ソーシャルメディアを利用した参加型モバイル環境監視の実現 〜放射線測定を事例としたアクションリサーチ〜

 
石垣 陽

[背景]人々の健康に影響を及ぼす環境汚染の増加
[問題]環境汚染を市民が測定・共有・議論する基盤の整備
[貢献]アクションリサーチによる新手法の有効性検証とモデル化

 原発事故やPM2.5汚染など,人々の健康や自然環境に深刻なダメージを与える環境ハザードが後をたたない.事故・災害による被害を最小限に留めるためには,住民が状況を適切に把握することが必要であり,そのためには,現状の政府・行政によるリスク情報の提供だけではなく,市民自らが生活圏内の身近なリスクを知り,判断するための状況情報を,専門家との相互のコミュニケーションを通じて,早期に獲得することが望まれる.しかしながら現状では,事故当事者・政府による一方的な情報提供だけにとどまり,情報の客観性や監視情報のきめ細かさ,組織内での意志決定スピードなどの観点から,十分な情報が獲得できない状況である.そこで本研究では,①一般市民に対して環境計測を行うための安価・簡易な科学的手段を提供し,②ソーシャルメディアを通じて付近住民や専門家が共に計測結果を共有することによって,③生活圏において迅速かつ正確に環境監視を行うことができ,さらに④測定器の性能や測定結果の正当性について客観的議論・検証を行うことも可能とする,市民参加型のモバイル環境監視システムを提案している.

 本研究は,ケーススタディとして,福島第一原子力発電所事故後の放射線計測用に開発したモバイル放射線測定器の,製品開発から製品評価,さらに測定結果の共有利用に至るまでの社会プロセスを分析し,市民参加型のシステムの有効性を示したものである.この測定器は,汎用センサやスマートフォンを利用して低コスト化を実現しつつ,測定範囲が0.05uSv/h~10mSv/hと実用上十分な性能を有するモバイル線量計である.GPSの位置情報を利用し,線量データマップも構築できる.このモバイル線量計の開発にあたり,開発コストと期間を削減するため,資金調達・性能評価など一連の開発プロセスをオープン化し,世界中の技術者・専門家に加え一般ユーザも巻き込んだ参加型のシステム開発手法(PSD: Participatory System Development)を採用した.その結果,自立的なインターネットコミュニティが生まれ,改善提案,測定結果の共有やサポートを効率的に行うことができた.

 本稿は,ソーシャルメディアを通じて海外の専門家や一般ユーザも参加したモバイル線量計の開発過程から,性能試験結果や福島県飯舘村で行われている実地試験の結果評価を経て,社会全体で測定結果を情報共有し利用するに至ったプロセスをケーススタディとして,関係者間のインタラクションとデータ信頼性の獲得プロセスをベースにモデル化・分析することで,PSDの有効性と背後要因を検証する,事例分析型の論文である.
 


 

 (2014年5月31日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(工学)
大学:電気通信大学



推薦文
:(セキュリティ心理学とトラスト研究会)


一般に数10万円する線量計を,スマフォを利用し数千円オーダで実現した.そのアイディアと,SNSを利用して国内外の技術者やユーザを巻き込んだ開発経緯がユニークであり,それらを学位論文としてまとめた.スマフォによる測定データの共有により,生活圏の安全確認や広域での線量情報把握など,地域住民の安心安全に貢献した.


著者からの一言


PSDにおいては,インターネットを通じた自律・協調的な開発コミュニティによって専門性の枠を超えたプレイヤ同士が自発的に助け合い,アイディアを出し合うことで,迅速かつ創発的な問題解決が期待されます.この開発モデルにより,今後の事故・災害対応や,地球規模での環境監視等に貢献していきたいです.