【1】PC要約筆記ツールIPtalk − 協調の場作りとツールの協創  パソコン要約筆記サークル「ラルゴ」の栗田です。  IPtalkというパソコン要約筆記用のフリーソフトを開発しています。  IPtalkを開発した経験を「協調の場作りとツールの協創」という面からお話したいと思います。 【2】パソコン要約筆記とは  パソコン要約筆記の説明教壇上のヒゲの先生のお話を、席についた人たちが聞いています。  画面の右にパソコンに向かっているがパソコン要約筆記者です。  先生が、「皆さん、おはようございます。」と挨拶しました。画面右端にいる人たちは、先生のしゃべった言葉を聞いて、すかさず「皆さん、おはようございます。」とパソコンで打ちます。  すると、パソコンで打った内容が液晶プロジェクタから、スクリーンに映し出され、スクリーンの文字を読むことによって、先生の話している内容が理解できるというわけです。 【3】要約筆記の将来予想  関根さん、秡川さんに習って、私も将来予想をしてみました。  長期的に見れば、音声認識が実用化され、人が行う要約筆記は過渡的な方法と思います。  特に病院などで行われているノートテイクなどは、個人情報保護の観点からも機械化が望まれています。  音声認識が実現しても、キーボード入力が音声認識に置き換わるということなので、今のパソコン要約筆記の表示の方法や要約の方法などの工夫は、引き継がれるであろうと想像されます。 【4】IPtalkの簡単な説明  IPtalkを使ったパソコン要約筆記では、LANで接続された数台のパソコンを使います。  プロジェクターに接続する表示用パソコン、入力用のパソコンです。  IPtalkには、他の人が入力しているところをモニターする機能があります。  また、入力した文は、全てのIPtalkに送信され、どのIPtalkにも同じ文が表示されるようになっています。  この機能を使って、話しを2人が交互に分担して入力します。(2人連係入力)I  Ptalkは、2人が同時に入力して文を作成するためのソフトです。このようなソフトは、日本独特のものと思います。  手書きで「2人書き」という似た方法が行われていますが、その場合は、主筆者(メイン)が文の後半を声で指示し、副筆者(サブ)はその通りに書きます。  この場合、2人の関係は、いわゆる「マスター・スレーブ」です。 【5】パソコン要約筆記の入力速度  1つの文章を2人が分担して同時に入力する方法は、2人連係入力と呼ばれていて、日本のパソコン要約筆記の独特の方法です。  話す速度は、一般に300文字/分〜400文字/分と言われています。  キーボード入力で、この速度を出すためには、はやとくんやステノワードなどの専用キーボードを使う必要がありました。  2人が協力することで、熟練すると専用キーボードを使った入力に近い速度を出すことができます。  また、この方法は、要約に思考を振り向ける時間的余裕をとることができるすぐれた方法です。 【6】IPtalkユーザとの協調の場作りとツールの協創  IPtalkは、全国のユーザーからの「個別な要求」に応える形で改良・機能追加して来ました。  要望は、主にメイリングリストで受けたため、機能追加の意見交換は公開されていました。  「要望を出す」→「IPtalkの機能追加」→「試してみる」というサイクルに全国のパソコン要約筆記者が参加しました。  IPtalkの機能追加とは、パソコン要約筆記の新しい方法を試す環境を提供することでした。IPtalkは、パソコン要約筆記の実験場のような役割をはたしていました。 【7】ボタンやチェックで欲しい機能を選択する  機能を追加する時は、ボタンやチェックに割り当てます。  ユーザーは、自分が必要とする機能を選択することが可能です。  IPtalkを自分のニーズに合わせてカスタマイズできます。 【8】パソコン要約筆記の利用機会の拡大  パソコン要約筆記は、難聴者の社会における情報保障だった要約筆記(手書き、OHP)を一般の社会に広げる効果がありました。  パソコン要約筆記が普及するにしたがって、難聴者の世界だけでなく、健常者の世界でも字幕投影が行われ始め、パソコン要約筆記が健常者にも役立つ、共用品(ユニバーサルデザイン)としてパソコン要約筆記を位置づける考えも出始めています。  パソコン要約筆記の機会が増えることで、入力者の不足が、利用機会の拡大の阻害要因となってきました。 【9】共用すると会員のニーズを満たすことは難しい  機能を選択するという方法は、大勢の人が同じ字幕を見るような場合の解決策にはなりません。  つまり、個別のニーズに応えるという開発方法は、公共の場の情報保障では、設計者の責任を、実施者にたらい回しにしただけで何の解決にもなっていません。  本来は、いろいろなのユーザーのニーズを分析して共通の仕様を見出す必要があります。 【10】ニーズの差の例 − 表示の情報密度  例えば表示する字幕の要約方法や入力方法は、聴覚障害の度合いによって異なります。  聴覚障害は、「あり」「なし」ではなく、聴力というスケール上に連続的に存在しています。  軽度の聴覚障害者は、自分の聴取した話を補うため字幕を利用するため全内容入力を好み、重度の聴覚障害者は、字幕で全ての情報を得ようとするので「分かり易い字幕」、つまり、要約度の高い文を好む傾向があります。  ある聴覚障害者のニーズに合わせれば、他の聴覚障害者のニーズからずれることが予想されます。  聴覚障害者と健聴者との共用品どころか、聴覚障害者の中での共用品の実現さえ難しいように思われます。 【11】利用者ニーズ・入力者の把握の困難さ  共用する場合の仕様を、個人にヒアリングして決めるのことは難しと思われます。  利用者団体などがニーズを把握し取りまとめ、ガイドラインを出してくれるとソフト作成やパソコン要約筆記者は楽になります。  しかし、聴覚障害は非常に多様であるため、全体のニーズをとりまとめることができる団体はありません。  また、要約筆記関係の団体も、とりまとめることは難しいと思われます。  この問題の解決には、公平で客観的な判断が必要となるため、定量的な評価基準を用いた研究が期待されています。 【12】研究者と協調の場作りとツールの協創  従来は、ユーザーの要望を受けるという受動的な関係の中でIPtalkを開発して来ました。  パソコン要約筆記を普及させるために、IPtalk側から利用法や仕様について提案しようと、全国のパソコン要約筆記者や大学の研究者と協力して新しい方法の実験を行うことにしました。  このため、05年7月に、インターネット上の仮想的な研究サークル「ラルゴ」を立ち上げました。(協調の場)「遠隔入力情報保障」の研究を行っていた愛媛大学総合情報メディアセンター村田研究室(以下、愛媛大と記述)に協力をお願いしました。 【13】ラルゴの紹介  全国のパソコン要約筆記者と協力するために、従来からあった「ラルゴ」をインターネット上で活動する仮想的な研究サークルとして再スタートしました。  例会、連絡などは、インターネットを使って行うため日本のどこにいても参加できます。  コミニュケーションは文字(メイル、チャット)であるため、健聴、難聴は関係ありません。(難聴の方も参加しています。)  06年12月現在、北は北海道から、南は鹿児島まで、全国から24名が会員となり活動しています。 【14】研究者との協力の必要性  この図は、ボランティアサークルや研究者の活動領域のイメージを表しています。  研究者との協力の必要性を感じました。  近年、IT技術を利用した要約筆記(パソコン要約筆記など)が行われるようになり、左側の上の領域、「実践的」かつ「技術的視点」での活動・研究が求められています。  しかし、ネットワークやパソコンなどの技術は難解で、サークル・NPOが単独で研究するには手に余るため、ニーズはあっても活動に取り入れることができず、多数の有用な技術が放置されていると感じます。  また、右側の上の領域にいる研究者たちは要約筆記に関する研究も行っていますが、アプローチがアカデミックであるために、その成果を、そのまま一般のサークル・NPOが活動に採用することは難しいという状況です。 【15】「ラルゴ」の活動範囲  このような問題の対策として、ラルゴでは、左側の上の領域を活動対象とし、サークル・NPOが単独で導入するには難しい技術を、実践的な観点から検証し、分かりやすい方法に置き換え、要約筆記者に広めることを目指しました。  研究者の研究成果をボランティアサークルでも実施可能な方法で実証実験し、それを全国に広めたいと考えています。  ラルゴのメンバーは、全国各地のサークルで指導的に活動している方が多いため、会員がその地域に広める役目を担います。 【16】パソコン要約筆記の将来の方向は…  パソコン要約筆記に対する聴覚障害者のニーズは「@質の高い要約筆記をA手軽にBいつでも・どこでも利用できる。」ということだと思います。  @字幕品質の向上については、利用者や入力者の個別のニーズとして上がって来ます。  従来、Iptalkは、そのようなニーズに答えて来ました。  一方、「Bいつでも・どこでも」のような要望は、IPtalkの機能のみで実現は難しいため、要望としては上がって来ませんでした。  この分野については、方法を探し、IPtalk側(手段の作成側)から提案する必要があると考えました。 【17】「在宅入力情報保障」実験の概要  在宅入力情報保障の実験は、愛媛大の講義を全国の会員がインターネットで情報保障するという方法で行いました。 【18】「在宅入力情報保障」の方法の例  図は、PacketiXとCamCastを利用した場合の説明です。 【19】ラルゴと愛媛大との協力関係  愛媛大から一方的に協力を得るということではなく、ラルゴも愛媛大の研究に協力するという関係を作っています。  愛媛大が計画した実験に、入力者としてラルゴが協力しました。  ラルゴが計画した実験に、愛媛大のネットワーク機器類などを利用しました。  この実験の終了後、ラルゴが遠隔入力講義保障の運用実験を計画し、愛媛大の協力を得て実施しています。 【20】ラルゴの実験計画  「在宅入力情報保障」方法として、以下の3種類を試しました。  1)動画・音声を入力(PaketiXとCamCastを利用)  2)音声を入力(PaketiXとSkypeを利用)  3)音声を入力その2(ルーターの穴開けとSkypeを利用)  今回の実験は、「普通のボランティアサークルでも実施可能な方法」を目的としているため、PaketiXやCamCastなどの特殊な装置などを必要としない3)案が、「より好ましい方法」です。  このため、1)案、2)案に対して、3)案は、どのようなディメリット(字幕の品質や運用のやり易さなど)があるかを検証しました。  このうち、ステップ2,3の動画・音声を入力(PaketiXとCamCastを利用)については、1月2月に愛媛大学の実験に参加する形で実施しました。  実験結果をまとめ、06年6月に札幌で開催された全要研集会で発表し、7月にラルゴの論文集として発行しました。 【21】愛媛大との協力の成果  PacketiXやCamCastを利用した「在宅入力情報保障」の実験を行うことができました。  愛媛大の研究 (※1,※2) から、ネットワークの遅延が250ミリ秒を超えると2人入力の連携に悪影響を及ぼすことがわかりました。  IPtalkのインターネットウィンドに、ネットワーク遅延を計測する機能を追加しました。  ※1 小林敏泰、村田健史、木村映善、遠隔パソコン要約筆記システムの開発、電子情報通信学会技術研究報告、vol.105, No.506, pp.55-60, 2006.  ※2 VPNを用いた動画像ストリーミング配信による遠隔パソコン要約筆記、村田健史、木村映善、栗田茂明、電子情報通信学会論文誌(D)、2007、印刷中 【22】全国のパソコン要約筆記者との協力の成果  ボランティアサークルに適した方法をコスト対効果から判断して、@PacketiX+CamCastとAPacketiX+Skypeを選定しました。  PacketiXが有料化してしまったためもう一度、選定しなおす必要が出てきました。  Hamachiなどを候補に検討したのですが、無料であったころのPacketiX以上のコスト対効果の方法が見つからず困っています。  実験結果をまとめ、06年6月に札幌で開催された全要研集会の第3分科会「情報アクセス権」において「ユビキタス社会における情報アクセシビリティー、インターネットを活用した「どこでも情報保障の提案」として発表しました。  これは、『平成18年度パソコン要約筆記サークル「ラルゴ」論文集』に掲載しました。(発表資料や論文は、IPtalkのホームページ(http://iptalk.hp.infoseek.co.jp/)からダウンロードできます。) 【23】まとめ