デジタルプラクティス Vol.8 No.3 (July 2017)

水道事業のRAMI4.0を適用した情報標準化モデルとその実証

土井 利次1  石川 裕治1  山口 智孝1

1(株)NTTデータ 

重要インフラ分野の1つである水道事業における浄水場のプラントシステムに対して,インダストリ4.0のテンプレートであるRAMI4.0を適用した情報の標準化モデルを構築した.また,現状のシステム構成を踏まえ,水道の広域化に資する水道CPS実装モデルを提案し,既存の浄水プラントシステムからのデータインタフェース方法について具体化した.さらに,具体化した方法により,実際の浄水場からのデータを水道CPS実装モデルに標準フォーマットを用いて流通させ,異なる浄水プラントシステム間で共通的にデータを収集し、統合的に運転を行う実証実験[1]を行った.

1.はじめに

水道事業は水源から原水を取水し,電力と,薬剤等を使って原水を浄水に加工し,配水,給水網を使って,給水区域内の需要家に水を提供する事業である.

国内の水道事業者の共通の課題として,給水人口の減少・水使用量の減少,料金格差,有利子負債,ベテラン職員の大量退職などがある.これらの課題を解決する施策として経営・技術の両面にわたる運営基盤の強化が挙げられる.具体的には水道事業の広域化等が検討されている.

本稿では,はじめに浄水プラントシステムに対しCPS(Cyber-Physical System)/IoT(Internet of Things)の国際標準であるインダストリ4.0のアーキテクチャモデルであるRAMI4.0を適用し,水道CPSモデルとしてモデル化した結果を示す.次に現状の浄水プラントシステムの構成を踏まえ,水道の広域化に資する水道CPS実装モデルに展開し,既存システムからのデータインタフェース方法について具体化した.さらに,具体化した方法により,異なるプラントシステム間で共通的にデータを収集し,統合的に運転を行う実証実験を実施した結果を示す.

2.情報モデル化の方針

ドイツでは,製造現場において第4次産業革命(インダストリ4.0)が推進され,標準化が進められている.その一環でインダストリ4.0のフレームワークとしてリファレンスアーキテクチャモデル(RAMI4.0)[2]が制定された.RAMI4.0では既存の標準規格をそのまま活用することとし,レイヤ軸の「通信」においては,OPC UA(IEC 62541) [3]を,階層レベルでは,ISA-95(IEC 62264)[4]を適用することが推奨されている(図1).

図1 リファレンスアーキテクチャインダストリー4.0(2015年度版 経済産業省ものづくり白書 P.191より引用)

水道事業と類似した事業モデルである石油精製プラントシステムでは,1980年代から製造現場にプログラマブルロジックコントローラ PLC(Programmable Logic Controller)などの制御システムが,1990年代後半から製造実行システムMES(Manufacturing Execution Systems)が,2000年代後半以降,製造オペレーション管理システムMOM(Manufacturing Operations Management)がそれぞれ導入されてきた.特にMOM は,標準規格ISA-95 として標準化され,RAMI4.0でも推奨されている.

一方,日本の水道事業においては,PLC等の制御システムと,製造実行システム(MES)の機能の一部であるシステム監視・プロセス制御システム(Supervisory Control And Data Acquisition)は広く導入されているが, MESのほかの機能や, MOMの導入は遅れている.

そこで水道事業においてもRAMI4.0,特にISA-95を適用し情報のモデル化を図る方針を採用した.

3.水道CPSの機能階層モデル

本章ではISA-95の機能階層モデルを水道CPSに適用する.

3.1  機能階層の定義

水道CPSの機能階層を図2に示す.

図2 水道CPS機能階層

ISA-95と比較した場合,ISA-95ではレベル0は定義されていないが,水道CPSではRAMI4.0の製造を割り当てた.また,レベル1,2においてはISA-95ではバッチ制御等も対象となっているが水道CPSでは連続制御に限定した.またレベル3において施設建設や維持管理などのアセットマネジメント系への拡張を行ったことが特徴である.

3.2 レベル4モデル

レベル4は水道事業の経営にかかわる機能である.水道事業とその関係者ならびに関係する業務についてのステークホルダについて整理した結果を図3にユースケース図として示す.水道事業者には末端給水事業者と用水供給事業者が存在する.末端給水事業者は,給水契約に基づき需要家に給水し,用水供給事業者は送水契約に基づき末端給水事業者に送水する点が異なる.

図3 水道CPSレベル4のユースケース図

3.3 レベル3モデル

レベル3では製造オペレーション管理(MOM)のデータフローをモデル化した.ISA-95は,生産コントロールを中心に,生産スケジューリング,資材およびエネルギーの管理,保全管理,品質保証,製品在庫管理の6つの業務で構成されており,これを水道業務にあてはめ,図4で表現するデータフローモデルを作成した.

図4 水道CPSレベル3のデータフロー図

3.4 レベル3の詳細化とレベル0への結合

前節ではレベル3の6つの業務間のデータフローを示したが,6つの業務は,その業務ごとにさらに詳細な業務に細分化される.

また,細分化された業務は最終的にレベル0の装置から出力されたデータをレベル1,2で変換したデータが入力される.図5に資材およびエネルギー管理のうちの原水の管理について詳細化した例を示す.

図5 水道CPSレベル3の詳細フローの例

4.水道CPS設備階層モデル

ISA-95では,機能階層モデルの概念とならび設備階層モデルを定義している.設備階層モデルとは,製造業の物理的な施設・設備を表現したものであり,連続生産,ディスクリート生産,貯蔵等のモデルが定義されているが,ここでは,連続生産用のモデルに従って図6のようにモデル化した.

図6 水道CPS設備階層モデル

水道CPS設備階層モデルにおいて,設備階層は以下のように定義する.

  • エンタープライズ:水道事業者
  • サイト:給水区域
  • エリア:浄水場の管轄エリア
  • ワークセンタ:水源,浄水場,配水
  • ユニット:
    -生産ユニット:ワークセンタ内のシステム
    -ワークユニット:生産ユニットの設備など

    5.水道CPSモデルの実装

    本章では,これまでに述べきたCPSモデルに対してどのように既存の浄水プラントシステムからデータを収集するのかについて述べる.

    5.1 現状の浄水プラントシステム

    既存の浄水プラントシステムは生産の規模に応じてさまざまなシステム形態があるが,中規模以上の浄水プラントシステムは図7のようなシステム構成をとることが多い.

    図7 既存の浄水プラントシステムの構成
  • 生産ユニット
  •  生産ユニットは,上位とは電気信号等で接続され,センサ等により状態を測定するだけでなく,上位機器からの指示により,ポンプ類やモータを駆動し薬剤注入,攪拌,くみ上げ・搬送を行う.
  • IO装置
  •  生産ユニットより出力される電気信号線を束ねる機器であり,伝送路として用いられる.
  • PLC
  •  PLCは,リレー回路の代替装置として開発されたコンピュータ制御装置でシーケンス制御,演算処理等のプログラムが実装可能である.PLCは各装置からの信号が収容単位で接続されており,PLC装置内に持つメモリ空間を通して信号の入出力が可能な構造となっている.
  • DCS/監視サーバ
  •  DCS(Distributed Control System)は,センター集中型ではなく,構成機器ごとに制御装置がある形態のものであり,計装機器会社等の専用装置として提供されている.DCSはPLCのメモリ情報に同期し,信号値データ,警報データ,設定値データにアクセス可能である.また生産ユニットの設定値の変更や,停止・起動等の操作をPLCのメモリに対して直接指示する.一方,監視サーバはDCSに接続し,設備監視用のデータの履歴保存,表示などが可能な装置である.
  • HMI/業務サーバ
  •  HMI(Human Machine Interface)は,オペレータが画面を介して入出力インタフェースを行う装置であり,信号の一覧表示,履歴・トレンド表示および帳票出力が可能である.また生産ユニットに対しての操作を操作画面等から行うことができる.

    業務サーバは配水計画の作成機能や,業務日誌に用いる個別帳票を作成する機能など,運転業務を遂行するための機能を持つサーバである.業務サーバは,HMIやDCSに対して疎連携であり,直接的な生産ユニットへの指示はHMIから実施される.

    5.2 CPS実装モデルの構成

    現状の浄水プラントシステムは,設備階層モデルのエリア内の情報のみを扱い,ワークセンタごとに個別にシステムが構築されるケースも多く,システムの連携性に乏しい.今後,水道の広域化を行う場合,浄水場内のシステムの統合のみならず,複数の浄水場のシステム統合も必要になる.そこで,図8に示すようにレベル4あるいはエンタープライズまでの情報を取り扱うことが可能な水道CPS実装モデルを採用した.水道CPS実装モデルは下位インタフェースと上位インタフェースの2つのインタフェースを持つ.

    図8 水道CPS実装モデル

    5.3 水道CPSモデルのインタフェース

    (1)下位インタフェース

    既存の浄水プラントシステムで扱っている情報は,「どの機器・ユニット」の「何という名前」のデータであるかを上位のアプリケーションで利用できる形式に紐づけする必要がある.この射影されたデータを「アドレス空間」と呼ぶ.変換の際には,設備階層モデルごとに定める辞書ファイルを作成し,装置名が統一されるように工夫を行う.このようなインタフェースをとる通信モデルの例としてOPC UAがあり,RAMI4.0でも推奨をしていることからここでもOPC UAを採用した.実設備からアドレス空間への変換例を図9に示す.

    図9 実設備からアドレス空間への変換例

    (2)上位インタフェース

    アドレス空間に格納されたワークユニットの情報はそのまま上位のアプリケーションで利用できるわけではない.たとえば,上位アプリケーションでは,センサの積算値,時間平均値などを計算に必要とする場合も多い.また,ワークセンタごとにアドレス空間自体の表現に,ばらつきが生じることもある(採用するOPCサーバの仕様によりデータ配置がPLCごと,装置ごとなど任意性が生じる).さらに,上位アプリケーションでアドレス空間のすべて情報が必要とされているわけではなく,通常はその一部が使用できればよい.

    そこでアドレス空間の情報を変換し(データプロファイル化),CPS機能レベル3以上の上位のアプリケーションが利用できる形態である「データ共有空間」に格納する.既存システムからアドレス空間を経由し,データ共有空間にデータ変換する処理を図10に示す.

    図10 実設備データのデータ共有空間へ変換処理

    6.水道CPSモデルの実証

    本章では、実際の浄水プラントシステムに水道CPSモデルを適用し,異なるプラントシステム間で情報を統合的に収集し,遠隔で監視,制御するための機能を試作した結果を示す.実証システムの開発は,経済産業省の平成28年度「IoT推進のための社会システム推進事業(社会インフラ分野でのIoT活用のための基盤整備実証プロジェクト)」により行い、実証実験のフィールドは香川県水道局,高松市上下水道局,八戸圏域水道企業団の協力を得て実施した.実プラントシステムとのデータの授受はRAMI4.0ベースの標準モデルにより実現し、運用管理・統合制御を模擬する上位アプリケーションと結合した.

    6.1 既存システムからのデータ取得

    既存システムからデータを取得しクラウド上に存在する水道CPSデータ共有空間へデータを収集する実証実験のシステム構成を図11に示す.また,図12に実証実験におけるアドレス空間,図13にデータ共有空間のトレンド表示例を示す.実験システムではデータ共有空間に安定してデータを変換でき,既存システムからデータを収集可能なことが実証できた.

    図11 水道CPS実証実験設備のシステム構成
    図12 水道CPS実証実験におけるアドレス空間
    図13 水道CPS実証実験におけるデータ共有空間データのトレンド表示例

    6.2 CPSモデルにおけるデータ活用

    データ共有空間に格納されたデータの活用を具体的に例示するために,実証実験フィールドの浄水場の配水量データならびに貯水量データをオフラインで取得し,情報提供画面を試作した.試作範囲は図3において,受配水計画業務と配水業務の2つの業務とした.また, 広域的にシステムが利用されることを想定し,現在のシステムに対し以下の差別化を図った.

  • 複数のサイトの生産情報(配水量)の同時表示(現状では単独サイトの情 報のみ表示)
  • 複数のサイトの配水池情報(生産余剰)の同時表示(現状では単独サイトの情報のみ表示)
  • 複数のサイトの配水池情報(生産余剰)の同時表示(現状では単独サイトの情報のみ表示)
  • 生産コストや生産余裕などのKPI(Key Performance Indicators)の表示と運用の示唆(現状では運用者の判断による)
  • 機能実証に用いた水道CPSにおけるデータ活用の画面例を図14に示す.

    図14 水道CPSにおけるデータ活用(情報提供画面)の例

    図14に示すように,水道CPSを導入すれば,データ共有空間に個別のメーカにより整備された複数のワークセンターの情報が収集できるようになるため,ワークセンター間の情報を統合的に表示ができるだけでなく,別の業務間でもデータ連携をすることが可能となる.さらに,ワークセンター間や業務間でリソース配分など競合が発生する場合,KPIを最適化するように運用することができるようになることが実証できた.

    7.プラクティスのまとめと今後

    RAMI4.0は,製造業向けの標準規格とされ,工場などでの適用が進んでいる.一方,インフラ分野においてはSociety5.0[5]が提唱されているものの,概念論にとどまり,まだ具体的な実装方法については言及されていない.本稿では,社会インフラ分野のプラントシステムの統合について,製造業向け標準規格を適用することで次のことが実証できた.

  • 情報の標準化モデル化の構築
  • 既存プラントシステムの構成からCPS実装モデルの構築
  • 既存プラントシステムのデータインタフェース方法の具体化
  • プラントのデータをCPS実装モデルに標準フォーマット化
  • 異なるプラントシステム間で共通データを収集した、統合的な運転

  • 今後,業務処理として実装されるアプリケーションソフトが高機能化,高度化され,水道CPSで実装される機能の範囲が拡大するにつれて,システム全体の自動化の程度が向上し,最終的には,水道業務全体が制御シミュレーションモデルとして実装されるようになる.そうなると,図3に示すデータフローに従って実システムからデータが収集され,データが処理され,実システムを自動的に制御可能となるため,実システムとシミュレーション結果との差分が大きいときにだけ運用者が操作する運用形態となる.これは運用者の負担軽減,信頼性の高い運用を実現させる.

    インフラ分野における標準化をさらに推進するとともに,システムをクラウドに接続する場合などに生じるセキュリティにも対応の検討を進め,水道CPSの実現を目指したより広範囲な実証実験を継続する予定である.

    参考文献
    • 1) 平成27年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(水道事業におけるCPS実装のための調査研究)報告書,http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/280662.pdf
    • 2) 2015年版ものづくり白書(PDF版),http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2015/honbun_pdf/
    • 3) OPC Unified Architecture仕様 (IEC 62541),https://jp.opcfoundation.org/developer-tools/specifications-unified-architecture.
    • 4) ISA-95.com,https://isa-95.com/
    • 5) 紅林徹也: Society5.0の実現に向けたプラットフォームのあり方,オペレーションズ・リサーチ学会: 経営の科学 61(9), pp.568-574, (2016年9月)
    • 土井 利次(非会員)doits@nttdata.co.jp

      1992年京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻(修士課程)修了.(株)東芝入社.宇宙用ロボット,道路管理システム等遠隔制御監視システムを開発.2005年(株)NTTデータ入社.ビル,橋梁等のM2Mシステムを担当.2015年より水道CPS ワーキンググループ委員.

      石川 裕治(非会員)ishikawayuj@nttdata.co.jp

      1996年東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻(修士課程)修了.NTTデータ通信(株)(現(株)NTTデータ)入社.放送型通信システム,防災システムの研究開発を実施.2008年博士号取得(工学博士)(社会人博士).2016年より水道CPSの実証事業に従事.

      山口 智孝(非会員)yamaguchitma@nttdata.co.jp

      2000年東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻(修士課程)終了.国内SIベンダ等でのシステム開発業務従事後,2009年(株)NTTデータ入社。通信システム開発,M2Mシステムの製品開発,実証事業などを経て2016年より水道CPSの実証事業に従事.

      採録決定:2017年5月24日
      編集担当:藤瀬哲朗((株)三菱総合研究所 )