デジタルプラクティス Vol.8 No.4 (Oct. 2017)

共創型デザインアプローチの構築─ファッション×テクノロジーによる新たなショッピング体験の実現を事例に─

平松 広司1  平野 隆2

1富士通デザイン(株)  2富士通(株) 

本稿では,筆者らが取り組んだディジタル革新を実現するためのデザインアプローチHuman Centric Experience Designとそれに基づくファッション業界での共創事例の詳細を述べる.Human Centric Experience Designは,ユーザエクスペリエンスを重視した共創による新しい事業を創出するデザインアプローチである.そのプロセスとしては,ビジョンの策定,コンセプトの開発,ビジネスの検証の3つのフェーズを設定している.また,ディジタル革新を実現する上では,そのプロセスの中で,①人,②メソッドとツール,③テクノロジー,④場(スペース)という4つのリソースを目的に合わせて最適に組み合わせることが重要である.こうした観点から,このアプローチをファッション業界での新規事業創出の共創プロジェクトの事例としてまとめ,活用したリソースの評価とともに今後への課題を示した.

1.はじめに

近年,情報技術を活用することにより,新たな顧客価値を提供し,既存のビジネス領域を越えた事業やサービスを実現するディジタル革新に注目が集まっている.具体的には,IoTによって生み出されるビッグデータやそのデータを学習し分析するAI,ロボティクスやAR/VRなどのフロントデバイスといった情報技術の活用である.情報技術を新たな顧客価値に結びつけ,新規事業や新サービスを創出するアプローチとしては,これまで新しい情報技術は何ができるかという技術の活用法に主眼が置かれてきたケースが多かった.しかし,情報技術の発達がもたらすディジタル社会では,誰にでも同じ価値を提供するという標準化されたサービスではなく,ユーザ一人ひとりのニーズに合わせた価値や経験を提供することが求められているといえるだろう.それらを実現するためには,そのサービスを「誰が」「いつ」「どのような場面」で,「どのように使用するのか」といった人を中心としたユーザエクスペリエンス[1][2]に着目し,ユーザが必要とする体験価値を起点に思考する必要性が論じられている.

さまざまな分野でデザインという言葉が使われる中,生み出されたプロダクトやサービスだけではなく,人間中心デザイン[3],ユーザエクスペリエンスデザイン,参加型デザインといったプロセスや方法論が注目されている[4].しかし,サービスを具現化するためには,ユーザの状況や反応,その時々の目的に応じて,さまざまな手法を適切に選択・カスタマイズして,デザインを完成させていくことが必要だと指摘されている[5].体験価値を起点に,企業が社会へ提供するビジョンを描き,そのビジョンを情報技術を使って実現するためのアプローチの一つに,Human Centric Experience Designというアプローチがある.これは,さまざまな業種業態に対して,新規事業や新サービスの創出,人材育成などを目的に,基本プロセスとなる3つのフェーズと,目的に応じてカスタマイズする4つのリソースを設定している.

2.Human Centric Experience Design

筆者らは情報技術を活用して新たな可能性を生み出すイノベーションや,ソーシャルな価値観の共有や新たな課題の発見を目的に,企業や自治体,その顧客のみならず,NPO法人なども交えた共創によるプロセスに着目してきた[6].筆者らが属する富士通(株)(以下,富士通)は,今では年間で約450回ものワークショップを開催するなど数多くの企業と,共創によるディジタル革新への取り組みを実践してきている.2017年にその取り組みをHuman Centric Experience Designというデザインアプローチとしてまとめた[7].これは,従来の人間中心デザインをベースに,実現に必要な技術やビジネス検証まで幅を広げ,ディジタル革新に挑戦する企業共創と実践を通して,次の3つの価値を社会や企業へ提供することを目的としている.

①社会や企業が抱える本質的な課題を発見し,将来のあるべき姿としてのビジョンや実現すべき顧客体験の可視化

②顧客価値と情報技術や業種ノウハウを掛け合わせ,新規事業や新サービスによるディジタルビジネスの構築支援

③ディジタル革新に挑戦するための人材育成や企業文化の醸成,コミュニティ形成のための場の企画と構築

特に,企業における情報技術を活用した新規事業や新サービスの創出を目的に,Human Centric Experience Designを実践する際に重要な点は,情報システム部門や各事業部門の取り組みだけではなく,プロジェクトの初期段階から企業の意思決定を担う経営層を巻き込み,目指すべきディジタル社会のあるべき姿をビジョンとして共有することである.なぜならば,ビジョンはそもそも何のために開発しようとしているのか,という根源的な問いに対する解であり,その後のデザインプロセスのすべてに影響を与える判断基準となり得るからである[8].以下に,基本的なプロセスと,考慮すべきリソースを示す.

2.1 プロセス

Human Centric Experience Designのプロセスとしては,ビジョンの策定,コンセプトの開発,ビジネスの検証という基本となる3つのフェーズを設定した(図1).目指すべきディジタル社会の実現に向けて,この3つのフェーズごとに成果物を生み出し,経営層を含めた関係者と合意を取ることを想定している.実際には,企業ごとの個別要件に合わせて,各フェーズごとに詳細なプロジェクト設計が行われる.プロジェクトの期間や目的によって,3つのフェーズをすべて実施するものや,中長期的な取り組みとしてビジョンの策定フェーズだけを実施,あるいはコンセプトの開発フェーズから始めるプロジェクトなど,活用方法はさまざまである.

図1 Human Centric Experience Designのアプローチ
2.1.1 ビジョンの策定

ユーザが求める体験とは何かをワークショップやフィールドワークを行って掘り下げる.次に,体験価値から,ディジタル社会における企業としてのあるべき姿をビジョンとして描く.

2.1.2 コンセプトの開発

ビジョンを実現するための具体的なコンセプトを立案する.また,PoC(Proof of Concept)という,プロトタイプを使ったユーザエクスペリエンスを中心とした検証までを行う.

2.1.3 ビジネスの検証

ビジネスモデルや収益など,事業化に向けた検討を行う.その際には,必要最低限のプロトタイプとしてMVP(Minimum Viable Product)を短期間で開発し,事業化に向けた検討を行う.

2.2 代表的な4つのリソース

Human Centric Experience Designによってディジタル革新を実現するために,考慮すべきリソースとしては,以下の4つが挙げられる.これらのリソースを,フェーズごとに,最適に組み合わせてプロジェクトを設計する.

2.2.1 人

ユーザを巻き込み,潜在意識から本質的な欲求や課題を発見する.それを異なる企業や組織を超えた多彩なメンバで検討する.重要な点は,多様な意見を取り入れるだけではなく,企業における実現の可能性を含めて検討できるメンバ構成にすることである.具体的には,経営層や現場部門のメンバが描くビジョンやコンセプトを,デザイナー,エンジニア,ビジネス・コンサルタントが各フェーズごとに役割を変えてアウトプットできる柔軟なチームを編成する.

2.2.2 メソッドとツール

さまざまなメソッドやツールを用いて,プロジェクトに参加する誰もが,自らアイディアを発想することができるよう支援する.具体的には,インスピレーションのためのカードや,ユーザの深層意識や現場の多様な文脈を捉えるための手法であるAImインタビュー[9],アイディアソン/ハッカソンに代表されるワークショップ手法などを活用する.

2.2.3 テクノロジー

ディジタル革新に取り組むには,アイディアの発想と検証のサイクルをいかに短期間で回すかが重要になってくる.そのための有効な手段としてテクノロジーの活用がある.具体的には,アイディア発想に関して,ワークショップのディジタル化を目的に,プラットフォームの研究や開発を行っている[10][11].そうすることで,アイディアを蓄積し,それを利活用することで新たな発想を促す.また,プロトタイプを実現するためには,クラウド上の開発環境の活用や,評価シミュレーションなどのテクノロジーを使った検証のサイクルを短期間で実施する.

2.2.4 場(スペース)

各フェーズの目的に合わせて,場の特性を活かした選択が重要である.日常のオフィスや会議室を離れ,自由な発想やコミュニケーションが促される場や,思いついたアイディアをすぐにプロトタイプとして開発したり,3Dプリンタやレーザーカッターなどを使って工作ができる場などの活用である[12][13].

以下の事例では,特にリソースの活用に着目し,各フェーズにおける具体的なリソースの活用例と,共創プロジェクトに参加したメンバへ実施したアンケートやインタビューによる評価結果を示す.

3.ファッション業界での共創事例

2014年から2016年にかけて,筆者らが取り組んだ富士通と(株)ユナイテッドアローズ(以下,UA社)によるファッション業界を対象に実施した共創プロジェクトの事例である.この事例のプロセスに従い,ビジョンの策定とコンセプトの開発までの流れを示し,フェーズごとに,上記に述べたリソースをどのように組み合わせ,活用したかを示す.

3.1 業界の現状とUA社の課題

ファッション業界では,ブランド独自の実店舗やEC,モールやSNSといったチャネル,それらにアクセスするための多様なモバイル端末の普及により,複数のチャネルを連携させた新たなショッピング体験を提供するサービスが検討されている.また,短いサイクルで安価に大量生産されたファスト・ファッションの台頭や,アプリケーションを使ったレンタルサービスやフリーマーケットサービスの普及などによって,いつでもどこでもファッションを安価に購入できる環境ができつつある.加えて,消費に対するユーザの意識にも変化が見られ,ファッションそのものよりも,自らの多様な体験そのものの充実に価値が移行しつつある.このような消費者ニーズの変化や購入方法の多様化を背景に,ファッション業界の価値創造は,供給者側から消費者・生活者側にシフトしつつある[14].そこで,ファッション業界では,今までに培ったノウハウを活かしながらも,既存事業の垣根を越えた新規事業や新サービスの創出,新たなビジネスモデルの開発などが求められている.

一方UA社では,ファッションに関する新たな消費者ニーズに対応しながら,「ハウスカード会員様」に代表される既存のお客様の体験価値の向上を見据えた,新しい店舗の形を考えるFUTURE SHOP PROJECTが2012年に始まった.そこでは,未来の店舗について議論する場が設けられ,多くの提案や課題が出された.しかし,それらを一覧リストとしてまとめるだけでは,未来の店舗のあるべき姿という将来に向けた方向性を企業内で共有することができず,その後のビジネス展開に結び付けることが難しかった.

このようなファッション業界における現状と,UA社の抱える課題を受け,2014年にUA社と富士通は共創プロジェクトを開始した.

3.2 ビジョンの策定のためのワークショップ

2014年から,デザイナーが加わり,ビジュアライズされたアウトプットにまとめるビジョンの策定に取り組んだ.このフェーズでは,最初にマーケティングやブランド戦略などさまざまな分野の有識者による講演や,大学生が中心となって考えた未来の店舗の姿など,社内に閉じずに社外からのインプットを中心に行った.次に,富士通が運営する共創の場HAB-YU platformを活用し,UA社の経営層を中心に自らアイディアを発想する4回のワークショップを開催した(図2).次は,ワークショップの概要である.

図2 経営層を中心としたワークショップの様子

①有識者による社外からのインプットを踏まえて,店舗のありたい姿に対する潜在意識を引き出すことを試みた.具体的には,マインドマップ®を使って議論を可視化しながら,将来の店舗にとって重要な11個のキーワードをピックアップした.次にそれらのキーワードを使って,「店舗のありたい姿とは」に続く文章を個人ごとに作成した.ワークショップ後には,作成された文章から,キーワードの使用頻度と使われる文脈を整理し,キーワードが意味する価値を明文化した.

②2回目のワークショップでは,消費者の視点に立ち,ファッションに関する行動パターンについて対話を重ね,消費者の潜在意識をあぶり出し,個人ごとに未来の店舗のキャッチフレーズを作成した.その際に,キャッチフレーズは経営理念に近づく傾向が見られたが,インプットから得られた社会や消費者ニーズの変化を活用し,それを今の時代に合わせて紐解いた.

③2回のワークショップのアウトプットからキーワードを抽出し,未来の店舗を構成する重要な要素としてまとめた.その構成要素とファシリテータが準備したインスピレーションのためのカードを掛け合わせ,未来の店舗で体験できる具体的なサービスアイディアを発想した.

④サービスアイディアを人(消費者と販売員)とチャネル(実店舗とEC)でグルーピングし,それぞれの関係性において体験価値としての重要な要素を探った.そこから,LEGO®ブロックを使って店舗の簡易なイメージをプロトタイピングした(図3).

図3 未来の店舗をプロトタイプ

デザイナーは、ワークショップのファシリテータを務めるとともに、アイディア発想の際にはグループワークにも参加した.ワークを通じて,社内外や消費者といった視点を変えながら,抽象化と具現化を何度も繰り返すことで,経営層が抱く未来の店舗のあるべき姿を引き出した.そして,ワークショップのアウトプットをベースに,ビジョンとしてビジュアライズし,それを未来の店舗のあるべき姿として冊子(FUTURE SHOP VISION)にまとめた.

3.3 ビジョンの策定のための活用リソース

3.3.1 人

ワークショップでは,UA社の経営層を含めた6名と外部有識者2名をコアメンバとし,必要に応じてUA社の現場担当者や富士通のデザイナーが参加する形で実施した.ビジョンの策定フェーズで描かれる店舗のあるべき姿は,今後の新規事業や新サービスといった将来を見据えた投資に関連することから,企業の意思決定者である経営層と共に作ることが重要である.アウトプットの目的は,経営層も含めた関係者間で将来に向けた共通認識を持つことであるため,イラストや冊子やムービーといったビジュアル化を担当するデザイナーが中心となってプロジェクトを進める必要がある.

3.3.2 メソッドとツール

ビジョンの策定フェーズでは,マインドマップ®による可視化手法,アイディア発想のためのインスピレーションカードやプロトタイプのためのLEGO®ブロックなどを活用した.このフェーズでは,UA社の経営層を中心に想いを引き出し,可視化することが目的であったため,デザイナーやエンジニアでなくても,短時間で発想し,簡易に形に表現することが可能なメソッドやツールを選択した.

3.3.3 場(スペース)

ビジョンを策定するには,現状の課題の整理だけではなく,将来を見据えたあるべき姿から振り返るバックキャスティングの思考が必要になってくる.そのため,自由な発想で新たなアイディアを生み出すための場(スペース)が重要である.そこで,ビジョンの策定フェーズでは,HAB-YU platformを使用した[15][16].HAB-YU platformとは,人(Human)・地域(Area)・企業(Business)であるHABを多種多様な方法で結う(YU)ことを意味し,「都市と地域をつなぐ」「お客様共創」「企業内共創」という3つのテーマに合わせたプロジェクトを通じて,さまざまな地域や企業との共創を実践している.この場には共創を促すための什器(図4図5)やツール(図6)があらかじめ準備されており,目的に合わせた最適な環境を提供することができる.

図4 HAB-YU platform
図5 テーブルは人数や目的に応じて自由に組み合わせて使用
図6 アイディア発想をサポートするオリジナルカード

3.4 コンセプトの開発のためのアイディアソン/ハッカソン手法

2015年にまとめFUTURE SHOP VISIONの具現化を目的に,2016年には実店舗とECを横断するショッピング体験を実現する具体的なサービスアイディアの検討を始めた.ここで重要視した点は,アイディアの検討だけでは終わらずに,そのアイディアがサービスとして稼働した際のエクスペリエンスを体感し,価値を共有するためのプロトタイプを開発することであった.そこで,検討を重ねた結果,短期間でプロトタイプを実現するための手法としてアイディアソン/ハッカソンを選択して実施した[17].参加者としては富士通とUA社,プランナなどの一般参加者も加えた約50名のメンバが7つのチームに分かれ,1カ月間のうちの3日間を使って開催した(図7).

図7 ハッカソンの様子
3.4.1 1日目:テーマ選定ワークショップ

テーマ選定ワークショップでは,外部有識者からのインプットトークを交えながら,参加者自らが経験したサービスやおもてなしによる感動体験を共有することから始めた.この感動体験から,価値観や感性に訴えるエクスぺリエンスの要素を抽出した.次に,グループワークを通じてファッションと自分の接点(購入前,アイテムの探索や試着,購入後など)を洗い出し,最も取り組みたいテーマを記述した.そこから,7つのテーマを選定し,プロトタイプを開発するためのチームビルディングを行った.以下は,選定した7つのテーマである.

①最適なコーディネートをするためのサービス

②ついお店へ行きたくなるサービス

③購入後のライフスタイルも彩るためのサービス

④10年経ってもお店のファンであり続けるためのサービス

⑤非日常シーンでの楽しみや感覚を活かしたサービス

⑥お客様一人ひとりに合わせた接客サービス

⑦ファッションをより積極的に活用し,楽しむためのサービス

3.4.2 2日目:アイディアソン

アイディアソンでは,最新技術の紹介や体験デモ,ハッカソンを見据えたクラウド上の開発環境の説明が行われた.アイディア発想では,20分程度の短い時間で区切り,個人やペア,3~4名のグループなど,形式を変えながら対話を重ねて,新たな着眼点を引き出すように実施した.また,アイディア発想のためのカード(人,モノ,サービスなどが記載)を使ってインスピレーションを得ることで,アイディアを出すことに慣れていない参加者でも,短時間で無理なく発想ができるように考慮した.こうして,チームごとに約100のアイディアを発想した.

このアイディアを感性的な視点とビジネス的な視点で評価しながら,各チームで3案のサービスコンセプトにまとめた.このサービスコンセプトは,会場全体に張り出され,他チームからのフィードバックを得るためのギャラリーウォークを行った(図8).そこで得られたフィードバックをチーム内で共有し,サービスが対象とするユーザ像や利用シーンを詳細化していった.また,プロトタイプを開発するための機能要件や実現手段も検討され,最終的に各チームで1枚のコンセプトシートにまとめあげた.

図8 ギャラリーウォーク形式でのフィードバック
3.4.3 3日目:ハッカソン

ハッカソンでは,アイディアソンでまとめたコンセプトシートをもとに,デザイナーとエンジニアがプロトタイプを開発しながら,UA社からの参加メンバを中心にプレゼンテーションでのデモシナリオや資料の制作を進めた.そして最後には,UA社の経営層に外部の有識者を加えた5名の審査員に対し,各チームが検討を重ねたサービスや事業の提案を実施した(図9).提案内容としては,EC上でも実店舗のような接客が受けられるクロスチャネルを意識したサービス,購入した服の着回しに着目したビジネスモデル,インバウンドや旅行中のファッションコーディネートに関する新規事業などがあり,それぞれプロトタイプを使ったデモを実施した.このプロトタイプがあることで,店舗スタッフの接客シーンや顧客が使用するデバイスからの見え方が再現され,各チームが実現したいエクスペリエンスが会場全体で共有され,質疑応答でも活発な意見が交わされた.

図9 ハッカソンにおけるデモンストレーション

3.5  コンセプトの開発のための活用リソース

3.5.1 人

アイディアソン/ハッカソンには,UA社から15名,富士通から28名,一般参加として9名の計52名が参加した.参加メンバについては,多様なスキルや知見を持つメンバの対話から新たなアイディアが生まれることを目指し,同一企業でも,可能な限り多くの部門からメンバの参加を募った.特に,富士通からは,ハッカソンでの多彩なプロトタイプを短期間で開発することを想定し,センシングやデータ処理といったバックエンドを専門とするエンジニアや,フロントエンドを開発するエンジニアやデザイナー,そして最新の要素技術を提供する研究員などが参加した.また,インプットトークや審査員としては, UA社の経営層や外部のインキュベータ,クラウドファンディングの運営者など,次フェーズのビジネスの検証を見据えた人選をした.

3.5.2 メソッドとツール

コンセプトの開発フェーズでは,短期間で多くのアイディアの創出やプロトタイプの開発と検証を行うことを重視した.その結果,1カ月という期間で複数のプロトタイプを開発するための手法としてアイディアソン/ハッカソンを選択した.しかし,エンジニアなどIT関連の業務に従事するメンバが中心のアイディアソン/ハッカソンと異なり,現場担当者やプランナなどの一般参加者も多く参加するため,テーマ選定ワークショップやアイディアソンでは,技術の新たな活用ではなく,体験価値やサービスの利用シーンを中心に対話が進むようなワーク内容や記述シートを使用した.

3.5.3 テクノロジー

アイディアソンからハッカソンまでの2週間でプロトタイプを開発をするために,あらかじめ筆者らが12個の要素技術とクラウド上の開発環境を準備した.技術ごとに精通したメンバも揃え,担当者によってはチームに入ってワークにも参加した.他のチームでそれぞれの技術を使う際には,その担当者が技術サポートとして貢献することとした.

3.6 インタビューやアンケートによる評価

ビジョンの策定フェーズでは,UA社の経営層からは,「課題が明確でない状態だったので,ワークショップのファシリテートを通じて私たち自身からビジョンが引き出されることが新しい取り組みだった」や「検討してきたことが冊子内のシーン(体験価値)として描かれたこと」について評価された.これは,ワークショップを通じて潜在意識を引き出し,その結果をビジョンとして可視化することが,未来の店舗のあるべき姿を共有することに対して有効であることを示した.また,場(スペース)については,HAB-YU platformの什器やツールも含めた共創空間としての環境も高く評価され,コンセプトの開発フェーズでも,HAB-YU platformでのテーマ選定ワークショップから開始されることにつながった.

コンセプトの開発フェーズでは,アイディアソン/ハッカソン後に,参加者合計52名中の約92%にあたる48名から回答を得たアンケートを実施した.その結果からは,他社や他部門との交流に関して90%以上が肯定的な回答をした(図10).また,本稿で示したデザインアプローチの取り組みに次回も参加したいと回答した理由として,「異業種の個性さまざまな方々とワークすることが有意義」や「違う部署,部門,会社の方との融合が将来のサービスを生む」といったことが多く挙げられ,2.2.1で示した異なる企業や組織を超えた多彩なメンバを構成することが評価につながった.特にエンジニアからのフリーコメントでは,「単なる物作りではなく,現場の方と直接話ができた」「お客様と目的を1つにコミュニケーションを取ることで達成に向けて頑張れる」といったUA社のメンバからの現場の意見や課題の共有に関して肯定的なコメントが多く見られた.

図10 アイディアソン/ハッカソン後のアンケート結果

多彩なメンバ構成が評価される一方で,チーム内でのコミュニケーションについては,ハッカソンまでの2週間,「遠隔での異なる企業に属するメンバ同士のコミュニケーションが難しい」「セキュリティを考慮した開発環境の整備」などが問題点として挙がった.また,2週間で開発を完了するという期間について「非常に短い」や「提供技術の習得や組合せが時間的に難しい」という回答が多く見られた.

また,アイディアソン/ハッカソン後には,UA社側へのインタビューも実施した.事務局として取りまとめを行った2名からは,アイディア出しでは終わらないハッカソンの手法について触れられ,「自分が考えていたことが単なる空想ではなく,具現化できるんだ」という短期間でプロトタイプ開発を実現するチームやテクノロジについても評価された.また,経営層からは,「新たなことにチャレンジするマインドセットや企業文化の醸成」にも効果的ではないかとのコメントをいただいた.これは,従来の情報技術を提供する側とされる側といったメーカとお客様企業という関係を超え,お互いの強みを活かす共創の取り組みが,人材・組織育成にも貢献する可能性を示したものと考える.

以上のアンケートとインタビューより,このプロセスを進める上で,フェーズごとの目的に合わせて,多彩なメンバを構成することが,参加メンバの満足度やアウトップに最も影響があると考える.一方で,多彩なメンバが集うからこそのコミュニケーションツールや,短期間での多拠点開発を考慮した開発環境については課題であることが分かった.

4.考察および今後について

本稿では,Human Centric Experience Designというアプローチを,ファッション業界を対象に富士通とUA社が行った共創プロジェクトの事例を取り上げ,そこで活用されたリソースとそれに対する評価を行った.

その結果から,共創プロジェクトを成功させるためには,①人,②メソッドとツール,③テクノロジー,④場(スペース)という4つのリソースを目的に合わせて最適に組み合わせることが重要だと考える.特にコンセプトの開発フェーズからは,アイディアをプロトタイプするために,専門的な開発スキルを持ったエンジニアの参加が不可欠である.本事例では,テーマの分かりやすさやハッカソン手法を用いたファッション業界との共創事例としては早い取り組みであったことや,経営層からの呼びかけでファッションに携わる現場担当者の参加が促進されたことから,多くのエンジニアや研究員に参加してもらうことができた.

その一方で,以下のような課題があることも分かってきた.

第一に、共創の取り組みが増えてくる中,すべてのプロジェクトに多彩なメンバを揃えるには,企業内の仕組みにおいてさまざまな整備が必要である.特に,仕様に基づいたシステム開発ではなく,共創によるディジタル革新を実現するためには,失敗や困難を乗り越え挑戦するマインドセットや反復の過程が重要である.それらを評価する組織文化や人事評価制度が必要である.また,元は組織や専門性が異なるメンバが協力し合い,短期間で有機的に機能し合いながらプロジェクトを進めて行くには,共通した思考がとても重要であることが,参加者へのヒアリングから分かってきた.このような取り組みから,富士通ではデザイン思考の活用を,人材育成の観点から教育するプログラムを社内外へ提供し,デザイン思考の活用を加速させている.

第二に,次フェーズのビジネスの検証では,プロジェクトごとに最適なリソースの組合せが異なるため,定型化に向けてはまだ多くの実践例が必要だと考えている.HumanCentric Experience Designをまとめていくにあたり,ディジタル革新に挑戦するプロジェクトを個別に紐解いていくと,そのプロジェクトのスコープと期間の掛け合わせによって,プロセスをさらに細分化でき,複数の代表的なパターンがあることが見えてきている.今後はビジネスの検証フェーズも含め,4つのリソースを組み合わせたパターンを導き出し,よりスピーディーなディジタル革新の実現に向けたデザインアプローチを検討していきたいと考えている.

謝辞 本稿の作成にご協力いただいた皆様に深謝いたします.

参考文献
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  • 17) 大内孝子(著):ハッカソンの作り方,BNN新社 (2015).
平松 広司(非会員)hiramatsu.kouji@jp.fujitsu.com

富士通(株)にデザイナーとして入社.運用管理を中心としたミドルウェアやコンシューマ向け製品やサービスに関するインタフェースのデザインを担当.現在は,ビジネス×テクノロジー×クリエイティブによる新たなサービスの創出に取り組んでいる.

平野 隆(非会員)thirano@jp.fujitsu.com

富士通(株)にシステムエンジニアとして入社後,デザイン部門へ転身.空間デザイン分野をコアとして,テクノロジーとワークプレイス,ショールーム,データセンター等の企画,設計を行う.近年は企業から地域,ソーシャルへ領域を広げ,デザインコンサルティングでのビジョンやサービスデザインの活動を行う一方で,森ビル(株)と共創プラットフォーム「HAB-YU platform」を六本木に立ち上げ,企業間や都市と地域をつなぎさまざまな関係性から新しい価値をつくるイノベーションデザイン活動を行っている.(株)富士通総研(FRI)経済研究所を兼務.

採録決定:2017年9月14日
編集担当:澤谷由里子(東京工科大学)