デジタルプラクティス Vol.8 No.3 (July 2017)

通信機能付きヘルスケア・デバイスを活用した健康管理サービス20年の進化

伊達 渡1

1オムロン ヘルスケア(株) 

近年,技術の進化に伴いIoT化が急速に進んでおり,IoTシステムを新規ビジネスの機会と捉え参入する企業が増えている.しかし,IoTシステムに求められる機能要素数は多く,適切に必要な技術を選択することが難しいため,参入には障壁がある.IoTシステムをビジネスとしてどのように活用していくかは,顧客に対しどのような価値を提供するかが重要となり,提供価値に合わせたIoT技術を選択することにより障壁を乗り越えることができる.我々は,行動変容に基づく生活習慣改善を顧客への価値提供とし,1994年から通信機能付きヘルスケア・デバイスを活用した健康管理サービスの提供を行ってきた.その後,時代とともに進化する技術に伴い新しいヘルスケア・デバイスやサービスを提供し続けている.約20年間における健康管理サービスの進化で得られた知見を述べる.

1.はじめに

近年,あらゆるモノがインターネットにつながるIoT化により新たなビジネスが生まれることを期待する企業が増えている.技術の進化は進んでいるが,IoTシステムには「センサ搭載機器」,「通信手段」,「データ蓄積と解析」など,要素ごとに技術的進化があり,それらを追従しながらビジネスの実用化を行うためには,多くの技術知識が必要である.多くの技術から適切に必要な技術を選択できる先端IT人材が不足している[1]ことからIoTシステムの導入に踏み込めず普及が進まない状況にある[2].

しかし,IoTシステムをビジネスにどう活用していくかは,はじめに顧客に対しどのような価値を提供するかを決めることが重要であり,提供方法や手段の選択によって技術の絞り込みが容易となり実用化への障壁を乗り越えることができる.IoTシステムを用いたビジネスをスタートするには,どのような顧客価値を提供するかを決定し,その価値を提供する手段として最適なIoT技術要素を選択することが必要である.

我々は「Sensing & Control + Think」技術で社会課題の解決を目指しており,人々を健康にすることをミッションとし,人に気づきを与え生活習慣を改善し健康的に生活できるようサービスを提供している.IoTシステムによって,価値の高い健康管理が提供できると考え,1994年から通信機能付きのヘルスケア・デバイスを活用した健康管理サービスを提供した.さらに,技術進化に伴い,より具体的にかつ個別最適された健康管理サービスの提供を行ってきた.

本稿では,約20年間におけるサービスの進化とIoTの組込み技術の要素を事例とともに紹介する.

以降の構成は次のとおりとする.まず第2章では,IoTの各要素について,組込み技術の視点から,注力してきた内容について説明を行う.次に,第3章で各年代で提供してきたサービスを説明し,その中でサービス構築の際の工夫点を紹介する.第4章では,提供してきたサービスから分かった各要素における考察と現在提供しているサービス内容を紹介する.第5章にてまとめを行う.

2.健康管理サービスにおけるIoTの要素

本章では,筆者の考えるIoTの技術要素を「センサ搭載機器」,「通信手段」,「データ蓄積と解析」の3つに分け,それぞれにおいて健康管理サービスを提供する上で課題が何かを述べる.

2.1 センサ搭載機器

ヘルスケア分野におけるセンサ搭載機器は,人体の生体信号をセンサで検知し数値化する役割を担う.生体信号の取得方法としては,人体に接触した状態で生体内外の変化を捉えるものや,非接触で人体周辺の環境変化を感知するものが一般的である.ただし,センサデータをそのまま使用するとデータ量が膨大となる.そのため,取得されたセンサデータをアルゴリズム処理し,ヘルスケア指標とよばれる定量指標に変換する.ヘルスケア指標には,血圧,体重体組成,歩数,体温などのデータがある.これらの指標は,サービス提供の内容によって決定されるべきであり,そのために必要な指標が何かを精査する必要がある.

このように,センサ搭載機器で考察すべき課題としては,データ量の調整,指標の選択が挙げられる.

2.2 通信手段

通信手段とは,センサ搭載機器からデータ蓄積装置までデータを転送する手段のことである.

通信を行うには,センサ搭載機器に通信用のハードウェアを搭載する必要があるが,通信には相当量の電力が必要であり,センサ搭載機器の消費電力量が課題となってくる.また,通信規格については,データ蓄積装置までデータを届けるため,スマートフォンなどの中継器の普及状態により最適な通信規格を選択する必要がある.

このように,通信手段において考慮すべき課題としては,消費電力量,通信規格の選択,中継器の選択が挙げられる.

2.3 データ蓄積と解析

データ蓄積と解析とは,センサ搭載機器で取得したデータを蓄積,解析し,ヘルスケア指標によって導出された解析結果をサービスとして提供することである.

提供するサービスの内容に応じて,どこにデータを蓄積すれば最適かを考える必要がある.また,そのサービスを顧客がどのように受け取るかも考慮に入れる必要がある.

このように,データ蓄積と解析に関して考慮すべき課題としては,データ蓄積場所,サービス提供形態が挙げられる.

3.各時代における提供サービスの実施例

3.1 1994年 健康情報センターで管理する健康サービス

3.1.1 サービス提供価値

1994年当時は,一般家庭にパソコンが広く普及する以前である.その中で,万一の場合に医療機関とつながるという安心の確保と自宅で快適な医療介護サービスの提供を考え,ホームドックというシステムを開発した.このサービスの提供価値は,健康情報センターからのフィードバックで生活指導や介護支援を受けられることである.

3.1.2 サービス構築の工夫点

まず,センサ搭載機器である血圧計・体温計に赤外線通信を搭載し,中継器として公衆回線に接続できるデータ収集装置を開発した.また,医療機関・保健センターとのつながりを重視するため,データの蓄積場所として健康情報センターのパソコンを選択し,公衆回線の通信技術を用いデータを転送できるようにシステム構築を行った(図1).

図1 ホームドックシステムのシステム構成)

データの処理としては,医療機関で素早くフィードバックできるよう,指標のグラフ化の他,問診結果などを1つのウィンドウで収める形をとった(図2). 

図2 ホームドックシステムのパソコン画面

このように,サービスの使用者にとって利便性が高くなるようにデータ蓄積場所と提供形態を考え構築する工夫を行った.

3.2 2000年 個人で管理する健康サービス

3.2.1 サービス提供価値

2000年頃になると,病院での健康管理から家庭での管理によって生活習慣改善を促すことが顧客価値につながると考え,家庭のパソコンで血圧などの指標を管理できるBI-LINKのサービス開発を行った(図3).

図3 BI-LINKサービスのパソコン画面

このサービスの提供価値は,家庭内で健康管理をサポートすることであり,ヘルスケア指標をグラフで連続的に見せることにより,体の変化に関する気づきを与え,生活習慣の改善につなげることである.

3.2.2 サービス構築の工夫点

2000年当初,家庭用パソコンの普及率が50%以上あったことから,データの蓄積場所を家庭用パソコンと設定した.通信規格はパソコンの中で最も普及し,かつ簡便に通信が可能なUSBを選択し,センサ搭載機器である血圧計・歩数計はUSB通信にてデータの送受信を行った(図4).

図4 BI-LINKとサーバサイトのシステム構成

その後,家庭でのインターネットの普及に合わせて,専用サーバを立てBI-LINKのアプリケーションから歩数をアップロードしランキングや健康情報の共有ができるサイトを立ち上げた.携帯電話が普及するにつれて,センサ搭載機器である体組成計に赤外線通信を付けて携帯電話用のアプリケーションを作成した(図5).

図5 BI-LINKモバイルのアプリケーション画面

このように,中継器の普及状況変化に合わせて柔軟に通信規格の選択やサービスの提供形態を変化させる工夫を行った.

3.3 2010年 パーソナライズされた健康サービス

3.3.1 サービス提供価値

2010年になると,個人で健康管理に取り組むことが普及期に入るが,個人で健康管理を始めてもなかなか続けることができないといった問題が出てきた.そのため,より具体的な健康情報をフィードバックすることを目的に,WellnessLINKおよびMedicalLINKのサービスを立ち上げた.このサービスの提供価値は,個人での健康管理に加え,指標の時系列的変化および他者との比較によるデータ分析を行うことによって,個々人に最適化された具体的なアドバイスを行うことである(図6).

図6 個人へのアドバイスサービス(ゆるぴかダイエット)
3.3.2 サービス構築の工夫点

本サービスの開発過程においては,技術の進化に合わせてさまざまな対応を行った.センサ搭載機器では,新しいサービス提供のために,血圧,体重体組成,活動量,睡眠,体温などの指標の拡充を行った.通信規格に関しては,家庭でのライフスタイル,主にパソコンやスマートフォンといった中継器の普及状況の変化によって,USB,NFC,Bluetooth Low Energy(以下BLEと略す),Wi-Fiの通信規格に対応した(図7).

図7 WellnessLINK時代ごとの対応表

変化する社会環境に対応し,指標の追加および通信規格に追従するため,これまでは指標ごとに独自に設定していた通信プロトコルをやめ,センサ搭載機器に共通に搭載していたメモリにアクセスできるプロトコルに変更した.これにより変化対応に要するコストの低減を図った(図8).

図8 センサ搭載機器対応前後の変化

データ蓄積と解析に関しては具体的なフィードバックを出力できるよう専用のサーバにすべてのデータを集約させ,朝晩血圧手帳,ぐっすりプログラム,ゆるぴかダイエットなど,より具体的なサービスを次々と立ち上げた(図9).

図9 WellnessLINKサービス一覧

このように,つながるデバイスが増えていくに従い,プロトコルを共通化し,データを掛け合わせて新しいサービスを生み出し続けていく工夫を行った.

4.考察と今後の進化

本章では,それぞれのIoT要素において過去提供していたサービスから,今後に向けて健康管理サービスを考える上で必要なことが何かを述べる.

4.1 センサ搭載機器の進化

センサ搭載機器は,サービスの進化に伴い,指標,データ量における変化の対応が求められてきた.そのため,計測される指標,データ量は年々増える傾向にある.今後もセンサの小型化や複合化に伴い,1つの機器で異なるヘルスケア指標を取得できる機器や,リアルタイムに連続的なデータを取得,処理できる機器が登場し,さらに指標やデータ量は増大していくことが考えられる(図10).

図10 センサ搭載機器の年代表

増大するデータの中で新しい価値を生み出すためには,顧客が解決したい課題に関連するデータ(我々の場合は,疾病などの健康に関するデータ)を軸に,時間・温度などの環境要因のデータや生体情報・行動・性格などの個人要因のデータを集め類似を見つけ出し,課題に対する気づきを提供し続けることが必要だと考えられる.

我々は2017年現在顧客価値の提供として,血圧測定の頻度を高め,危険な血圧変動を捉え,脳・心血管疾患リスクを予測し発症を防ぐという「ゼロイベント」を目指している.その中でセンサ搭載機器として米国向けに血圧,歩数,睡眠の指標を複合化した新しい超小型手首式の機器(図11)を開発している.さらに,一拍ごとの血圧を連続測定する機器[3]などを開発するなど,新しい顧客価値の提供に向けて開発を進めている.

図11 米国向け超小型手首式機器(血圧_歩数_睡眠)

4.2 通信手段の進化

通信手段については,その時代での普及状況に即したものを選択していく必要がある.低消費でかつ普及率も高い通信規格の動向を知り,都度変化に対応することが求められている(図12).今後は,通信手段の進化によって変わるモジュールや機能を切り出し,変化の少ないインタフェースを中継器とデータ蓄積場所の間で構築することが重要となってくる.

図12 通信手段の年代表

我々は2017年現在, BLEを用いたスマートフォンアプリの提供を開始した(以下,OMRON connectと呼ぶ)[4].OMRON connectはセンサ搭載機器からのデータを一時的に集約するアプリケーションで,集約したデータを他のアプリケーションやクラウドへアップロードすることができる.指標を活用して新たなサービスを提供したい顧客は,OMRON connectを用いることで通信手段の変化を意識することなく指標のデータを取得することができる.今後は,OMRON connectをさまざまなヘルスケア指標の中継器とし,対応機器の充実とサービスの充実を図っていくこととなる.

4.3 データ蓄積と解析の進化

データ蓄積場所は,サービスの提供内容によって変化してきた.サービスの提供内容が,自己完結型の健康管理から,他者との比較を含めたネットワーク型の健康管理へ変化するに伴い,データ蓄積場所も個人のパソコンからサーバでの集中管理へと進化していった.さらに,集中管理された膨大なデータを解析することによって顧客へのフィードバックが具体的になり,より個々人に最適化された価値を提供できるようになった.今後は,グローバル市場を含めたより多くのデータを適切に管理し,有効に活用していくため,クラウド化などデータ蓄積方法について日々最新の技術を取り入れていくことが重要となる(図13).

図13 データ蓄積場所と顧客サービスの年代表

我々は2017年現在, OMRON connectを用いてグローバルにデータ取得できる基盤の構築を行っている.このアプリケーションでは,ヘルスケアデバイスからの指標を蓄積し,その他のアプリケーションやクラウドに指標を連携できる仕組みをとっている.一時的なデータ蓄積場所として,個人のスマートフォンを選択したことにより,その先でつながるクラウド,その他のアプリケーションなど,データ蓄積場所を顧客が選択できるようになった(図14).

図14 OMRON connectが目指すつながり

これらの仕組みを有効に活用し,提供指標以外のデータを掛け合わせてより新しいサービス,価値を生み出すことができるようになる.

5.おわりに

通信機能付きヘルスケア・デバイスを活用した健康管理サービスの進化について,IoT要素の観点で整理した.さらに,顧客にどのような価値を提供するかを考え,IoT要素を取り入れてサービスを実現する方法を紹介した.今後IoTビジネスが増えていき,より良い顧客価値を提供できるサービスが生まれていくことを期待する.

参考文献
伊達 渡(非会員)wataru_date@ohq.omron.co.jp

オムロン ヘルスケア(株)入社後,体組成計などの商品にてソフトウェアの開発に従事.現在はソフトウェア開発のプロセス改善および品質保証に従事.

採録決定:2017年5月24日
編集担当:藤瀬哲朗((株)三菱総合研究所 )