情報処理学会員における女性の割合は年々上昇しており,2015年のデータでは全体の7.5%ほど(約1,500人)が女性会員である.上昇しているとはいえまだまだ少数派であり,情報処理技術がさらに世の中に浸透し,貢献していくためには,これまで以上に多くの女性がこの分野で活躍することが期待される.情報処理学会理事会においても,多様な立場で異なる考え方を持つ人々が意見を交換し,意思決定に参加することが重要であるという認識のもと,2014年に,(長期的な視点で)女性会員比率を30%まで引き上げるという目標が掲げられた.この30%という数値は,内閣府男女共同参画基本計画[1]における「2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とする」という目標に呼応したものと思われるが,多様性を担保するという観点からも妥当な数値であると考えられる.
このような背景の下,情報処理学会におけるダイバーシティ推進の取り組みとして,2016年4月にInfo-WorkPlace委員会[2]が設立された.委員会名には,あえて「女性」という文言を入れず,性別・年齢などの属性を問わず,私たちのワークプレイスを新たにデザインしていこうという気持ちが込められている.我々は現在,委員会立ち上げメンバとして,参加することにメリットがあり,参加したくなる場づくりを目指した,新しい形での委員会活動を模索している.本稿では,そこに至るまでの経緯,なぜこのような形を取るに至ったのかをプラクティスとしてまとめ,ダイバーシティ推進活動の今後の方向性について議論する.
男女共同参画推進活動としては,これまでもさまざまな組織でさまざまな取り組みが行われてきた.学協会としては,電子情報通信学会の男女共同参画委員会[3]や物理学会の男女共同参画推進委員会[4]などがある.海外でも,IEEE Women in Engineering[5]やACM-W[6]などが組織的に活発な活動を展開している.一方,活動自体に行き詰まりが見られるケースもあり,一部の女性だけが活発に活動しているだけで広がりがない,女性というだけで半ば強制的に活動に参加させられるなど,本来の意味での活動が継続できなくなっている組織も存在する.情報処理学会においても,2006年からITダイバーシティフォーラム[7]がコミュニティ活動としてダイバーシティ推進活動を続けてきたが,さまざまな理由により2015年6月に活動を終了することとなった.
Info-WorkPlace委員会のメンバは,これまでも同様な取り組みに携わってきた人が多く,その中でさまざまな課題に直面してきた.これらの課題を解決し,意味のある活動にすべく委員会立ち上げの検討を行ってきたわけだが,意見の集約には当初の想定以上に時間がかかった.これは,各人が直面してきた課題の多様性,所属している組織の違い,年代による考え方の違い,活動に対する思いの違いなど,メンバの中にも存在する多様性が要因であったと考える.結局,委員会の設立までには1年の期間を要した.その中でも,メンバ間で議論を深め,集めた意見を集約し,方向性を定めるという地道な作業を繰り返すことにより,最終的にInfo-WorkPlace委員会のデザインが決定した.
以降,まず第2章において,Info-WorkPlace委員会設立の背景となった情報処理学会におけるダイバーシティ推進活動について述べた後,第3章において,Info-WorkPlace委員会設立までの検討経緯,現在の活動内容について述べる.第4章で考察を行い,最後に第5章で本稿をまとめる.
情報処理学会内のダイバーシティ推進活動としては,ITダイバーシティフォーラムが活動を行ってきた.これはITフォーラム(ITに関する幅広い課題について議論する開かれたコミュニティ)[8]の枠組みでの活動であり,女性IT技術者・研究者のコミュニティ活動の支援を目的としてさまざまな企画を行ってきた.主に,ソフトウエアジャパン(情報処理学会主催の実務家向けシンポジウム)に併設されるITフォーラムセッションで,講演会やパネル討論を企画しており,たとえば,2011年には「女性たちが知恵と力を育むコミュニティ活動」と題して,企業の枠を越えたコミュニティ活動に関する講演会を行っている.
2006年のフォーラム開始当時から数年間は活発に活動が行われていたが,時代の変化とともに活動は低迷し,最終的にはITフォーラムの枠組みでの継続は困難であるという結論に至った(2015年6月に活動終了).
ITダイバーシティフォーラムはコミュニティ活動という位置づけであり,情報処理学会全体としての明示的なダイバーシティ推進活動ではなかった.学会全体としては,2014年に女性会員比率を上げるという理事会のミッションが提示され,それに伴い,いくつかの施策が実施されることとなった.以下に例を挙げる.
前者の施策は,まずは理事会から役員の女性比率を上げることを目指したものである.この結果,女性役員数は女性枠以上の増加となり,2014年度は役員29名中2名であった女性役員数が,2015年度は4名,2016年度には7名(24%)にまで増加した.理工系学会においては特筆すべき割合であろう.また,後者の施策の結果,委員会における女性委員数も全体的に増加してきており,特に後述する会誌編集委員会での女性委員の活躍は顕著である.
このような施策の一方,前節で述べたように,学会で唯一のダイバーシティ推進活動であったITダイバーシティフォーラムの継続が困難な状況に陥った.理事会では,この活動を発展させ,若い世代を中心に実効性のある活動を実現するために,新たな委員会を立ち上げる検討を2015年4月に開始し,2015年9月に女性委員会(正式な委員会名が決まるまでの仮称,後のInfo-WorkPlace委員会)立ち上げのための準備委員会(以降,準備委員会)を発足した.この検討開始時には,ITダイバーシティフォーラム関係者,女性理事による今後の方向性を話し合う検討会が持たれ,女性自身が参加したいイベント(活動)にすること,ITフォーラムという枠組みではなく,内外に活動が見えるよう理事会直下に委員会を設立すること等を決定した.
議論を開始してから約1年後,2016年4月にInfo-WorkPlace委員会は正式に発足することとなる.
同じころ学会内では,理事会の施策に関連して,草の根的なダイバーシティ推進活動が展開されていた.会誌編集委員会が意図的に女性委員数を増やす試みを行い,女性編集委員による「会誌編集委員会女子部」の活動を開始したのである.2016年度は編集委員23名のうち9名が女性であり,その割合は39%にまで及んでいる.学会内のほかの委員会とは明らかに雰囲気が異なり,多様性が増したことにより議論が活性化する効果が見られる.女子部による会誌へのコラムの連載や,学会内のさまざまな組織を取材し記事にするという活動も行っている.
委員会を活性化し,それを会誌編集に活かすのが第一の目的であるが,記事の執筆を通して,まだまだマイノリティである女性会員のビジビリティ向上を実現している点も1つの特徴である.また,人数が多いので,女性といってもさまざまな立場の人がいること,特に子育て世代が多く,その実状を多くの会員に知ってもらうことの効果は計り知れない.多くの人が主体的に活動に参加しており,参加したくなる場づくりに成功している例であると考えられる.一方,女性に注力する意義が感じられないなど,一定数の批判があること,女性委員でもこのような活動に参加することを好まない人もおり,配慮が必要である.
これまでの活動から,委員会の活性化等の成功例が見られる一方,ダイバーシティ推進活動における課題も明らかになった.ITダイバーシティフォーラム終了時にフォーラム内でまとめられた,継続困難に至った理由を以下に記す.
ここに挙げられた課題の多くは,ダイバーシティ推進活動に共通のものであり,これまでと同じ枠組みで新しい活動を始めても,結局は同じ状況に陥り,実効性のある活動にはならない.我々は委員会立ち上げの検討時に,まずはこれらの課題の解決を目指した.
理事会での検討後,委員会設立に向け,2015年9月に第1回準備委員会が開催された.若い世代を中心に活動を展開するために,女性IT技術者の育成とネットワーク形成を目指して活動しているenPiT☆1女性部会WiT(Women in Information Technology)[10]と連携し,一部のメンバが我々の活動に参加することとなった.準備委員会は,ここにIT ダイバーシティフォーラム関係者と女性理事が加わり活動を開始した.
委員会メンバは,WiTやITダイバーシティフォーラムなど,これまでもダイバーシティ推進に携わってきた人が多く,活動の行き詰まり,時代や制度の変化への対応,持続可能な仕組み作りの難しさなど,共通した問題意識を持っていた.一方,この委員会は何をミッションとして活動を進めるべきか,何をする委員会なのか,実効性のある活動にするにはどのような組織とすべきか等については,方向性や立場の違いが大きく,その調整には時間がかかることも明らかになった.そこで,これまでの活動の問題点をあらためて分析し,時間をかけて組織デザインを行うことにした.具体的には,活動に対するメンバの意見を収集した上で,ソフトウェア開発のリーンスタートアップで使われるリーンキャンバス[11]を利用し,活動の方向性の明確化を行った.その上で,ワークプレイスのデザインという新たな活動方針や活動内容を決定していった.
実際には,半年間に4回の委員会を開催し,その間にメールベースでの議論も行うことで,最終的に以下の2つのミッションを決定した.
以下に,4回にわたる委員会での議論の経緯,およびその間に行った活動の方向性を明確化する作業の内容を述べる.
WiTの若手メンバを中心に,ITダイバーシティフォーラム関係者,女性理事からなる委員会の構成を決定した(委員長:木塚,副委員長:加藤).委員会名称,活動方針等の議論を開始したが,時間が限られていたこともあり,意見の集約には至らなかった.
引き続き,委員会の方向性について議論した.ネットワークの強化,女性を呼び込む仕組み(イベント),学会への働きかけ(理事会への提言)など,個別のアイディアは出てくるが,全体の方向性についてはなかなか意見がまとまらなかった.特に,女性のみをターゲットにするのか,多様性を考えていくのか,男性・女性を問わずよりよく働くための職場環境を考えていくのかにより,活動内容は大きく異なる.委員会内では結論が出なかったため,メンバの意見をまとめて方向性を決める作業を,メールベースで行うことになった.
第2回委員会の後,メールベースで議論を続け,これまでの活動がうまくいかなかった理由を4点にまとめた.
委員会活動がこのような状況に陥らないよう,我々は,委員会メンバの意見を集約し,それを基に活動内容を明確化する作業を行うことにした.
ここではまず,オンラインのスプレッドシートを用いて,メンバの委員会に関する意見を調査した.結果の一部を表1に示す.この結果を,リーンキャンバスの項目に沿ってまとめ,そこから委員会名および委員会の方向性を決定するという作業を行った.各メンバに委員会への参加目的を聞き,各自の目的が達成できるようにイベントを組み立てていくことで,活動の継続につなげるという流れである.ここでは,各項目を以下のようにまとめた.
を求めてきた
は,
であるために,わざわざこの活動に参加する.
私たち(この委員会)は,
を,
を利用して提供する.
活動には,
を要するが,
を得ることができる.
これらの分析をふまえ,木塚から,委員会名を「ワークプレイス・デザイン委員会」とすることを提案した.これまで「女性」「多様性」のどちらをターゲットにするのか,という議論を続けてきたが,ワークプレイスのデザインという点にこだわり,女性だけを推すのではなく,男性とともにワークプレイスをRe-Designしていきたいという思いを込めた名称である.特に,以下の事項を考慮した.
新しいワークプレイスの在り方の例としては,出勤時間を柔軟に変更できる,事情があれば自宅勤務や短縮勤務を選択できる,会議時間の短縮,業務効率化,残業の減少などがある.また,新しいワークプレイスに合わせた社会の在り方の例としては,主婦がいる家庭を想定した制度を減らす,ベビーシッター利用などの子育て支援,下校後の子どもの居場所の検討などがある.
オンラインでの検討結果を受け,第3回委員会では,委員会のミッション,委員会名の議論を行った.大きな方向性は,ワークプレイスのデザインとすることを合意した上で,限られたリソースで活動を開始することもあり,委員会のミッションとしてはまず,女子学生,女性技術者・研究者の活動を支援し,学会の一層の発展を図ることに注力することを決定した.委員会名については,情報処理学会の委員会として活動すること,ICTを積極的に活用していくことを意識し,Informationのニュアンスを追加した「Info-WorkPlace委員会」とすることを決定した.
4月からの活動開始を見据えて,2016年度の活動計画について検討した.「女性会員数を増やす」というミッションに対しては,まず委員会の活動を知ってもらうことから開始することとし,他団体のイベントへの協力,情報処理学会の大会に合わせたイベント開催等を中心に活動することとした.「女性会員のネットワークを構築する」というミッションに対しては,Webサイトの構築を中心に,メーリングリストの作成,SNSでの情報発信を行うこと等を決定した.活動名称は,委員会名の検討の過程で案として挙がった「COPINE(コピーヌ)」が採用され,ドメインを取得して広報用サイトを作成することとなった.
ちなみに,Copineは,フランス語で「仲間」を意味する女性名詞で(男性名詞はCopain),女性視点での呼びかけ,男性も女性も仲間!というイメージを込めた命名である.
2016年4月に発足した委員会の内容については,情報処理学会のWebページ[2]に掲載されているとおりである.女性の発想を学会運営に取り込み,会員サービス,イベント,セミナ,会誌等学会の諸活動について新しい着想での企画・立案を行い,女性技術者・研究者の入会促進,女性会員のネットワーク形成,および情報処理技術分野全体の発展を促すことを委員会の目的としている.特に,女子学生支援には力を入れており,技術者・研究者など女性が少ない理工系分野に,多くの女子生徒等が関心を持ち,将来的な進路として選択することを支援・応援している.
委員会の構成は,委員長1名(委員会が推薦し理事会の承認を得た有識者),副委員長1名(担当理事)のもと,学会の諸活動との連携を視野に,技術応用担当,事業担当,調査研究担当,会誌担当の各理事,女性理事,委員長推薦による若干名の委員とした.委員会のミッションを達成するために,主な活動として以下を行っている.
具体的な活動内容を以下に紹介する.
直近のイベントとしては,WiTとの共催で,独立行政法人国立女性教育会館(NWEC)主催「女子中高生夏の学校2016」[12]の中でワークショップ(紙の上でつくる電子工作体験)を開催した(図1).今年度はこのほか,2016年9月に開催されるFIT2016(第15回情報科学技術フォーラム)[13]におけるパネル企画「ダイバーシティ社会に向けたワークプレースを考える」への参加,2017年3月に開催される情報処理学会全国大会[14]におけるイベント企画参加を予定している.ここでは,「Life Hacks for WorkPlace」と題して,子育てや介護における情報技術活用事例,職場や自宅ハックなどを題材に,LT(Lightning Talks)大会を行う予定である.自分たちが話しを聞いてみたい人,呼んでみたい人に登壇してもらい,まずはメンバ自身が参加したくなるイベントにしていく予定である.
コミュニティの構築については,女性IT技術者を支援するネットワーク(活動名称COPINE:コピーヌ)を立ち上げ,Webサイト[15]の運営を開始した(図2).ここでは,各メンバの「見える化」を意識し,顔写真入りでコミュニティメンバの紹介を行っている.委員会の活動報告や,女性の活躍をサポートするイベントの紹介など情報発信を行うことが目的だが,ゆくゆくは中高生が気軽に科学相談ができるような,メンバの紹介・仲介サイトに育っていくことを期待している.現在は,Info-WorkPlace委員会のメンバが登録されているが,コミュニティ参加希望者はサイトからの登録が可能である.
さまざまなチャネルでのコミュニケーション支援のためには,メーリングリスト(情報発信,意見交換等を行う),Twitterアカウント,Facebookページ(@ipsjInfoWP)の運営も開始した.ここではInfo-WorkPlace委員会およびCOPINEのロゴを作成し,共通に利用している(図3).
その他,ワークショップやイベント等で配布することを目的に,会誌「情報処理」に掲載された会誌編集委員会女子部のコラムをまとめた小冊子の作成も行った(図4).これは,情報分野の女性研究者・技術者の日常や考えていることなどを知ってもらうことが目的であり,主に女子学生を対象読者としている.そのため,まず手にとって読んでもらえるよう,親しみやすいデザインを心がけた.
Info-WorkPlace委員会の活動は開始したばかりである.これまでのダイバーシティ推進活動における問題点を乗り越えるために,ワークプレイスのデザインという視点で活動を開始し,さまざまな試行を繰り返しているところである.まずは,1年の活動を終えた時点で,活動内容を振り返り,必要に応じて組織の目的やミッションについて見直しを行っていくことになるだろう.
現在は,活動を軌道に乗せることが第一目標であるが,以下に示すように,今後検討を続けていく必要のある問題も残っている.
また,委員会立ち上げの議論の中では,女性をエンカレッジするためのアワードを創設するという案が出ていたのだが,現在の委員会の方向性とややそぐわない面もあり,目処が立っていない.委員会のミッションに呼応した,コミュニティメンバ啓発の仕組みについては,今後も検討を継続していきたい.
本稿では,情報処理学会におけるダイバーシティ推進の取り組みとして,Info-WorkPlace委員会の活動について報告した.継続的な女性支援活動の難しさについて,多くの議論,検討を重ねることにより,参加することにメリットがあり,参加したくなる場づくりを目指した,新しい形での委員会の形態をデザインしてきた.継続可能で発展を続ける活動になるよう工夫をしてきたつもりであるが,これは目標の達成度合いを常に評価し,活動の見直しを行っていくことで初めて可能になるものである.引き続き,意味のある活動を目指して,試行錯誤を続けていく予定である.
1989年東京大学理学部卒業.同年日本電信電話(株)入社.2002年電気通信大学大学院情報システム学研究科博士後期課程修了.博士(工学).同年電気通信大学助手,2006年産業技術大学院大学准教授,2009年同教授.2014年より現職.情報ネットワーク,ネットワークを利用したロボットサービス等の研究に従事.本会シニア会員.
木塚 あゆみ(学生会員)kizuka@fun.ac.jp公立はこだて未来大学システム情報科学部特任助教,及び博士(後期)課程.2008 年同大学大学院システム情報科学研究科修了,同年岡山県立大学デザイン学部助手,その後個人事業でデザインとシステム開発に携わり,現職に至る.メディアデザイン研究・教育に従事.修士(システム情報科学).