デジタルプラクティス Vol.8 No.3 (July. 2017)

E235系~次世代列車情報管理装置(INTEROS)と車両メンテナンス~

山下 雅徳1  久保田 遼子1

1東日本旅客鉄道(株) 

東日本旅客鉄道(株)(JR東日本)は,2016年度より山手線にて新型通勤車両であるE235系の量産先行車を新造し,営業運転を開始した.本稿では,E235系量産先行車における新規技術の1つである次世代列車情報管理装置(INTEROS)のシステム概要説明および,モニタリングデータを活用するメンテナンスの取り組みについて紹介する.

1.E235系電車の概要

東日本旅客鉄道(株)(以下,JR東日本)では,研究開発部門やメーカと連携し,安全,安定性の向上,省エネの推進のため,技術開発に力を入れている.このたび,現在の主力首都圏通勤型車両であるE231系,E233系にこれまでの技術開発成果を取り入れた次世代の新型通勤車両であるE235系量産先行車を製作した. E235系量産先行車の仕様を表1に示す.

表1 E235系量産先行車仕様

2.E235系デザインコンセプト

本車両の特長として,「人と対話する車両」という開発イメージをもとに,開発のキーワードとして,「お客さま,社会とコミュニケーションする車両」とした. 車両外観については,前面の大きな窓や行先表示装置により,人と人,人と社会を繋ぐ情報の窓を表現した. 車体構造は,E233系など従来車両と同様のステンレス構造としたが,雨どいが外側に出ない車体断面を新たに採用した.

車体外板のデザインとしては,山手線の路線カラーである黄緑色を踏襲したが,長手方向に連続するカラー帯にかわり,ドア部のみ縦方向の塗色とした点が大きな変更点となった(図1).

図1 E235系量産先行車 外観写真

また,客室内装については,居住空間を広く感じられるオープンなデザインとした.客室内の最も大きな特長としては,窓上部および妻上部にディジタルサイネージを新たに配置した点にある.これらの車内表示器については,既存の表示器より一回り大きいサイズの21.5インチの表示器を搭載し,より高精細な映像コンテンツによる多彩な表現力が可能となった.特に窓上部の連続した3画面は,つながった1つの画面のように使用することもできる.また,車いすのお客さまに限らず,ベビーカーをご利用のお客さまにご使用いただけるフリースペースを各車両に1カ所ずつ設置した(図2図3図4)[1].

図2 車内写真
図3 フリースペース
図4 窓上3連ディジタルサイネージ外観写真

これらとあわせて,車両の特長として「①お客さまサービスの向上」「②環境性能の向上」「③さらなる安全性・安定性の向上」を実現するため,列車の車両情報制御システムには次世代を担うべく新たな列車情報管理装置(INTEROS)を新機軸として導入した.

3.INTEROS

本章ではE235系量産先行車のINTEROSについて述べる.

3.1 背景

運転台からの指令を車両に搭載している各機器に伝えるとともに,各機器の状態を運転台に表示する車両制御システムは,車両の情報をつかさどる中枢部としてその重要性を増している.JR東日本では,従来の列車情報管理装置(TIMS:Train Information Management System)を通勤電車や特急電車を問わず幅広い車両に導入し,車両間を引き通す制御線の削減および編成全体としての機能向上を図ってきたが,これらのシステムには専用の技術(データ伝送方式)が用いられ,通信速度やコスト等の課題があった [2].

将来求められる新たな機能に対応するため,伝送容量が上限となっていた現状のTIMSのデータ伝送方式(アークネット:10Mbps)を抜本的に見直すことで,高機能化に向けたネットワークの拡張性を向上させることが必要となった.

このような背景の中で,JR東日本では,INTEROS (インテロス:INtegrated Train communication networks for Evolvable Railway Operation System)の開発を進め[3],さらに個別に開発を行っていた機能や営業車両として必要な機能を統合し,このたびE235系量産先行車として実用化した [4].

3.2  イーサネット技術の採用

車両間をわたり編成を引きとおす基幹伝送路で比較すると,TIMSで採用しているアークネットは10Mbpsが最大通信速度となっているが,インターネットで汎用化しているイーサネット☆1は,1990年代以降急速に進化し,2015年現在では100Gbpsイーサネットの製品開発が進められている.INTEROSで採用した100BASE-TXは, 100Mbpsイーサネットの一規格で,工場などで使用される産業用イーサネットなどの分野で採用され,国際規格化となるなど産業分野で実績があり,またさまざまな分野に使用されていることから,ハードウェアやアプリケーションを実装する上でも有利であるといえる.また,イーサネットを採用することでさらに汎用性を高め,ネットワークに多様な製品を容易に接続できるように考慮した構成となっている.

3.3 機能別ネットワーク

INTEROSでは,信頼性の向上,サービス向上を実現するために,情報伝送の大容量化による拡張性の向上が必要であり,前述のように,基盤技術として,100BASE-TXを採用した. また,TIMSでは制御に関するデータと各機器の状態監視に関するデータを1つのネットワークで伝送していたが,信頼性向上のためネットワークを機能別に分離した. 図5にネットワークの構成と各装置の接続イメージを示す.

図5 INTEROSネットワーク構成
3.3.1  制御系ネットワーク

「走る」,「止まる」など,車両の走行に関する情報をつかさどる情報を扱うネットワークであり,異常時における冗長性を考慮した二重系構成としている.

3.3.2  状態監視系ネットワーク

機器のモニタリング情報やメンテナンスに必要な情報を扱うネットワークであり,異常が発生しても運転に支障がないものとしている.制御系とハードウェアおよびソフトウェアを分離することによりシステム全体の信頼性向上を目指している.さらに,軌道や架線の状態など地上設備に関するモニタリング装置についても状態監視系ネットワークに接続している.

3.3.3  情報系ネットワーク

お客さまへ提供する案内情報や動画・静止画などのコンテンツ配信などを扱うネットワークである.お客さまに車外で行先・列車種別をお知らせする行先表示器や,車内にて案内表示,広告表示をお知らせする車内表示器が接続されている.

3.4 制御処理方式

従来のTIMSでは,両先頭に搭載された中央ユニットと各車両に搭載された端末ユニットのそれぞれで制御演算処理を実施する分散型の処理方式であったが,INTEROSでは編成全体のハードウェア削減によるさらなる信頼性向上のため,制御演算処理を中央ユニットで実施する集中型の処理方式を採用した.

集中型の処理方式を採用することにより,伝送ユニットのハードウェアが簡略化されるため,分散型の処理方式よりもハードウェアを削減が可能となる.

集中型の処理方式を実現するためには,各車両の情報を中央ユニットに集約し,全車両分の制御演算処理を中央ユニットにて実行する必要があり,伝送速度の高速化,中央ユニットの演算処理能力の向上が求められる. INTEROSでは100Mbpsイーサネットを採用したことと,中央ユニットのCPU演算能力を向上したことにより,集中型の制御処理方式を実現可能とした (図6).

図6 INTEROS制御処理方式
3.4.1 中央ユニット

INTEROSの監視・制御の演算処理を実行する.集中型の処理方式を実現可能な処理能力を有する.ユニットの奥行きは,従来TIMSの中央ユニットより約3割削減した(伝送ユニットも同様).

3.4.2 伝送ユニット

車両間,および,車両内の各機器とのイーサネットフレームの集約処理,転送処理を行う.車両内の各機器にIPアドレスを払い出すために,伝送ユニットには,DHCP(Dynamic Host Configuration Protocol)サーバ機能が搭載される.

戸閉制御装置は,配線や機器の構成上,RS485を用いて伝送するが,伝送ユニットにRS485インタフェースを搭載することにより,RS485とイーサネットの変換処理を行うユニットを別途設けることなく伝送データを統合可能としている.

車両間の伝送路には,冗長性を確保するために,伝送ユニットの故障時に,伝送ユニットをバイパスする機能を有する.

3.4.3 保全ユニット(車両保全サーバ)

INTEROSおよび車両搭載機器の動作状態を記録する機能を有する.また,車上・地上間通信処理の中継機能を有しており,記録データは,逐次WiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)にて地上に送信されるが,車上・地上間通信不可時のバックアップとして数日分を保全ユニットにて保持可能である.

両先頭車に搭載することで,相互にバックアップを行い,記録の冗長性を考慮した構成としている.

3.4.4 運転台表示器

INTEROSとのユーザインタフェースとなり,タッチパネル式のLCDを用いて車両の情報表示,操作内容の入力などを行う.運転席の視界を確保するため,高さを抑えつつもワイド画面を採用することにより従来TIMS相当の情報表示量を確保した.

3.5 車上・地上間通信

従来のTIMSにおいても,一定の車上・地上間通信は,在来線ディジタル無線を用いたデータ通信機能により,故障通知機能などで実現されていたが,そのデータ伝送量は限定的であった.今回,INTEROSでは従来よりも高速な伝送路によって集められたさまざまなデータを,高速,大容量のモバイルブロードバンド通信の方式であるWiMAXを用いて,地上システムに送信している.この車上・地上間の通信を用いて車両のさまざまなデータを送信することで,遠隔地からのモニタリングが可能となるだけでなく,車両搭載機器のソフトウェアや設定パラメータの変更など,地上システムからのデータ送信も可能となる.この車上・地上間通信による,車両データについては,各種走行試験にて得られた試験結果のデータの解析時や,不具合事象に対するトラブルシューティング時に,既存の車両と比べて詳細な走行中のデータが得られることから,試験結果をもとに、数多くの機器調整作業、不具合の復旧作業に効率的に取り組むことができた.

3.5.1 全体の構成

車両の保全ユニットはWiMAX端末装置より,当社の閉域網や,地上側の車両状態管理状態装置を経由して,専用サーバに車両の情報が蓄積されるシステムとなっている(図7).

図7 車上・地上間通信の構成
3.5.2 車両側の動作

INTEROS中央ユニットに付属する 車上保全サーバが地上とのデータ連携を一元管理するプロキシとなり,状態監視系ネットワーク,情報系ネットワークに接続する各機器が地上システムと通信することを可能としている(図8).

図8 通信における車上保全サーバの役割

車上保全サーバがプロキシの機能を果たすことにより,車上・地上間通信方式を変更する場合や,地上システムの拡張によりデータ送信先の変更が発生した場合であっても,影響範囲を車上保全サーバのみに局所化することが可能である.

車上保全サーバは,車両の走行情報や車両内機器のモニタリングデータを一元管理する機能を備えている. WiMAXの高速通信により,走行速度や位置といった走行状態や車両内機器の動作状態をリアルタイムに地上システムへ通知することが可能である.

車上保全サーバと地上システム間の通信プロトコルには汎用性を高めるためにhttpを採用した.これにより,車上保全サーバがプロキシとして動作することでWeb技術により構成された地上システムと車両内アプリケーションが直接通信できるような構成を実現した.

3.5.3  地上側との連携

社内の端末からイントラネット経由でこのサーバにアクセスすることで,車両の状態に関係なく,実際の車両に行かなくてもいつでもデータを読み出すことができ,また複数の個所から同時にアクセスすることが可能となった.主に確認できる情報は以下のとおりである.

  • 故障情報記録の読み出し
  • 表示画面情報の伝送
  • 車上試験記録の転送

反対に地上から車上へソフトウェアやパラメータを送信することも可能である.たとえば従来ダイヤ改正などで車両ごとに出向いて一編成ごとにローディングを行っていた案内放送のコンテンツ変更作業はINTEROSのリモートローディングによる配信機能を使用することで更新できるため,展開状況の把握や作業効率の向上が可能である. これらの機能により,走行中,停車中に関係なく,メンテナンス性が各段に向上し,線区ごとの多くの編成の情報を一元化して管理することが可能となった(図9).

図9 車両と地上の連携イメージ

データを活用したメンテナンス

本章では,E235系から得られる車両のモニタリングデータを活用したメンテナンスについて述べる[5].

4.1 取得できる車両データとその活用

E235系では前述のとおり,車両の走行情報やブレーキ制御装置や空調装置などの各種車両搭載機器からINTEROSへ伝送されている膨大な機器のモニタリングデータ(図10)をリアルタイムに地上システムへ送信している.送信されるモニタリングデータは一編成あたり1日約1GBであり,地上システムはそれを蓄積している.

図10 取得データの一例(ブレーキ関係情報)

このINTEROSから送信されてくるモニタリングデータの活用が想定される一例として,リアルタイム性を活かした故障発生時の早期状況把握が挙げられる.また,地上システムに蓄積されたモニタリングデータを活用することで,故障の原因分析や車両ごとの機器の個体差が把握できる.さらに,蓄積された情報と現在の機器状態を組み合わせて分析することで,故障予兆の検知や劣化把握等の寿命予測の実現が期待される.故障予兆の検知や寿命予測が実現すると,従来の周期で管理するメンテナンス(TBM:Time Based Maintenance)から車両や機器の状態に応じたメンテナンス,いわゆるCBM(CBM:Condition Based Maintenance)へ移行することができ,さらなる安全・安定輸送の実現とメンテナンスの省力化が期待される.

4.2 CBMの実現に向けた取り組み

4.2.1 プロジェクトチームの設置

車両のモニタリングデータを寿命予測等でメンテナンスに有効活用するためには,鉄道車両や車両メンテナンスの知識に加えて,データを加工処理し,統計学的視点を持ちながら分析する必要がある.そこで,分析・統計解析や解析データと機器状態の照合・監視などを主体的に行うために,東京総合車両センター内に「車両CBMデータ分析プロジェクトチーム(以下,車両CBMデータ分析PT)」を設置した.車両CBMデータ分析PTの役割は,CBMの実現に向けて,車両から取得したデータを変換・可視化し統計解析を行い,その結果と機器状態を対比することにより信頼性の高い効率的なメンテナンス方法を提案することである.また,そのデータ分析手法やメンテナンス方法に関するノウハウの蓄積・知財化も担う.

4.2.2 データ分析手法の構築

車両CBMデータ分析PTでは,これまでJR東日本が蓄積してきた鉄道車両や車両搭載機器に関する定性的な「カン」や「コツ」を定量化し,モニタリングデータと実際の機器の状態を対比させ判断する分析手法の構築に取り組んでいる. 取り組みは,以下の5つのステップを踏んで進めている.

(1)現物観察・考察

蓄積されてきた車両と機器のモニタリングデータを整理し,故障の予兆や劣化の特性を予測するために必要な項目を選定する.必要に応じて,劣化した部品や異常部品を実際に機器に組み入れて,機器の動作およびモニタリングデータに変化が表れることを確認する.

(2)仮説立案

現物の観察・考察に基づいて,モニタリングデータから機器の状態を判断する方法の仮設を立案する.

(3)データ分析とモデル化

仮説の証明を目的としてデータを分析する. 整理したデータ群から,相関関係の数理モデル(予測値,図11中の①)を作成する.

(4)モデルの精度検証

作成した数理モデル(予測値)と,新たに取得した実績値を比較し,精度を検証する.必要により数理モデルを見直し,精度向上を図る(図11中の②) .

図11 CBM実現に向けたデータ分析手法
(5)システム化

車両の機器はその数が非常に多いため,人の手による監視は困難である.そこで,作成した数理モデルが十分な精度に達した後,自動でデータを監視するシステムを設計し,判断基準を閾値として設定する.

4.2.3 現状と今後の取り組み

E235系量産先行車1編成が営業運用開始から約1年半経過したところであることから,車両CBMデータ分析PTの取り組みは,まだ集電装置(シングルアームパンタグラフ)や電動空気圧縮機等,いくつかの機器で前項のステップ(3)に達した段階である.

今後,蓄積されるモニタリングデータが加速度的に増加していくことから,CBMの実現に向け、モデル精度の向上とシステム化に取り組む予定である.

5.むすび

E235系量産先行車については,現在1編成が山手線で営業運転を行い,それにより得られた改善点を反映したE235系量産車を2017年度より順次投入予定である.今後もINTEROSを中心とした新機軸の技術をブラッシュアップし,お客さまサービス向上やメンテナンス革新に向けて取り組んでいく所存である.

参考文献
  • 1) 水谷圭介:E235系一般形直流電車 量産先行車の概要,(一社)日本鉄道車両技術協会 「R&M」7月号(2015).
  • 2) 新井静雄,松崎弘二,本間英寿,間瀬浩之,宮内隆史:列車情報管理装置(TIMS)の開発 209-950代への適用,電気学会産業応用部門全国大会(1998).
  • 3) 佐藤春雄,星野健太郎,菅谷 誠,祖父江昭,川崎淳司,河野洋一:次世代車両制御システム(INTEROS)の開発,第49回鉄道サイバネ・シンポジウム論文集 No.517(2012).
  • 4) 中村信彦,山下雅徳,平田知行,辰巳尚吾,楓 仁志:E235系量産先行車INTEROSの開発,第52回鉄道サイバネ・シンポジウム論文集 No.514(2015).
  • 5) 堀 恵治,三枝木祐人,佐藤秀樹,赤荻 剛:車両CBMデータ分析PT設置概要と取組み,日本鉄道技術協会誌,JREA Vol.59, No.5, pp.40420-40421 (2016).
脚注
  • ☆1 「イーサネット:Ethernet」は,富士ゼロックス(株)の登録商標である.
山下 雅徳(非会員)masanori-yamashita@jreast.co.jp

2005年,京都大学大学院工学研究科修士課程卒業.2011年,JR東日本入社. 2014年より本社運輸車両部にて主に列車情報制御システムの設計を担当.

久保田 遼(非会員)ryo-kubota@jreast.co.jp

2003年,沼津工業高専電気工学科卒業.同年JR東日本入社. 2012年より本社運輸車両部にて主に車両モニタリングデータを活用したメンテナンスの検討を担当.

採録決定:2017年4月12日
編集担当:平井千秋((株)日立製作所 )