デジタルプラクティス Vol.8 No.3 (July. 2017)

(独)情報処理推進機構 松本隆明氏 インタビュー
IoTシステムと組込み技術

インタビュアー 平山雅之(日本大学)  藤瀬哲朗((株)三菱総合研究所) 

東京の桜も散り終えた4月の半ば,六義園近くにある(独)情報処理推進機構(IPA)を訪問し,ソフトウェア高信頼化センター所長である松本隆明氏にインタビューをお願いした.松本所長とはこれまでにもお会いするたびにゆっくり時間を取ってIoTなどについてお話をしましょうと意気投合していたのだが,お互いなかなか時間が取れず実現していなかった.今回,デジタルプラクティスのインタビューということで時間を取っていただき,IoTの普及や開発面の現状と課題,そしてそれらを担う人材の問題まで広範にわたってお考えを伺うことができた.

松本隆明氏
1978年東京工業大学大学院修士課程修了.同年日本電信電話公社(現NTT)入社.2003年(株)NTTデータ技術開発本部本部長.2007年NTTデータ先端技術(株)常務取締役.2012年(独)情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア高信頼化センター所長.博士(工学).

1.はじめに


平山雅之
 平山今号はIoTと組込み技術の特集ですが,まずは松本さんからご覧になって,IoTというのはそもそもどういうものだというふうにご覧になっているのか,その辺りからお聞かせいただけますでしょうか.

松本なるほど.難しいご質問ですね.私はIoTというのはあくまでも手段だと思っています.いろいろなモノがインターネットにつながるということで,IoTというのを捉えると,それはもう昔からある程度できていることだと思います.今さらIoTというキーワードで何か新しい技術ができているのかというと,そういうことではないのではないのかなと.その中でもポイントはやはりCPS(Cyber Physical Systems)と呼ばれているサイバー世界とリアル世界が融合した世界ができつつあるというところではないかなと思います.

平山 松本さんはITシステム側のところを長らく手掛けられてきたかと思いますが,ITシステム側から見てIoTはどのように見えていますでしょうか.

松本 サービスを提供するITシステムという立場で見ると,アプリケーション寄りの話が中心になります.確かにプラットフォームとか,ミドルウェアの話とかというのはあるのですけれども,でも最近のITというのは,もうその辺というのも大体もうオープンになっていて,標準的なものがどんどん使われています.その点からは,やはりデータの分析や予測などのアプリケーションとして,どういうサービスなり,どういうモデルを考えていくかというところが重要になるのかなというふうに思います.組込み技術からだとどうなのですかね,その辺が,まだいまひとつ,私自身もよく分からないところがあるのですが.

平山 組込みシステムでは制御という視点がありますが,IoTではデータのセンシングのところに結構ウエイトが置かれていると思います.一方で,組込みシステムは,ある意味,プロセッサを含めてプアな世界なので,ITシステムのように大量のデータを処理することはできない.そのためセンシングしたデータをITシステムのほうに渡して高度な分析や処理をして,サービスとか,アプリに繋げていくという,そういう世界なのですかね.

松本 そうですね.そうした中でITシステムの世界では最近はエッジコンピューティングだとか,フォグコンピューティングだとかというキーワードが出てきています.確かにそういう意味ではIT分野でのアーキテクチャの変化も起きつつあるのかなという気がしますね.ただこうしたアーキテクチャの変化も落ち着いて考えてみると,分散と集中という考え方の間で行き来してしているだけなのかもしれませんが.

平山 ということは?

松本 昔は集中型でコンピュータに単純な端末が繋がって,処理を全部センター側でやっていました.そしてしばらくすると今度は,分散コンピューティングでワークステーションなどが使われだして,どんどん高機能化し分散処理が進んだ.そして今度はまたクラウドがやってきて,また集中型に振れ,また今度はエッジになってきたと(笑).

平山 そう,私もそういう気がします.コンピュータのアーキテクチャの世界だけではなくて,たとえば,ソフトウェア工学や人工知能なんかも何年かおきにブームがあって,それを繰り返している感じがする(笑).

松本 そうなのですよね.そのタイミング,タイミングによっていろいろ新しい技術が出てくる.

平山 以前にはコンセプトしかなかったものが技術進化によってそのコンセプトが実現できるようになるみたいな,そういうことを繰り返していると思います.

松本 そうですね.あとはやはりハードウェアの進歩が大きく寄与していると思いますね.やはりサーバも性能が上がってくれば,それだけサーバ側に持ってきたほうがいいケースも出てくるのだけれども,だんだん今度はエッジ側の性能が上がってくると,エッジでやったほうが効率がいいよねという形に揺り戻しが起きる.

IoTの普及度合い

平山 IoTについてさきほど新しいサービスとか,そういう話をされました.IoTという考え方が耳目を集めるようになって5年くらいかと思いますが,この間の普及のスピードとか,広がりについて松本さんはどういうふうにご覧になっていますか.

松本 サービスという意味でいうと普及の度合いは急速に早くなってきたかなという気はしますね.たとえば,いわゆるIoTのスマートサービスの走りだといわれているコマツのKOMTRAX,あれはでも実は20年ぐらい前にできています.それ以降,やはりいろいろなサービスがどんどんどん出始めてきて,特に最近,急速に増えてきているなという気はしますね.JRなどは線路とかの測定を電車側からできるようにして,走りながら線路の状態を確認するといったスマートメンテナンスを実用化しています.

平山 今回の特集でもJRの方に山手線の新型車両での取り組みを寄稿していただいています.導入までには随分といろいろな工夫,いわゆるプラクティスがあったようです.このようなセンサなどを用いたシステムを作り上げる場合,どうしてもデータを握っているハードウェアや機器が出発点になるため組込み技術者あるいは機器担当技術者の発想が優先され,そうしたデータをどのように使い付加価値をつけていくかというサービス中心の考え方になかなか近づかないような気がしますがどうでしょう.

松本 サービスの根っこにあるデータという意味では,組込みシステムのインパクトも結構大きいと思います.ただ,いままでのようにデバイスの世界で考えるのでは駄目で,システムで考えていかないと組込みもこれからはできなくなってくるのかなと思います.

平山 システムとして考えていくのは,結構,難しいですね.

藤瀬 システムになると要求(とアーキテクチャ)担当者のマターになりますね.組込み技術者の多くはどちらかというと設計以降のシステム実現を担っていたというところがあると思います.でもシステムが提供するサービスから入ると要求になってきますので,まず要求を洗い出すことが重要になります.しかし,IoTという,より広がったシステムに関して,要求からソフトウェアまで考えられる人材は限られているといった問題があるのかもしれません.

IoTシステムに関する現状の課題

平山 IoT人材に関しての課題を藤瀬さんが指摘されましたが,IoTの普及を考えた場合,ほかにどんな課題があるとお考えでしょうか.

松本 一番大きいのはセキュリティやセーフティなどの安全性ですね.いろいろなものが繋がったことによって,特にセキュリティリスクがその分だけ高まります.それをどう解決していくか.

平山 セキュリティというのはシステム構築とは少し異なる要素を持つ技術ですね.たとえば,普通の組込み技術者やIT技術者がセキュリティ技術に明るいとは限りません.IoTの場合はどう取り組んだらよいのでしょうか.

松本 IoTではいままでと違うセキュリティが求められ始めているのかもしれません.いままでのセキュリティというのはやはりどちらかというとIT系のセキュリティなので,暗号とか,認証だとか,そういう仕組みで対応してきたと思います.けれども組込みやいわゆるその制御システム系などを含むIoTになってくると,違うかたちでのセキュリティというのを考えていく必要があると思います.

 IPAもプラントなどの制御システムとか,リアルタイム性が求められるシステムのセキュリティを担う人材を育てていこうという取り組みをスタートしました.リアルタイム性を保証した上でセキュリティをどのように並立させるかが課題なのかもしれません.

平山 セキュリティは確かに重要な課題ですね.それ以外にはどのような課題が考えられますでしょうか.

松本 もう1つの課題はデータの信頼度ですね.いろいろなデータが流れるようになると,そのデータがどこまで信用できるのかということが重要な問題になると思います.

平山 IoTシステムの構造を考えると,組込みシステム側でセンシングしてデータを取得する際と,そのデータをインターネットなどを介してITシステム側に移して処理をする際のどちらで信頼性を押さえるのがいいのでしょうか.

松本 データを採取するところでやるのは難しい気がしますね.やはり集めたところでたとえばフィルタリング処理などをしないと難しいのではないかなという気がします.

平山 そうですね.その点で最近のITシステムではデータ処理についてさまざまなアルゴリズムというか,やり方が出てきていますね.データマイニングやAI,クラスタリングとか,その辺りの技術を,IoTシステムの中でどのように活用していくかということが,もう1つの課題でしょうか.

松本 そうですね,特にその中でも問題はやはりデータクレンジングのところです.いろいろなデータが入ってくると不備のあるデータもいっぱいあって,それをどううまく除いていくかという処理のところが一番大変ですね.

平山 ここまでIoTシステムの課題としてセキュリティと,データの信頼性という話をされましたけれども,ほかに何かございますでしょうか.

松本 さきほどからもいろいろ話が出ていましたけれども,技術者が不足しているとか,そういうことも問題だと思います.やはりITシステムと組込みシステムとの境目がどんどんグレーになってくると本当に幅広い技術が分かる技術者でないとその辺の設計ができなくなってくる.そんなことができる技術者なんて,そういないですよね.

平山 いないですね,どうしましょうか(笑).

藤瀬 育てるという場も考えにくいですね(笑).

松本 さきほどお話ししたように,物事をシステムの視点で捉えていくようにしないといけないという,それができるいわゆるアーキテクチャが分かる人間というのはどう育てていくのがいいのかという議論を私たちもいろいろしているのですけれども,そもそもそういう人間というのは育てられないのではないかと.

平山 そもそも幅広い技術で境目が分かってシステム思考ができる技術者には,どのような資質が必要なのかということも,まだなかなか分かっていないのかなという気がしますね.

松本 そうですね.そこがたぶん難しい,今後やはり大きなハードルになってくるのかもしれません.

平山 たとえばある程度,年数を重ねて,経験をいっぱい積まれた方というのはいろいろな引き出しを持っていらっしゃるので,結果的にそういう幅広い技術,境目のところにも目配りができてデザインができる場合が多いようです.それを考えるといかに経験をミックスしていくかということになるのかと思います.

松本 経験のミックスという点では,たとえばビジネスの世界でいうと,いわゆるソフトウェアベースの企業がどんどんハードウェアのビジネスに手を出して,Googleが車をつくったりしています.ただそういう方向が本当に良いのか,それとも逆に組込み分野の技術者がもう少しIT分野に入っていって,IT技術を理解するようにしてやっていったほうが良いのかという,いろいろな方向性があると思います(笑).

平山 どっちが良いのでしょう(笑).

松本 自分は個人的にはやはりハードウェアが分かる人間がIT系のことをやっていったほうが良いのではないかなという気はしますけれどもね,直感的にはですね.やはり基本的な物理の動きとか,そういうメカニカルな部分だとかが分からないと,やはりいくらソフトウェア技術者がそれを一生懸命やろうとしても,結構難しいのではないかと思います.だからGoogleがつくった車はあまり乗りたくないなと(笑).トヨタが自動運転をやるのだったら大丈夫だろうと(笑).

藤瀬 Googleはその辺りに気がついたのでしょうか.すべてを自前ではなく自動車会社とアライアンスする方向にいきましたね.

松本 そうですね.やはり自分たちだけでやっても無理だと.やはりメカが分かる人間を取り込む必要があることに気がついたのだと思いますね.

藤瀬 日本もその辺の柔軟性が欲しいですね(笑).

システムズエンジニアリング

平山 さきほどITシステム的な視点と組込みシステム的な視点の融合といった話が少し出ましたが,ITシステムの世界はどちらかというと扱うデータなどの論理的な関係性や処理の世界ですね.一方で組込み系の世界は主に物理事象を対象にする場合が多いような気がします.たとえば,自動車などでも,ブレーキをかけたからといって,物理的にその次の瞬間,止まるわけはないですよね.でも論理的には1,0なので,ブレーキをかけたら止まると考える.この辺りに発想の違いがあるのかもしれませんね.

松本 そういう意味でいうと,私たちが取り組み始めたシステムズエンジニアリングの考え方はこれから重要になってくるなという気がしています.やはり従来のように制御とか情報処理という一方向から入るのではなく,どちらかというと考え方をがらっと変えて,全体をシステムとして捉えるとどうなのかということで設計を進めていくという,そういう考え方を入れていかないと駄目なのかなと思っています.

平山 そうした考え方を入れようとするときに,たとえば,企業の若手の方とかはまったくそういう発想はないでしょうから,人材育成という観点からは,何をどう教えるといいのでしょうね(笑).

松本 どうなのでしょうね,その辺がよく分からないところなのですね.先日,SEI(カーネギーメロン大学ソフトウェアエンジニアリング研究所)との定期協議の際に,システムズエンジニアリングの議論をしました.日本はなかなかシステムズエンジニアリングが広まらないと言ったら,それはやはりそういうシステムが分かる人間を育てていないからだと言われましたね(笑).

平山 人材育成で1人の技術者がハードウェアからソフトウェアまですべてを経験すれば育つのかもしれませんが現実には難しいかもしれません.実際,日本のメーカなどではシステムや製品をつくるのに製品企画,ハードウェア設計,ソフトウェア設計,営業とか役割が分かれていて,それぞれ独立して動いていることが多いようです.でもそういう形だと,経験をシェアすることもままならない.特にIoTシステムの場合,こうした独立した世界ではなく,やはりそれらを融合したところを考えなければいけないのだけれども,そこのところが組織的にも追いついていないのかなという気がしますが,いかがでしょうか.

松本 まさにおっしゃる通りだと思いますね.SEIと議論したときに,そもそも日本の企業はハード部隊,ソフト部隊というのが別なのだよという話をしたら,彼らは信じられないと言っていましたね(笑).彼らにはシステム部門という考え方があるのですよ.

平山 サービスとか,システムを考えるというところがある.

松本 そういう部門があって,その下にハードウェア,ソフトウェア部隊など,各設計部隊はあることはあるのだけれども,まずはそういうシステムとして全体を設計するという組織があるようです.

平山 そこが司令塔となって動く.

松本 そうです.そういう組織構成になっている.私たちがドイツのIESE(ドイツのフラウンホーファー研究機構の実験ソフトウェアエンジニアリング研究所)にお願いして,ドイツのシステムズエンジニアリングの状況を調べていただいた結果もほぼ同じでした.その調査では,ドイツの企業もシステムズエンジニアリングを進める上での最大の課題は組織の変革でそれが一番のチャレンジだということでした.組織構成から変えていかないと,システム指向での開発というのはできない.いくらソフト部隊,ハード部隊がお互いに話し合いながら意思疎通を図っても,やはり別組織である以上,なかなかそこはうまく連携がとれない.そこから変えていかないとなかなかうまくいかないということだと思います.

平山 彼らはそういう組織をつくったときに,そこでどんな仕事を中心にやるのですかね.

松本 うーん,何なのでしょうね,まずはシステムについて要求ベースで考えていくのでしょうね.それで,じゃあどういうソフトにする,どういうハードにするというふうに落とし込んでいくのでしょうね,きっと.

平山 そうすると,IoTならIoTで,どういうものをつくったらいいか,そのためにどんなサービス機能を入れるか,その辺りを,たとえば,そういう専門家集団がいて,それこそさっきのシステムズエンジニアリング的な仕事をやっていくという,そういう流れですね.

松本 そうですね,そういうかたちができつつあるのだと思いますね.その意味では日本は少し遅れていますよね.

この先のIoT

平山 今回の特集では,鉄道やヘルスケアなどいろいろな分野でのIoTについて書いていただいています.これらの記事の範囲では確かにIoTというのはだんだんと広まっているように見えますが,この先のIoTの広がりを考えた場合,どのようなところにIoTをどう入れていくかという,その辺りのアイディアについてお聞かせいただけますでしょうか.恐らくそうしたアイディアは技術者だけでは出てこない気がします.IoTが話題として取り上げられた初期の頃は未開拓の地で,ぽんぽんぽんといくつかのアイディアが出てきた.でもこの先,何か面白いものが出てくるのかなというのが気になるのですが.

松本 私自身はIoTというのはあくまでも手段で,CPSというそのバーチャルな世界とサイバーの世界が融合化していくというところがポイントだと思っています.そうした点からは,特定の業界やドメインというわけではなく,それらをまたがったようないろいろなサービスなり,ビジネスとかというのが出てくるところがやはりそのCPSがもたらす新しい流れなのかなと思います.現状はIoTのサービスといっても,JRならJRのいわゆる鉄道という分野で閉じているように思います.

平山 そうですよね.

松本 だけれども,いろいろな情報,センシング情報をうまくいろいろなほかの業界と連携させてやるともっといろいろな新しいサービスとかが考えられる可能性が出てくるのではないかなと.そこをどのようにして進めていくかというのが結構難しい問題なのかなと思います.

平山 個別の世界では確かにIoTはできているのだけれども,今おっしゃったみたいに,それをまたぐことによって新しいアイディアが芽生えてビジネスが出現するということですね.

松本 本当はそうだと思うのですよ.ですからIoTなり,CPSになってくると,やはりそういうオープンイノベーションが起きるということがこれからの流れになってくるので,そこをもう一段ステップアップするためにどうしたらいいかということを考えておく必要があるのだろうなと.

平山 オープンイノベーション,どこから始めるのでしょうね.

藤瀬 アライアンスでしょうか.

平山 たとえば健康機器みたいな世界を考えると,そこだけではなくて病院と手を組むとか,保険会社と手を組むとか,そういうところまで広げてということですかね.

松本 まさにそういう話があって,私たちが開いたシンポジウムでパネルディスカッションをやったときに住宅メーカの方がいらっしゃって,健康というのは結構,住宅環境に左右されるので,1つ大きなキーワードだとおっしゃっていました.たとえば,部屋の温度があまりにも差があると血圧の高い人にとっては本当に倒れてしまったりする可能性があるので危ないですし,そうすると,部屋間の温度差が何度以上になるとアラームを出すとかがあります.そうした情報を健康機器を扱うメーカとともに考えると,より積極的に健康につながる仕組みができるかもしれない.そういうことが本来ならばできるはずなのです.

平山 できるはずですね.

松本 ただ現実には,まだそうしたアライアンスはあまり進んでいないのかもしれません.企業同士,もっと話をすればいいと思うのですけれどもね.そうするといろんなアイディアが出てくると思います.

平山 たとえば,大手の企業グループみたいなところは自分のグループの中にいろんなビジネスを持っているので,その中では取り組みやすいですよね.ただ,そうではない独立系の企業や中小の企業とかになると,そうはいかないので,そこをどうするかというのも課題でしょうか.

松本 そうですね.これも私たちが地方で開催したセミナーでパネルディスカッションをやったときに,地域の中小企業の方に参加いただきました.そのときにあるパネリストの方が言われていたのが,その方の会社は金型の会社で,その金型の成形機にセンサをつけてどういう成型が行われているのかについて,センシングするものをつくっているとのことでした.小さな会社なのですが技術的にはとてもすごいのですよ.それでそういうのをつくってやっているのですという話を聞いたときに,そのデータ,絶対売れますよねと(笑),これ,売らないのですかという話をしました.たとえば,そういう方法でうまくいった率とか,故障率とかが分かるのだから,そういうのをほかの会社に使わせるとか,売上の管理をするシステムと繋げて,それで不良品が出たら,それを落とし込むようなシステムに繋げていくとか,そういうことをどうしてやらないのですかと言ったら,いやそんなこと考えられませんよというのですよね.だからまずそういうことを知らない.

平山 知らない.

松本 知らない.特に中小企業はそんなことに使えるなんて思いもよらないので,外でどういうことが行われているかが分からない,情報がないのですよね.だからそういう機会を作り出すビジネスマッチングみたいなことをできると良いのですが.

平山 当事者としてはたぶん本当にそういうビジネスの芽に気がつかない,自分のところのビジネスしか見えていないので気がつかない.でも,ほかの人が見ると,これ,こんなことに使ったら面白いよねみたいのがあるのだけれどもということですよね.

松本 そうですよね.でも海外は比較的そういうのができるというのはなぜなのかなと.

平山 企業の閉鎖性,自分の企業の情報はひたすら隠して特許とか,ノウハウとかで守ってしまうという,そういう日本の風潮なのですかね.

松本 確かにそういうデータもありましたね.経済産業省が調べたデータかな.日本でオープンイノベーションが進まないのはやはり企業がどうしても自社の技術やノウハウの流出にセンシティブになっているからのようです.

平山 抱え込んでしまうということですね.

松本 抱え込んでしまう.ほかと一緒にやるという発想にならない.

藤瀬 これまでの日本のモノづくりの開発モデルというか,成功体験があります.その中で品質が非常にしっかり管理できる状況になって,それで成功してきたという自負があるので,そこから逸脱するのが難しいということもあるのでしょうか.

松本 それはそういう見方かもしれない.品質をきちんとやろうとするとやはり自社で抱え込んで,がちっとやったほうが確かなので.そうした日本の現場力の強さが邪魔をしているのかもしれないですね.現場力が強すぎるとオープンな発想にならない.

平山 現場力が弱ければ,きっとだれかに意見を聞いてみようとか,助けてもらおうという発想に行き着く可能性があります.逆に少し現場力があると,自分たちで何とかなると思ってしまうという,そういう世界ですね.

松本 なんとかなってしまう.自分たちでいいものをつくれてしまうからいいんだという,そういう発想になってしまうのかもしれないですね.

アイディアの源泉はどこに


藤瀬哲朗
 平山 我々が街を歩いていても,これはこうなったらいいよねというのがよくありますよね,その世界からスタートするのでしょうか.

藤瀬 その世界において,いろいろな機会をつくる場があれば何か面白いことが起こるのでしょう.

平山 そういう意味では,さきほどのシステムズエンジニアリングなのか,もっとその上の超上流と言っている辺りなのか.

松本 あるいはそのサービスデザインとか,そういうところになるのかもしれないのですけれどもね.そういうところというのは本当に,技術よりもいろんなことをとにかく考えてみて,それでこんなことができるよねという発想でやれば,技術なんていくらでもついてくるような気がしますね.

平山 いわゆる目の付けどころというやつですね.

藤瀬 そうですね.だれか目利きの人がいればいいのですけれども.

平山 ただ専門家が常にヒットするアイディアを出せるかというと,逆に専門家ゆえに冒険できなくなってしまうような気もします.さきほどお話ししたように,企業同士とか,少し分野の異なるところと組んでとか,そういうのはあるのかもしれないですね.

松本 ただ日本の場合だとやはりいろいろな規制が障害になる場合もあります.たとえば医療分野などでは厳しい規制があって,外と連携して新しいことをやろうとするとそこのところも考慮しないといけない場合があります(笑).

平山 規制,確かに利用者や企業を守るためにあるのでしょうが,いまそれが足枷になる場合もあるのですね.

松本 自動運転なんかも今度,法律を改正するとか言っていますね.

平山 はい.自動運転も技術的にはだいぶ前から可能ではないかと自動車メーカの方はおっしゃっていましたけれども.技術的にはできても,法律的に許してもらえないというところもあるようです.

IoT普及に関する課題

平山 IoTをビジネスとか,生活の場に広げるようとするとき,たとえば交通,運輸とかという,そういう世界でIoTが広まっている.その枠を超えてさらに新しいビジネスに乗り出そうというときには,どんなところが課題になるかとお考えでしょうか.

 たとえば,健康に関するシステムでは,ある意味,個人データを扱いますね.そうするとその個人のデータが,ある医療関係のところに提供したつもりがほかのところで別用途で使われるみたいな世界というのが,アライアンスを組むと出てくると思うのですけれども.その辺り,そのデータの流通みたいな観点というのはどうでしょうか.

松本 それは1つ大きな課題かもしれないですね.この間,宅配業者は,配達したときにその家が留守だったかどうかというデータを持っているということを,あるところでお聞きしました.

藤瀬 非常に危険なデータですね(笑).

松本ええ.そうなのですよ.それで,それを分析すると,この家はこの曜日のこの時間帯は留守がちだというのが分かるわけですね(笑).

平山 泥棒に提供したら大変なことになりますね(笑).

松本そうなのですよ(笑).でも,そうした情報があると配送にとっては効率的なのですよ,そういう時間帯を避けて,なるべくいる時間帯に持っていけばいいので,必要な情報なのです.一方では貴重な情報でもあるのだけれども,でも逆にそれは本当に泥棒にとってみると(笑).

平山 願ってもないというデータということになる.たぶん電力なんかでもスマートメータが,各家庭の電力の消費パターンが分かると,この時間帯はいるとかいないとかというのが分かる.

松本 そうですね.

平山 そういうデータが別用途のところで使われるというのはある意味怖い感じがします.

松本 怖いですね.だから確かにそういうデータの流通範囲をどうコントロールするかというのは非常に大きな課題になるかもしれないですね.

平山 それは手を組む企業間で解決できることなのか,たとえば,もう少し別の,それこそさきほど規制みたいな話がありましたけれども,何かそういうのはどうなのでしょうね.

松本 でもある程度の規制をかけていかないと無理なのでしょうね.全部クラウドに上げてオープンにしていってしまうと,それはそれで怖いと思います.ただ,一方で本当にオープンになっていいようなデータは,それはそれでもうどんどんそういうかたちでいろいろな用途で使えるようにしたほうが良いのかもしれません.

平山 今回の特集の中でも書いていただきましたが,慶應義塾大学と藤沢市が協力して,ゴミ収集車で情報を集めてなんていうのをやっています.自治体とかも結構,IoTに最近,目を向けているのですかね.

松本 恐らくそうした情報の中にはもうどんどんオープンにしても構わないものもあるでしょうから,だれが使っても構わないわけで.そういう情報や機会をどうやってつくっていくかというのと,オープンイノベーションを起こすためにはそういう相互に意見交換ができる場がないと進まないと思います.1つの企業だけ,特に中小企業の場合などは,なかなか外に目を向けてというチャンスがないので,そういう機会をどうやって与えていくかということも課題だと思います.

平山 確かに,国内では大企業は今回の特集みたいに取り組んでいるところがあるのですけれども,中小はまだまだ取り組み始めてないところも多いですね.日本の産業構造を考えると,中小企業のほうが数が多いので,そうした企業がIoTとかに,もう少し目を向けてくれるとだいぶ普及度合いとかが変わるのではないかなと.

松本 そうですよね.まさにIoTはある意味で場所の壁を取り払うわけですから,地域でもいろんな新しいビジネスが起こせるわけで.地域だとどうしてもやはり中小企業は結構多いですので,そういう企業がもっと活躍できるような工夫が必要だと思います.

一般利用者側から見たIoT

平山 ここまでシステムを提供する側とか,つくる側の視点でずっと話をしてきたのですが,一方で,そのシステムを使うとか,恩恵を受ける人たちがいるわけですね.一般の人たちから見ると,ある意味,高度なサービスをやってくれるものが出てくると,その分,いままで通りの生活ではない,少しだけ何かやらなければいけないとか,ちょっとそのシステムを使わなければいけないみたいな世界になると思うのですけれども.一般の方々から見た場合というのはどうなりますでしょうか.

松本 確かにそのIoTみたいな時代になってくるといろいろなものが連携して動かせるようになるので,使う側から見ると,余計操作が複雑になると思います.たとえば,リモコン1つでも,今はテレビのリモコン,ビデオのリモコン,あるいはテレビとビデオは一緒になっているものもありますが,それ以外のエアコンのリモコンなんかも別々ではないですか.あんなのがだんだん1つになってきたときにボタンの種類が(笑).

平山 分からなくなりますね(笑).

松本 分からない(笑).テレビをつけようと思ったら,間違ってエアコンをつけてしまったとか,結構,使う側にとってみると,操作が面倒くさくなったなということは想定されますね,確かにね(笑).

平山 そうすると今度はそういう人たちの使いやすさとかをどういう仕組みでつくる側に反映させていくかという,そういうところもポイントなのですかね.

松本 そうですね.実は私たちも「つながる世界の開発指針」というのを出していますけれども,最近,利用時品質版というのも公開しました.それは利用者視点で見たときに,繋がることにどういうことに気をつけないといけないかという,それは提供側が気をつけるところもあるし,利用者側が気をつけるところもあるし,両方あると思うのですけれども,そうした利用者目線で考えるという視点はますます必要になってくる可能性はありますね.

平山 その利用者というときに,高齢の方から若い方までさまざまですよね.だいたい20年ぐらいずつのスパンで人々の生態が違うという感じで(笑),たとえば,我々みたいな世代と,今の20代とだと,たぶんそのコンピュータシステムというものの捉え方が少し違うのかなと.彼らはもう生まれたときからコンピュータがあるので,コンピュータを使ってデータをやりとりするとか,早い話,写真をやりとりするとか,そういうのはすごい慣れていて,抵抗感がすごく少ない世代だと思うのです.

 そうするとそのさきほどのデータの流通とか,セキュリティとかについても,やはり若干,意識も違うのかなという気がするのですけれども.

松本 違うのでしょうね.そうですね.確かにSNSが普通の世代にとってみるのと,全然そういう経験があまりない世代とでは,考え方は全然違ってくるでしょうね.

平山 そういう意味では,システムとしてどういう人たちがメインで使うシステムで,その人たちをターゲットにした場合に,ユーザ側から見たときのつくりというのかな,そこを少しずつ変えていかなければいけないとか,そういうのがあるのですかね.

松本 あると思いますね.そういう年代の違いもあるでしょうし,あとは何だろう,いろいろなものが複雑に連携し合う世界になってくると,障害をお持ちの方に対しての対応がますます重要になってくるようです.たとえば,リモコンのボタン1つとっても,ボタンの数がだんだん増えてくると,それをなにか分かりやすく色で表したりするらしいのだけれども,それは色弱の方にとってはあまり有効な手段とはならない場合もあります.だからそういった意味では本当に利用者の視点でというのがまさに重要になってくるかもしれないですね.

平山 つまり具体的なユーザを想定をして,どういうインタフェースとか,どういう機能やサービスを提供するかという部分は,また結構,知恵の絞りどころで,単にIoTを活用したビジネスとかのアイディアとは別のところで気を遣わなければいけない部分なのですよね.

経営者の立場でIoTにどう対応するべきか

平山 IoTについてビジネスやシステム開発する際の工夫みたいなところを話してきましたが,そうしたことは企業として進めていきますね.そうするとその企業の中には『デジタルプラクティス』が対象とする実務者といった皆さん以外にも,たとえば,経営者の方とかもいらっしゃいますね.そういう方々というのは,この先の目利きをしなければいけないと思うのですが,さきほどお話されたみたいにIoTが普及し出してだいぶこなれてきた段階で,経営者レベルの方というのは今どんなことをやるといいと思われますか,松本さんは経営者という立場でも企業にいらしたと思いますが.

松本 いわゆるIoT時代になってくると,さきほど要求ベースという話をしたのだけれども,逆に要求そのものが,もうどんどん曖昧になっていく時代になっていきつつあるのかなと.何がそのサービスを動かす要求になるのかというのが決められなくなってきているのではないかなという,そこがやはり経営者にとって一番悩みの種になってくるのだろうなと思います.

藤瀬 実はですね,要求が曖昧では駄目だと言って,すべての要求を完成形としてカチッと決めてしまう.そうしたやり方ではスピード的にビジネスチャンスに間に合わないかもしれない.

松本 まさにおっしゃる通りで,そういう意味では僕もやはりこれからはアジャイル的な開発スピードになっていかざるを得ないのではないのかなと思います.だから経営者もそういう観点で考えていかないといけないのかもしれません.いままでのように要件がある程度決まって,がっちりそれを作り上げて,なおかつ品質はバチバチの高品質でという世界で,それを確実にしてからものを出すというのでは,とても間に合わないのではないかなと思います.もうそこそこの品質でいいから,とりあえず出してしまって,それで逆に叩いてもらって,それで,いや実はこういう要求のほうが大きかったんだねというので少しシフトして作り直すというような,そういう考え方で商品化していかないと駄目なのではないかなという気がしますね.

平山 そういう意味では,トライ・アンド・エラーみたいな感じになってくる.ただ日本の企業は,概して手堅さを求めるのが多かったので(笑),対極ですよね.

松本 日本は品質が売りだから,もう高品質で.

平山 間違ったものは出せないというのが.

松本 そういう発想ですよね.きちんとしたものを作り上げるというのがやはり日本の強みだったのだけれども.

平山 そこが逆に今の時代,ネックになっている.

松本 うん.

平山 海外とかだと,もう少し気楽にやっているのではないかなという気がしますけれどもね.

松本 そういう方法ですよね.だって自動運転にしたって.

平山 まず走らせて.

松本 まず走らせてみて,何が起きるか少しやってみようという(笑).

平山 日本だと走らせる前に,やれ,法律がどうのとか,安全性がどうのとか.

松本 事故が起こったらどうするんだ,その補償は,だれが責任を取るのだとという,そういう議論から始まってしまう.

平山 そこからいくのではスピード的に負けてしまう.そうですね,何だろうな,経営者は思い切りが必要なのですかね.ただ,一方で,社会がそれを受け入れてくれるかという話はありますよね.

松本 そうですね,それはあるかもしれないですね.

平山 いままであまりに手堅い商品が日本の国内にはあったので,その感覚で接すると,何か1個でも変なのが出ると,あれっと思ってしまうのですかね.そこのところが,今度は,システムを使う側が何か発想転換しないといけないのでしょうか.

松本 うん.そうですね.

平山 社会のほうがと言ったらいいのかもしれないですけれども.

松本 いままではやはりソフトウェアだって,バグが起きるとけしからんという発想で.もうそれでもって怒られるわけなのだけれど.使う側もこんなところにバグがあってこんな使いづらいソフトをだれが売ったんだとかという発想なのだけれども,そういう発想そのものを少し変えていかないと(笑).

平山 たとえば,最近はスマホでも,パソコンでもバグが入っていることはみんな分かっているけれども,使っていますよね.あれはそういうものだというふうにみんな納得をして.

松本 そうです.やはりだんだん意識が変わってきたわけですよね.だって,昔はコンピュータバグがあったら,えらい騒ぎだったのだけれども,今はもう.

平山 今はもうしょうがないねという.

松本 しょうがないなと.修正版はいつ出るんだとかという話で(笑).

平山 順応してきている.

松本 そうなのですよね.そういう文化になりつつあるのかもしれない.それも,ものによるのかもしれないですね,自動車みたいな本当に命にかかわるようなやつだと,それはバクがあった,ごめんなさい,直しますでは済まないだろうなと.

複雑系システム

平山 一方でそうしていろいろなものをいっぱいつけるとシステムとしては複雑になるので,どこかで破綻をする(笑).

松本 そうなのですよね.複雑系はもう本当にかなりのレベルまできていて,もう人間の手にだんだん負えなくなってくるのではないかと思いますね.

 そうしたときに,今までのように要件定義から始めて,ウォーターフォールだけでは対応できないのだけれども,そういうかたちでやる開発のやり方というのは少しずつやはり見直していかないといけないのかもしれません.システムズエンジニアリングみたいに,ある程度抽象化されたレベルで試験まで全部やって,それで大丈夫かどうかを確認してから,もう少し今度は具体化していくというような開発のやり方にしていくとかの工夫も必要ですね.

平山 そうですね.

松本 そもそも要件そのものが曖昧な世界だから.それに合致しているかどうかの確認は難しいでしょうから,ある程度抽象化して,それを確認しながら徐々に具体化していくというやり方で開発していかないと難しいかもしれません.特に非機能と呼ばれているような品質,信頼性の問題だとか,性能の問題だとかというのは,従来とは別の範疇で考えないといけないのかもしれません.

平山 ということは最初にターゲットというかシステムの性能を,設計目標として明確に定めること自体つらいということにつながりますか.

松本はい.そもそもネットに繋がる数なんてどうなるか分からないから.

平山 分からないですよね.

松本 そんなもの最初から性能要件なんか決められない.

平山 ある意味では,アバウトと言ったらいけないですけれども,要件が決められないというか,そういう状況というのは,日本の中でも今までも結構あったようにも思います(笑).ただ,そこが方法論として確立されていなかったという気もしないでもないですけれどもね.

松本 日本はそこのところを人の力で.カバーしていたのかもしれないですね.

平山 そこはさきほどおっしゃっていた,優秀な人材がそこをケアをしていた.ただ,今,それだけでは足りないので,やはり,経験が少ない方がそこを担当するときに,曖昧なのがそのまま曖昧で,ふわーんといってしまうというのはあるかもしれないですね.それのときにどういうプロセスでどうやっていくかみたいな,そういう仕組みというか,やり方なんかがあるといいのかもしれないですね.

松本 そうですね.そこのところの方法論は今ほとんどないのではないかな.どのレベルまで抽象化して,どうやってそれを具体化していくかという.

平山 抽象と具体で揺れるので,どのレベルというのはなかなか言いづらいのかもしれないですね.

松本 そうですね.モデル指向で,モデル像を最初につくれと言っても,どのレベルの抽象論でそのモデルをつくるか.すごく難しいですよね.

平山 そういう意味で,ソフトウェア工学とかで提案されたり論じられているのはモデル図のノーテーションの場合が多いようですが,ではそれをどのレベルでアプライするかとかね,モデルのいろんなエレメントをどうやって切り出してくるかという議論はあまりされていないような気がします.本当はそうしたところをちゃんと議論しないといけない.

松本でもそこが一番重要だと思いますけれどもね,その粒度をどうするんだというところ.

平山 一生懸命,みんな表現型は決めるのですよ.表現型だけあっても,できないと思うのだけれどもね.そこの粒度は逆にある程度経験を積んでいないと語れない世界なのかもしれませんが.そういう意味でモデル化,別にシステムだけに限らず,いままでもいろんなモデル化の議論というのがあったのですが,なかなかそこが深まってこない感じがしています.

松本 そうですね.ある先生が話されていましたが,なるべくモデル指向で設計したいというニーズがあって,それで今,設計されているもののモデル図をつくって持ってきてくださいと企業担当者に言ったら.とてつもなく大きな紙で,何枚も描いたモデル図を持ってきたらしいですよ.

平山 抽象化されていないのですね.

松本 抽象化されていないのです.ハードウェア,部品側から見て,そうしたものをモデル,コンポーネントにして,それでそういうインタラクションがあるかという図をつくって持ってきたらしいです.それで,それを見て,これで設計できると思いますかと(笑).それを抽象化して機能レベルで描かないとモデルとは言わないのですよというところを分かってもらうのが大変でしたとおっしゃっていましたね.

 恐らく,個々の装置あるいはデバイスというのを1つのコンポネントにしてというふうに下からボトムアップで考えてしまうと駄目なのでしょうね,物理的なところから出発して上に持っていってしまうと,抽象化しようというのは難しくなる.

平山 どちらかというと最初から能天気に,こう,ばさばさばさとやって.

松本 機能単位で,こういう機能と,こういう機能と,こういう機能がいるよねとかというので,それを落とし込んでいくやり方をしていかないとたぶん難しくなってくるだろうなと思います.昔は下から積み上げで,それをきれいなモデルにしてもできたかもしれないですけれども,今はもう複雑化しすぎてしまって.

ロジカルな分析能力

平山 はい.そういう意味ではね,さきほどの人材の話に戻るのですけれども,どう教育するのですかね,大学とかだと上からというよりは,最初みんなプログラミングから入るわけで(笑),本当に末端から入るのですね.

松本 そうですね,今度,初等教育でもプログラミングが入りますよね.

平山 そう.あれがいいかと言われると,どうかなと(笑).時代と逆行しているのではないかと思いながら見ているのですけれども.

松本 そうですよね,どう育てるのだろうな.

平山 一方でね,学生に限らず,企業に入っても,やはり大きなシステム,全体を見るというよりは,まず部分を任されるので,そうするとやはり部分指向の積み上げになってしまうのではないかなという気がするのですけれどもね.

 海外の方ができて,日本の方が苦手なのは,何かそこの教育とか,トレーニングが違うのですかね.

松本 ロジカルシンキングなのですかね.海外だと,わりとそのディスカッションベースでいろいろ勉強していきますよね.そうすると,自分の考えをいかに論理的に組み立てて説明して相手を納得させるかというスキルが身に付いていくのだけれども,日本の教育はどちらかというと一方向なので.

平山 教えるだけに.

松本 ええ.とりあえず知識をため込んでいけばいいというレベルだから,あまりそういう論理的にそれを自分で組み立てていくというスキルがなかなか育たないので,そういう抽象化とかが下手なのかなということではないでしょうか.

平山 それはあるかもしれないですね.でもロジカルシンキングも,もうずいぶん前から言われていますよね.

松本 そうですね,昔から言われていますね.

平山 恐らく会社に入ってからではきっと遅くて,大学でもきっと遅くて,もっと中学,高校ぐらいからそういうトレーニングを積まないといけないのかなという気はするのですけれどもね.

松本 そうですね,そうかもしれない.さきほどトップダウンにロジカルに考えていくというような話をしましたが,最近,自動車メーカもそういう大きな視点で自動車というものを捉える方向になりつつあるみたいですね.いわゆる社会システムの中で自動車をどう位置付けて.

平山 そもそも車とは何かという話ですね.

松本 そうです.車は何のためにあるんだということから車を設計していこうという.

平山 そうですね,モビリティという言葉がありますが,まさにその辺りですね.

松本 ええ.確かに,これからシェアリングエコノミーだとかになってくると,車そのものも台数が減ってくる.

平山 1人1台,持っていなくてもいいし.

松本 確かに減ってきますから,ああいう単体でビジネスをやっているのがいつまで続くかというと,確かにそれは.

平山 だからそこのシェアリングとか,そういうところも含めて,ビジネスとして捉えていくという.

松本 そうですね.モビリティをどう提供するかという視点で車を考えていくという方法にシフトせざるを得ないのかなと.

平山 そうですね.私のゼミでも3年生で入ってくると,最初にロジカルシンキングを時間を取ってやっています.ロジカルシンキングの考え方をある程度レクチャーした上で,少し現実的なお題を出して,それをロジカルに考えてディベートさせるようにしています.もちろんプログラミング技術の習得も必要でしょうが,まずロジカルな論理展開ができないとSEとかになってもシステムを考えるというのはできないからねという話をしています.

松本 プログラムなんて考えられないですよね,やはりね,だってアルゴリズムを考えるのはやはり論理的な考え方で,それができなかったらアルゴリズムをつくれないですよ.

将来の産業・技術のドライバ

平山 さきほど学生の教育の話などを少し出しました.そうした若い人を考えたときには,今のIT業界とか,組込み業界とか,あるいはIoTというところが,きっと将来の経済の牽引役,あるいは起爆剤にならないといけないのだろうと思います.そういう中で,今のIoTのようなものをドライバとして産業として活性化していく場合に,今,何が必要でしょうね.

松本 やはりその技術者の育成がすごく重要だと思います.

平山 技術者の育成ですか.

松本 そのためには技術者に対してモチベーションを与えることがすごく重要です.どちらかというと,単なるエンジニアではなくて,やはり自ら新しいサービスとかも含めて考えてエンジニアリングできるような,そういうチャンスを与えてあげることによって,それが自分のモチベーションに繋がっていくような,そういうふうな仕組みにしていかないといけないと思います.単に与えられたものだけをとにかくきっちりつくる技術者を育てるんだというのでは,やはり技術者としてのモチベーションが上がらないから,どうしても3K職場だ,5K職場だから行きたくないよというふうになってしまいます.もう人はどんどんこれから減る一方なので,こうしたことを放置しておくと,技術者はますます不足してしまうのではないのかなと.

平山 自分で考えたサービスとか,モノが世の中に出るという喜びというかな,それを体験するというのはすごくいいと思います.ただ,なかなかそうした喜びを分かってくれる若い人たちがいない感じがしないでもないです.失敗を恐れるのですかね,あるいは苦労を恐れるのですかね.

松本やはり失敗するとどうしても自分のキャリアに傷がつくというような,そういう発想に日本の社会だとなりがちなのかなという,そういうところかもしれないですね.

平山 確かにね.その辺り,経営者の方を含めて,もう少しその若い人にチャンスを与えるとか,失敗を認めるというのかな,許すというのかな,そんなところを工夫していくといいということですかね.

松本そうですね.あと,組込み産業というのはどういう産業なのか私自身もよく分かっていないところはあるのですけれども,開発のやり方という点では,どちらかというとやはり受託開発とか人材派遣的なところも多いようですね.そういうところももう少し自らが新しいサービスなり,製品なりをつくっていくようなサービスベースにどんどんシフトしていかないとやはり産業界としては活性化していかないのかなと.

平山 そうですね.人から言われたものをつくるというのはやはりそんな楽しくはないかな(笑).自分たちが考えて提案して世の中に出していくほうがやはりやる気は出るし,活性化はするかなということですかね.

 そう思ったときにね,企業の方に当然そういうところを努力していただきたいというのはあるのですけれども,学会とかに参加されている研究者の皆さんにも何かひと言お願いできますか(笑).

松本研究者に対してですか.自分の経験からするとやはり,いろいろ興味を持つことかなという感じがします.逆に今は本当にいろいろな情報がすぐに手に入る.IoTの成果もあって,いろいろな情報が流通しているので,そういったことに常にアンテナを高くしていろいろ情報を仕入れていくということがこれから重要になってくるのだろうなと.そういうところからいろいろなオープンイノベーション的な発想も出てくる.やはりなんだかんだいっても,これだけ便利な世の中になっているにもかかわらず,情報が偏っていますよね.

平山 偏っている.

松本ええ.もっと幅広く視野を広げていろんな情報を取り入れておく姿勢をしていったほうが今後のためにはよいように思います.

平山 研究者とか,学会に参加している人たちと,たとえば,一般の企業の方がコラボをするとか,産学連携とか,あるいはIPAみたいな,官も巻き込んで,産学官の連携みたいな,何かそういう仕組みをうまく構築して活性化していくという方向でもいいのですかね.

松本 そうですね,少なくともそういう社会人と学生がいろいろディスカッションできる場というのをもっと増やしていくというのは必要でしょうね.そうした場で議論をしたり,あるいは一緒にモノをつくったり,一緒に設計してみるとかすることによって,お互いに得るところもかなりあるのではないかなと思います.

平山 さて今回のインタビュー,IoTと組込みというところから出発して随分と多岐にわたるお話をお聞かせいただきました.今回いただいたお話は,この特集をお読みになる方にとってはとても参考になるところが多かったかと思います.お忙しいところありがとうございました.

左から松本隆明氏,平山雅之,藤瀬哲朗