情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[ICS]知能システム研究会

 

1. 最近10年間の動向

知能システム研究会は,大須賀節雄先生が主査として1973年に立ち上げたマン・マシン・システム研究会を源流とし,人工知能と対話技法研究会(1977~1981年),知識工学と人工知能研究会(1982~1989年),人工知能研究会(1990~1996年),知能と複雑系研究会(1997~2009年)と研究会の名称変更を行ってきた.また,2010年より知能システム研究会として長尾確先生,栗原聡先生が主査を務められたあと,現在は筆者が主査を務めている.

研究会の設立から現在までの変遷を改めて眺めてみると,一貫して人工知能領域にかかわるときどきの重要なテーマを扱っており,特に平成時代(1989~2019年)では古典的な人工知能へのアプローチから複雑系・複雑適応系に代表されるパラダイムシフトを取り入れてより柔軟に人工知能の概念を拡張しながら活発な研究が行われてきた.さらに,この10年は知能システムをメインテーマとして,人工知能実現のためのより具体的な方法論について議論が行われてきた.

この10年の研究会の活動を振り返ってみると,研究会登録数は100名ほど人数を減らして200人程度になってしまったが,ここ10年はずっと年4回の研究会開催のペースを維持しており,発表件数は平均40件/年でそれほど数も減らしていない.昨今,学会や研究会の会員確保にはどこも苦労しているが,発表件数を維持できているということはこの分野で中心的に研究を行っている研究者の情報交換の場としては有意義に機能しているといえるだろう.

表1 登録者数と発表件数

なかでも,毎年3月頃に行われる「社会システムと情報技術研究ウィーク Workshop of Social System and Information Technology(WSSIT19)」では,人工知能学会「知識ベースシステム研究会」,人工知能学会「社会におけるAI研究会」,人工知能学会「データ指向構成マイニングとシミュレーション研究会」,本会関西支部「行動変容と社会システム研究会」と本研究会が連携して合同で連続研究会を開催しており,毎年多くの参加者によって研究会間にまたがる幅広いテーマで活発な議論が行われている.

2. 研究分野の変遷

この10年の本研究会の研究分野を振り返ってみると,研究会の中心的な興味はマルチエージェントや社会システムにおける集団の振舞い,Web,複雑ネットワークなど,複雑で多数の構成要素からなるシステムの挙動,制御,構成にあったといえる.また,その周辺の領域として,ロボティクス,オントロジー,セマンティックWeb,機械学習,オークションなどの理論・応用に関する研究発表が行われており,人工知能にかかわる工学的な技術を深めるための議論が多数行われてきた.

また,2016年に研究会で初めてディープラーニングを取り入れた研究発表がなされ,以降知的なエージェントやロボットなどの振舞いを実現するために,ディープラーニングが積極的に使われ始めてきた.改めて説明するまでもないが,ディープラーニングが持つ強力な学習汎化能力や認識能力はシステムの個々の構成要素の能力を飛躍的に高めることを可能とする.これによって,これまで過度に単純化されて情報処理能力が低い構成要素の集合としてしか複雑なシステムをモデル化できなかったが,より情報処理能力が高い構成要素の集合からなるシステムの検証が可能となることが期待できる.

現在,ディープラーニングによる人工知能技術の応用可能性が飛躍的に高まり,産業界でもさまざまな課題に対して高度な人工知能技術の応用が求められている.過去,第2次人工知能ブームの終焉を迎えた後,日本では人工知能に関するアカデミックな研究コミュニティと産業界はあまり交わっていなかったように思うが,現在はより実践的で難易度の高い社会課題に対して人工知能技術の応用が求められており,しっかりと研究活動に基づいて応用を進める必要がある.必然的に,アカデミックなコミュニティと産業界の距離が近くなってきており,この分野の社会的重要性も増してきているように思う.

3. 今後の展望

現在,ディープラーニングを用いた高度な知的情報処理の応用が行われているが,現在の計算機の計算能力の限界からディープラーニングはまだ1つのネットワークの学習に四苦八苦しており,単一のエージェントやロボットの能力を高めることでその応用可能性を探っている現状である.しかし,今後はディープラーニングによって実現できる高度な情報処理能力を持った構成要素が多数集まったシステムでは何が起こるのか,そのような中で集合知やシステムのダイナミクスはどうなるのか,そしてこれまで以上により知的なシステムはそこから生まれるのかという研究が可能になっていくはずである.

たとえば車の自動運転を例にあげると,現在は人間が混在する交通システムの中でいかに単一の自動車を安全に制御するのかという研究が行われているが,自動運転車の社会への普及が不可逆な変化だとすると最終的には多数の自動運転の車が交通システムを占めるはずである.そのとき,いくつかの自動運転方式が並立する状況を思い描くと,ディープラーニングに基づく高度な知的エージェント間の相互作用,コミュニケーション,相互学習などについて十分にシミュレーションを行って不都合なことが起こらないように十分に備えていく必要があると思う.

さらに,人工知能が人々の生活に深く根ざし,人々とのインタラクションが増加していくにしたがって,人工知能の倫理的側面や人工知能と人との境界について深く考える必要性が出てくるように思う.これまでは,人が行ってきたタスクを人工知能で代替するための技術についての研究が主流であり,どうしても二項対立的な議論になってしまっていたが,将来に向けて人と人工知能がシステムの両輪として存在し,ともに価値を高めあっていくような調和的なシステム観についても議論を深めて行けたらと思う.

本研究会は,このようなテーマを深く議論できる伝統があり,研究分野にとっても社会にとっても有意義な研究活動の場であり続けたいと思う.

(川村秀憲)

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