を目的として,第4章に示す清掃車を活用した地域の細粒度環境センシングを同市へ提案し,これによって得られるデータの利活用方法を現在検討している.他方はニーズを起点とするトップダウン的なアプローチで,市より行政上の課題をヒアリングし,その解決法を提案する方法である.第5章に示す市職員による参加型センシングでは,藤沢市環境総務課より,市内の落書きや不法投棄物,道路面の損傷といった不具合情報を円滑に共有する仕組みが必要との課題が提示され,USNを活用してその解決にあたった.
これらのうち特に後者のヒアリングによって,行政上のさまざまな課題がこれまでに提示されてきた.それらの課題のいくつかは一般的にさまざまな自治体が持つと考えられることから,以下にIoT技術に関連し得るものを例示する.
津波到来時に観光客を含む海辺の人々を津波避難ビル等へ迅速に誘導,避難させるための仕組みが必要である.
大地震等の有事に人的被害や,橋梁や道路等のインフラの被災状況,火災の状況等を正確かつ迅速に把握できる仕組みが必要である.
緊急車両の効率的な運行や花火大会等の非定常時の安全確保のために,道路上の車両の流れ,交通信号や踏切の状況等を実時間把握できる仕組みが必要である.
大気の成分や騒音,臭気など,住民個人を取り巻く環境に関する情報を細粒度に把握できる仕組みが必要である.
自宅にとどまりがちな高齢者を外出に導き,より多くの運動量を確保して健康増進を実現できる仕組みが必要である.
認知症の高齢者が自宅外で道に迷っているときに,そうした高齢者をいち早く特定,発見できる仕組みが必要である.
今後高齢化が進む中で,最終処分場の寿命を正確に予測するためにごみ排出量の把握と今後の人口変化に即した予測が必要である.
道路の凸凹やわだち掘れ,道路標示の擦れといった劣化具体を,多数の公共車両を用いて容易に常時把握できる仕組みが必要である.
自宅から逃げてしまったペットの捜索に関する問合せが行政に日々多数ある中,そうしたペットの捜索を自動化する仕組みが必要である.
筆者らは,センシングデータをスケーラブルに流通させるプラットフォームとして,ユニバーサルセンサネットワーク技術(USN)[1]の研究開発を進めている.
USNは,実社会から獲得される大量のIoTデータストリームを対象として,XMPPを用いて複数かつ多様なストリーム管理技術,データ連携技術,データ解析技術,およびデータ可視化技術を統合可能とし,IoTデータのリアルタイムな流通と利活用を促進するプラットフォームである(図1).上述したいずれの課題においても,物理空間から情報を獲得し,それを集約して適切に解析可能とすることが重要である.それらの情報には,動物や道路面の画像,公共車両の位置や加速度,大気汚染物質濃度など,さまざまなものが考えられる.また,情報の特性に応じて,センシング時のサンプリングレートやデータ量も異なる.
一方,すべてのセンシングデータにはその種類や値の単位,それが取得された位置や時刻といった共通のメタデータが必要であるのに加え,さまざまなアプリケーションが選択的に多様なセンシングデータを組み合わせて利活用可能とするために,統一された通信プロトコルでそれを流通させることが望ましい.そこで本技術では,拡張が容易で形式化されたXMLを用いるアプリケーション層通信プロトコルXMPPを用いて,上記プラットフォームを構築している.センサデータ流通プロトコルとしてMQTTやCoAP,RESTful形式など多様なものが存在するが,XMPPを用いることで,センサデータとメタデータの分離や柔軟なアカウンティング等の機能を提供可能としている.
IoTデータの利活用に際しては,データを取得するためのセンサ設置者とデータ利用者が異なることが通常である.この場合,データ利用者がデータを利用する際に,そのデータがどういったデータであるのか(単位は何か,データ幅は何か)を知る必要がある.このため,センサデータとそのメタ情報の双方を流通可能とする必要がある.
そこで本プラットフォームでは,XMPPのpub-lish/subscribe機構を用いてセンサデータを分散配信するSensor Over XMPP(SoX)機構[2]を用いて実現されている.SoXはXMPP Foundation により標準化が進められており,各センサノードを1つ以上のトランスデューサを含む仮想デバイスとして抽象化し,デバイスおよび各トランスデューサに表1ならびに表2に示すものを含むメタデータを付与できる.各仮想デバイスには,メタデータとセンサデータの送受信をそれぞれ介在する2つのXMPPイベントノードが割り当てられ,アプリケーションはそれらを個別にサブスクライブすることで,各データを受信できる.これにより,ほぼ不変なメタデータをセンサデータの送受信から分離し,通信を効率化できる.
IoTデータの流通に際してはXMPPサーバは以下の要件を満たす必要がある.
オープンな利用が許可された実社会ビッグデータでは,利用者はユーザ登録なしでデータを利用可能とさせる必要がある.これは,一般ユーザのデータ活用を促進させる.
膨大なデータのPub-lish/Subscribeを効率良く処理する必要がある.本研究では一主体ではなく,多数の異種主体によるデータ生産・消費を対象としていることから,処理性能は重要となる.
上記と関係あるが,匿名ユーザへのデータ提供,メタデータの格納・引き出し,センサデータのキャッシュ等,SoXを実現するためにデータベースへのトランザクションが頻繁に起こるため,効率の良いデータベース利用が行われるべきである.
当初は,XMPPサーバとしてejabberd☆1を利用してきた.しかし,プラットフォームで管理する仮想デバイス数や流通するデータが膨大となった際,ejabberdでは処理性能やデータベース利用効率に問題が生じ,上記の要件を満たさないことが判明した.XMPPサーバの実装はejabberd以外にもさまざま存在するが,上記の要件をすべて満たした実装はこれまでなされていない.よって本研究では,この問題を解決するため,Java言語で実装されたXMPPサーバOpenFire☆2を拡張し,IoTデータ流通に適したXMPPサーバ,SOXFireを実装した.各XMPPサーバの実装と,上述した要件との関係を表3に示す. SOXFireでは,ejabberdがサポートしていた匿名Sub-scibe機能をOpenFire内に実装するとともに,それに付随したユーザ情報処理の最適化,メタデータ・センサデータのキャッシング機構等を備える.現在SOXFireは筆者らの研究室内外の数カ所で稼働しており,それらはフェデレーションと呼ばれる相互接続機構により連携している.このうち筆者らがこれまで約2年間運用しているSOXFireサーバでは,現在約500万データストリームを収容している.また,アプリケーションライブラリとして,Java,JavaScript,Objective-Cの各言語でAPIを構築し,Webサイト(http://www.sfcity.jp)で公開している.
細粒度な環境情報把握を実現するために,藤沢市内で100台以上運用されている清掃車にセンサを搭載し,USNを介してセンサデータを収集している.
日本国内には,環境省が設置した大気汚染常時監視測定局が約2,000局存在し,そのうち5局が藤沢市に存在する.一方上述の通り同市には約43万人の住民が暮らしていることから,8万人以上に1局ほどしか存在しないということもいえ,各住民の観点では,自分の吸っている空気がどれだけ綺麗なのか?ということは,正確にはほとんど知り得ないということになる.そこで筆者らは,この空白を埋めるため,毎日市内をくまなく走行する清掃車をIoT化してそこにセンサを取り付け,ゴミや資源だけでなく環境情報も集めるシステムを開発し,運用している.
同システムでは,清掃車の屋根の上にセンサボックスを取り付け,加速度,角速度,方位,気圧,湿度,温度,紫外線(UV-A),照度,PM2.5,およびGPSの各値を毎秒100回測定している.センサボックスは,清掃車内に設置した小型計算機OpenBlocks IoT BX1☆3とUSBケーブルで接続されており,測定データを同計算機から最大通信速度200kbpsの携帯電話網を通じて,やはり毎秒100回,上述したIoTデータリアルタイム流通プラットフォームに送信する.測定データは藤沢市役所内や藤沢市環境事業センター内で図2に示すように可視化され,清掃車のリアルタイム位置把握や環境情報の把握に供されている.特に大規模災害時等に,これらの車両の存在位置を即時把握することで,行政による初動に役立てられる可能性が高いと,藤沢市より期待されている.
本システムでは,清掃車1台につきUSNにおける仮想デバイス1つを設け,運用している.すなわち,特定の清掃車N台から得られるデータを用いるアプリケーションは,それらN台に対応する仮想デバイスのセンサデータをサブスクライブする必要がある.表4に,第2号車に対応する仮想デバイスのメタデータを,また表5に,各仮想デバイスが持つ全トランスデューサのメタデータを抜粋する.センサデータ収集においては,ほぼ一定の遅延でデータが受信できている.図3に,ランダムに選択した4台のセンサボックスからある1日に収集したデータの遅延を示す.ただし,各車両のセンシング開始時の遅延が相対的に大きくなる傾向が見られ,今後の検討課題である.
一方本システムの運用にあたっては,以下に示すいくつかの実践上の課題を解決する必要があった.
上述の通り本システムでは200kbpsの携帯電話網を通じて毎秒100回,清掃車からIoTデータリアルタイム流通プラットフォームへデータを送信している.このとき,同プラットフォームではXML文書をペイロードとするXMPPを用いているものの,センサデータを毎秒100回送信するとこの帯域に収まらないことが判明した.そこで,センサデータを直接同プラットフォームへ送信せず,同プラットフォームのサーバ計算機と同一ネットワークセグメント内に別途設けた中継計算機へバイナリ形式で送信し,同計算機でバイナリ形式からXML形式へ変換してプラットフォームへ送信することとした.上述した遅延にはこの変換に要する時間が含まれている.
清掃車は天候にかかわらず運行されるのに加え,頻繁に洗車される.そのような場合でもセンサボックスをいちいち取り外すことはできない.また,秋以降初冬までは,センサボックス内に結露が生じる.こうした場合でも無メンテナンスで運用を継続する必要があることから,厳重な防水が必要であった.一方センサボックス内にはPM2.5センサを搭載するため,エアフローを確保する必要もあった.そこで,センサボックス内の基板に防水コーティングを施すとともに,水が容易に流入しないよう,空気の流入経路の形状を工夫した.また,清掃業務を妨害しないよう,センシング機材の操作を一切不要とした.具体的には,清掃車のエンジンONにより小型計算機とセンサボックスを駆動開始し,同時に小型計算機のLinux上で起動スクリプトにより携帯電話網に接続するようにした.これらによって,日常の清掃業務にセンシング技術をピギーバックし,職員の手間を要さないデータ収集が可能となった.
本システムで搭載したセンサのうち特にPM2.5濃度は,その特性が温度や湿度に依存している.また,それらの値に基づいてセンサの出力値を正しく計算しても負値が生じるなど,値の信頼性が高くない.このため,取得した値に対して何らかの補正を行い,できるだけ正しいと思われる値を算出する必要がある.これに対して,清掃車は常に運行されることからセンサを取り外して研究室内でキャリブレーションを行うことは現実的ではない.そこで,藤沢市内に複数存在する,環境省待機汚染物質常時監視測定局の速報値を用いて擬似的にそれを行う等,手法の検討を進めている.
センサを用いて取得可能な値に対し,現実には人にしか検出できない事象を,行政職員の五感を用いてセンシングする参加型環境センシングシステム「藤沢みなレポ」を開発・運用し,USNを介してデータ収集している.
落書きや不法投棄物といった事象は,落書きとそうでない絵の区別,あるいは不法投棄物と合法的に排出されたゴミの区別が必要で,それらは現状のセンサでは不可能である.このような事象は一般的には,住民や行政職員が発見した際に,電話等で通報され,担当部署へ場所等が伝達されて対応される.この連絡過程で,場所が曖昧であったり大きさが不明であったりするなど,情報が不完全である場合や,住民等による通報から担当課への連絡までに複数の担当者を介す必要があり,情報の伝達に時間を要する場合がある.これらは行政の業務効率化の観点で課題であり,藤沢市でも大きな問題となっていた.
そこで筆者らは,行政職員を対象として,上記のような不具合事象に関する情報を担当課等と共有できる参加型センシングシステム「藤沢みなレポ」を開発し,2016年10月から運用している.同システムでは,行政職員が,スマートフォンで不具合事象を撮影した画像にラベルを付与して投稿でき,投稿画像をIoTデータリアルタイム流通プラットフォームを介して担当課の職員等へ即時に共有できる.投稿された画像とその位置情報等は,図4に示すWeb画面上で閲覧できるほか,図5に示すように,全投稿画像にフィルタを適用して特定のラベルを持つもののみを地図上に示すこともできる.これらによって,特定の不具合事象に関する詳細な情報を正確に把握することや,さまざまな不具合事象の地理的分布を網羅的に把握することが容易になっている.現在本システムは,不具合事象として落書き,不法投棄,ゴミの出し間違い,道路の陥没や道路標示のかすれ,街灯の不具合等に対応している.
本システムでは,不具合事象のタイプごとにUSNにおける仮想デバイス1つを設け,運用している.すなわち,スマートフォンを持つ任意の行政職員が不法投棄物を発見した際には,自らが「不法投棄物検出センサ」となり,その画像をUSNへパブリッシュする.アプリケーションは,各不具合事象に対応する仮想デバイスをサブスクライブしておくことで,複数の行政職員からのセンサデータを集約して受信できる.表6に,不法投棄物に対応する仮想デバイスのメタデータを,また表7に,各仮想デバイスが持つ全トランスデューサとその内容を示す.これらのトランスデューサは共通に,検出値の単位(units)や最小値(minValue),最大値(maxValue)が空(null)であることから表中には含めていない.
本システムの運用は2016年10月より藤沢市職員ならびに清掃業務委託先職員の計15名で実施している.運用開始より2017年2月初旬までに,約1,000件の不具合事象に関する画像を収集しており,今後利用者をほかの藤沢市職員最大3,500名程度に拡大する予定である.本システムと同様に,街の不具合事象に関する情報を収集するシステムとしては,「ちば市民協働レポート」(ちばレポ)がある.ちばレポは,本システムと異なり千葉市民全員に解放されており,全市民が必要に応じて投稿可能である.一方,データ収集量の観点では,本システムは職員が常時業務に用いていることから4カ月で1,000件であるのに対して,ちばレポは市民による任意利用であるため運用開始から2年半で3,000件にとどまっている.さらに,本システムは職員の行政知識に基づく正しいラベルが画像に付与されていることから,今後大量の画像を収集して機械学習等を行う際の,データセットとしての信頼性が高い.
本システムに関する実践上の課題は,機能の一般化と,開発のスピードであった.本システムの構築は,藤沢市環境事業センター職員の方と筆者の雑談中に出た,市内に約3,000カ所存在するゴミ集積所の管理(写真と位置)を電子的に行いたい,という意見に端を発している.当該意見を満たすことだけを考えれば,3,000カ所で写真をとってGoogleマップ等に登録すれば済むと考えられるが,これと類似する意見として上述した不法投棄物や落書き等の不具合事象の管理円滑化がすでに存在していた.藤沢みなレポは,これらを1つのシステムにより対処することで,市全体のさまざまな行政業務の効率化を目的として,スマートフォンによる写真の撮影と位置情報の付与,ラベル付け,投稿といった一連の一般的な機能により対応可能な要求を抽出して構築した.このとき,構築完了までに長期間を要すると,行政職員の関心が薄れてしまう.そこで本システムは,開発着手からプロトタイプ完成まで約1週間,運用準備完了まで約1カ月の短期間で推進した.筆者らはすでに上述のIoTデータリアルタイム流通プラットフォームを継続運用しており,本システムの開発にあたっては同プラットフォームに接続するスマートフォン用およびWebブラウザ用アプリケーションを構築するだけで済んだことが,短期間での開発に寄与したといえる. 一方で,以下に示す今後の課題が明らかになっている.
今後利用者を多数に拡大していく上では,すでにある職員によって撮影・投稿された不具合事象を,別の職員が再撮影・再投稿せずに済むよう,任意の不具合事象が既知であるかどうか判定する仕組みが必要である.たとえば不法投棄物は,地理的に偏った地点で観測される傾向にある.したがって,ある不法投棄物が回収されたのちに,同一の場所に再度不法投棄されるといったことが発生し得る.このとき,後者の物が前者のすでに回収された物と似ている場合,画像だけからは後者の物が新しく不法投棄されたか,回収されないまま存在していたのか判断できない.したがって,行政業務の実施内容等と画像とを組み合わせて判定する仕組みが必要である.
本システムでは画像に対するラベル付けを職員が手で行う.結果として今後利用者を拡大していく上で,ラベル付けが不具合事象の撮影・投稿に負のバイアスを与える可能性がある.そこで,利用者による入力量を削減するために,ラベル付けを自動化する仕組みが必要である.具体的には上述のように,現在のシステムで収集する大量の画像データとラベルを機械学習し,結果として生成されるモデルを用いて画像から各不具合事象ラベルを自動的に抽出する仕組みを構築していく.
上述した清掃車センシングと藤沢みなレポの2システムでは,前者において環境情報に関する数値データが毎秒100回パブリッシュされ,後者においてスマートフォンで撮影した画像データが任意のタイミングでパブリッシュされる.また,清掃車センシングでは朝8時前から夕方まで常時数十台の清掃車が運行している.これらのことから,XMPPを用いたUSNの実装について次のことを示した.まず,実時間性について,XMPPパケットのペイロードXMLのタグを含むことからMQTTと比較して非効率であるのに加え,数値データと比較して大きな画像データが断続的にパブリッシュされ,データの連続的な処理に対して外乱となり得る.しかし清掃車センシングにおいては,少なくとも1秒あたり延べ数千個のデータについては,大きな遅延を生じることなく処理できた.このことから,特別行政区を除く市町村規模の自治体であれば,1台のUSNサーバを用いて同様のスマート化が可能であるといえる.
次に,USNを介して数値データや画像データ,テキストデータなど多様なデータを送受信できることを示した.多様な行政課題の解決には各課題に特化したアプリケーションやシステムが必要となり,それらのシステムの機能要求に柔軟に対応できるプラットフォームが必要である.USNでは,多様なデータに対応できるのに加え,データに対するアクセス制御や,複数のXMPPサーバを自律分散協調的に運用するフェデレーション機構によるスケールアウトが可能である.これらより,複数台のUSNサーバを連携させ,正しくアクセス制御を行うことによって,自治体の規模を超えた広域のスマート化も可能であるといえる.
地域課題の解決を含むスマートシティの実現へ向けてさまざまな要素技術の研究が進んでいる[3].都市に存在するさまざまなIoT機器のデータを統合管理するプラットフォーム[4][5]は,クラウドコンピューティング技術を中心として,都市のセンシングデータを集中的に扱う.これに対してUSNでは,IoTデータの流通に特化することで,データの保存や解析等のサービスをエッジ側に委譲し,より柔軟なサービス創出を可能とする.
また,スマートシティにおける実空間のセンシング機能をクラウドコンピューティング技術におけるサービスとして実現する[6]技術や,センシング結果を活用したさまざまなアプリケーションによるスマートシティの実現手法に関する研究[7]が提案されている.これらの研究では,センシング機能がハードウェアとしてのセンサによってのみ提供されることが想定されている一方,USNでは人の五感を用いた参加型センシングや,Webページから実空間データを抽出する仮想センシング[8],清掃車等の車両を活用したオートモーティブセンシングなど,さまざまなな形態のセンサから得られるデータを柔軟に利活用可能としている.
本稿では,さまざまなセンシングデータを実空間から収集し,住民や自治体,大学,民間企業をはじめとするステークホルダ間で共有し,情報の利活用を進めることで地域課題の解決に繋げることを目的として,まずセンシングデータの流通プラットフォームとしてユニバーサルセンサネットワーク技術(USN)を提案した.同技術では,物理センサや参加型センサをはじめとする多様なセンサで生成されたデータを,統一的なメタデータを伴って柔軟に流通させられ,通信プロトコルXMPP上のpublish/subscribe機能を用いて,センシングデータの生成側と消費側の相互依存性を解消しながら,スケーラブルなデータ流通を実現している.また,USNを用いて実現した2つの実空間センシング事例として,清掃車センシングと藤沢みなレポを示した.これらのシステムの開発・運用を通じて,USNの応用可能性やスケーラビリティを示した.今後,これらの技術の社会実装を進めるとともに,より多くの課題解決に向けた取り組みを進めるために,FederationによるUSNの大規模化と,実時間性の向上に取り組んでいく.
謝辞 本稿は,理化学研究所委託研究「実社会ビッグデータ利活用のためのデータ統合・解析技術の研究開発」,NICT委託研究「ソーシャル・ビッグデータ利活用・基盤技術の研究開発」,およびNICT委託研究「欧州との連携による公共ビッグデータの利活用基盤に関する研究開発」によるこれまでの成果をまとめたものである.
慶應義塾大学環境情報学部准教授.博士(政策・メディア).1998年同大総合政策学部卒業.2001年同大学院政策・メディア研究科修士課程修了.2001年同学院同研究科博士課程修了.ミドルウェア,システムソフトウェア,ユビキタスコンピューティング,センサネットワーク等の研究に従事.電子情報通信学会,ACM,IEEE各会員.
陳 寅(非会員)yin@ht.sfc.keio.ac.jp1986年生.2008年中国西安電子科技大学計算機科学部卒業.2011年同大学院計算機システム研究科修士.2014年公立はこだて未来大学博士号取得(システム情報学).2014年10月まで,同大学博士研究員.2014年11月,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教就任.IEEE 会員.専攻はmobile ad hoc network を中心とするモデル化と性能分析.現在,ゴミ清掃車を用いて,街からデータを取集するシステムの研究と開発に集中.
米澤 拓郎(正会員)takuro@ht.sfc.keio.ac.jp2007年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士.2010年同大Ph.D.(政策・メディア).現在,同大学大学院政策・メディア研究科特任講師.主に,ユビキタスコンピューティングシステム,インタラクティブシステム,センサネットワークの研究に従事.ACM各会員.
大越 匡(正会員)slash@ht.sfc.keio.ac.jp1998年慶應義塾大学環境情報学部卒業.2000年同大学院政策・メディア研究科修士.2006年カーネギーメロン大学計算機科学部計算機科学科修士(M.S. in Computer Science).企業勤務を経て,2012年シンガポール経営大学情報システム学部研究員,2015年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士.現在,同大学院政策・メディア研究科特任講師.モバイルコンピューティングシステム,ユビキタスコンピューティングシステム,分散システム,ヒューマン・コンピューティング,インタラクションに関する研究に従事.IEEE,ACM各会員.
徳田 英幸(正会員)hxt@ht.sfc.keio.ac.jp1975年慶應義塾大学工学部卒業.同大学院工学研究科修士.ウォータールー大学計算機科学科博士(Ph.D. in Computer Science).米国カーネギーメロン大学計算機科学科研究准教授を経て,1990年慶應義塾大学環境情報学部に勤務.慶應義塾常任理事,環境情報学部長,大学院政策・メディア研究科委員長を経て,現在,国立研究開発法人情報通信研究機構理事長,慶應義塾大学環境情報学部客員教授.専門は,ユビキタスコンピューティングシステム,OS,Cyber-Physical Systems等.本会フェロー,日本ソフトウェア学会フェロー.現在,日本学術会議会員を務める.