多様性を受容するダイバーシティ社会においては,高齢者,障がい者など多くの多様性を受容できる情報環境の構築が求められているが,ついには,テレビにおいて,タレントのアンドロイドがタレント自身と競演することも始まり,タレントの属性はもはや人間だけに限定されなくなってきている.このようなダイバーシティ社会においては,属性の多様性を認め,ワークスタイルの多様性を担保する.本稿ではその具体例の1つとして,実際に製作され,放送されたアンドロイド番組について紹介し,その意義を議論する.
石黒はこれまでに,人間や人間同士の対話理解を目的に,人間に酷似したロボット,アンドロイドの研究開発に取り組んできた[1].この研究で開発されたアンドロイドは認知科学的研究のテストベッドとしての役割だけでなく,実用的な側面も併せ持つ.
アンドロイドの実用的な側面については,デパート等での実証実験[2]を通してその効果を検証してきた.しかしながら,アンドロイドという新しいメディアの可能性を世間一般に広く伝え,ほかのロボット同様に日本社会や世界において,その将来の実用性に期待を抱いてもらうことはなかなか容易ではなかった.そこで,アンドロイドという新たなメディアの可能性に関して,テレビ番組でさまざまな実証実験を行うとともに,有名テレビホストの体験を通して,広く一般にその効果を伝えることを試みた.具体的には,マツコデラックスさん(以下マツコさんと呼ぶ)のアンドロイド,マツコロイドを製作し,そのアンドロイドを用いて,以降の章で述べるさまざまな実証実験に取り組み,2015年の4月から半年間,番組として放送した(図1).
ただし,ここで紹介する実証実験は,一般の学術研究における実証実験とは異なり,十分な数の被験者を用いて,検定を行ったものではないことをお断りしておく.テレビ番組として可能な限り誠実に実験に取り組んではいるものの,見方や評価には偏りがある可能性が高い.それでもなお,この取り組みは,テレビ史上ほかに例を見ないものであり,またアンドロイド応用としても貴重なチャレンジが多く含まれており,論文として報告する価値があると考えて,本稿の執筆に至ったものである.
番組においてまず最初に取り組んだのが,遠隔操作による実験である.石黒が開発したアンドロイド,ジェミノイドの機能を使って,マツコロイドにおいても遠隔操作できるようにした.
遠隔操作のシステムは次の通りである.操作者はヘッドセットを装着して,アンドロイドの付近に設置されたマイクからの音を聞きながら,アンドロイドの目に仕込まれたカメラで,対話相手を観察しながら,自らの声で対話する.ヘッドセットにはジャイロが組み込んであり,操作者の頭の動きに応じてアンドロイドの頭が動くようになっている.腕を挙げたり,笑ったりする動作は,操作用のパソコンの画面をタッチすることで,選択できるようになっている.
マツコロイドが可能な動作は,首,目,瞬き,口,驚いた顔を表現するための眉毛の動き,笑い顔を作るための表情の動きに加えて,右手が上下に動くようになっている.
操作は,マツコさん本人と,マツコさんのものまねが得意なものまね芸人のホリさんが行った.マツコさん本人が遠隔操作すれば,無論,マツコロイドはマツコさん本人にかなり似てくるが,ホリさんの遠隔操作でもかなりマツコさんの特徴を捉えたしゃべりと動きになる.番組のスタジオ収録では,実証実験のビデオを見ながら,マツコさんとマツコロイドが話をするのであるが,その際のマツコロイドはホリさんによって遠隔操作されている.
ものまね芸人のホリさんに遠隔操作をお願いした理由の1つには,人の特徴を捉えるプロであるものまね芸人が操作した方が,マツコロイドがマツコさんらしくなるのではないかという予測があった.この予測は実験によって当たる場合も,当たらない場合もあった.状況に依存するのである.
ただ,それよりも興味深かったのは,番組の最初の方の回ではホリさんが操作するマツコロイドが,マツコさん本人に似ているかどうかという議論が頻繁に起こっていたが,後半は,マツコロイドはマツコロイドとして別の人格を持つものとして扱われていた点である.人間の特徴も人格も日々変化している.それ故,何が同じであれば,同一人格と見なされるかは,不明な問題であり,独立した二者がまったく同じ人物と見なされる状態は作りようがないとも考えられる.
遠隔操作マツコロイドの対話相手として,番組の最初の方で選んだのが,地方に住んでおられる高齢者やお年寄りであった.遠隔操作はマツコさん本人が行った.
地方においてもマツコさんの知名度は非常に高く,バス停に座っているマツコロイドを見て,誰もがマツコさんのアンドロイドであることにすぐに気が付いた.より正確にいえば,最初は本人だと思っていて,かなり近づいて初めてロボットであることに気が付くのである.どれくらい離れたら,アンドロイドであるか分からなくなるかという,マツコロイドの質問に対して,ある地元住民は,4〜5mくらいと答えていた.一方,図2の高齢者に関しては,至近距離で4,5分話をしていたのだけれども,どうもマツコさん本人と思っているのではないかと疑われた.
小学生との対話においては,マツコさんは「地方の子供たちと話をするのが楽しい」,「そばにいて一緒に話をしている感じがする」と感想を述べている.すなわち,アンドロイドに十分に適応して,子供たちと自然に交流することができているために,まるで,地方のその学校に自分がいるような錯覚を覚えたのだと推察する.また,そうなったことの原因の1つには,子供たちの素直な反応にあると考えられる.最初はアンドロイドを意識していても,すぐにアンドロイドに慣れて,まるで普通の人間を相手にするように素直に対応する子供たちの反応が,マツコロイドへの自然な適応を生み出したのではないかと考えている(図3).
また都会に住む若い男性との対話実験も行った.マツコさんが遠隔操作するマツコロイドと若い男性との触れ合い実験において,マツコさんは,触れられていることが想像できて,そこから触れられたような感覚が生まれると感想を述べている.すなわち,アンドロイドの体を自分の体のように感じる,身体感覚転移[3]の現象が起きていることを,マツコさんとマツコロイドでも確認することができた.
次に取り組んだのは,社会の中でアンドロイドがどのように受け入れられるか,どのような仕事が可能かという実験である.
アンドロイドとの対話において,人は素直になりやすいということが分かっていたために,女子高生の悩み相談役(カウンセリング)をマツコロイドにやらせてみた(図4).操作者はマツコさん本人である.結果は非常にうまくいった.何組もの女子高生で実験を行ったが,誰もがマツコロイドのとの対話に満足していた.
その理由として,ある女子高生は「本物のマツコさんだったら,これほどしゃべれなかったかもしれない.アンドロイドは心を開きやすい」と感想を述べていた.また,カウンセリングを行う側のマツコさんも,「アンドロイドを介した方が,目の前に相手がいて気を遣ったり,虚勢を張ったり,恥ずかしがったりすることがなく,心のバイアスを下げられる.落ち着いて話ができる」と感想を述べている.
すなわち,遠隔操作アンドロイドは,カウンセリングをする側にも受ける側にもメリットをもたらすのである.
もう1つ可能性の高いアンドロイドの実社会での仕事として,テレビでの販売をやらせてみた.すでにアンドロイドは高島屋での販売実験で実績を上げていたため,テレビショッピングでも効果があると予測していた.この実験では,マツコロイドの声はマツコさんの声に基づく,合成音声を用いた.
この実験は2度行った.1度目はダイヤモンドのネックレスを販売させた.その成果は人間の販売者と同程度か若干上回る結果を残した.しかし,マツコロイド以外にもリアクターと呼ばれるマツコロイドの話に反応する人間を登場させていたために,もう1度アンドロイドだけで実験を行った(図5).
2度目の実験では,タラバガニを販売した.アンドロイドは食べることはできないが,その成分等を基に,論理的にそのおいしさを説明すれば,視聴者には,より信頼してもらえるのではないかと,過去の成功したデパートでの販売実験から考えた.しかしながら,売り上げの点ではまったく人間の販売員には及ばなかった.理由はいくつか考えられる.食べ物は論理的な説明よりも,共感することの方が重要なのかもしれない.また,このテレビショッピングは朝の5時に放送されたもので,朝の5時に3人のアンドロイドだけがテレビショッピングの案内をしていれば,本当に売っているのか疑わしく思われた可能性も高い.ただ,売り上げは伸びなかったものの,視聴率はテレビショッピング始まって以来の最高の視聴率だった.
続いて家庭環境におけるアンドロイド利用について実験を行った.具体的には,一人暮らしの大林素子さんが,ホリさんが遠隔操作するマツコロイドと3日間一緒に暮らした(図6参照).
最初の日,大林さんは図6のソファーでマツコロイドから一番遠い右隅に座っていたのだけが,2日目からは,よりマツコロイドの近い位置に座るようになった.また,1日目はマツコロイドの前で眠るのに時間がかかり,背を向けて眠っていたが,目覚めたときには「人がいるという安心感を感じる」という感想を述べていた.そして,2日目からは,マツコロイドの顔を見ながら,マツコロイドの前で10分も経たないうちに眠りに入った.また起きている間は,マツコロイドを相手に個人的な問題をいろいろと話していた.
マツコロイドと3日間過ごした本人の感想は,「友達以上に気を遣わなかった.人間ではなかったので心を開きやすかった.家にいてほしいなと思った」という非常に好感的なものだった.ここで重要なのは,遠隔操作しているのはホリさんであり,そのことは大林さんも理解していたのだけど,それを忘れたかのように,マツコロイドをマツコロイドとして受け入れていたことである.すなわち,ホリさんという人格からは独立した,独自の人格をマツコロイドに感じ,大林さんは心を開いていた可能性がある.
家庭環境におけるもう1つの実験として,マツコロコイドに子守をさせた.この子守では,合成音声を用いた.番組スタッフが子供たちの発話を聞きながら,あらかじめ準備したテキストや,リアルタイムで入力されるテキストを合成音声に変換しながら,子供たちと対話した.音声認識のプログラムと組み合わせて自動化することもある程度はできるのだが,準備の問題もあり,音声認識はこの実験では利用しなかった.
子供たちの適応は非常に早かった.最初は怖がっていた子供たちも,すぐにマツコロイドに適応して,一緒に遊んだり,お弁当を食べたりしていた.特に興味深かったのは,普段は母親が苦労して食べさせるブロッコリーを,マツコロイドが食べるようにと言うと,素直に従って食べたことである(図7).これは決してマツコロイドに対する恐怖によって従ったわけではなかった.むしろ,マツコロイドのために食べたように見受けられた.ここでは,子供たちは単にマツコロイドに対して素直になるだけでなく,何かそれ以上の関係を持っているように思われた.
番組では,実験的な実験以外にも,アンドロイドがエンターテイナーとしてどれほど活躍できる可能性があるか,幅広く実験を行ってみた.それぞれ,一流のエンターテイナーに協力をお願いして,漫才,コント,猿回し,怪談,歌手などに,マツコロイドを挑戦させた.
漫才では,漫才師のナイツにお願いして,新たに漫才のシナリオを作ってもらった.マツコロイドは合成音声でしゃべらせた.2人で行う漫才はボケとツッコミという2つの役割に分かれて話をするが,マツコロイドはボケを担当した.ボケは少しおかしなことを言うのが役割であるが,人間とはもとから少し違うアンドロイドは,ボケ役として最適な存在になった.完成した漫才は誰が聞いても楽しい,非常に完成度の高いものであった(図8).
これを見てマツコさんは,「寒気がした」と感想を述べていた.すなわち,いつか本当にアンドロイドにテレビで話すという役割を奪われてしまうかもしれないと予感させられたからだそうだ.今後,その可能性は十分にあるように思える.
漫才師のサンドウィッチマンと行ったコントにおいても,非常に楽しいコントになった.アンドロイドの利点は,人間では少しはばかられる下品な発言や動作でも,アンドロイドが話せば,聞く側も嫌悪感なく聞くことができ,笑いにつなげることができる.この意味でも,アンドロイドは表現内容によっては,人間よりも優れたエンターテイナーになれる可能性がある(図9).
アンドロイドとアンガールズの田中さんとサルによる猿回しは,アンドロイドと動物の関係を見る上でも興味深かった.
サルは,マネキンや人間には威嚇をしないが,初対面のアンドロイドには激しく威嚇をした.非常に不気味な存在に感じているようである.不気味の谷[4]に関してはこれまで人間だけが研究対象であったが,サルや動物についての研究も興味深い.
サルを不気味なアンドロイドに慣れさせた後に完成した猿回しのショーは,不思議だが十分笑えるショーになった(図10).人間とサルとアンドロイドがそれぞれ自律性を持っていて,そのうちの誰がショーの主導権を持っているか,見ていてもよく分からない.でもそのことが笑いを誘っていた.
怪談の語り部を語るアンドロイドも,アンドロイドに適した役割だった.アンドロイドの動きの不自然さを強調すれば,怪談を語るにふさわしい不気味な存在になる(図11).
そして歌手にも挑戦した.石黒の先の取り組みで,綺麗な女性アンドロイドに歌を歌わせると,非常に魅力的なアイドル歌手になることが分かっていたが,マツコロイドの場合も,魅力的な歌手になった.この実験において,過去の取り組みと異なるのは,合成音声の機能を発展させて歌を歌わせたことである.録音音声に比べればロボットらしい声になるが,その方がアンドロイドにあった声になっていた.今後実際にアンドロイドの歌手が活躍する日も遠くないと思われる(図12).
番組は6カ月で26回放送され,その中で毎回1つか2つの実験を紹介した.本稿では紹介できなかった実験も数多くある.たとえば,マツコロイドを助手席に座らせてカーナビとして利用する興味深い試みもあった.番組で試みた実験以外にも,まだまだアンドロイドは多様な可能性を持っている.
この世界発のアンドロイド番組全体を通して,最も興味深かったのは,マツコさんのマツコロイドに対する認識の変化である.
第1回目の放送時,すなわち初対面では,マツコさんはマツコロイドを,「気持ち悪い,私ってこんななの?」と言っていた.番組最終回の話の中でも,初対面のときは,「気持ち悪い,腹が立つ,似ていないと思った」と振り返っていた.しかし,半年後の最終回では,ロボットと話している感じがない.一人の存在として受け入れられていると話している.番組の後半の回で,マツコロイドとマツコさんが一緒に金魚すくいをするシーンがあったが,そこでは,水に濡れてふやけたようになっているマツコロイドの手を,マツコさんがいたわるように拭いていた.本人も,そのころにはマツコロイドの体に気を遣うようになってきた,愛情が出てきたと話している.
そして番組の最終回では,マツコさんは「私は死んでも,こいつは残っててもいいかな」と感想を述べている.自分の代わりに存在し続けてくれてもいいという意味である.そのことについて,マツコさん本人は,「人間の感情は身勝手だけれど,それがマツコロイドにはない(ように思える).だからマツコロイドは信用できる」と分析していた.
最終回の番組の最後でマツコロイドの電源を切る直前に,マツコロイドが「私のことどう思ってる?」と聞くと,マツコさんは「好きよ」と答えていた(図13).テレビ番組であっても嘘を嫌うマツコさんだから本音の意見だったと思う.このような感情はどのようにして育まれたのか,最終的にマツコさん以外にも多くの番組関係者が,マツコロイドを独立した人格を持った存在として,自然に受け入れたのはどういう理由なのか? これらの疑問に答えるためには,今後さらなる研究が必要であるが,少なくともこの番組とその中で取り組んだ実証実験は,本稿で述べたように,アンドロイドの実社会における大きな可能性を感じさせるものとなった.
一方,半年間番組でマツコさんのものまねをしながらマツコロイドを遠隔操作し続けたホリさんは,その後,「マツコさんがほかのテレビ番組に出演しているのを見ると,まるで自分が出ているかのように錯覚する」と言っていた.
謝辞 本稿の執筆の基となったテレビ番組「マツコとマツコ」は,(株)ナチュラルエイト,日本テレビ放送網(株),(株)電通,(株)エーラボ,(有)自由廊,(株)AI,大阪大学,(株)国際電気通信基礎技術研究所,日本科学未来館,番組関連製作会社,番組ゲスト等,多くの方々の協力を得て作り上げることができた.協力いただいた皆様に深謝いたします.
1991年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了.工学博士.その後,京都大学情報学研究科助教授,大阪大学工学研究科教授等を経て,2009年より大阪大学基礎工学研究科教授.2013年大阪大学特別教授.ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー).専門は,ロボット学,アンドロイドサイエンス,センサネットワーク等.2011年大阪文化賞受賞.2015年文部科学大臣表彰受賞.
岸 英輔(非会員)eisuke.kishi@dentsu.co.jp2003年学習院大学卒業.2003年電通入社.テレビコンテンツを活用したブランデッドエンタテインメントを主軸に活動.タレントアンドロイド「マツコロイド」のプロデューサーを務める.カンヌライオンズ プロモ&アクティベーション部門ブロンズ受賞.
吉無田 剛(非会員)go-y@ntv.co.jp2003年一橋大学卒業.2003年日本テレビ放送網(株)入社.「ぐるぐるナインティナイン」「マツコ会議」「世界の果てまでイッテQ!」のプロデューサーとして番組制作に従事.2015年「マツコとマツコ」で月間ギャラクシー賞.第21回AMDアワード先端科学技術賞を受賞.