漁港港湾工事において作業船はなくてはならない建設機材である.工事の実施に伴う作業船の運用では,工事の発注者(地方自治体)および作業船を保有している受注者(作業船所有者,土木建設会社)の両者にとって,次の3点は重要な課題である.第1点は,工事発注者が計画的実施のため,作業船の位置の把握ができていないことである.作業船の位置情報は所有する土木建設会社が大まかに把握しているだけで,作業船にGPSを搭載していない場合や,搭載していたとしても,船内で自船の位置を確認しているだけである場合が大半である.このため,工事発注者は,工事発注前に大掛かりでテンタティブな作業船の在港調査を行う必要がある.第2点は工事の実施に伴う移動の経費の適正な積算ができていないことである.2015(平成27)年10月に行った(一社)全日本漁港建設協会のアンケートによると,工事受注者の49%が適切な予定価格が設定されていないと回答した.その理由としては適切に回航費を計上していないとする回答が25%であった.回航費に計上されるのは工事で行われる計画的な通常の移動経費だけではない.工事実施中に気象海況状況の悪化を受け,計画外に避難回航した経費も含まれる.特に長崎県等の離島の多い地域ではこの経費の増加が大きくなる.第3点は,台風や津波等の異常気象によって,漁港港湾,沿岸施設および沿岸漁村等に大きな被害をもたらしたときに,作業船の迅速で計画的な運用ができていないことである.東日本大震災(2011(平成23)年3月11日発生)においての岩手県の島ノ越漁港および田老漁港では,漁港の啓開作業に必要な作業船を確保できず全国に配船依頼を出したのが3月25日,実際に配船されたのは4月21日と大幅に遅れた.台風,津波の被害の形態は,主に港内堆積埋塞,流木埋塞および漁港港湾構造物の破壊となる.従って,作業船の位置を把握して,作業船をいち早く復旧作業に回航することは,漁港港湾および沿岸地域の災害復旧において重要なこととなる.
以上の3点の課題を解決するためには,漁港港湾工事の発注者と作業船を所有する受注者が作業船の位置情報と移動に伴う気象海況情報とを共有することが必要である.なぜなら,作業船の稼働の計画と移動に伴う経費につき同一の情報を持つこと,災害の起こっている漁港港湾の情報を把握している管理者である発注者が,迅速に作業船の経費負担を考慮に入れて稼働判断することが可能となるからである.そのために,作業船の位置情報を把握し,その地点の気象海況情報を取得し,それらのデータを保存し,表示する必要がある.そして,作業船の運航管理,運航予定の立案および運航経費の算定が可能で,それらの情報を工事の受注者と発注者で共有できる作業船位置回航情報システム(以下,システムという)を構築した.
システムの普及には,発注者および受注者の両者の課題を解決するとともに,このシステムの運用上のメリットが多くなければならない.そこで,このシステムから得られたデータを利用して解決できる漁港港湾工事を取り巻く課題を2点挙げる.第1点は,漁港港湾工事において気象海況の変化の中での完全週休2日制の達成が難しいことである.これは国の重要政策である働き方改革に伴う課題である.第2点は,魚礁工事や洋上風力発電施設等の沖合海域での工事の適正な積算ができていないことである.本システムは,作業船の位置情報と気象海況情報のデータを含有している.これらを利用することによって二つの課題の解決方法を提案する.
これらのシステムの機能や,提案によって,システムの普及を図り,課題の解決を行う.
沿岸海上域の漁港港湾工事において作業船は必要不可欠である.港の浚渫を行う工事では,浚渫船が必要であり,海上工事で重量物のつり揚げを行ったり,資材を海上に運搬するにはクレーン等の装置を備えた起重機船が必要である.作業船はほとんどの漁港港湾工事に使用されている.
作業船はどのような漁港港湾工事を行うかによって,種類が分類される.漁港港湾工事の分類は,防波堤等の外郭施設,岸壁等の係留施設そして航路および泊地の水域施設の三つの基本施設に分類されている.作業船はその三つの基本施設を構築するため,航路泊地を浚渫する浚渫船,揚土する揚土船,防波堤,岸壁を構築する構造物築造船,それらを支援する付属船,その他分類として環境整備船,特殊作業船と,大きく6分類されている.6分類からさらに船種として細かく分別される.作業船の種類は表1および外観は図1のとおりである.
作業船の大きさは,AIS(Automatic Identification System,自動船舶識別装置)設置義務のある500トン以上の大型の作業船も存在しているが,全国の漁港港湾で工事している作業船のほとんどはAIS設置義務のない500トン未満に分類される.これは,無動力の台船とその台船を押す20トンの動力船に分離できる作業船で運用する船が多いからである.
日本での作業船の隻数総合計は,1987年以降1万隻前後を推移してきたが,2005年頃より減少傾向となり,2019年では6,297隻存在している[1].作業船の減少は,工事発注者および作業船の作業を下請けに出す建設会社にとって,工事の工程を組むうえで,作業船の位置および回航情報を共有する必要性をさらに大きくしている.
課題としてあげた3点に関連する,これまでのICTを活用した研究を調査した.
工事の計画的実施のための作業船の位置の把握ができていないことについては,漁港港湾工事に携わる作業船の行動把握に応用できる情報科学系の関連研究があり,次のような四つの視点からの研究がある.
第1は,船舶のGPSの位置情報と簡易AISの組み合わせにより,船舶の航行安全を図る研究である[2], [3].第2は,簡易AISの受信機を製作試供し,船舶の航行状態を把握するものである[4].第3は,船舶のGPS情報をメールとしてサーバに送信し,リアルタイム運航管理,入出港の定時性および燃料使用量等の分析の研究である[5].第4は,漁船の位置情報とリアルタイムの漁獲のデータを蓄積し,漁獲特性を分析するとともに時系列変化を分析し,資源状況を評価する研究である[6].これらの研究は,本研究の船舶位置情報の取得方法について活用できる.
工事の実施に伴う移動の経費の適正な積算ができないことについては,システム構築に必要とする工費契約の変更に耐えうるような回航履歴等情報共有および記録保存に関する研究はなかった.
災害時の作業船の迅速で計画的な運用ができていないことについては,気象異常時の船舶の避難行動および作業船の作業限界等の土木工学系の次の四つ関連研究がある.
第1に災害復旧時の作業船調達に関する研究として,災害復旧に従事すべき作業船が津波被害によりどれくらい被害を受け津波被害復旧に支障をきたすか[7],東日本大震災において災害復旧事業に必要な作業船の派遣支援のシステムの構築[8],津波被害を受けた場合その災害の程度により航路の啓開作業に必要な作業船量の研究[9]など,災害時の作業船の配備に関する研究がある.第2に気象海象条件による作業限界に関する研究がある.作業船には,気象海況条件に対して作業限界がある.全国の作業船所有者および船長に作業船の作業限界についてアンケートを実施し,風速や波高の作業閾値をもとめた[10].また,波,うねりによる作業船の動揺量,構造物の相対動揺量から作業閾値を求めている[11], [12], [13].第3に気象海況条件による作業船の稼働率(供用係数)の研究として,全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス)の実測値および海況予測値から作業船の稼働率(供用係数)を海域別に算定している[14], [15], [16].第4にAISあるいは視覚情報を活用した港内と航路の輻輳と挙動分析の研究がある.これらは,作業船の行動把握とは直接関係ないが,AISの機能を活用運用して,津波時の船舶の行動把握および工事中の作業船航行の安全に関する研究である[17], [18], [19], [20].
これらの研究は,作業船の災害復旧時の調達方法,作業船の気象海況条件による作業限界と稼働率およびAISによる船舶の位置と輻輳の評価についての研究である.これらによって災害時は作業船位置の気象海況情報の把握が重要であることが分かる.
これらの既存研究を参考とし,本研究の課題においては,作業船の現在位置情報とそのデータを蓄積した回航履歴,そしてその位置その時点の気象海況状況を取得し,それを工事受注者と発注者で共有することが必要である.
作業船の現在位置情報とそのデータを蓄積した回航履歴,そしてその位置その時点の気象海況状況を取得し,それを工事受注者と発注者で共有するシステムを構築した.作業船の位置情報を取得保存できる機能,気象海況情報を収集し保存する機能,それらから得られたデータを使用し,検索や同期を行いユーザに表示するインタフェースを実装したシステムである.このシステムを作業船位置回航情報システムと称する.
図2にシステムの概要を示す.
このシステムは図2に示すように,三つのサブシステムから構成される.①GPSから位置情報データを取得し送信する作業船に設置された機器,②気象海況情報の予報と実績を取得し蓄積する気象海況情報サーバ,③送信された位置情報を蓄積するデータベースと,そのデータを位置確認や回航路検索,気象海況情報との同期等をユーザ(工事発注者,工事受注者)に提供するアプリケーションを実装したクラウドサーバである.
ユーザが使用するインタフェースは,WEBブラウザから利用できるWEBアプリケーションとした.これによってアプリケーションのダウンロードが不要となり,ユーザは作業船上や遠隔地等,多様な現場でインターネットに接続するパソコンやスマートフォンのWEBブラウザからシステムを利用することができる.
作業船の位置情報の取得の方法は,文献[21], [22], [23]より,作業船に設置した機器より,GPS情報をメール送信することとした.データの送信間隔は,回航の軌跡が判別できる間隔として5分とした.サーバは電子メールを受け取り,記載されたデータを自動的にデータベースに蓄積する.
データの送信には3G通信(高速携帯通信)を採用した.船舶の位置情報発信には国際的なAISがある.AISは500総トン数以上(国際航海する船舶は300総トン数以上)の船舶に搭載義務があり,搭載義務のない船舶には安価な簡易型AISも普及している.しかし,表2のようにデータの蓄積,公開範囲,脆弱性および価格の比較と位置・回航情報システム全体の構築の安易性から3G通信を採用した.送信時に作業船が遠洋や山影等の3G通信の圏外に位置し,データ送信できなかった場合には,データは送信機に蓄積され,圏内に入った際にまとめて送信されるようプログラムしている.この送信モジュールの動作確認は,[21]によりなされている.
漁港港湾工事における作業船の工事着手判断,回航および避難回航行動判断には,気象海況情報が必要である.また工事発注者に避難回航の費用を請求する場合,その避難の適否について行動時の気象海況情報が求められる.避難の判断に利用される気象海況は,雨,波,風の情報である.また,判断に必要な情報の予報期間,情報の保存期間については,(一社)全日本漁港建設協会会員のアンケート調査[24]の結果を参考にすることとした.「作業船の工事や回航計画の判断日」の結果は図3に示すとおりであり,7日前までに計画の判断を行っている回答が多く前日38%,2~3日前20%,4~7日前38%となっており,7日後までの気象海況予報が必要であることが分かる.
作業船の回航や工事の開始時の希望する気象海況情報の保存活用期間は,回答数217に対して1年間46%,2年間33%,3~5年間9%の結果であった(図4).
以上より,収集する気象海況情報は次のとおりとした.取得する項目は,天気,降水量,波高,波向,波の周期,風速,風向,であり,この7項目の気象予報を,現在から3日後までの3時間間隔の予報(短期予報),現在から10日後まで12時間間隔の予報(長期予報)とした.短期予報と長期予報に分かれている理由は,元としている気象庁発表の予報データが,短期(72時間後までの1時間間隔)と長期(10日後までの12時間間隔)に分かれているためである.気象の実績情報と予報の保存期間に関しては過去1年分を保存しておくこととした.これはデータ量が長崎県地域だけでも1年間7.3 GBを超えるため,気象海況情報サーバの検索の速度と維持費を考慮した.
気象海況情報のデータは該当地域の気象庁発表の数値を利用しており,風速,風向,波高,波向,周期,は沿岸波浪GPV解析値データ(解像度:緯度経度0.05°)を,天気と降水量は,全球数値予報モデルおよびメソ数値予報モデルの予測値とレーダー観測による降水量実況解析・予測値(解像度:1 km)の値を民間の気象会社が加工したものを利用している.
システムに使用するWEBアプリケーションに必要な機能は,作業船の現在位置の表示,各作業船の諸元表示,作業船の回航履歴検索表示,各地点の気象海況表示およびポイント気象海況情報の予報と実績表示である.各機能の表示閲覧を通じて情報共有できるWEBアプリケーションを構築する.
WEBアプリケーションの主要な画面は以下となる.
主な使用方法としては,現在位置表示画面で作業船の位置や機能の確認を行い,必要な作業船を検索する.そこから任意の作業船の位置の気象海況情報画面や,作業船の回航履歴の検索画面へ遷移する(図5).
以下に各画面を解説する.
運行管理上,最も基本的な情報となる,作業船の現在位置を表示する画面をWEBアプリケーションの基本画面(トップページ)とした(図6).
基本画面では,地図と作業船一覧表が表示され,地図上の作業船位置にアイコンが表示される.アイコンはどのような機能を持った作業船であるかが分かるよう,種類によって変化する.作業船を検索する機能があり,様々な項目(船名,船種,トン数,付属クレーン能力等)で検索することができる.この機能によって,ユーザが詳細を知りたい作業船や計画する工事に必要な仕様を持った作業船の検索が可能となる.
検索結果は地図と一覧表に反映される.地図上のアイコンをクリックするとポップアップ(図7)が開き,作業船名,船影と,詳細情報,回航検索,現在位置の気象海況情報へのリンクが表示される.また,一覧表には作業船の船名,能力緒元および在場港(現在地から約5 km圏内で最も近い港)等が表示される.
基本画面の「気象情報」ボタンや,作業船のポップアップのリンクより,気象海況情報画面(図8)が表示される.
気象海況情報画面では地図上に降水量予報の1 kmメッシュ図,波高波向予報,風向風速予報の5 kmメッシュ図を表示することができ,72時間後までの予報に切り替えることができる(降水量予報は1時間おきに,波高波向予報,風向風速予報,は3時間おきの予報).
また,作業船のこれからの移動先や工事箇所の気象海況情報を閲覧できるように.地図上の任意位置を指定し,その地点のピンポイント予報を表示することができる.表示されるのは天気,降水量,有義波高,波向,波の周期,風速,風向の3日間短期予報(図9),7日間長期予報および3日前までの実績の数値とグラフである.
作業船の回航履歴の表示は,回航検索を行う期間を入力すると,入力した期間の軌跡が地図上に表示され,出発地と到着地の港名,その時点での気象海況情報,移動距離が表示される(図10).
また,検索時にチェックボックスで指定することによって,出発時点での3日後まで気象海況予報が表示される.これは,回航および避難回航の判断が,その行動時点で適正なものであったことを確認できるもので,工事受注者として適正な回航費の請求をする根拠となるものである.発注者に回航証明として提出できるよう,書類形式に出力(図11)することができる.この書類は回航証明書となる.
これらのWEBアプリケーションの画面遷移や使用方法は,作業船所有者からの意見を聞き適正であることを確認した.
長崎県の海域は離島が多く複雑に海岸線が入り組んでいる.そのため,荒天による工事計画外の作業船の避難回航が多く,その回航に伴う経費増加の設計変更についての証明が難しいとの要請が県下の土木建設会社から上がっていた.そこで平成28年度より長崎県にて県と土木建設会社および(一社)全日本漁港建設協会が協力し,35隻の作業船に発信機を取り付けた.作業船を使用した実験をすることは,作業船の稼働を必要とし,多額の経費が掛かる.また,位置情報の取得,気象海況情報の取得と同期およびそれらのデータを利用したWEBアプリケーションの使用については,それぞれの機能が確認されている.そのため,機器を設置し,その機器が作動していることを確認後,すぐに供用を開始した.機器の不備は特になく,全作業船について,設置後から運用が可能であった.
平成29年度に長崎県で正式にシステムの運用を開始した.さらに平成30年度に岩手県(漁港漁村課),高知県(漁港漁場課)がシステムを導入し運用を開始した.この2県へのシステム導入については回航の設計変更のための導入動機より,東日本大震災に続く南海トラフ巨大地震津波等による災害復旧等への迅速な対応のための導入動機が大きかった.
平成29~30年度の運用の結果,各県のユーザから意見や要請を受け,平成31年度にシステムの改良を行った.改良を行った内容は以下のとおりである.
工事発注者(地方自治体)から,長期にわたり作業船がどのような予定行動をとるかを知りたいとの要請があった.そこで作業船の行動を把握するため,作業船所有者が今後3年後までに予定されている入港する港とその時点の工事請負の可否を入力し,それを発注者と共有する機能を追加した.これにより,発注者側は計画的な発注計画とともに,合理的かつ効率的な作業船を工事計画に組み込むことができる.受注者側も作業予定のない作業船に新たな工事の受注が期待できる.
このWEBアプリケーションは機能が多く,マニュアルが分厚くなってしまい,必要な操作方法を調べることが煩わしいとの意見があった.そこでシステムの主要ページ右上部にボタンを設置し,そのページについての操作方法や表示項目の解説等が閲覧できるオンラインマニュアル機能を追加した.この機能によって,簡易に操作方法を理解することができる.今後の新機能追加の際には,紙のマニュアルを再配布せずに,操作方法を周知することが可能となる.
工事発注者(地方自治体)から作業船が各月の稼働状況をまとめて調査したいとの要請があり,指定した月の各船の稼働の有無(作業船からのデータ送信の有無)と最終データ送信日時がCSV形式のファイルで出力できる機能を追加した.この機能によって,各作業船の送信器が適切に稼働しているか(稼働・回航しているのに長期間データを送信していない船舶がないか)を簡易に把握することができる.
もっと詳しい気象海況予報が知りたいとの要請があり,ポイント気象予報(短期)として,3時間間隔(3日間)で表示をしていた気象海況予報を,1時間間隔(1日間)での表示と切り替えができる機能を追加した.また,回航証明書発行に利用している過去時点の予報のデータは12時間間隔(3日間)を保存していたが,3時間間隔(3日間)に変更した.この機能によって回航証明書発行時に表示される出発地点の気象予報が3時間間隔となり,より詳細な当時の予報が表示され,避難回航等の判断理由の証明が可能となる.
政府の重要政策である「働き方改革関連法」が2019年4月より施行され,官民一体で取り組まなければいけない大きな課題となっている.一部官庁では,4週8休(4週間以内に8休確保)を達成した工事については工事成績における加点評価や,設計変更を行い工事費を増額補正するなどの政策が始まっている.しかし漁港港湾工事の現状は次のような問題がある.(一社)全日本漁港建設協会員(614社.有効回答数176社)に対して行った週休2日確保に関するアンケートによると,完全週休2日が7.4%,準完全週休2日(休めなかった場合,1週間以内に代休を確保)が35.2%,4週8休が20.5%であり,4週8休を実施していない会社は,36.9%であった.全回答会社に対して,4週8休が実施できない理由を聞いた結果が図12である.理由のうち,気象海況条件が24.2%と一番高くなっている.
漁港港湾工事において,4週8休を確保することは,工事が気象海況に大きく左右されることから非常に困難である.本システムでは作業船のスケジュールを入力する機能と,作業船の工事箇所や移動中の気象海況情報の予報を取得することができる.そこで,それらの機能を発展させ,4週8休の確保に利用できる機能を追加した.
工事が気象海況に左右されたとしても,工事箇所すなわち作業船の位置での気象海況情報により,大きく荒天が予想されれば,荒天日を休日と設定することができる.そこで,システムに休日指定機能の追加を行う.この機能はシステムの気象海況情報を活用して休日の設定を行う機能である.工事受注者は降水量,波高,風速の作業不可閾値を設定し,作業地点の降水量,波高,風速予報のグラフと,閾値を見比べ,休日と作業日を設定することで,カレンダー形式の表として見える化をすることができる.この見える化されたデータを工事発注者と共有し,4週8休の実現に向けた利用が可能となる.休日指定機能のフローは図13のとおりである.
この機能は,画面に作業船の位置図と作業限界基準と避難限界基準値が示されており,下に工事箇所の10日間の天気,風速,有義波高,降水量が12時間間隔で表とグラフで表示される.グラフには作業中止基準も表示されており,工事受注会社の担当者はグラフを読み取り,荒天日に休日指定を行う.そして,その代替として当初の休日を作業日に指定し調整を行う.10日間で代替ができない場合は,次の10日間で代替休日を処理するよう調整する.工期の間,この作業を繰り返す.
指定した休日と作業日は,工期カレンダー(図14)に反映され,工期期間中の月別の休日確保の状況が表示される.このカレンダーには工事期間すべての,日数,休日,休日予定,合計および週休平均休日日数と月別の値を計算し表示する.また,過去の気象海況情報の実績値と休日と作業日の実績,作業船の避難回航した日の確認や修正が行える.工期カレンダーから各日付の前後の10日間の気象海況の実績値と,その日の作業船の回航履歴を表示することも可能であり(図15),簡易に気象情報に伴う作業船の行動を閲覧することができる.以上の休日指定機能を利用し,工事の発注者と受注者で休日と作業日を共有することができる.これによって受注者は4週8休の達成に利用することができ,発注者は4週8休が実現したことを確認することができる.
工事受注者が工事費の設計変更の増額を受けるには,工事の発注者と受注者の間で工事費の増額に関する契約が必要である.そこで,システムを導入している長崎県,岩手県,高知県の工事発注者(地方自治体)と,受注者(作業船運用管理者)にこの機能の利用を提案した.
システムを運用しているなかで,土木建設会社から,「作業船の魚礁工事において,適用されている供用係数が実際より小さいため,少額に積算された船舶損料が経営上の大きな負担となっている」との意見があった.供用係数とは,漁港港湾工事費における作業船の経費の積算に使用する値である.そこでシステムで蓄積されている作業船の位置情報と気象海況情報を利用することで適切な供用係数の算定を行った.
工事原価に算入する船舶損料は次式による.(港湾請負工事積算基準における,船舶および機械器具等の損料算定基準 国土交通省港湾局)
船舶損料=供用1日あたり損料(作業船の規格により規定)×(運転日数×船舶供用係数)
従って,船舶供用係数は,工事原価に大きな影響を及ぼす数値である.しかし,ほとんどの海上工事において,国土交通省港湾局が主要港湾の気象海況データから算定した供用係数が適用されている.つまり,この係数は外郭施設が十分でない小漁港の工事や沖合の魚礁工事にも適用されている.すなわち,主要港湾以外での工事では実態の荒天日数より少ない日数で算定した小さい供用係数が適用されているのが現状である.しかし,品確法(公共工事の品質確保の促進に関する法律)において,適正な工事費の積算は発注者の責務であると規定されている.以上のことから,漁港港湾工事の積算は実態に伴った供用係数を適用するという課題を抱えている.この課題の解決に,システムで蓄積される作業船の位置情報と気象海況情報を利用するものである.
年間の供用係数の計算方法は以下となっている.
<船舶>
供用係数=供用日数/運転日数=(運転日数+休日+安全教育等+荒天日数)/運転日数
<船員>
供用係数=供用日数/運転日数=(運転日数+有給休暇+安全教育等+荒天日数)/運転日数
運転日数とは対象日数(船舶365日,船員240日)から,休日125日(土日祝日,年末年始夏季休暇,船舶のみ),有給休暇20日(船員のみ),安全教育等12日,および荒天日を減じた日数である.荒天日数は,荒天日数が休日の2倍以上となる場合は,休日は荒天日と完全に重複するものとする.また,荒天日数が休日の2倍未満の場合については,傾斜補正する.安全教育等とは,船員の安全教育や現場整備を行う日である.
休日,有給休暇,安全教育等の日数は定数である.残りの荒天日数はシステムに蓄積された,気象海況データにより計上することが可能である.
荒天日の判定に利用する閾値は白石ら[5]が調査をして中央値で示したものが表3である.また,港湾局の算定ではナウファスのデータ(実測値)を利用し閾値に波高だけを使用している.閾値は海域ごとに規定しており(1.0~1.2 m),長崎県の海域は日本海西部域と東シナ海沿岸域に入り1.1 mである.
これらの値によって,5 kmメッシュ,地域別,海域別,等の供用係数を計算することができる.さらに作業船のシステムに蓄積された回航情報データと工事の工事実施記録との検証を行い,適正な船舶損料により海上工事費を積算することができる.
長崎県で気象海況データを取得している範囲を図16に示す.
なお,各地点の気象海況データは沿岸波浪数値予報モデルGPV(CWM)での予報値であり,ナウファスデータ(実測値)との整合性は原ら[25]が検討している.データを取得している2018年度の気象海況データ(データ取得範囲の365日1時間ごとのデータ)と,2018年度の長崎県の4海域(壱岐地区,五島地区,対馬西部地区,長崎半島南部地区)の作業船を使用した工事のデータ,その工事で使用した作業船の回航データを使用し,供用係数の計算を行った.計算を行う供用係数は,実際に工事を行った地点での年間供用係数(K1),四半期別(季間)の供用係数(K2),その工事の工期における供用係数(K3),作業船の回航データから得られた作業船実働期間(月単位)の供用係数(K4)とする.計算方法は以下のとおりである.
4地区の工事において算定された値と,積算に使用された現在適用されている供用係数(K5)をまとめたものが表4,表5である.ほとんどの工事において,積算に使用した供用係数は算定された値よりも低い,また,荒天日の定義の違いによる供用係数に相違があり,降水量,風速も荒天日の閾値に入れる必要があること,また,工期の違いより供用係数に大きな差異があることが分かる.
算定された値の中で適用される供用係数として望ましい値は,最も実際の工事の供用係数値に近いと思われる工期における供用係数(K3)である.また,工事の計画時に積算する場合は,工期が決まっていれば四半期別の供用係数(K2),工期が未定の場合は年間供用係数(K1)の適用が望ましい.しかし,実際の工事では発注は随時行われており,工事の発注ごとに供用係数を設定して,工事費を積算するのは計算や事務手続きが煩雑になるとのことから,前述にあるように近傍の主要港湾での年間の供用係数(K5)を適用しているのが現状である.つまり現在適用されている供用係数が実態と合っておらず,工事受注者である作業船所有者(土木建設会社)にとって少額に積算された船舶損料が経営上の負担となっている.
本章では,システムから得られた気象海況情報と作業船の回航実績から供用係数を算定できる手法を提案し,閾値として降水量,波高,風速を使用し,長崎県海域において工事期間の荒天日数および供用係数を計算した.この結果から次の3点を明らかにした.第1に,長崎県の海域においてシステムのデータから気象海況情報の種類および閾値を指定し,期間を特定した供用係数を簡易に算定することができる.第2点にこの手法により,閾値および期間の違いによる供用係数の差異があることを,長崎県の4海域別に明らかにした.第3点に,現在,主要港湾ごとに示されている供用係数を魚礁工事に適用すると,実態の供用係数と大きな差異があることである.
ただし,この計算で得られた年間供用係数(K1),四半期別供用係数(K2)の値は2018年度の気象海況データで計算したものであり,この年特有の気象が反映されている可能性がある.2018年度以降も気象海況データを取得し平準化された値を求めていく必要がある.
以上によって,本システムが蓄積したデータにより,工事箇所の供用係数,特に魚礁工事や洋上風力工事等の沖合域での工事の供用係数を簡易に算定することができる.この手法を使用し,実態にあった供用係数を適用した船舶損料を積算するよう工事発注者である地方自治体に働きかけを行っていく必要がある.品確法では適正な工事費の積算は発注者の責務と規定されている.また,過少積算された工事費は工事受注会社の経営上の負担となり,作業員の過重労働につながるため,働き方改革の妨げの一因となっている.そこで,この供用係数の算定手法を提案するものである.
このシステムを導入するには,発注者側の地方自治体(県)と作業船を保有している受注者側の両者において作業船の配置,利用計画および災害時の運用についての協議が必要である.具体的には避難回航や積算上の配置計画の変更があった場合の取り決めとそのときの作業船の回航履歴の証明などの表示についての協議が整っていなければならない.長崎県では,作業船の所有者の団体である長崎県港湾漁港建設業協会がシステムを保有し,漁港港湾工事の発注者である県土木部および漁港漁場課と,災害復旧の早期復旧,計画的な作業船の運用,回航避難回航費の適正な積算を協議する長崎県作業船位置回航情報システム協議会を設置している.この協議会では,システムの情報を活かした漁港港湾工事の実施を行うとともに,このシステムに付加する新しい機能の技術的検討を行っている.また,図10の印刷様式を回航証明書として利用できることを確認している.一方,岩手県および高知県においては,システムは発注者側が保有し管理するものである.しかし,位置情報を発信する機器は作業船側の所有物であるとともに,気象海況情報は作業船所有者も利活用することからそれらの経費についての負担割合を,協議会を設置して取り決めている.
このシステムの管理方式の相違は,システム導入運用によるメリットを,発注者である県側か,受注者である作業船の所有者側か,どちらが大きく受けるかにより決まる.長崎県の場合は,離島における漁港港湾工事が多く,適正な回航費の算定が必要であったことにより作業船所有者のメリットが大きい.一方,岩手県および高知県においては,東日本大震災に続く南海トラフ巨大地震津波による災害復旧等への迅速な対応を必要としていることで,発注者側がメリットを大きく考えたことによる.
具体的なシステムの運用においては,WEBアプリケーションの保守費用,送信機の通信費,気象会社から気象海況情報を取得する費用が必要である.工事発注者側の長崎県,岩手県,高知県にとって,作業船を効率的に配置運用する計画や災害対応での作業船の配置動員要請にメリットがある.また,作業船の所有者であり工事受注者である土木建設会社にとっても気象条件を知り施工計画を策定し,増額設計変更のための作業船の回航履歴およびその時点での気象海況情報などの資料整備が効率的行えるなどのメリットがある.どのようにこのシステムを運営し,経費を負担するかについては,それぞれの状況や事情によって各県で異なってくる.3県のシステムの維持管理を比較したものを表6に示す.
2018(平成30)年の岩手県へのシステム導入時に運用に関する説明会を行い,34名が参加しシステムの説明や運用試行を行った.運用施行ではPCあるいはタブレット端末を利用してWEBアプリケーションの操作を行い,実際に利用した.その後,閲覧目的画面への切り替え,作業船位置,気象情報閲覧および作業船の予定入力についての操作性を各端末よりアンケートを行った.使用した端末が24台だったため,回答は24となっている.その結果を図17に示す.
どの画面の閲覧,操作および入力も「できる」との回答がすべてか,ほとんどであり,システムの操作性が評価されている.
「日刊建設工業新聞2020年3月5日第19856号」の「持続可能な漁港漁場整備を支える建設技術」の記事内においてシステムが紹介された.工事受注者側からは,「台風来襲に伴う避難回航の費用も,このシステムによる気象情報や位置情報をもとに必要性を証明すれば,設計変更が行われるようになった.(全日本漁港建設協会長崎支部長)」.災害発生時においては「本システムを効果的に活用することで,防災協定に基づく官民連携をより強化できるとともに,大規模災害発生時の水域啓開,施設の応急復旧の迅速化はもとより,平時から漁港港湾工事における作業船の効率的な配置と安全性・生産性の向上に寄与するものと期待している(全日本漁港建設協会高知県支部長)」との評価を得た.作業船所有者からは「作業においての岸壁への接岸,離岸時刻を時経緯で把握することができ,作業工程全体の把握と残工事の把握がより確実になり作業効率化による生産性向上を実現してくれた.(作業船を所有する土木建設会社専務取締役)」との評価をえた.また,工事発注者側からは「災害時の初動対応に不可欠な現地から発信される被災状況や作業船の現状・位置情報とともに被災した時点,応急復旧する予定の時点の気象海況がリアルタイムで把握できるようになった.(高知県漁港漁場課課長補佐)」との評価を得た.以上より,システムが工事発注者,受注者の両者から作業船の災害時の対応や工事の運用管理に評価されていることが分かる.
漁港港湾工事における作業船に関して,工事の発注者および作業船を保有している受注者の両者にとって,3点の重要な課題がある.第1点は,工事の計画的実施のための作業船の位置の把握ができないこと.第2点は工事の実施に伴う移動の経費の適正な積算ができないこと.第3点は,台風や津波等の災害時の迅速な運用ができないことである.
この課題に対して,作業船の位置情報を取得し蓄積する機能を実装し,その情報を表示し共有化することにより,作業船の運航管理や回航履歴を把握し回航経費の証明として利用できるシステムを構築した.そのシステムが,3県(長崎県,岩手県,高知県)に導入された.運用と維持管理については,工事発注者である県と工事受注者である作業船所有者の間で協議会が持たれており,利用について両者から評価を得ている.各県の受注者側の普及については,2020年3月現在,長崎県で56%(71隻中40隻),岩手県で67%(28隻中18隻),高知県で100%(16隻すべて)となっている.
また,国の直轄工事に準じた4週8休確保による増額設計変更のための工事期間中の休日指定日機能の提案を行った.更にシステムから得られたデータを利用した供用係数の算定方法の提案を行った.
今後の課題および発展方向としてとして,次の3点を挙げる.
特に建設業界では,働き方改革の実現は,喫緊の課題である.漁港港湾工事において,それに必要な機能の導入および適正な工事費積算のための供用係数の算定は重要な課題である.それらを実現するために更にシステムの普及を図っていく必要がある.
公立はこだて未来大学大学院博士後期課程在学中.(株)ティエスビジュアルリサーチ.2002年産能大学経営情報学部情報学科卒業.同年(株)アルファ水工コンサルタンツ入社.2006年日本データーサービス(株)入社.2013年より現職.2017年第1回インフラメンテナンス大賞農林水産大臣賞受賞.国際航路協会会員.
公立はこだて未来大学システム情報科学部教授.博士(水産科学).1993年北海道大学水産学部卒業.同年(株)東和電機製作所入社.2004年北海道大学大学院水産科学研究科博士後期課程修了.2005年公立はこだて未来大学着任.2012年より現職.2012年度北海道科学技術賞,2013年度喜安記念業績賞,2014年度北海道総合通信局長表彰,2015年度総務大臣賞等を受賞.日本航海学会,IEEE会員.