• デジタルプラクティス Vol.8 No.4 (Oct. 2017)

    Rhizomatiks Research 真鍋大度氏,石橋 素氏 インタビュー
    パフォーマンス作品における技術と演出,その先に

    インタビュアー 細谷 誠(文化庁)  福島俊一(科学技術振興機構) 


    今回の特集号において招待論文「Things on Stage ─パフォーマンス作品における開発と実践─」を執筆いただいたRhizomatiks Research(ライゾマティクスリサーチ)の真鍋大度氏と石橋素氏に,特集号ゲストエディタの細谷と担当編集委員の福島がインタビューした.論文では,ダンスパフォーマンス作品に対する取り組みについて,ICTを活用した新しい「オブジェクト」という切り口で整理されたが,インタビューでは,両氏がどんな思いで何を追求してきたか,Rhizomatiks(ライゾマティクス)の強みは何か,その中で技術や論文というものがどのような意味を持ってくるのか等について話をうかがうことができた.

    真鍋大度氏
    2006年Rhizomatiks設立,2015年よりRhizomatiksの中でもR&D的要素の強いプロジェクトを行うRhizomatiks Researchを石橋素氏と共同主宰.プログラミングとインタラクションデザインを駆使してさまざまなジャンルのアーティストとコラボレーションプロジェクトを行う.米Apple社のMac誕生30周年スペシャルサイトにてジョン前田,ハンズ・ジマーを含む11人のキーパーソンの内の一人に選出されるなど国際的な評価も高い.
    石橋 素氏
    1975年静岡県生まれ.東京工業大学制御システム工学科,国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)卒業.2015年より真鍋大度とRhizomatiksのR&D・アート部門「Rhizomatiks Research」を共同主宰.デバイス,ハードウェア制作を主軸にアートパフォーマンス,ミュージックビデオ,インスタレーションなど,多領域にわたり活動をしている.アルス・エレクトロニカ,カンヌライオンズ,文化庁メディア芸術祭など受賞多数.

    細谷 お忙しいお二人に集まっていただきまして,貴重な機会をありがとうございます.今回,デジタルプラクティスの招待論文という形で執筆くださり,ありがとうございました.そもそも,Rhizomatiksの活動を論文という形で出すこと自体がとても貴重なものだと思っています.昨年のICCで行われたシンポジウム☆1にお二人が出られたとき,レセプションで今回のご相談をしたのです.そのとき,石橋さんが「書かないと駄目ですよね」と言ってくれたのが印象的でした.その後,こちらから詳しいお話をする前に,どんな形で書けばよいかとすぐに聞いてこられて,書きたいと思うタイミングにあるのだと感じました.

    石橋 昨年の11月は,リオ☆2が終わった直後のタイミングで,あれほど大規模にいろいろとやったにもかかわらず,参照できるものが映像しか残ってない.映像はもちろん世界中の人が見ているのですが,それだけではない部分もあります.それらも参照可能な資料のような形で何か残したいと思っていました.しかし,権利の関係もあって複雑なので,論文として書けるのだったらとても良いなと思い,ぜひやらせてくださいとお返事しました.

    細谷 忙しいから無理ですと言われるかなと思いつつ,駄目もとでご相談したので,快諾していただけて,非常にうれしく思いました.

    福島 書いていただいた論文はとても分かりやすくまとまっていたと思います.その一方で,論文というフォーマットで書いていただいた分,お二人の取り組みに対する「思い」のようなものは書ききれていない面があるのではないかと感じました.今日のインタビューでは,そのあたりもお聞きしたいと思ってやってきました.

    ダンスパフォーマンスの表現を追求

    福島 今回の論文は「Things on Stage」というタイトルで,パフォーマンス作品に対する取り組みを「オブジェクト」という切り口からまとめられましたよね.これは最初からこういう切り口でまとめようとすぐに決まったのですか.それとも,ほかにもいろいろ案があったのですか.

    石橋 細谷さんに言われる前から考えていました.「Things」だねと真鍋と話していました.

    真鍋 そうです.「Dance with Things」というタイトルで資料を作っていました.

    ダンスパフォーマンスがどうやって進化してきたか,ジャグリングから始まって,それがサーカスになって,バレエと融合し,バウハウスでデザインや数学的なアプローチを獲得し,といった歴史をまとめたものです.そういう歴史の流れの中で,自分たちのパフォーマンス作品がどういう位置付けにあるかを話すときのための資料という感じでした.その資料は,どちらかというと歴史にフォーカスしたものでしたが,今回の論文は,関連研究の紹介は短縮し自分たちの作品にフォーカスしています.


    細谷 誠

    細谷 論文をお願いしたとき,最初は「Dance with Things」という仮題でした.その後,ワタリウムでの真鍋さんのトーク☆3に行ったのですが,そのとき「ああ,そうか.こういうテーマを今考えているのだな」と興味深く聞かせていただきました.自分たちの作品にフォーカスを移したことで,タイトル的にも「Things on Stage」に変わったのですね.

    福島 論文では,パフォーマンスに技術を取り入れ,何か独自の表現を作り出していくという方向性を書かれていますよね.論文としてはそういう書き方をされているけれど,その裏にあるモチベーションそして何をどんな思いで追求しているのか,面白さなのか,アート的なものなのか.もう少し突っ込んで聞きたいところなのですが,いかがですか.

    真鍋 ステージパフォーマンスは,本当に歴史も長く,プロジェクション映像を活用しただけのアイディアはすでにやり尽くされています.そこに,センサを入れ,インタラクティブにする流れが80年代に出てきて,今はまだそれが主流となっていますが,これからは機械学習,ディープラーニングを用いたものがますます出てくると思います.自分たちもハードウェアの制御と機械学習を組み合わせて新しいダンスパフォーマンスを作ることを近い目標としています.MIKIKOさんという演出振付家,ELEVENPLAYというダンスカンパニーとともに研究と制作を行っているので,自分たちが新しいネタを見つけたら,「ちょっと実験をしてみよう」という感じで,すぐに実際のダンサーで試せるところに大きなアドバンテージがあるように思います.そのような形で,ここ7~8年ぐらいやってきています.ダンサーとのコラボレーションはまだまだやれそうなことがたくさん残っているので,モチベーションは切れないです.

    福島 ダンスパフォーマンスの表現の追求が,一番の軸にあるということですね.

    真鍋 大雑把にいえば人間とメディアやテクノロジーの関係に着目しているといえると思うのですが,今までですと,たとえば,人の動きに反応してドローンを動かすシステムを開発したならば,お客さん(観客)が体験できる形にしたと思うんです.ただ,こういったシステムの本質はデータにあって,お客さんのデータを用いるより,プロのダンサーのデータを使った方が色々なアウトプットが出てくるんです.動きの入力がプロのダンサーに変わることで,より精度の高いデータが入るようになり,お客さんのデータを使ったインタラクティブ表現から,ダンサーのデータを使ったインタラクティブ表現に徐々に変わってきました.今は,もうお客さんに対してやることがかなり少なくなり,ほぼダンサーさんとやるようになっています.10年前だと体験者にカメラを向け,体験者が動くと映像が変化するような仕組みが多かったのですが,今は違いますね.

    石橋 僕もそういうことを言おうかなと思っていました.昔,インタラクティブといわれていたようなことを,今はダンサーさんとステージでリアルタイムにやっています.やはり,ダンサーさんとやってとても良いところは,テクノロジーのコア部分の要素や見栄え・動きなど,僕らが最も面白いと感じる何かを,ダンサーさんによって,よりストレートに,凝縮して余分な要素なく研ぎ澄まされた状態で見せられること.システム的には,一般の方が参加する形でもほぼ同じことができるのですが,ダンサーさんとやると,見た人が受けるものは当然違ってきますね.

    真鍋 そうですね.最もいい状態を作り込んで,見てもらうことができるという感じがありますね,僕も.

    細谷 良いインプットデータとしての身体的な動きが入ってくるため,システムの側も,ある種ブラッシュアップされるというところがありますか.

    ライブパフォーマンスでの精度を確保するために

    石橋 そうですね.論文にも書きましたが,通常のインタラクティブなインスタレーションですと,多少トラブってもやり直しが可能です.しかし,ライブは本番1回だけなので,やり直しはできません.ライブでの精度と安定性を上げるために非常に頑張っています.技術的にも,ライブの方がはるかにチャレンジングですね.

    細谷 そのため,今回書いていただいた論文は,読むと心臓に悪い(笑).作る側の立場で読むと,胃が痛い.心臓がドキドキする.

    福島 私も論文を読ませていただいて,ライブパフォーマンスとは,とてもチャレンジングなものだと気付かされました.読んでなるほどと思いました.やはり,その裏では失敗もあるのですよね.事前の失敗という意味で.

    石橋 いっぱい,山ほどしています(笑).

    福島 表参道スパイラルでの「Rhizomatiks 10」☆4のときも,ビデオで失敗の様子が流れていましたね.面白かったですが.

    石橋 逆にリハーサルで失敗するとラッキーと思います.リハーサルの段階で出たものはまだ修正できるので,それが今分かって良かったと思うようになりました.

    福島 天才的な人がうまくやり遂げたみたいな話だとあまり参考にはならないけれど,デジタルプラクティス的には,失敗して分かったことを次に活かすという話は有用です.ライブのときに失敗することは,全然ないのですか.実はありますか.

    石橋 まったくなくはないですよね.

    真鍋 我々としてはバックアップのプランも当然作っておくので,バックアップのプランが走ったみたいなことはあります.お客さんが見て「これは事故ったな」ということにはならないのですが,自分たち的には,ああ,ベストのパフォーマンスが見せられなかったと.

    細谷 それも心臓に悪い.

    真鍋 そこがとても難しいところです.それに加えて,バックアップのシステムを作るのは作業として大きくて,ミュージックビデオなどを作るのとはシステムの設計の仕方もかなり変わってきます.

    細谷 そうなのですね.最近はすべての項目について,ソフトウェアによるシミュレーションが必ず行われているというのがとても印象的でした.

    パフォーマンス作品を作り出すチーム

    細谷 ところで,ハードウェアは石橋さんで,ソフトウェアは真鍋さんという分担で語られていますが,今回の論文では,ある程度ハードウェアが前に出ていますよね.

    石橋 今回の論文は「Things on Stage」ということでハードウェア寄りの内容になっていますが,実際は,ソフトウェアの方でやっていることもたくさんあります.どういう表現をしたいのか,演出的にどう使うか,最終的なアウトプットの段階ではやはりソフトウェアの比重が大きくなります.そこは,ハードウェアを開発しながら,並行してソフトウェアを開発するのが効率が良いです.

    真鍋 もう少し薄いコラボレーションですと,僕らが作ったオブジェクトを,ダンサーの後ろで賑やかしに動かすようなことになると思います.けれども,それだとパフォーマンス自体は,新しいオブジェクトが入ったことで変わったという感はあまりないですね.僕らは,自分たちで作ったシステムとオブジェクトが入ることで,振付家が新しい表現を見つけてくれたり,新しいチャレンジを見つけてくれたりすることが大事だと思っています.そうなるとダンサーや振付家が,実際にシステムやオブジェクトをコントロールできるとか,もしくは動きのパターンを作れるとか,そういう感覚を持てるようにすることが大事です.それから,当初は何だかんだと設計者の考えているレベルをなかなか超えにくかったのですが,コントロールを少しずつ振付家へ渡すようにしたら,設計者が考えていたこと以上のことができるようになってきたという感覚があります.


    福島俊一

    細谷 さきほど話が出た,インタラクティブなパフォーマンスに観客でなくダンサーが参加したらインプットデータが変わったというのと同じで,振付家がかかわれる環境を作ったことも,良いインプットデータを得ることになったのですね.

    福島 ソフトウェアとハードウェアの開発,また振付家という話がありましたが,実際にパフォーマンス作品を作るチームがどういうものかについても教えてください.どれくらいのメンバーで,どんな分担をしているのか,どんな人たちがそこにかかわってきているのですか.

    石橋 ものによって人数も違いますが,リオのシステムだと,ハードウェアで10人ぐらいです.ソフトウェアは?

    真鍋 ソフトウェアで5~6人ぐらいでした.単純作業をするスタッフなどはもっといましたが.

    福島 ハードウェア,ソフトウェアと聞くと,エンジニア集団っぽい印象ですが,アート系の人はどうですか.

    真鍋 ソフトウェアの人間は,映像も作るという感じです.僕の場合は音,映像,ライトのデザインをやりつつ,システムを作るという感じなので.

    石橋 アーティスティックなディレクションも真鍋らのソフトウェアのチームはやっているということです.ハードウェアの場合は,ハードウェアの設計に加えて,プロダクトデザイン的なことも一緒にやっている感じです.たとえばリオのケースであれば,テレビに映ったときに,フレームを物としてきちんときれいに見えるようにという点は,プロダクトデザイン寄りのハードウェアのスタッフがおり,回路だけでなく,デザイン的な要素も一緒にやっていく感じです.

    細谷 いろんな分野から人が集まって,自分の得意な専門のこと1つを分担しているというイメージよりは,マルチなスキルを持っている人があれもこれもやりながら協力しているという感じですか.

    石橋 そうですね.ハードウェアといっても,デザインもやるし,衣裳関係が得意な人もいるし,回路関係が得意な人もいる.かぶるところもあるのですが,微妙にばらついていて,全体としてうまくいくようなチームになっていますね.

    真鍋 ソフトウェアの方もそうです.描画に強い人間や,カメラの画像解析に強い人間がいたり,ソフトウェアだけでなくハードウェアもある程度分かるファームウェア寄りの人間がいたり.

    細谷 そういう意味では,今回の論文では,デジタル制御されるオブジェクトを4つのカテゴリに整理していて,それらは同時並行的なところも当然あったと思いますが,それぞれで必要になる人材が,たびたび加わってくるというイメージですか.最初はそれこそ,少人数ですべてやっていた感じですが.

    石橋 そうですね.

    インタビューは2017年7月25日にRhizomatiksのオフィスで行われた

    パフォーマンス創作におけるRhizomatiksの強み

    福島 いろいろな新しい技術を取り入れて,新しいパフォーマンス表現を生み出してこられたわけですが,今度この技術を使ってみようという,技術の目利きについても教えてください.何か話題になっていて,この技術が面白そうだから使ってみると,こんなことができたなど.むしろ,作りたいパフォーマンス作品のイメージがあって,そのためにこういうことはできないのかと探しにいくのだとか.

    真鍋 話題になっているものは,もちろん入ってきます.たとえば,振り付けでいうとオープンポーズなど.カーネギーメロン大学がやっている2次元の映像から人物のモーションが取れるようなものが出てくると,それを使って新しい振り付けを考えたくなりますね.今のトレンドでいうと,機械学習を使って何か振り付けを作ったり.ただ,試しに作って面白いかもしれないというところから,実際にお客さんに発表するレベルに上げるまでには,さらにジャンプが必要です.たとえばドローンも,とりあえずドローンと一緒に踊るだけであれば,すぐにできてしまうのですが,そのままでは作品として面白いとは必ずしもいえません.使った技術は面白いと思っても,そこから表現へのジャンプは簡単ではありません.

    細谷 そのジャンプがキーで,実際のプロジェクトの中でそれが起こるのでしょうね.

    福島 技術の取り込みに関連して聞きたかったことがあるのですが,よろしいですか.技術の進化,特に機械学習のような技術が進化すると,自動化がさらに進むことになります.その結果,元々は専門家や技術を使いこなせる人しかできなかったことが,そうでない一般の人でもできるようになっていく.ある種,参入障壁が下がっていくことになります.この世界でも,そういう面はありますか.それとも,この世界はそんな簡単なものではないという感じですか.

    真鍋 ただ新しい技術を使うだけですと,作品の強度がないので,すぐに埋もれていってしまいます.たとえば我々はborderという自作のARヘッドマウントディスプレイを用いた作品を作りました.これはまだヘッドマウントディスプレイとステレオカメラの解像度が低いときに作ったものですが,さらに高解像度になって,フレームレートが上がったとしても,この作品が鑑賞者に与える感動にはあまり影響がないと思います.参入障壁が下がって,いろいろな人が同じようなことをやるようになっても,自分たちの作品にはコンセプトの独自性があるので,ほかの作品に上書きされていくようなことは少ない気がしています.

    逆に,技術的な参入障壁が下がっていくと,本来のアイディアの部分の重要性がさらに高まっていきます.自分たちの作品は,技術に注目が集まるケースが多いのですが,独自性があるのは技術そのものではなく技術の使い方,アイディアの部分です.たとえばドローンのケースも,ただドローンと踊るというだけですと,あっという間に上書きされると思います.でも,我々の作品は,ドローンを飛ばすことだけでなく,ドローンと人間が新しい動きを作り出すことに重きを置いているので,技術的な問題を解決できたとしても,表現としてそのレベルにたどり着くことは難しいはずです.

    福島 そこの強みは,どこから生まれてくるかというと,結局ハードウェアの技術だけではなくて,さっきの話にあったような…….

    細谷 演出とのコラボレーションがあるからですね.そういう複数のスキルを持った人たちの集団だということ.

    石橋 それは大きいですね.

    真鍋 そうですね.

    石橋 ほかのダンサーさんや演出家の方と一緒にやることもありますけど,技術に対する姿勢みたいなのは,人によって差があるもので,うまくいかないパターンもあります.特にこういうテクノロジーを使った場合は,その捉え方や姿勢のようなものが重要になってくる気がします.単純に僕らを技術屋だと思われると辛くて,何でこれができないのという話になってしまい,なかなかうまくいかないです.

    細谷 一方で,みなさんは演出に関心もあり,それもできる集団でもあると思うのです.しかし,自分たちは演出はやらないで支える,コラボレーションをするという形をとっていますよね.今は表現として演出の専門家と組んでやろうということで,インスタレーション作品をお二人のアーティスト名で出していくこととは,また少し違う流れの方にきている感じでしょうか.

    石橋 そうですね.

    真鍋 ダンスパフォーマンスは,やはり振り付けが中心にあります.その演出を考えるための要素やヒントはたくさん用意しますが,最終的に人の動きをどうするかは,こちら側ではなかなか決められないところがあります.もちろん2010年頃からやってきて,次第にそれぞれの担当とそれらが相互に交差するあたりがうまくできるようになってきたという感覚はあります.長くコラボレーションをしてきた結果が,大きな強みにはなっていると思います.

    細谷 当然,演出家だけでやっているわけではなく,そういう融合した形で,実は演出の中にもテクノロジーは入っているし,演出をサポートするテクノロジーやシミュレーションのソフトをどちらがやっているか分からないということが起きてきている.それは非常に面白いと思います.

    真鍋 そうですね.

    細谷 個人的に腑に落ちました.

    真鍋 テクノロジーを使った表現をやろうとしている人はとても多くて,今,最も面白いところだと思うのですが,うまく融合していかないケースが多いと思うのです.それは分担がはっきりしすぎていたり,テクノロジーが入っても,それは実際のところオマケとして入っているだけで,パフォーマンス本体の方はまったく変わっていなかったりということが多いんじゃないかな.今回の話を読んでもらい,振り付けをやっている人と技術のチームでコミュニケーションを取ってやっていることを知ってもらえると嬉しいですね.

    福島 私はアート系のイベントや展示会に行くのが好きで,あちこちに見に行っていて,もちろん,Rhizomatiksのイベントや展示会を見た印象としては,人とテクノロジーの合体というイメージで捉えていました.しかし,それは表面的な組合せでしかないと.

    今回の論文を読み,また,お話を聞いて,その裏にあるいろいろな思いやライブのリアルタイムのパフォーマンスの裏にある技術的なチャレンジを知って,より見方が深まりました.

    細谷 よかったです.

    真鍋 映像はとてもこなれたメディアで,映像とダンスの組合せというレベルだと,本当にいろいろなことがやられていると思います.しかし,それ以外だとまだまだです.

    ドローンの,参入の障壁がこれからさらに下がって,簡単に使えるようになると,みんながやり始めると思います.安全性や操作性が改善されて,簡単にパスが描けてボタンを押したらその通りに飛ぶものにドローンがなれば,みんなが表現のレベルでより一層アイディアを競うようになると思うのです.今は技術的なハードルがかなり高いので,できる人が少なく,さらにその中でアイディアの勝負ができる人となると,非常に少なくなります.ただ,1~2年後には,変なダンスがたくさん出てきそうな気もしますけどね.今も,たまに送られてくるのです.ドローンとダンスをやっているというものを.それを見てみると,なかには我々がやらないようなダンスを作っている人もいて,それはそれでとても面白いなと思います.ドローンだけではなくARも,ARKitが簡単に使えてハードルが下がれば,おそらくいろいろと出てきますよ.

    パフォーマンス創作活動における論文

    細谷 今日のインタビューの冒頭でも話したのですが,今回,Rhizomatiksの活動が論文というフォーマットで出るのは貴重な機会ですし,「書かないと駄目ですよね」と思われたという大変ありがたいタイミングでした.それで,実際に論文という形で書いてみていかがですか.何か思ったところなどありますか.お二人は理系の大学出身ですが,論文を書くのは久しぶりですよね.

    石橋 学生のとき以来です.

    細谷 本会で発表していたのですよね(実は論文のコピーを持ってきていて,この場で見せる).

    石橋 ああ,これを書きました.

    福島 こういうことをされていたのですね.

    石橋 卒論の内容でした.このころはTeXで論文を書いていました(笑).

    その後は,文章を書く機会というと,論文ではなく,記事やエッセーみたいなものになります.また,インタビューを受けて,それが記事になることもあります.でも,事実として正しくない書かれ方をすることもあります.キャッチーなことを求める面もあるでしょうから,ある意味仕方がないとも思います.しかし僕はエンジニアというか,技術ベースの人間なので,事実として正しくないことは文字で残ってほしくない.何とかしたいな,という気持ちがありました.

    自分で書く論文だと,そこは正しいことをきちんと書けます.表現の曖昧さもなくせるのがよいですね.それは自分で書く大きなメリットです.雑誌のようなキャッチーさは求められないじゃないですか.

    細谷 求められてはいませんね.

    石橋 読み物として面白いかというより,後で参照したときに正しいということが自分には大切です.その方が書きやすいというか,そういうものを書きたかったと思っていたので,よかった.

    細谷 こういう形で残るのは,本当に時間的なタイミングもあったかと.今回の論文の話を進めている間に,『美術手帖』の特集号も出ました.まさにまとめの時期だったといえますね.

    石橋 論文を書き始めて全部を正しく書こうとすると,とても長くなってしまうので,どこまで省略するか.省略しても,それを事実として間違ったものにならないようにすることは,結構難しいなと思いながら書いていました.書こうとした範囲が膨大すぎたかもしれない.

    真鍋 歴史を書き始めると,足りない感じでしたから,かなりはしょっているところはあります.最低限というところを書きました.

    福島 論文には書けなかったことや,もっと書きたかったことはありますか.ここで話していただけたら,論文とセットのインタビュー記事として,きちんと残せますから.

    石橋 さきほど聞かれたような「思い」,どういう「思い」でこれをやっているのかや,情緒的なところは,論文にどこまでどう書いたらいいのか少し迷いました.代わりに,このインタビューでそれについて話せて良かったです.

    真鍋 ソフトウェアの話もそうです.今回の論文は,基本的に「物」寄りのトピックに絞りました.けれども,たとえばリオでいえば,「物」のほかにも,プロジェクションの映像やARもありました.今回は書いていませんが,AR的なダンスパフォーマンスもかなりやっています.AR・VR的なものや映像を使ったインタラクティブなものも,論文ではまるっと省いています.

    改めて振り返みると,そういうものをいろいろと幅広くやってきて,最初は別々にやっていたものが,だんだん融合して新しい表現になっていったところもあります.そのあたりも含めて,今までの活動をまだ完全に俯瞰して見ることはできていなくて,ごく一部を見たという感覚です.でも,いっても,現実的なところを書くにはボリューム的に十分だったと思っています.またチャンスがあったら,さらにもっと俯瞰して,全体を1回眺めてみるようなこともやってみたいなと思います.

    細谷 今回,論文というフォーマットのドキュメンテーション,しかもプラクティスの共有のためのデジタルプラクティス論文を執筆いただきました.けれども,そういったものをシェアするマインドは元々お持ちだったのではないかと思います.これまでも,動画をYouTubeに上げたりなさっていますよね.こういったドキュメンテーションを残すことで,ある種,制作の知を共有していくこと.それは参入障壁を下げる,真似されることになるかもしれないけれど,知や動きが広がっていくことにもなる.真鍋さんは教育,次の世代に継承していくということもよく言及しています.そういったドキュメンテーションやアーカイブという意味合いも含めて,今回の論文を書いたことに関して考えていらっしゃるところがありますか.

    お二人からすると,論文を書くことは主だった活動ではないわけですが,実は論文的手法や表現というものが,パフォーマンス作品制作のプロセスの中にもあるように感じています.リサーチする段階で,普通の論文を読むことはないかもしれませんが,自分たちの取り組みに関連・派生したトピックはたくさんためられていると思うので,論文における先行研究の調査や分析に近いところがあると思います.問題解決というよりは問題発見まで含めて,プロジェクトでは実際に自分たちで問題を発見して,それを解決していくというプロセスをやってきていますよね.

    真鍋 アートって,どこからインスピレーションを受けたかというようなことを非常に表明しづらいものなのです.しかし,論文だと参考文献とかを堂々と挙げられ,それが表明できますよね.そこはいいなと思います.アートでは,コピーかインスパイアかという問題が出てしまうのですが,やはりインスピレーションを受けている作品は必ずあります.なので,論文の形だと,どういう作品から影響を受けて,今の自分たちの作品があるかということをきちんと表明することができる.それはすごく重要だなと思いますね.

    これからはアートの世界も,自分たちがどういうところから影響を受けたのかをもっと表明していくようになる気がします.論文というフォーマットなのかは分からないけれど,僕らのようにアート表現のサイドにいる人間も何かやるようになっていくのではないかと思います.そうしないと,揚げ足の取り合いのようなことが,ますます増えていってしまいます.何か論文のようなベースのものがあると,最後にはそこにたどり着いてくれるというか.現状だと,僕らのインタビュー記事などがあちこちにあり,ベースになりにくくて,もうひっちゃかめっちゃかな状態(笑).

    福島 論文では,オリジナリティを明確に主張できますよね.今回は招待論文なので通常の査読とは異なりますが,学会として内容を確認・フィードバックをかけてから載せているので,自分の一方的主張ではなく,きちんと認識されたものとして残ります.オリジナリティだったり,影響を受けたインスピレーションだったりといったところを,明確に書いたものが学術誌に残っていく形になります.

    真鍋 それが大事だという気がすごくします.インタビューでも,インスピレーションのことから話して,記事に載ることもあるのですが,やはりそういうところまではきちんと拾ってもらえないです.いつもなかなか難しいなと思っていました.

    細谷 論文というフォーマットに落とし込んでいなくても,論文に類似するものは考えられているのですね.いずれそれが書けるような形の“何か”が現れるかもしれませんね.論文というフォーマットも革新が起こるかもしれない.

     僕としては,論文というものを表現としてどう捉えているかぜひお聞きしたいと思っていたので,そのあたりのお話をうかがえて,記事として残せたことは良かったです.

    福島 今回のインタビューは,みなさんからすると,いつものインタビューと読者層が少し異なるかもしれません.しかし,お二人はもと理系・IT系ですし,読者であるITエンジニアや研究者もメディアアートに興味が広がってきていると思います.最後に,そんな読者に向けなにかお願いします.

    石橋 自分の年齢が40を過ぎたということがあると思うのですが,本当にきちんと何か残さないといけないなと,強く思うようになってきました.やるのはいくらでもできるのですが,それをやりっぱなしではなく,然るべき形で残す.そうやってこの業界全体に貢献するということも考えるようになりました.なので,ぜひ若い人に読んでもらえたらいいなと思っています.

    細谷福島 本日はありがとうございました.

    左から:福島俊一,細谷 誠,石橋 素氏,真鍋大度氏
    脚注
    • ☆1 ICCはNTTインターコミュニケーション・センターの略称,2016年10月に文化庁メディア芸術祭20周年企画展「変える力」が開催され,10月28日に「New Style New Artist─アーティストたちの新たな流儀」と題したアーティストトークがあり,真鍋氏・石橋氏が登壇
    • ☆2 2016年夏のリオオリンピック・パラリンピックのフラグハンドオーバーセレモニーにおいてRhizomatiksはテクニカル演出全般を担当,詳細は本号の論文を参照
    • ☆3 2016年11月17日に東京都渋谷区のワタリウム美術館において真鍋氏が「オリジナルとは何か? ─ディガーとして元ネタを調べよ─」というトークを実施した
    • ☆4 2017年4月に東京都港区のスパイラルガーデンにてRhizomatiks創立10 周年記念展「Rhizomatiks 10」が開催された