Vol.60 No.3(2019年3月号)



Vol.60 No.3(2019年3月号)

匿名希望
匿名希望
大学院生

 

 論文の査読者は,どうして2〜3人ぐらいしかいないんですか?
 作ったシステムの有効性を示すときは,実験参加者を20人とか30人呼んで実験して,統計解析をする必要があるのに,どうして論文の採録を決めるのは数人でいいんですか?
 査読者も20人ぐらい呼んで,統計解析して,採録判定する人が有意に多い場合のみ採録すべきではないですか?

 17世紀の生物学者Antonie van Leeuwenhoekは,球形のレンズを金属板に嵌め込んだだけの顕微鏡を開発し,水中の微細な生物の観察を行っていましたが,それを報告する媒体はロンドン王立協会への書簡でした.そのような「レター(Letter)」というスタイルの名残は今もNature誌に残っています.当時は「査読(peer review)」という制度はありませんでした.このシステムが確立したのは18世紀以降であり,19世紀の終わりまでは,編集長(Editor-in-Chief)単独か,編集委員会によってなされることが通例でした.20世紀になってようやく,研究結果公表に関して客観性を担保するために,専門性の高い研究者に査読を依頼するという現在の査読システムが確立しました.雑誌や学術分野によって何名の査読者がかかわるか異なりますが,通常は3名前後でしょう.つまり,3名の査読者さえ納得させられれば論文として掲載されるわけであり,この点は,ご質問の通り,現在の査読制度の欠陥でもあります.だからといって,もし1つの論文の査読に30名が参加するならば,研究者の研究活動のうち,現在の10倍くらいの時間が査読に必要となり,研究そのものを行う時間がなくなってしまうでしょう.そこで最近,物理学等の分野を発端として,arXiv(生命科学系はbioRχiv)というような「プレプリントサーバ」に,まずは査読前の原稿を公開するという動きも始まっています.研究を行うのは科学者・研究者という人間であり,その仕組みも社会の在り方とともに変化しているのです.

大隅典子
大隅典子
東北大学

中山泰一中山泰一
[正会員]
電気通信大学/
情報処理学会論文誌ジャーナル編集委員会 編集長

  論文の査読は,その分野の「専門家」が量的ではなく質的に評価するので,少人数で行ってよいのです.その点が「実験参加者」による量的な評価と大きく異なります.最新の研究内容に対応できる研究者はそれほど多いわけではなく,それ以外は専門家ではないので,数的に増やしても意味はありません.さらに,論文の査読は単に採否を決めるだけでなく,採録のためにどのような修正が必要か,不採録の場合でもどのような点を改善すれば採録につながるのか,といった著者へのコメントも返します.こうした作業も統計を用いた量的なアプローチには向きません.
 論文に書かれている研究成果には未公表のものがあります,そのため,情報処理学会論文誌ジャーナル編集委員会では非公開による審査が行われます.論文内容についての秘匿性を確保するためにも,できるだけ少ない査読者の方が良いのです.各論文には1名の編集委員と2名の査読委員が割り当てられ,その分野の「専門家」が論文の良い点と改善点を丁寧に読み解きながら査読します.2名の査読委員の査読結果を基に編集委員がメタ査読を行い,編集委員会ではこの3名による査読結果を丁寧に点検し,合議により採否を決めます.
 編集委員会では査読指針に関する共通認識を得るために「べからず集」を整備し,全国大会で論文必勝法セッションを開催するなど,良い論文が投稿され,公正な査読が行われた上での採録率アップを目指した取り組みを行っています.皆様の投稿をお待ちしています.
 

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