デジタルプラクティス Vol.8 No.1(Jan. 2017)

「ICTとダイバーシティ社会」特集号について

土井 美和子1  住田 一男2

1国立研究開発法人 情報通信研究機構  2一般社団法人 人工知能学会 

ダイバーシティ(Diversity)とは,Diversity and Inclusionであり,「多様性の受容」を意味しています.ダイバーシティ社会においては,高齢者,障がい者,LGBTI(Lesbian, gay, bisexual, transgender and intersex)など多くの多様性を受容できるICT(Information and Communication Technology)環境の構築が求められています.

ダイバーシティを求める一億総活躍社会の実現が叫ばれ,働き方改革として「同一労働同一賃金の実現」「長時間労働の是正」「高齢者の就労促進」があげられています.が,なかなかその実現は難しいようです.

ご存知の方も多いかもしれませんが,日本の労働生産性は,OECD加盟諸国の中で決して高くありません.2014年度で,国民1人あたりのGDPで34カ国中18位,就業時間あたりで21位となっています.米国の労働生産性を100としたときの日本の労働生産性は,図1に示すように,GDPにしても,時間あたりにしても約62です.

図1
図1 米国と比較した日本の労働生産性水準(米国=100)(出典:日本生産性本部「日本の生産性の動向2015年度版p.32」)

一方,野村総合研究所の報告では日本の労働人口の49%が人工知能やロボットなどで代替可能になると試算しています.

以上を考えると,日本のダイバーシティは,短時間で効率よく働く人材や人工知能やロボットなど先端科学技術を,適切に活用して,労働生産性を上げていくことが必須と考えます.

その1つの兆候として,最近のTV業界では,タレントのアンドロイドロボットがタレント自身と競演しており,属性はもはや人間だけに限定されなくなってきているといえます.そのようなICTはダイバーシティ社会においては,属性の多様性を認め,ワークスタイルの多様性を担保するものと考えます.

以上のような考えから,本特集では,5件の論文と情報処理学会全国大会でのパネルディスカッション,インタビューをまとめました.

1件目は先端科学技術の活用事例である「アンドロイドメディアの可能性とマツコロイド」です.著者は自らのアンドロイドによる講演活動なども行っているアンドロイドサイエンスの研究者大阪大学・石黒浩氏と,マツコロイドの番組を制作された電通の岸英輔氏,日本テレビ放送網の吉無田剛氏です.アンドロイドがテレビ市場で初めてホスト役を務めたアンドロイドの可能性検証番組である日本テレビの番組「マツコとマツコ」を通じて,アンドロイドによる新しいワークスタイルを紹介しています.

2件目は視覚障がい者のための録音図書やオーディオブックの作成の手間を減らす取り組みについての実践事例である「音訳支援システムDaisyRingsの開発と音訳コミュニティでの実証」です.従来,ボランティアが朗読する音声を録音する必要があったのを,音声合成技術によって解決を図る試みです.著者の東芝・布目光生氏らは,音訳ボランティア団体などの音訳ボランティアによる実証実験を行い,録音図書作成の効率が大幅に向上することを紹介しています.視覚障がい者がタイムリーに情報アクセスするために必要な取り組みです.

3件目は高齢者や障がい者の円滑な移動を支援するためのバリアフリー状況を情報共有する実践事例である「ReAcTS:ボランティアによる実地アセスメントを支援するバリアフリー状況収集・整理プラットフォーム」です.筆者の東京大学・三浦貴大氏らは,道路のバリアフリー状況についての情報をスマートフォンから入力し,地図上で共有するシステムを構築しました.そのシステムを使って,地域のボランティアや高齢者の方々に情報を収集してもらう実証実験について紹介しています.情報利用側の評価はこれからですが,歩行障がい者や高齢者の円滑な活動ができるようにする大切な取り組みです.

4件目は,情報処理学会Info-WorkPlace委員会の東京女子大学・加藤由花氏と公立はこだて未来大学・木塚あゆみ氏による「情報処理学会におけるダイバーシティ推進」です.本会は,女性技術者や研究者の活動を支援し,学会の一層の発展を目的として,Info-WorkPlace委員会を2016年4月に発足させました.論文では,さまざまな議論や試行を通じて委員会設立に至った経緯をプラクティスとして紹介しています.参加することにメリットを感じられ,参加したくなる場を構築するということを目的とした,ダイバーシティ推進の活動です.

5件目は,育休後コンサルタントの山口理栄氏による「企業における多様な人材の活用のプラクティス」です.著者は,ICT企業にエンジニアとして24年間働いた後,女性の活躍推進を支援するコンサルタントとして,企業を対象としたコンサルティングや社員研修を行っています.育児休業後に仕事に復帰する女性向けのセミナーだけでなく,管理職の理解を促進するための管理職向けセミナーや子育てを分担するための男性パートナーも参加するセミナーを通じて,周囲の理解やサポート・育児の分担が重要であることを紹介しています.

「ダイバーシティ社会に向けたワークプレースを考える」というテーマのパネルディスカッションを,FIT2016(富山大学)において本会Info-WorkPlace委員会とデジタルプラクティス編集委員会との共同企画として行いました.パネリストは,本会におけるダイバーシティ活動推進について本号で紹介している加藤由花氏と木塚あゆみ氏,IT企業でのSEの仕事と子育てと実践しているインテック・清水美奈子氏,長期育休を取得し子育てを行ったエイチームのITエンジニアの矢島卓氏,本会会長の情報処理推進機構・富田達夫氏です.育児と仕事の両方をエンジョイするために,どのようなワークプレースを実現していくべきか等について議論されました.この内容を紹介しています.

最後に紹介するのは,デジタルプラクティス恒例のインタビューです.「ICTとダイバーシティ社会」のテーマのもと,産業技術大学院大学教授・中野美由紀氏の司会で,IBM・浅川智恵子フェローと筆者の一人である土井が,ダイバーシティとインクルージョンについて,それぞれの体験と現状を語りました.浅川フェローはTEDにも出演されていますので,そちらも参考になるかと存じます.

今回,多くの方に執筆やインタビューをお願いしましたが,このような特集を通じて,日本のダイバーシティが進展し,労働生産性が向上し,皆が生活を楽しむ余裕が生まれることを期待します.