本特集号では近年,注目を集めているIoT(Internet of Things)システムとその一部を担う組込みシステム技術を取り上げた.
IoTはさまざまなモノの情報をセンサなどを介して収集し,それらをインターネットなどを経由して集積し分析する中から新たな価値を見出し,システムを通して人々の役に立つサービスとして提供する技術である.IoTは国内のみならず海外も含めて,さまざまな考え方やシステムが現在進行形で提案・実現され続けている.この背景には,IoTを構成する要素であるセンシングノードとしての組込みシステム技術,センシングした情報を集積するための仕組みの1つであるネットワーク技術,そして,集積された情報を分析するためのITシステム技術のそれぞれの進化がある.
本特集号はIoTにかかわる8つの実践例を踏まえたそこでのプラクティスに関する論文と(独)情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)の松本隆明所長のインタビュー記事を掲載している.本特集を読むにあたっては,まず,このインタビュー記事を読んでいただくと,IoTシステムと組込み技術に関する課題点などを理解していただけるかと思う.
このインタビューではIoTシステムの技術的な捉え方から始まり,現状の普及度合いと課題,そしてその課題解決の方策としてのシステムズエンジニアリングなどをIPA/SECの松本所長にお話しいただいている.またさらにIoTシステムを生み出す際のアイディアやビジネス面からの注意点,一般利用者を考慮したIoTシステムの在り方などもお話しいただいた.また,これらの事項を推進するにあたっての人材の話まで広くお話しいただいている.インタビュー記事としては,非常にボリューム感のあるものであるが,本特集のイントロダクションとして読んでいただけると,その後に掲載してある個別論文の背後にあるプラクティスをより一層理解しやすくなると考えている.
これら2編の論文は工場の製造現場を対象に,そこでの製造・生産データなどをIoTによって集積分析することで,現場にフィードバックをした事例を紹介している.
前者では特に製造ラインへのタイムリーなフィードバックという視点から,センサ,IoTゲートウェイ,IoTプラットフォームという技術の連携でリアルタイムフィードバックと情報可視化を実現している.また後者は製造業に必須の製造ラインでの試験判定に着目した事例を取り上げているが,論文後半に記載されているデータ処理における課題は,インタビュー記事でも指摘されていたデータクレンジングに関する指摘とも符合している.
この論文はヘルスケア分野の製品を長らく手がけてきたオムロンヘルスケア社の事例を紹介している.論文冒頭に指摘されている顧客価値というキーワードは,まさにこれからのIoTシステムを中心としたビジネス展開を考える上でも重要なキーワードの1つである.また,この論文では提供サービスの変遷にも触れているが,技術の進化と時代の要請に応じて,システムの位置づけが変化していく様子を読み取ることができる.その点から論文の考察に触れているようにセンサ機器の進化に伴うデータ量の増加などにどのように取り組んでいくべきかといった指摘は,ほかのIoTサービスにも共通する課題だと考えることができる.
この論文は建設機械のリモートメンテナンスの課題にIoTを活用した事例である.製品を開発し顧客に納入したのちのメンテナンスやアフターサービスは,建設機械のみならずさまざまな製造業でも同様の問題がある.論文ではユーザの利用状況をいかにタイムリーに質と量の双方の観点で収集し,それらを分析してユーザ目線の情報を提供していくかという点でのプラクティスを読み取ることができる.
2016年の春から運行されている新型山手線の中枢部にあたる列車情報管理装置を取り上げた論文である.列車の安全運行には車両,駅,線路などさまざまな情報が関係するが,車両部分のみでもモータ駆動情報等を始め多量のデータが関係する.この論文では,INTEROSで実現した車両と地上の車両基地などとのデータ転送に関するネットワーク面の工夫や,集積したデータから故障状況の把握や原因分析などのデータ処理についての経験がプラクティスとして整理されている.
この論文では水道事業を対象として個々のシステム製造からそれらを総体として見た場合のビジネス,経営といった広い視点からのモデリングについての経験が紹介されている.巻頭のインタビューの指摘にもあるように,IoTシステムを個別のシステムとして捉える前に,それを取り巻くビジネスの視点から整理分析するという点で,この論文のモデリングの考え方は参考になるのではないかと思う.
IoTシステムは「個々の企業の製品という枠を超えて社会基盤となるか」という疑問に答えた論文である.論文では藤沢市という地方公共団体と大学がコラボレーションして,新しい公共サービスの芽を生み出そうとしている姿を読み取ることができる.特に論文でも触れられているようにデータの出し手と利用者が異なる場合の問題や,センシングデータの補正の問題への取り組みなども参考になる.またインタビュー記事でも取り上げた開発スピードの課題への取り組みなども参考にしていただけるのではないかと思う.
IoTシステムを考える場合,データの正確さという視点からセンサノードとして実現される組込みシステムそのものの精緻化を重視してしまう場合が多い.しかし,一方で,論文の指摘にもあるように,センサをどこにどのように配置するか,すなわちセンシング環境も考慮した配置は非常に重要な課題の1つである.この点で,論文で紹介されているプラクティスは,この問題を考えるきっかけとして非常に有効かつ面白いものであると考えられる.また,論文後半で紹介されているセンシングノードの開発方法としてのアジャイル的なアプローチは,巻頭インタビューでも指摘されていた問題であり,その問題の解決策の1つとして読むことができる.
以上,本特集号を構成するインタビュー記事とそれに続く8編の論文の概略を紹介した.これまでデジタルプラクティス誌ではIT分野の話題を中心に特集を組んできている.しかしながら,巻頭インタビューで松本所長からも指摘されたように,IoTという形態のシステムが広まるに従い,ITシステムと組込みシステムの境界はかなり近づきつつあると考えられる.
この点から,本特集は,組込み技術者のみならず,これまでいわゆるITシステムを中心に開発などに携わってきた実務者の皆様にも目を通していただき,ぜひ,この先のシステムの在り方を考える一助にしていただければ幸いである.
最後に,お忙しい中,編集者からの2時間にわたるロングインタビューという無理なお願いに対応していただいたIPA/SECの松本所長,そして,同じようにそれぞれのシステムの開発などで多忙な中,プラクティス原稿をご執筆いただいた著者の皆様に改めて感謝をしたいと思います.