デジタルプラクティス Vol.8 No.4 (Oct. 2017)

観光日記生成/印刷システム「KaDiary/カダイアリー」の開発と香川県小豆島における観光日記を用いた観光行動分析

熊野 圭馬1  宮川 怜1  國枝 孝之2  山田 哲2  後藤田 中3  紀伊 雅敦4  八重樫 理人4

1香川大学大学院  2(株)リコー  3香川大学総合情報センター  4香川大学工学部 

観光情報は,観光の動機づけとなり,行動の効率化を促す「事前情報」,観光中に観光地において入手される「現地情報」,観光後に自身の観光行動をまとめた「事後情報」に分類することができる.観光情報に関する取り組みの多くは,「事前情報」,「現地情報」に関するものであるが,近年「事後情報」に関する取り組みが注目されている.我々は,観光日記生成/印刷システム「KaDiary/カダイアリー」を開発した.カダイアリーは,観光者が観光中に撮影した写真から観光日記(観光における「事後情報」)を生成することができる.また生成された観光日記を分析することで,観光客の観光行動が分析できる.本稿では,カダイアリーについて述べるとともに,小豆島において実施した実証実験と,実証実験で得られたデータをもとに行った観光者の観光行動分析の結果について述べる.

1.はじめに

2012年3月に「観光立国推進基本計画」[1]が閣議決定された.「観光立国推進基本計画」は,2007年に施行された「観光立国推進基本法」[2]に基づく観光立国の実現に関する基本的な計画であり,「観光立国推進基本計画」に基づいた観光施策が実施されている.「観光立国推進基本法」には,前文において,「観光立国を実現することは,二十一世紀の我が国経済社会の発展のために不可欠な重要課題である」と記述されており,観光を日本の重要な政策の柱として明確に位置づけている.また,「観光立国推進基本法」第21条では,観光旅行者の利便の増進として,情報通信技術を活用した観光に関する情報の提供等に必要な施策を講ずる必要性について言及している.

前田[3]は,観光情報を「観光者が観光をする際のあらゆる場面において必要となる情報」と定義している.安村[4]は,観光行動のステージによる観光情報の分類を行った.市川[5]は,安村が行った観光情報の分類について,観光における観光情報は,準備段階で必要な「事前情報」,目的地で必要な「現地情報」,観光が終わった後に取り扱う「事後情報」の3つの情報に分類され,それぞれの段階に応じた内容と形態で適切な情報を発信していく必要があると述べている.「事前情報」は,観光旅行への要求の派生と動機づけになるような,観光イメージを高める情報と,観光旅行計画を立案するために必要な,観光候補地や宿泊施設等に関する詳細な情報である.観光イメージを高める情報発信には,テレビCMや雑誌のほか,地方自治体や観光協会が開設する観光ポータルサイトや観光口コミサイトなどWebサイトが用いられる.「現地情報」は,観光案内所などで提供されるパンフレットや地図などがそれにあたる.近年では,デジタルサイネージや地域内限定で利用できるスマートフォン用アプリケーションによって,現地情報を提供する自治体も増加している.「事後情報」は,旅行記やアルバム写真など,観光行動を振り返り,整理するために取り扱う情報である.加えて,訪れた土地や利用した施設に対する感想や評価に関する情報も含まれる.また,訪れた土地や観光施設に興味を持ち,観光旅行後により詳細に調査するために収集した情報を指すこともある.魅力ある「事前情報」によって観光へと誘われた観光者は,観光地で「現地情報」にふれる.「現地情報」を得て観光を終えた観光者は,帰宅後に旅の思い出を「事後情報」として記録する.「事後情報」は,別の観光者を観光へと誘う「事前情報」となる.このように,「事前情報」,「現地情報」,「事後情報」は,密接な関係にあり,上田ら[6]により,観光情報ライフサイクル(図1)と定義されている.

図1 観光情報ライフサイクル

これまで観光情報を用いた観光支援に関する取り組みは,「事前情報」や「現地情報」の提供が中心であったが,近年では,「事後情報」を分析することで,観光支援を行う取り組みが実施されている.観光庁は,2013年度に「携帯電話等のGPS機能による位置情報等を活用した観光行動調査・分析事業」[7]を実施した.この事業は,スマートフォン等から収集される情報を活用し,従来の手法では捉えることが容易ではなかった,観光地における観光旅行者の観光行動の把握を目的としたものである.上記で述べた事業を推進するにあたり,調査・分析の手法や現状における課題・問題点および今後の展開や可能性等を検討するため,「GPSを利用した観光行動の調査分析に関するワーキンググループ」[8]が設置された.このワーキンググループでは,GPS機能を活用した観光行動の調査・分析のみならず,観光にかかわるビックデータの利活用についても調査が行われた.ワーキンググループの報告によると,観光にかかわるビックデータを活用することにより,従来の統計調査では得ることができなかった来訪者のニーズや地域の課題を把握し,魅力的な観光地域づくりに活かせることが分かった.

我々は,観光日記生成/印刷システム「KaDiary/カダイアリー」を開発した.カダイアリ―は観光者が観光中に撮影した写真から電子媒体の観光日記を生成し,生成した観光日記をプリンタを用いて印刷するシステムである.カダイアリーは,観光における「事後情報」の生成を支援している.また生成された観光日記を分析することで,観光者の観光行動が把握できる.本稿では,カダイアリーについて述べるとともに,小豆島において実施した実証実験と,実証実験で得られたデータをもとに行った観光者の観光行動分析の結果について述べる.実証実験は,瀬戸内国際芸術祭2016[9]秋会期期間中に実施した.瀬戸内国際芸術祭は,瀬戸内海の島々を舞台に開催される現代美術の国際芸術祭である.小豆島では,観光者の観光行動を把握する手法は,アンケート調査など限定的であった.実施した観光者の観光行動分析の結果,これまでアンケート調査では得られなかった観光者の観光ルートや観光ホットスポットなどの観光行動が把握できた.
本稿の構成を以下に示す.2章では,関連研究について述べる.3章では,カダイアリーの開発について述べる.4章では,香川県小豆島で実施したカダイアリーの実証実験について述べる.5章では,観光日記を用いた観光者の観光行動分析について述べる.6章では,本稿のまとめを述べる.

2.関連技術

本章では,関連研究について述べる.写真共有サイトに投稿された写真は,観光者の移動履歴や,観光者の興味の対象についても大まかに推測できるため,写真共有サイトに投稿された写真などのデータを利用した研究が行われている.写真投稿サイトのデータを利用した研究には,観光者の観光行動の把握[10]や,観光者の分布[11]・分類推定[12],観光スポットの抽出[13],観光ルートの推薦[14]などがそれにあたる.高木ら[10]は,主要な観光地などの多くの人が訪れる場所(ホットスポット)の直前・直後に訪れている場所に着目し,その場所を可視化するシステムを開発した.Vuら[11]は,香港の公園訪問者の行動を位置情報付き写真を用いて調査した.Vuらは,香港の中に存在する公園の中から訪問者が多い公園を抽出するための手法として,クラスタリング技術の一種であるP-DBSCANを用いて訪問者の多い公園を抽出した.さらに,公園の訪問者の行動を写真に付与される文字情報から抽出した.倉田ら[12]は,Flickr画像を用いた観光空間内の写真撮影行動の来訪者類型別比較を行った.写真共有サイトFlickrに投稿された写真群の中から旅行者一行が映り込んだ「記念写真」を抽出し,観光者のグループ構成を推定した.また,推定したグループ構成から,グループ構成別の写真撮影個所の比較を行った.また倉田ら[13]は,Flickrに投稿された画像を用いて,観光地内各所の見どころ度合いを地図上に可視化した観光ポテンシャルマップを作成した.観光ポテンシャルマップを利用することで,観光者が興味を持っているスポットや,効率良くスポットを巡る経路などを視覚的に判断できる.倉島ら[14]は,写真共有サイト上のジオタグ情報を人々の旅行履歴として利用し,トラベルルートを推薦した.推薦されたルートは,現在地からアクセスしやすく,空き時間を満たし,興味に合致したルートである特徴がある.写真共有サイトに投稿された写真を利用した研究で提案された仕組みは,多くの写真が投稿される観光地においては有効であるが,写真の投稿数が少ない観光地には適用することが難しいなどの問題を有している.

観光分野における「事後情報」である日記の生成を支援する研究として,伊藤ら[15]は電子思いでノートを開発した.伊藤らが開発したシステムは,観光地で撮影した写真に手書きで文字やイラストを書き込んだ旅行記を専用のSNSサイトに公開するシステムである.長尾ら[16]は,スマートフォンを用いた観光アルバム作成アプリケーションを開発した.長尾らが開発したシステムは,写真と位置情報から観光スポットごとのアルバム作成を支援するものであり,写真撮影を通じてその観光地についての理解を深めることを目的としている.観光分野以外でも日記を生成し,生成された日記から行動を把握するシステムに関する研究も行われている.Greavesら[17]は,人々の活動/行動調査のための日記生成システムと行動ルートを記録するためのスマートフォン向けアプリケーションを開発した.Greavesらが開発したシステム・アプリケーションは,自転車が通行できる道路を敷設した前後の期間で,近隣住民達の活動/行動変化を調査することを目的としている.Safiら[18]は,スマートフォンベースの行動調査システムのデザインと実装を行った.Safiらが開発したシステムは,スマートフォンにインストールされたアプリケーションによって,アプリを利用する人物の行動を受動的に収集し,日記形式で記録するものである.

我々は,観光日記生成/印刷システム「KaDiary/カダイアリー」を開発した.カダイアリーは観光者が観光中に撮影した写真から電子媒体の観光日記を生成し,生成した観光日記をプリンタを用いて印刷するシステムである.カダイアリーは,観光における「事後情報」の生成を支援している.また生成された観光日記を分析することで,観光者の観光行動が把握できる.

3.性能確認と機能確認の効率化(課題1)

カダイアリーは,観光者が観光中に撮影した写真から電子媒体の観光日記を生成し,プリンタを用いて印刷するシステムである.カダイアリーは,Webアプリケーションとして動作するシステムであり,クラウドプラットフォームのMicroSoft Azure[19]上にシステムを構築した.これにより,本システムは観光者が所持している携帯情報端末上から利用できる.図2はカダイアリーの概要を示している.カダイアリーは,観光情報送信アプリケーション,観光情報登録アプリケーションとリコークラウドから構成される.

図2 カダイアリーの概要図

観光情報送信アプリケーションは,観光情報を入力/送信するためのアプリケーションであり,観光者が所有する携帯情報端末上で動作する.観光情報送信アプリケーションは,観光情報入力機能,観光情報送信機能から構成される.観光情報入力機能は,観光者が観光日記のタイトル,写真,写真に対するコメントを入力するための機能である.観光情報送信機能は,観光者が入力した情報を観光情報登録アプリケーションへ送信するための機能である.

観光情報登録アプリケーションは,観光情報送信アプリケーションから取得した,観光日記のタイトル,写真,写真に対するコメントから電子媒体(Webページ形式,PDF形式)の観光日記を生成し,データベースに登録するためのアプリケーションである.観光情報登録アプリケーションは,観光情報抽出機能,Webページ生成機能,PDF生成機能,観光情報登録機能から構成される.観光情報抽出機能は,写真に付与されるメタデータであるEXIF情報を抽出する機能である.表1は,写真から抽出したEXIF情報の例を示している.観光情報抽出機能では,写真が撮影された撮影日時,緯度,経度を抽出する.Webページ生成機能は,観光日記のタイトル,写真,写真に付与されるコメント,写真が撮影された地点の緯度経度,写真が撮影された日時を用いてWebページ形式の観光日記を生成する機能である.生成された観光日記は,他の観光者へと共有される.PDF生成機能は,Webページの観光日記をPDFに変換/生成する機能である.PDF形式に変換することにより,後述するリコークラウド上へのアップロードが可能となる.観光情報登録機能は,観光日記のタイトル,写真,写真に付与されるコメント,Webページ形式の観光日記,PDF形式の観光日記をデータベースに登録する機能である.リコークラウドは,クラウド上にアップロードされたPDFデータを,クラウドに接続されたプリンタから印刷する仕組みである.リコークラウドを用いることで,観光者は場所/時間にとらわれることなく,クラウド上にPDFデータをアップロードできる.

表1 EXIF 情報の例

図3は,カダイアリーによって生成された観光日記の概要ページを示している.概要ページには,観光ルートと写真を撮影した位置がプロットされた地図,観光日記のタイトル,観光に行った日付,観光した時間,移動した距離,写真,写真の撮影日時が表示される.地図上の観光ルート算出と写真を撮影した位置のプロットには,Google Maps API[20]を用いた.地図上に表示されているピン(A〜G)は,写真を撮影した位置を,撮影日時順に並べてプロットしており,ピン間に描画される線は,観光者の観光ルートを示している.観光した時間は,最初に撮影した写真の撮影日時と最後に撮影した写真の撮影日時の差から算出される.移動した距離は,地図上に表示された観光ルートから算出される.これらの情報を用いることで,観光者は自身の観光を振り返ることが可能である.

図3 概要ページ

4.カダイアリーの実証実験

本章では,香川県小豆島で実施されたカダイアリーの実証実験について述べる.4.1では,実証実験の概要について述べる.4.2では,実証実験の結果について述べる.

4.1 実証の概要

我々は,カダイアリーの有効性を確認するために香川県小豆島において,カダイアリーの実証実験を行った.小豆島は瀬戸内海の島々の一つであり,1年間に約百万人の観光者が訪れる島である.実証実験は,小豆島に訪れる観光者の観光行動を分析し,観光者の行動を把握することを目的として実施された.観光者に観光地において観光日記を印刷していただくために,プリンタを,小豆島ふるさと村[21]に設置した.小豆島ふるさと村は,小豆島の名産品の購入や,名産品を利用した料理が楽しめる施設であり,連日大勢の観光者が訪れる.また,小豆島を観光するのに便利な電気自動車,自転車のレンタルも行われており,観光の発着点として利用する観光者も多い.観光者は無料でカダイアリーを利用し,小豆島ふるさと村に設置されたプリンタを用いて観光日記を印刷することができる.A4サイズに配置し,各写真を閲覧する上でも支障のないサイズ,配置を検討し写真は9枚までとした.また,多くの人に速やかにその場で印刷して提供するために,1人に対して提供する印刷物はA4サイズ1枚とした.

実証実験は,10月21,22,23,29,30,11月5,6日の計7日間で実施された.

4.2 実証実験の結果

表2は,実証実験を通じて印刷された観光日記とアップロードされた写真の数を示している.10月22日(土)は,8冊の観光日記が生成され,そのうち3冊,観光37.5%で観光ルートが取得できたことを意味している.また,10月22日(土)は,合計45枚の写真がアップロードされ,そのうち50.1%の23枚が位置情報付き写真である.表中の日付は実証実験を行った日付,観光日記は生成された観光日記の冊数,ルート情報が取得できた観光日記は,生成された観光日記の冊数のうち,観光ルートが地図上に表示されていた観光日記の冊数,比率(観光日記)は観光日記の冊数と観光ルートが取得できた観光日記の冊数の比率,写真は,観光日記生成に用いられた写真の枚数,位置情報付き写真は,EXIF情報から緯度経度情報が取得できた写真の枚数,比率(写真)は,写真と位置情報付き写真の枚数の比率を示している.観光日記は合計で71冊印刷され,そのうちルート情報が取得できた観光日記は18冊であった.観光日記生成に用いられた写真の合計は492枚であり,そのうち位置情報付き写真は207枚(42.1%)であった.

表2 生成された観光日記の冊数と観光日記生成に用いられた写真の枚数

比率(観光日記),比率(写真)に焦点をあてると,写真の総枚数と位置情報付き写真の総枚数の比率(写真)は,42.1%であったにもかかわらず,観光日記の総冊数と観光ルートが取得できた観光日記の総冊数の比率(観光日記)は,25.4%にとどまった.これは,観光ルートを取得する際に利用した,Google Maps Directions API[22]に起因する問題であると考えられる.Google Maps Directions APIでは,ある2点間の移動ルートを求める際に,経由地を指定することで指定された経由地を通る移動ルートを算出する.今回の実証実験の場合,観光の最初に撮影した写真をスタート地点とし,観光の最後に撮影した写真をゴール地点とした.また,観光中に撮影した写真を経由地として指定した.このとき,GPS信号の届かない屋内で写真が撮影されるなどの理由で,位置情報が取得できない写真が1枚でも含まれていた場合,観光ルートが表示されない.そのため,比率(観光日記)と比率(写真)の間で大きな差が生じた.

5.観光日記を用いた観光者の観光行動分析

本章では,カダイアリーの実証実験を通じて得られた,観光日記を用いた観光者の観光行動分析について述べる.本研究では,観光者の観光行動分析を,観光者が,活発に観光を行う時間(写真を撮影した時間),観光を開始する時刻,観光を終える時刻,注目している観光ホットスポット,観光をした合計時間,頻繁に利用された観光ルート,観光の発着点となる観光ホットスポットを抽出することとする.観光ホットスポットの定義は後述する.5.1では,写真を用いた観光者の観光行動分析について述べる.5.2では,観光日記を用いた観光者の観光行動分析について述べる.

5.1 写真を用いた観光者の観光行動分析

写真を用いた観光者の観光行動の分析では,時間帯別の写真撮影枚数の抽出,および観光ホットスポットの抽出を行った.図4は,時間帯別の写真撮影枚数を抽出した結果を示している.集計には,EXIF情報から取得した写真の撮影日時を用いた.写真撮影は観光中の観光者にとって一般的な行動であり,写真撮影枚数が多い時間帯は観光者が活発に観光を行っている時間帯といえる.図4から,観光者は8時頃から観光活動を開始し,16時頃に観光活動を終えていることが分かった.また,最も活発に観光活動が行われている時間帯は,11時〜13時の間であることが分かった.

図4 時間帯別の写真撮影枚数

図5は,位置情報が取得できた207枚の写真を地図上にプロットした様子を示している.この図から,小豆島島内の広い範囲を観光者が訪れていることが分かる.本研究では,これら位置情報付き写真のデータセットに対してクラスタリングを行い,観光ホットスポットの抽出を行った.クラスタリング技術には,Kisilevichら[23]が,提案したP-DBSCANを用いた.P-DBSCANは,位置情報付き写真を用いて,写真の撮影者から注目されるエリアを抽出する手法である.閾値として距離,写真を撮影した人数を与える.このとき,ある位置情報付き写真から一定の距離内に写真を撮影した人数が一定人数以上存在する場合,その写真から一定の距離以内に存在するエリアをCore pointと定義し,Core point同士を繋げることでクラスタを形成する手法である.P-DBSCANの定義は下記の通りである.p, qをとある位置情報付き写真,Dを位置情報付き写真の集合,関数Owner(p)を写真pの撮影者を識別する関数,関数Dist(p, q)をp, qの距離を求める関数,閾値として与える距離をθ,写真を撮影した人数をδとすると,ある写真pの周囲に存在する写真の集合Nθ(p)(写真pの周囲で撮影された写真)は,下記の式(1)で定義される.

式(1)

P-DBACANを用いることで,写真を撮影した人数が多い観光スポット,つまり,観光者からの注目度の高い観光スポットを抽出することが可能である.図6は,距離θを200mで固定し,写真を撮影した人数δを変化させて観光スポットの抽出を行った結果を示している.写真を撮影した人数を少なく設定すると,多くの観光スポットが抽出されるが,注目度の高くない観光スポットも含まれる.また,写真を撮影した人数を大きく設定すると,注目度の高い観光スポットを抽出できるが,抽出できる観光スポット数が少なくなる.本研究では,写真を撮影した人数が5人以上の場合に抽出できた9カ所の観光スポットを,観光者からの注目度が高い観光ホットスポットとして抽出した.位置情報が付与された写真207枚のうち,66枚(31.9%)が抽出された観光ホットスポットで撮影された.抽出できた9カ所の観光ホットスポットの名称と所在は,図7の通りである.小豆島では,島の南側に観光ホットスポットが集中していることが分かる.図8は,瀬戸内国際芸術祭公式ガイドブック[24]に記載された芸術作品設置エリアを示している.実証実験の結果,瀬戸内国際芸術祭公式ガイドブックに記載された芸術作品設置エリア10カ所のうち,8カ所は観光ホットスポットとして抽出されたが,2カ所(小部,福田)は観光ホットスポットとして抽出することができなかった.小部と福田については,アクセスに難があり訪れることが難しい場所であり,実証実験を通じて実際にも訪れた観光者が少なかった実態が明らかになった.

図5 位置情報付き写真を地図上にプロットした様子
図6 P-DBSCAN を用いて抽出した観光スポットの数
図7 観光ホットスポットの名称と所在
図8 芸術作品設置エリア(瀬戸内国際芸術祭)

5.2 観光日記を用いた観光者の観光行動分析

観光日記を用いた観光者の観光行動分析では,滞在時間別の観光グループ数の取得,観光ルートを取得できた観光日記からの観光ルート抽出および観光の発着点として人気のある観光ホットスポットの抽出を行った.図9は,滞在時間別の観光グループを示したグラフである.滞在時間は,観光日記中の最初に撮影した写真と最後に撮影した写真の撮影時間の差を,滞在時間とした.図9から,小豆島に訪れる観光グループの多くは,2時間〜5時間の間に観光を行っていることが分かる.

図9 滞在時間別の観光グループ数

図10は,観光ルートを取得できた観光日記のすべての観光ルートを地図上に示している.図10から,観光者が頻繁に利用した観光ルートが分かる.地図上の濃い線のルートは,よく利用した観光ルート,薄い線のルートは,観光者があまり利用されていない観光ルートである.この図からも,小豆島の北部は,観光者がほとんど訪れていないことが分かる.

図10 すべての観光ルートを地図上に示した様子

図11は,観光の発着点となる観光ホットスポットを抽出するために作成した,観光ホットスポット間の遷移図を示している.図中の矢印の終点付近に記載されている人数は,矢印の始点にある観光ホットスポットから,矢印の終点にある観光ホットスポットに移動した人数を示している.また,それぞれの観光スポットに記載されている[〇人,〇人]は,観光ホットスポットに来た観光者(以下,来場者)の人数と,観光ホットスポットから出て行った観光者(以下,退場者)の人数を示している.たとえば,土庄港スポットでは,来場者が3人であり,退場者が1人である.観光ルートが取得できる観光日記の冊数が少なかったため,あまり大きな差が見受けられなかったが,この中でも,小豆島ふるさと村スポットは,5人の来場者が訪れており,観光の着地点として利用されているスポットであることが分かる.反対に,坂手港スポットでは,退場者が5人であり,観光の出発地として利用されているスポットであることが分かる.

図11 観光ホットスポット間の観光者の遷移

6.まとめ

本稿では,カダイアリーの開発と香川県小豆島における観光日記を用いた観光行動分析について述べた.カダイアリーは「事後情報」の生成を支援しており,観光者は生成された紙媒体の観光日記を通じ,観光者の観光振り返りを促す.また,電子媒体の観光日記は,ほかの観光者に共有され,ほかの観光者の「事前情報」となる.さらに,生成された観光日記を用いて観光者の観光行動を分析できる.香川県小豆島で実施した実証実験の結果,観光日記は合計で71冊印刷され,そのうちルート情報が取得できた観光日記は18冊であった.観光日記生成に用いられた写真の合計は492枚であり,そのうち位置情報付き写真は207枚であった.また,実証実験を通じて得られた観光日記を分析した結果,観光者が活発に観光を行っている時間帯,注目されている観光スポット,滞在時間,観光の発着点となる観光スポットなどを明らかにした.これまで小豆島では,観光者の観光行動分析の手法としてアンケート調査等の限定的な手法による分析しか実施されていなかったが,カダイアリーによって生成される観光日記を分析することで,これまでの手法では抽出が困難であった観光者のさまざまな観光行動を明らかにすることができた.カダイアリーは,Azure上に構築したWebアプリケーションである.新たにカダイアリーのサービスをほかの観光地などで展開する場合,別途サーバなどの変更を必要とせず,端末のみを増やすだけでサービスを別の観光地でも提供することが可能である.クラウド技術を用いて開発したことで,カダイアリーはシステムの水平展開などシステムの変更にも柔軟に対応することができる.

今後の課題として,観光日記生成に用いられる写真のうち,位置情報付き写真の割合を増やす仕組みを検討している.位置情報付き写真の枚数が多ければ,より細かい観光行動分析ができる.利用時に,カメラアプリのGPS機能をONにしてもらうことや,画像認識技術などを用いて撮影された写真から位置情報を付与する機能についても検討している.

カダイアリーは,観光における「事後情報」の生成を支援している.本稿では,観光日記を分析することで観光者の観光行動が把握できる点については,その有効性を実証実験を通じて明らかにした.しかし,生成された観光日記が観光の振り返りとして有益なものとなったかどうかの評価については,今回の実証実験では明らかにすることができなかった.「事後情報」として観光日記を生成することが,観光者の観光の満足度を高めることに貢献しているかどうかについても確認する予定である.生成された観光日記をほかの観光者へ提供することで,ほかの観光者の「事前情報」として活用することも期待できる.カダイアリーは,生成された観光日記を「事前情報」として活用する十分な仕組みは有していない.今後,生成された観光日記を,SNSなどを利用してほかの観光者へ公開するシステムや,観光日記を生成した観光者の観光ルートのデータを用いて,次回の来訪の際のお勧め観光スポットや観光ルートを推薦するシステムの開発を検討している.

謝辞 実証実験に際し,多大なご支援をいただきました小豆島役場,小豆島ふるさと村の皆様に感謝する.本研究は,(株)リコーの共同研究資金および香川大学瀬戸内国際芸術祭大学提案プロジェクト経費の支援を受けた.

 

参考文献
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    (2016年12月6日参照)
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  • 22) Google:Google Maps Directions API, https://developers.google.com/maps/documentation/directions/intro?hl=ja (2017年1月24日参照)
  • 23) Kisilevich, S., Mansmann, F. and Keim, D.: P-DBSCAN:A Density Based Clustering Algorithm for Exploration and Analysis of Attractive Areas Using Collections of Geotagged Photos, In Proceedings of the 1st International Conference and Exhibition on Computing for Geospatial Research and Application Article, Article No.38, (2010).
  • 24) 北川フラム(監修),瀬戸内国際芸術祭実行委員会(監修):瀬戸内国際芸術祭2016公式ガイドブック,現代企画室(2016).
熊野 圭馬(非会員)

2017年香川大学大学院工学研究科博士前期課程修了.

宮川 怜(学生会員)s16g471@stu.kagawa-u.ac.jp

香川大学大学院工学研究科博士前期課程在学中.観光支援システムに関する研究に従事.

國枝 孝之(正会員)takayuki.kunieda@nts.ricoh.co.jp

1990年(株)リコー入社,マルチメディア情報処理・メタ情報の活用の研究ならびに応用システムの開発に従事.2010年から新しいビジネス創出活動として同社TAMAGO-TFリーダー,ISO/IEC JTC1/SC29/WG11 MPEG-7 SG委員.現在,香川大学大学院工学研究科博士前期課程にも在学中

山田 哲(非会員)satoru.yamada@nts.ricoh.co.jp

1994年にCanon Finetech入社.2004年に(株)リコー入社.2008年に明治大学大学院(経営管理 MBA)修了.産業,コンシューマ,オフィス分野のプリンタシステムのアプリケーションとシステム開発業務に従事.

後藤田 中(非会員)gotoda@eng.kagawa-u.ac.jp

香川大学総合情報センター助教.博士(工学).日本学術振興会特別研究員DC2およびPD,国立スポーツ科学センター研究員を経て現職.主にセンサと映像技術を活用したスポーツ支援システムに関する研究に従事.

紀伊 雅敦(非会員)kii@eng.kagawa-u.ac.jp

香川大学工学部安全システム建設工学科准教授.博士(工学).運輸政策研究機構研究員,日本自動車研究研究員,地球環境産業技術研究機構研究員を経て2009年より現職.都市・交通計画に関する研究に従事.

八重樫 理人(正会員)rihito@eng.kagawa-u.ac.jp

香川大学工学部電子・情報工学科准教授.博士(工学).芝浦工業大学JADプログラム講師,香川大学総合情報センター助教,香川大学工学部信頼性情報システム工学科講師を経て2013年より現職.ソフトウェア開発支援システム,教育支援システム,観光支援システムに関する研究に従事.

投稿受付:2017年2月6日
採録決定:2017年7月14日
編集担当:西 直樹(日本電気(株))