デジタルプラクティス Vol.8 No.4 (Oct. 2017)

「デザイン・アートとICTの融合によるサービスのイノベーション」特集号について

細谷 誠1  福島 俊一2  柴崎 辰彦3

1文化庁  2科学技術振興機構  3富士通(株) 

本特集では,デザインやアートとICTの融合による商業的あるいは公共的なサービス,デザイン・アートの思考に基づくイノベーションの手法や場の創出に関する取組みを取り上げた.

ディジタルビジネスの時代を迎え,ICTの活用は企業や団体における情報システム部門だけのテーマではなくなってきている.事業部門やその先にいる生活者や社会にとって有意義なサービスとしてICTを活用するためには従来にはない発想や手法が必要となる.

デザインやアートは,これまでのICTの世界では単にプロダクト製品での狭義でのデザインに限定されていたが,イノベーションを生み出すための場の設計やサービスそのものに影響を及ぼす.モノづくりからコトづくりへの転換にあたり,デザインやアートとテクノロジーの融合が必要不可欠なものになってきている.これまで「デザイン」は造形的な意匠設計あるいは問題解決とされてきたが,それに加えて問題を発見したり提起したりする「アート」の思考が従来にはない発想や手法を生むものとして注目されている.

本特集では,実務として「デザイン・アートとICTの融合によるサービスのイノベーション」に取り組まれた先導的な事例として,5件の招待論文を掲載している.

1件目は,真鍋大度氏と石橋素氏による「Things on Stage─パフォーマンス作品における開発と実践─」である.リオのオリンピック・パラリンピックにて閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーを手掛ける等,Rhizomatiks Researchは,ダンサー等の人間と先端テクノロジーを組み合わせたアートパフォーマンス作品/ダンスパフォーマンス作品で注目を浴びている.特に物理的なオブジェクト・装置に着目して,彼らの作品表現の狙いや実装手法・制作手法とその工夫点等を示している.

2件目は,多田幸生氏と田中培仁氏による「“音を知性化”するサウンドプラットフォーム「Sound Intelligence」のサービス共創」である.ヤマハ(株)の音響技術と富士通(株)のIoT・AI 技術を融合させた共創で,“音”を基盤として新たな感動体験を提供する次世代型のプラットフォーム事業開発を目的としている.富士通(株)の「interactive shoes hub」,ヤマハの「Future Sound & Music プロジェクト」,それぞれが進めてきたオープンイノベーション・プロジェクトが共創することで生まれた「Sound Intelligence」というプラットフォーム構築の実際について伝える.

3件目は,平松広司氏と平野隆氏による「共創型デザインアプローチの構築─ファッション×テクノロジーによる新たなショッピング体験の実現を事例に─」である.富士通(株)によるデジタル革新の実現のためのデザインアプローチ「Human Centric Experience Design」について体系的に紹介され,その適用事例として,ファッション業界での新規事業創出の導入における取組み─(株)ユナイテッドアローズとの共創についてプロセスの詳細がまとめられている.デザインアプローチ自体のデザインについて示唆に富む.

4件目は,高嶋大介氏・須川竜作氏・田中巌氏による「都市と地域をつないだ,地域と企業の共創による“縁”のデザイン」である.東京都港区をフィールドに,変容する地縁という課題に取り組むプロジェクトについて,その解決方法論としてデザイン思考をもとにした「ミナヨク」プログラムの実際がまとめられている.大きくいえば社会サービスのイノベーション・デザインともいえるコミュニティデザインが地域・企業(富士通(株),森ビル(株))の共創により進められるコンテンポラリーなプラクティスとして注目される.

5件目は,神谷泰史氏による「アートの視点を取り入れた価値創出の可能性─ヤマハ(株)の新規事業開発の取組み事例から─」である.デザイン思考に基づく社内活動「Start-up Sketching」,ハッカソン形式のイベント「Play-a-thon」での社外クリエイタとの共創やインキュベーションプログラム,アートの視点を基に社会にインパクトを与え得る新しい価値を生み出すことを目的とした「YouFab Global Creative Awards ヤマハ賞」プロジェクトのプラクティスをまとめ,ポスト・デザイン思考の展望が示される.

さらに,1件目の論文を執筆いただいたRhizomatiks Research のお二人へのインタビュー「パフォーマンス作品における技術と演出,その先に」も掲載している.パフォーマンス作品において,お二人がどんな思いで何を追求してきたか,Rhizomatiksの強みは何か,その中で技術や論文というものがどのような意味を持ってくるのか等,論文には書ききれなかった点についてもうかがった.

最後に,多忙な中,論文の執筆およびインタビューの時間をとってくださり,この分野の実践から得られた知見の共有に貢献くださった論文著者の皆様に感謝する.デザイン・アートとICTの融合が,今後いっそうさまざまな形でサービスのイノベーションにつながっていくことを期待したい.

細谷 誠

慶應義塾大学環境情報学部卒業.岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)アートアンドメディア・ラボ科卒業.横浜国立大学大学院教育学研究科芸術系教育専攻美術教育分野(メディア芸術教育分野)修了.メディア芸術・メディアアート研究.文化庁文化部芸術文化課支援推進室メディア芸術交流係研究補佐員.

福島 俊一

東京大学理学部物理学科卒業.NEC中央研究所にて自然言語処理・サーチエンジン等の研究開発・事業化,人工知能・ビッグデータ研究開発戦略等を担当.2011年〜2013年東京大学大学院情報理工学研究科客員教授(兼任).2016年4月から科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー.1992年情報処理学会論文賞,1997年坂井記念特別賞,2003年オーム技術賞等を受賞.工学博士.

柴崎 辰彦

富士通(株)入社後ネットワーク,マーケティング,SE,コンサル等,さまざまな部門での“社線変更”を経験.数々の新規ビジネスの立上げに従事後,コミュニケーション創発サイト「あしたのコミュニティーラボ」,「Digital Innovation Lab」を立ち上げ,オープン・サービス・イノベーションに挑戦中.サービス学会発起人.日本ナレッジマネジメント学会,情報処理学会,大学等での講演多数.著書『勝負は,お客様が買う前に決める!』(ダイヤモンド社)