デジタルプラクティス Vol.8 No.1(Jan. 2017)

企業における多様な人材の活用のプラクティス〜仕事と育児の両立に注目して〜

山口 理栄1

1育休後コンサルタント 

ICT企業でエンジニアとして24年間働いた後,女性活躍推進をサポートするコンサルタントとして,企業を対象としたコンサルティングや社員研修などを行っている.自らの経験をベースに,女性活躍推進の中でも特に育児をしながら働いている女性に関する課題解決への取り組みをしてきた.これまでに開発して実績を上げてきた法人向け研修(セミナー)の内容とその実践結果について報告する.

1.はじめに

昨今,企業における女性活躍推進への取り組みが活発に行われている.特に出産後に育児休業を経て復職し,働き続ける女性社員が年々増えており,職場ではこれまでとは異なる働き方をする社員に対し,どのように活躍を支援すればよいのか試行錯誤が続いている.

筆者は1984年に新卒でICT企業に入社し,2度の育児休業取得を経て24年間働いた.仕事と育児の両立に際してのさまざまな問題に当事者として直面し,その後管理職の立場を経験した.2006年から2年間は「女性活躍推進プロジェクト」のリーダーを務め,推進する側として課題解決を実践する機会も得ることができた.

これらの経験を元に,2010年から「育休後コンサルタント」として組織,個人に対して実践的な情報提供をしている.本稿では,これらの活動に至った背景を紹介するとともに,女性活躍推進の最新状況をお伝えしたい.

2.1990年代の両立事情

2.1 社会状況

入社した1984年には,育児休業法は施行されておらず,多くの企業では育児休業制度がなかった.そのため,仕事を続けるためには産後8週で復職する必要があった.その後,1991年に育児休業法が成立し,翌年4月から施行されることになり,育児休業の取得が可能になった.

1985~89年では,正規職員の第一子出産後の就業継続率は40.7%,また,育児休業を利用したのは13.0%であった.1990~94年では,第一子出産後の就業継続率は44.5%,育児休業利用者は19.9%に増加した.育児休業利用者は年々増加し,2010~14年では,就業継続率は69.1%,育児休業利用者は59.0%となった[1].育児休業法の施行以降,育児休業の利用が広まり,多数派になりつつある.

2.2 仕事と育児の両立経験

筆者が,1994年,妊娠したことを上司に報告したところ,復職しても現在の設計業務は残業が多くて無理だから,産前休暇に入るまでに後任に引き継ぎをするように言い渡された.それでも,育児休業を取って復帰することについてとやかく言われた記憶はないので,当時としてはかなり理解がある職場だったのではないだろうか.入社以来10年間積み重ねてきたソフトウェア技術者としてのキャリアを失うことに対してショックは大きく,その先どうなるかはまったく想像がつかなかったが,当時はどうすることもできなかった.育児休業を子どもが1歳になるまで取得し,その間に会社の近くに引っ越し,復職した.

復職直後に子どもが肺炎になり,1週間入院することになった.そのときの職場に対する申し訳ない気持ちは今でも忘れない.子どもが急に熱を出して休むという状況はたびたび発生し,そのたびに会社を休まなければならなかった.しかし幸いなことに周囲の理解を得ながら仕事を継続することができ,2人目の出産後,子どもが3歳と1歳のときに管理職に昇格した.

2.3 管理職と育児の両立

管理職になってからは担当分野が短いスパンでどんどん変わっていったが,一貫して基幹系ソフトウェア製品の製品企画,マーケティング,アライアンスといった業務を担当した.定時間内で働くことを基本にしていたが,必要に応じて残業,国内出張,海外出張を行った.常にリモート接続でメール送受信ができる環境だったことは非常にありがたかった.次第に,社内の若手女性社員の仕事と育児の両立の相談にのることが多くなり,自分自身が女性社員のロールモデルとして存在していることを意識するようになった.

3.会社員時代の両立支援

3.1 女性活躍推進プロジェクト

2006年に社内の情報通信部門内に発足した女性活躍推進プロジェクトのリーダーに任命され,2年間活動することになった.このプロジェクトは部門長の意向で作られた.約15名のメンバは指名制で選ばれており,いずれも本業との兼任であった.発足時には若年層の女性の離職率の低減と,女性管理職比率の向上を目標とした.

初年度にもっとも力を入れて行った活動は,女性フォーラムの開催であった.社内で活躍しているさまざまな職種の女性社員に登場してもらい,パネルディスカッションを行った.このイベントの目的は,会社にはたくさんの女性社員の仲間がいること,それぞれが自分なりの働き方を模索しながら生き生きと働いていること,ロールモデルを求めるのではなく,自分の働き方は自分で決めなければならないことに気づいてもらうことだった.アンケート結果によれば,イベントへの満足度は9割近くに達しており,社内にも多様な働き方をして活躍している女性がいることを知って勇気をもらった,などの感想が寄せられたことから,イベント自体の目的は達せられたと判断する.

ただ,個人の意識改革だけでは難しいことも多かった.たとえば,女性SEが出産すると,本人の意思とは関係なく他部署へ異動させられることが多かった.一方,SEの部署にとどまった場合は,制約のある時間の中で仕事の量が考慮されず,希望の時刻に帰れないという状況に追い込まれるケースもあった.これらは,会社全体として改善すべき課題であり,そのためにはトップダウンの推進方針と,幹部から課長までの管理職のコミットメントが必須である.その点,当時のプロジェクトはボトムアップの色合いが濃く,活動の影響範囲に限界があったのも事実で,歯がゆい思いをすることもあった.その結果,2年の任期中には当初の目標を達成するまでには至らなかった.

3.2 メンター活動

同じ時期に,マネージャクラスの複数の女性社員と,メンターとして1対1で話したことがあるが,ほとんどのメンティーが面談中に目を潤ませ,言葉をつまらせる瞬間があった.メンティーはいずれも子どもがいる人で,感極まる状況は自分の子どもに関する話題が出たときに発生した.たとえば,仕事で帰りが遅くなり,子どもと一緒に過ごす時間が短いのではないかと心配になる,というような話になったときである.

相手が言葉につまると,こちらも気持ちが分かるだけにこみ上げてくるものがあったが,ぐっとこらえて話に耳を傾けた.これがもし,同様の経験がなく共感できない人がメンターであったなら,困惑してしまったかもしれないし,メンティーはそこまで自分の思いを吐露できなかったかもしれない.幸い筆者はそうでなかったので「いつもは胸の奥底にしまっていた本当の気持ちを,ここで外に出せてよかったのではないか」とプラスに感じとることができた.この経験は,自分の中に強い印象を残した.

仕事と育児を両立している人が少数派の職場で,かつその人が時間の制約がある中で仕事の成果を出すのはかなりのチャレンジが必要である場合,両立の悩みは複雑で難しい.そして,それを共有できる人とともに話し合える場がほとんどないということを認識した.

4.育休後カフェ

4.1 育休後カフェの立ち上げ

メンター経験をきっかけに,育児をしながら働いている女性が仕事と育児の両立に関して,特に今後のキャリアへの不安やその解消方法について話し合える場を提供することを思い立った.それが,育休後カフェである.

初年度,2010年には地元自治体の公共施設を借りて2〜3カ月に1回の割合で開催してみた(名称は「育休後トーク」)が,1回目こそ10人弱の参加者が集まったものの,それ以降は3人,2人,といった回が続き,1人も来なかったこともあった.そこで2011年から場所を都内の便利な場所に移し,「育休後カフェ」と名称を改めて開催したところ,1回平均15人程度が集まるようになった.それ以来,表1で示すように各地で定期的に開催するようになった.

表1 育休後カフェ開催実績
表1

4.2 職場復帰面談シートの考案

育休後カフェは,職場復帰した後のさまざまな悩みを語る場として提供を始めたが,実際には育児休業中の人も数多く集まるようになった.彼女たちは職場復帰への不安を口々に訴えていたため,なんとかその不安を軽減したいと強く感じた.そこで,育児休業から復帰する際の上司との面談を推奨し,さらに,その場で上司に伝えるべきことをリストアップした職場復帰面談シート(表2に示す)を考案し[2],上司との面談時における使用を勧めた.実際にこのシ―トを利用して上司と面談をし,「意識が高いね」とほめられたという報告を受けたこともある.

表2 職場復帰面談シート
表2

5.法人向け研修(セミナー)の提供

育休後カフェで聞かれるさまざまな不安をなんとか解決したいという強い動機が,法人向け研修(セミナー)の提供につながっていった.

育休後カフェに集まる女性が職場復帰して直面する課題は次の2点である.

  • 限られた時間の中で仕事の成果を出すことが難しい
  • 両立支援制度を使って働くことについて職場からの理解が得られにくい

これらの問題に対して,育児休業中もしくは復職後に本人に正しく認識させ,それに対処する方法を教えることが,女性活躍推進を図る企業にとって急務であり,本人たちの悩みを軽減するためにも必要であると考え,研修プログラムを考案した.それが「育休後職場復帰セミナー」「管理職向けセミナー」「パートナー同伴型セミナー」「若手女性社員向けセミナー」である.それぞれの対象者と目的を表3に,実績を表4に示す.

表3 法人向け研修(セミナー)の内容
表3
表4 法人向け研修(セミナー)実績
表4

5.1 育休後職場復帰セミナー

5.1.1 企業からのニーズ

育児休業から職場復帰する社員が増えている企業では,復帰後の社員の働き方について問題意識を抱えているケースが少なくない.問題点は企業のタイプによって大きく2つに分けられる.

1つ目は,育児中の社員が両立支援制度の利用を当然の権利のように考え,周囲がカバーしてくれていることに感謝もしない傾向があるのでなんとかしたい,という企業である.これは「ファミリー・フレンドリー」施策を積極的に進めてきたが,「男女均等推進度」は低い,というタイプの企業に多い.たとえば,育児休業制度や短時間勤務制度をなるべく長く使える方向に充実させてきた一方で,コース別人事管理制度が残っているような企業である.

2つ目はこれとは対照的に,育児中でも高い成果を期待され,それができない人が極端に負い目を感じたり,仕事を続けられないと感じたりするような企業である.これは「男女均等推進度」は高いが,「ファミリー・フレンドリー度」は低いタイプの企業に多い.男女関係なく能力に応じて活躍の場が与えられるが,長時間労働が当たり前で,長時間働くことこそが組織に貢献することである,という考え方が根強く残っている.

いずれも,企業のこれまでの在り方が育児休業後の社員の考え方に強く影響しているため,女性社員の考え方や意識を変えるだけでは問題は解決しない.そのことを,研修の依頼主である人事・ダイバーシティ推進部署の担当者によく理解してもらった上で,セミナーの実施を引き受けるようにしている.

5.1.2 セミナープログラム

図1に示したように,セミナーの冒頭では必ず人事部長以上の役職者にセミナーの目的を説明させる時間を設ける.理由は,仕事と育児の両立という負荷の高い状況で本人に仕事の成果を求める以上,企業が将来にわたって育児中の社員の活躍を期待し,当然キャリアアップも可能だということを権限のある人に宣言してもらう必要があるからである.このことにより会社の本気度が受講者に伝わり,セミナーを受講する姿勢にも良い影響を及ぼすという効果がある.

図1
図1 育休後職場復帰セミナープログラム例

仕事と育児を両立するための心構えについての講義では,一時的に育児の負荷が高い時期があっても,その後も長期間にわたって働く期間があることに気づかせ,育児が一段落した後にも,組織に貢献するチャンスが十分にあることを理解させる.日々の育児に忙殺されている受講者は,将来的なキャリアのビジョンを描くことができない傾向が強いが,こういった働きかけにより長期的な視野で客観的に現在の状況を把握できるようになる.

5.1.3 パートナーや家族との協力

女性は仕事に復帰する時点で時間の制約のある働き方を選ぶ割合が高いが,同時に育児家事も自分が主に責任を持つべきだと思い込む傾向が強い.しかし,育児も家事も高いレベルを目指し,仕事でも活躍することには当然のことながら無理がある.そこで,夫婦で育児を分担することの必要性を説いている.特に,保育園の送り迎えと,子どもが病気のときの呼び出し対応や看病について,夫婦で分担することの必要性を強調するようにしている.

図2に,保育園送り迎えパターンを示した.この図を使い,保育園の送り迎えを同じ人が行うと朝夕ともに時間の自由度がなくなり,心身ともに負担が大きいことを伝え,1日のうちで送りと迎えを分担して行うように,特に,迎えを夫婦のどちらもできるようにすることを提案している.受講者からの「保育園の送り迎えは自分一人がやるものと信じていたので,夫に任せるなんて目からうろこでした」という反応もめずらしくない.こういった反応にはこちらが逆に驚いた.20年前からわが家を始めとした周囲の共働き夫婦は,保育園の送り迎えを柔軟に夫婦で分担していたからである.しかし,現実問題として現代の母親が固定観念に縛られている以上,必ず伝えるようにしている.

図2
図2 保育園送り迎えパターン
5.1.4 セミナーの効果

この研修では,受講生の意識を次のように変化させる効果が認められており,毎回高い満足度を得ている.

  • 短時間勤務でも上を目指しても良いのだと思えた
  • 職場復帰後も自分が育児も家事もすべてやるつもりでいたので,夫に何をしてもらうか考えるきっかけになった
  • 自分だけが育児をするものと思い込んでいたが講義でそうではないことが分かり気が楽になった
  • 家電や家事サービスを積極的に使いたいと思った
  • 今後の自分自身の成長について考えていきたい

今後の課題としては,男性の育児休業取得者が少しずつ増えていることを踏まえ,男女のどちらに対しても共通して伝えられるような内容に進化させることを考えている.

5.2 管理職向けセミナー

5.2.1 管理職向けセミナーを始めた経緯

表4に示したように,育休後職場復帰セミナーを本格的に提供開始したのは2012年である.セミナーの事後アンケートの自由記述欄には,企業の種類を問わず明確な共通点があった.それは,「管理職にもこの話を聞いてもらいたい」というものである.

最初にこの感想を目にしたとき,管理職を対象にしたセミナーで伝えるべき内容が絞りきれず難易度が高いと感じたが,自分自身が持っている問題意識もそこにあったため,思い切って提供することにした.

2013年に発表された東京大学社会科学研究所の研究結果[3]は短時間勤務制度利用者へのあるべき対応についてまとめられており,これが大いに参考になった.また,2014年4月の「イクボス養成講座」に向けてつくったロールプレイングのシナリオ(図3参照)を,講義とセットで提供するようにした.企業の人事にも「育児休業後の社員の活躍の鍵をにぎるのは直属の上司である」という考え方が周知されたためか,表4で示す通り,管理職向けセミナーは2014年から依頼が急増してきた.

図3
図3 管理職向けロールプレイングのシナリオ例
5.2.2 管理職向けセミナーの内容

管理職向けセミナーで最も伝えたいことは次の3点である.

  • (1)職場全体で仕事の効率向上を図り,全員を対象とした働き方改革を進めること
  • (2)時間の制約がある働き方をしている部下に対して,仕事の質(難易度)を下げないこと(仕事量は必要に応じて調整する)
  • (3)時間の制約がある働き方をしている部下を他の部下と同様,将来を考え計画的に育成すること

上記の(2),(3)を実施するには上司と育児中の部下のコミュニケーションが非常に重要である.しかし,管理職の中には育児中の部下に対して配慮しすぎてしまい(過剰な配慮),適切に仕事のアサインをしたり,成長を促すためのチャンスを与えたりすることに難しさを感じている人も多い.そこで,コミュニケーションのサポートツールとして,表2で示した職場復帰面談シートを考案し,提唱している.育休後カフェの参加者のために作ったものと同じである.

このシートには,育児休業から復職して働く部下がどのような両立環境なのかを知るための項目と,仕事に対する意気込みや要望事項から構成され,面談時に部下が上司に伝えるべき情報を網羅している.こういった情報を具体的に上司が把握することにより,職場にいる姿だけでは分からない,育児中の部下の負担の大きさが推し量れるようになっている.

5.2.3 管理職と部下とのロールプレイング

育児中の部下とのコミュニケーションの仕方が分からない,という管理職に,面談で部下と話す場面を演じてもらうことで,ヒントをつかんでほしいと考えた.そこで,上司役,部下役,上司の対応を観察する審判役の3人1組で行うロールプレイングを考案した.

面談のシナリオ例は,図3に示した通り,7種類作成した[4].特によく使われるのが3, 4, 5である.5は,育児中で短時間勤務制度を利用している部下と一緒に働いている同僚が,短時間勤務の人がいるせいで自分の仕事の負荷が増えて迷惑している,という趣旨のクレームの相談である.これは実際に経験したことがある管理職もいて,「身につまされる」という感想がよく聞かれる.

毎回ロールプレイングは大変盛り上がり,終了後も参加者同士で感想を話し合うなどコミュニケーションが活発になる様子が見られ,満足度も高い.

5.2.4 セミナーの効果

このセミナーを受講した管理職は下記のような感想を述べており,当初の目的が達成できたと考えている.

  • 自分も部下に対して過剰な配慮をしていたが改善したい
  • 初めて聞く内容で非常に勉強になった
  • 時間制約のない社員の長時間労働を改善したい
  • 職場復帰面談シートを取り入れたい
  • ロールプレイングが参考になった

今後の課題としては,育児中の部下の評価方法や,マタニティ・ハラスメントの防止などの項目について追加していきたいと考えている.

5.3 パートナー同伴型セミナー

5.3.1 パートナー同伴型セミナーの必要性

育休後職場復帰セミナーの依頼を毎年リピートで実施する企業が増えてきて,開始したばかりのころとは社内の雰囲気や女性自身の意識の変化を感じることが多くなった.しかし,職場からの期待を感じる女性の中には,期待にこたえたくてもパートナーの協力が得られず働き方を変えられずに悩んでいる社員も多い.

育休後職場復帰セミナーでは仕事と育児の両立をしている同じ会社の先輩社員インタビューを行うことが多い.前に出て話してくれるような先輩はたいていの場合,夫婦で上手に育児や家事を分担して行っている.受講者からは,うちの夫は何もしてくれないのですがどうすれば協力的になりますか,という質問もよく出る.夫が深夜遅くまで働いて帰ってくるので分担を言い出しにくく,育児,家事を自分がすべて行った上で職場での期待に答えるのは難しい,と考えてしまう.

女性たちは,会社に対しては制度の改善などを求めて声を上げることはできても,家庭の中でパートナーに育児や家事を頼むことには抵抗がある.その状況を改善するために,2014年からパートナー(社外の人も含む)同伴型の研修を提供することにした.セミナー受講者(女性)が家に帰ってから夫に伝えなくても済むように,講師が直接パートナー(ほぼ男性)に「あなたにも育児をしてもらわなければ,うまくいきませんよ」と伝えるのだ.

5.3.2 パートナー(男性)へのメッセージ

このセミナーで夫である男性に訴えるのは「仕事と育児の両立のため,働き方を変えてください」ということである.短時間勤務制度は男女ともに取得可能であるが,夫婦のいずれかが取得する場合はほぼ100%女性が取得している.育児休業取得率よりもさらに取得率の男女差が大きい.妻は当たり前のように自分が短時間勤務を選択するが,そこには周囲への申し訳なさや将来の仕事への不安が伴っていることに夫は気づかない.妻がそれを夫に話さないからである.

5.3.3 パートナーシップワークシート

パートナー同伴型セミナーの目的は,夫婦で改めて日頃の育児,家事の分担についてまじめに話し合う場を提供することである.そのために,パートナーシップワークシート(図4参照)というツールを使って互いの本音を引き出し,それを夫婦がインタビュー形式で確認し合う.たとえば,妻は夫が保育園の迎えに行くのは難しいと思っていても,夫は実は,週1回ぐらい迎えに行ってもよいと思っていたりするものだ.それがワークシートによって明らかになる.

図4
図4 パートナーシップワークシートの一部
5.3.4 セミナーの効果

パートナーシップワークシートで相互インタビューを経験した夫婦は,これまでコミュニケーションが足りなかったことに気づくケースが多い.働き方と育児家事の分担,キャリアに関するそれぞれの想いなどを家庭で引き続き話すきっかけになればよいと考えている.男性の参加者の次のような感想から,セミナーの目的はある程度達成したと考えている.

  • 仕事を効率良く終えて早く帰るようにしたい
  • 自分は保育園の送りをしているからイクメンだと自負していたがまだ足りなかったことに気づけた
  • 家電製品の購入や家事のアウトソーシングを検討したい
  • 夫婦で家事や育児の分担について初めて話すことができた

今後働き方改革がさらに進んでいくと夫婦の分担の在り方もより多様化していくことが予想される.なるべく多くの選択肢を紹介し,夫婦ともに無理なく仕事と育児の両立を実現できるようなヒントを提供していきたい.

5.4 若手女性社員向けセミナー

企業で働く30歳前後の女性社員について,将来のキャリアや仕事と育児の両立への不安から,モチベーションが下がっているという企業が少なくない.そういった企業の人事部門から,将来の結婚・出産・育児などを視野にいれた上でのキャリアデザインセミナーの依頼が増えている(表3参照).

過去にも20代,30代の女性向けのキャリアデザインセミナーは数多く実施されていたが,結婚・出産・育児を迎えたときにそれをどう乗り越えるか,という観点が不足しているものが多かった.そこで,そういったいわゆる「ライフイベント」の乗り越え方を提示し、経験者である先輩社員に話を聞く内容を盛り込むことにより,この会社でこのままやっていけそうだ,という安心感を与えることを心がけている.

6.おわりに

012年から4年間にわたり,法人向けの研修(セミナー)を提供してきた.そのほんの数年の間に女性活躍推進や働き方改革に関する大きな動きがあり,かつてないほどの勢いで職場が変化している.労働時間の上限規制についてもいよいよ政府で議論が始まった.女性が活躍しにくい職場の問題は日本的雇用慣行[5]から来る根の深いものであり,筆者が社会に出た30年前にはすでに存在し,ずっと続いてきた.しかし,あたかも転がり始めた重い石のように,いったん在るべき方向に動き出した改革は加速度を増していき,決して後戻りはしないだろう.

今後はこれまでの取り組みを踏まえて、女性管理職候補を育成するための研修や,女性リーダーが経営層として活躍するための支援を充実させる予定である.

変化のスピードは各企業,個人によってまちまちであるし,既得権益を失う層による抵抗もある.こういった状況を踏まえつつ,育児をしながら働く女性を始めとして,すべての働く人たちが自然体で能力を発揮できる職場作りのために,引き続き,現場のニーズに即した最適な解決方法を提供していきたい.

     
  • 育休後カフェは登録商標です(登録商標第5814305号).
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参考文献
  • 1) 国立社会保障・人口問題研究所:第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)「第Ⅱ部 夫婦調査の結果概要」,http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_gaiyou3.pdf(2016年10月24日現在).
  • 2) 山口理栄,新田香織:改訂版 さあ、育休後からはじめよう〜働くママへの応援歌〜,労働調査会出版局 (2016).
  • 3) ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト:短時間勤務制度利用者の円滑なキャリア形成に関する提言,http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~WLB/material/pdf/Survey_summary_2013.pdf(2016年9月10日現在).
  • 4) 山口理栄,新田香織:子育て社員を活かすコミュニケーション【イクボスへのヒント集】,労働調査会出版局 (2015).
  • 5) 野村正實:日本的雇用慣行,ミネルヴァ書房 (2007).
山口 理栄(非会員)yamaguchi@1995consultant.com

1984年ICT企業に入社し,ソフトウェアの設計・開発・製品企画に24年間従事.2回育児休業取得.2年間の女性活躍推進プロジェクトリーダーを経験.2010年に育休後コンサルタントとして独立.法人向けにコンサルティングや社員研修を提供.NPO法人ファザーリング・ジャパン会員.NPO法人日本女性技術者科学者ネットワーク会員.日本女性技術者フォーラム(JWEF)会員.

採録決定:2016年10月24日
編集担当:澤邉知子(日本大学)