サッカーの試合において試合中のPK(ペナルティーキック)は勝敗を左右することが多く,また,PK戦で勝敗を決めることもあるため,ゴールキーパーがPKを阻止することは非常に重要である.一方,1982年から2014年までのFIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップの全試合のPKは240回あり,ゴールが決まらなかったのは70回(29%)しかなく[1],そのうちゴールキーパーがシュートを阻止したのは49回(20%)とさらに低い確率となる[2].PKでゴールキーパーがシュートを阻止するうえで,左右どちらにキッカーが蹴るか,その見極めが重要であるが,経験と勘により予測が行われているのが現状である.ゴールキーパーがPKを阻止するうえでは,シュートのスピードが速いためキックを蹴られた後に判別するのでは遅く,蹴る前に予測できることが望ましい.ドイツの研究機関の開発したロボキーパー[3]というシステムがあるが,蹴られた後のボールの動きからボールの軌道を算出するシステムであり,実践的なゴールキーパーのPKのキック予測支援には使用できない.
そこで本稿は,蹴られる直前の動きで,PKのキック方向の予測を行い,その情報をゴールキーパーが利用することで,ゴールキーパーのキック方向の予測支援を目指すものである.まず,Kinect V2を用い,PKでキッカーがシュートする際の動作の骨格点データを収集する.このデータのうち,ボールが蹴られる直前のシュート動作の骨格点データを取得し,左右の蹴り分けの自動判別をSVM(Support Vector Machine)[4]による機械学習で行う.これによりキック方向をコンピュータで自動予測が可能になり,この予測精度を評価する.次に,キッカーが蹴る直前に,キック方向を予測するための着目すべき動作(重要特徴点)を分析する.この重要特徴点を中心として,映像を分析し,PKの際の左右の蹴り分けに重要なキー動作を抽出する.ゴールキーパーにとって,このキー動作が左右の蹴り分け予測に有効であるか,評価するため,フィールド実験を行う.実際にゴールキーパーがそのキー動作を知らずにPKに臨む場合と,キー動作を知ったうえでPKに臨む場合で予測精度の比較を行い,提案法の有効性を検証する.
人間の動作をKinectや動作検出センサを用いて解析するものが多数提案されているが[5], [6], [7], [8],基本的に熟練者などの正解となるデータが存在し,その正解データに対しての違いを評価するものが多い.本研究では正解データはなく,分析した動作データから重要特徴点を抽出し,キー動作を見つけだし,人間(ゴールキーパー)の動作を新たに支援する方法を提案するところに特徴を有する.
キッカーの動作により,ゴールキーパーがPKのキック方向を予測できるようになればPKの阻止率は向上し,勝利するうえでは非常に重要な戦術となる.一方,その動作が公知の事実となれば,キッカーはフェイントとしてその動作を用いることになる.たとえば,天皇杯のPK戦,あるいはワールドカップのPK戦の戦術として用いるのであれば,その動作を支援するチームだけに知らせた場合のみ戦術として成立する.
本章ではゴールキーパーがPKのキック方向を予測するための提案法について述べる.まず,2.1節で本研究で収集したPKデータについて述べ,2.2節で機械学習の一つであるSVMを用いて,PKデータの左右蹴り分けの自動判別を学習する.学習したSVMに対し,収集したPKデータを用いクロスバリデーションで左右蹴り分けの自動判定精度を評価する.次に,キッカーが蹴る直前に,キック方向を予測するための注視すべき重要な特徴点と動作を分析する.
ゴールの大きさやPKの位置は実際の日本サッカー協会の規則[9]にのっとった.図1のようにKinect [10]をボールから1.7 m離れた位置に設置し,キッカーはKinectの認識範囲(Kinectから半径4.0 m)内から助走を取ってもらう.ゴールキーパーの動きも撮影するためゴールの裏にカメラを設置し動画を撮影した.
データ取得対象者は,大学のサッカー部の部員を中心として,サッカー経験者39人.そのうちゴールキーパー3人で,左右のサイドを1回ずつ狙ったPKを行いデータ取得した.
骨格点は図2に示す0~24の25点で,それぞれの骨格点についてx,y,z軸における3次元座標が1秒間に30回得られる.尻を0としたのはここを座標軸原点としたためである.
実戦に近いPKのデータを取るため,以下の条件で,対戦形式によりデータ取得した.
優勝チームには賞品を贈呈,最下位チームには罰ゲームを科し,真剣なPKキックデータを収集した.一番多くシュートを止めたゴールキーパーにも賞品を贈呈し,真剣に取り組んでもらった.
前節で述べた条件で収集したPKデータを用いてキック方向の自動判別実験を行う.左右の蹴り分けは2クラス分類により判別が可能である.2クラス分類において,一般的に用いられるSVMを識別機に使用し,特徴点を学習したSVMを用いてシュート方向を判別することで,PKの左右蹴り分けの特徴に違いがみられるか実験を行った.SVMにはLIBSVM [11]を使用した.
取得したデータのうち右利きのキックかつ正確にデータが取れていると判断されるもの35人分のデータ(右35回,左35回)を実験に使用し,70個のデータ群をA,B,C,Dの四つのグループに分け,それぞれ17,17,18,18回分とし,4分割交差検証で学習・判別を行う.たとえば,A,B,Cを学習データとし,Dを評価データとする.これを評価データを入れ替えて4回行う.すなわち,評価データはDだけでなく,各グループA,B,C,Dすべてに対して行う.
Kinect V2では1秒間に30フレーム,各フレームで骨格点が25個存在し,各骨格点には左上を原点としてx,y,zの座標が得られる.対象者の体格にはバラつきがあるため,尻の骨格点を原点とした相対値に変換し,その相対値を最大値が1,最小値が0になるように正規化した.静的な座標点では動きがとらえられないため,足を引いた瞬間と蹴る瞬間の2フレームのデータを使って,動作を特徴付ける以下3種類の特徴量をベースとして抽出する.
図3に足を引いた瞬間と蹴る瞬間の2フレームの骨格点と①の特徴量(太線の長さ)を左上,②の特徴量(角度)を右上,③の特徴量を右下に示した.
全骨格点での全種類の特徴量(以下,ALL特徴量)を用いてキック方向の自動判別を行うと,81.7%と高い判別精度が得られた.次にキック方向の判別可能な特徴点を見つけるための実験を行う.
25個の全身の骨格点を上半身,下半身,右半身,左半身の半身ごとに分け,それぞれの半身に対して10個ずつの特徴量を抽出し,前述と同じ条件で学習・判別を行った.その判別結果を図4に示す.
全身の判別率は81.7%であったが,図4に示すとおり,半身ごとにすると判別率の低下がみられた.一般的にキック方向の推定では軸足や引いた足などの下半身が重要とされていたが,四つの半身のうち上半身が最も高い判別率になり,興味深い結果が得られた.一方,最低の左半身と最高の上半身では3.8ポイントの差しかなく,ALL特徴量と9.3ポイント以上の差があるため,各々の半身の骨格点が判別に寄与していると考えられる.
ALL特徴量と25個の骨格点の中で特に判別率に寄与している重要特徴点を抽出するために骨格点の絞り込みを行う.25個の骨格点から一つの骨格を引いた残りの24個の骨格点での判別率を求め,それぞれの骨格点の判別率への寄与率を分析する.
ALL特徴量25個のすべての骨格点を用いたときの判別率と,一つの骨格点が除かれたときの判別率およびその骨格点の寄与率を図5に示す.ここでいう寄与率とは,ALL特徴量の判別率に比べ,一つの骨格点を除くと低下する判別率を指す.寄与率が高いということは,その骨格点が判別には重要な特徴で,除かれると判別率が大きく下がることになる.図5では,25個の骨格点の結果のうち,寄与率が高かった上位五つを示す.図に示すとおり,右足(主にひざより先)と左手に重要骨格点が集中していることが判明した.
実際のキッカーの動きについてデータ取得時の動画で確認した.左右の蹴り分けにおいて,右足のひざから下の動かし方Pと,左手の動かし方Qに大きな特徴がみられ,この動作を重要動作とした.本稿では,1章で述べたようにこの具体的な動かし方は示さないこととする.
本研究は,ゴールキーパーの支援が目的であるが,ALL特徴量で用いる足を引いた瞬間と蹴る瞬間の2フレームでは,ゴールキーパーにとって一瞬の時間である.一般にキッカーの助走前の立ち位置は左右の蹴り分けに重要な要素ともいわれているため,ゴールキーパーがゆとりをもって左右判別を行ううえで,足を引いた瞬間のフレームより前の段階の立ち位置の情報も利用可能と考えた.そこで,立ち位置フレームをALL特徴量に追加した.その結果を表1に示す.
助走前の立ち位置を特徴量に加えることにより判別が約2ポイント上昇し,立ち位置の情報がPKの蹴り分けに重要であることが分かる.この立ち位置を重要動作Rとする.
本章では,2章で特定した重要動作P,Q,Rが,ゴールキーパーのキック方向の予測に役立つかフィールド実験での検証を行う.
高校サッカー選手権の全国大会に出場したことがある岩手県盛岡市内の強豪サッカー部に依頼し,サッカー経験者のキッカー24人,ゴールキーパー3人に協力してもらい実験を行った.ゴールキーパーを含めず,キッカー8人ずつでチーム編成を行い,1,2,3の3チームに分けた.各キッカーには左右のサイドを1回ずつ狙ってシュートしてもらいデータを取得した.PK戦での検証を行ううえでの環境・条件は2章で用いたものと同様とした.ゴールキーパーは1試合を1人で担当するのではなく,3試合すべてに出場し16本セーブを行う.ゴールキーパーは,必ずキック方向を予測し,どちらかに跳んでもらった.
PK戦は以下のように組み合わせを変えて3試合を行った.ゴールキーパーは交代しながら,1試合当たり各々5,6本のシュートを受けた.ゴールキーパーへの教示手順と教示内容は以下のようにした.
シュート方向に跳べていれば予測成功,シュートと反対側に跳んだ場合には予測不成功とみなした(跳べない場合も体重の移動で判断した).試合ごとの予測成功率を図6に示す.
2章の学習データ収集の際もゴールキーパーのキック方向の予測成功率はほぼ50%だった.今回の実験でも,1試合目の結果は同じで50.0%であった.すなわち,左右の蹴り分けが予測できていないに等しい.
2試合目は1試合目と比べ6.3ポイント上昇し56.3%となった.3試合目は1試合目と比べ18.8ポイント上昇した.2試合目と3試合目の予測成功率の差は予想以上に大きかった.助走前の立ち位置にも着目することにより,左右判別に要する時間に余裕ができたためと考える.また,3試合目のほうがゴールキーパーが,注視すべきところに慣れたことも影響していると推察される.動作Pと動作Qがどちらがよりキック方向の予測に有効かについては現時点では不明で,今後の課題としたい.
本節ではゴールキーパーごとのキック方向の予測成功率を調査する.これにより,提案法がいずれのゴールキーパーに対しても有効か確認する.ゴールキーパーごとの予測成功率を図7に示す.
ゴールキーパーが重要動作PおよびQに注視している2試合目と,3試合目を見ると,ゴールキーパーBはあまり差がみられなかったが,ゴールキーパーA,Cは何も情報がないときの50.0%以下と比べ,重要動作に着目することで,予測成功率が20%以上向上しており,提案法はゴールキーパー支援に効果があったといえる.
ゴールキーパーBのように1試合目の結果から上昇しない者もいるため個人差があると考える.ゴールキーパーAはレギュラーのゴールキーパーであり,1試合目より2,3試合目の予測成功率が上昇し,3試合目では80%と高い確率で左右の蹴り分けを正しく予測できている.
シュート方向を予測し跳び込めているかの予測成功率だけでなく,PKを阻止できたかの阻止率の観点からも分析した.その結果を図8に示す.
ゴールキーパーのPK阻止率を見ると,ゴールキーパーBだけは1試合目と阻止率は向上しなかったが,ゴールキーパーAとCは1試合目に比べ徐々に向上した.3人のゴールキーパーの平均PK阻止率は1試合目は12.2%と低かったが,3試合目は28.1%に大きく向上した.なかでもゴールキーパーAはPK阻止率が16.7%から40%に大きく向上した.以上のことから重要動作に着目することにより方向の予測成功率の向上だけではなく,PK阻止率も向上し,提案法の有効性が検証できたと考える.
キック方向予測成功率,PK阻止率が向上したゴールキーパーAとCについて,有意差検定を行ったところ,1試合目と3試合目では有意な差が認められ(p<0.05),ゴールキーパーのキック方向,PKの阻止支援に実際につながったことが確認できた.
特にゴールキーパーAは,本手法に素早く適応すると同時に瞬時の判断が習熟できたのではないかと考える.また,後日当チームの監督より,「うちのゴールキーパーはとても高い可能性でキック方向の予測ができるようになり,県内の強豪チームとPK戦になった場合には自信がある」との話をうかがい,本手法の有効性を認識した.
今回の実験では,被験者としてサッカーの強豪高校の選手(24人のキッカーと3人のゴールキーパー)に協力してもらったが,同一チーム内の日頃から対戦相手を熟知した選手同士を対象とし,チーム内でのPK戦は通常の練習形式であり,選手はこのような設定には習熟しているため,結果への影響は限定的とも考えられる.また,1回目に比べ,2,3回目であれば重要動作とは別に対戦相手や実験設定にゴールキーパーが慣れることによるキックの予測精度の可能性もあり課題が残る.このため,より多くの選手を集め,上記の点と教示手順の順序の影響についても検証実験を行う必要があると考える.強豪高校のサッカー部員とはいえ,比較的素直な蹴り方をしている可能性があり,提案法がプロの選手に適用可能かは,プロ選手を被験者とした実験が必要であり,これについては今後の課題とした.一方,提案法は,高校生以下,すなわち中学生や小学生には十分適用できると考えられ,同様に検証する必要があるが,学術的・社会的ニーズが不明確なためこれは控えたいと考える.
サッカーのPKは勝敗を左右する大切な場面であるが,ゴールキーパーがPKを阻止することは難しい.そこで本研究ではゴールキーパーのPKのキック方向の予測支援を目的とし,まず,PKのキッカーが蹴る直前の骨格点データをKinect V2を用いて取得し,その骨格点から左右の蹴り分けをSVMによって判別した.25個の骨格のすべての特徴量を用いて判別することにより81.7%でキック方向の判別ができた.次に,左右の蹴り分けの重要特徴点および重要動作の分析を行った.骨格点ごとの判別率への寄与率を求め,判別率への寄与率の高い骨格点を抽出し,それらの骨格点を中心にPK画像を分析した結果,三つの重要動作を特定した.重要動作の有効性を確認するためにPK戦で検証を行った.重要動作を知らないとキック方向の予測成功率は50.0%であったのに対して,重要動作を注視すると68.8%と大きく向上した.また,PK阻止率でも重要動作に注視することで平均で12.2%から28.1%に向上し,提案法により予測成功率だけでなく,PK阻止率も向上させることに成功し,提案法の有効性を検証できた.
今後は,プロの選手に適用可能かは,プロ選手を被験者とした実験を行っていく必要がある.
謝辞 今回データ収集にご協力いただいた盛岡市立高等学校サッカー部の皆さん,サッカー部監督湊博之教諭,岩手県立大学サッカー部の皆さんに心より感謝申し上げます.本研究の一部はJSPS科研費18K11358の助成を受けたものです.
1989年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修士課程修了.同年川崎製鉄(株)に入社.1992年技術研究組合新情報処理開発機構に出向.2000年岩手県立大学准教授.2013年より同教授.博士(工学).人工知能学会,日本音響学会,電子情報通信学会,IEEE各会員,日本サッカー協会公認B級コーチ,日本サッカー協会公認3級審判員.2005年より岩手県立大学サッカー部監督
1995年秋田大学大学院鉱山学研究科電子工学専攻修士課程修了.1998年岩手県立大学ソフトウェア情報学部助手.2008年同大学講師.博士(工学).電子情報通信学会,人工知能学会各会員.
2018年岩手県立大学ソフトウェア情報学部卒業.同年株式会社アイ・シー・エス.
2015年岩手県立大学ソフトウェア情報学部卒業.