電気的刺激による飲食行為の拡張に関する研究

 
中村 裕美
日本学術振興会 特別研究員(PD)/東京大学情報学環暦本研究室

[背景]人における食事行為の意味の多様化と嗜好の変化,味覚制御インタフェースへの期待
[問題]制御性の高い味覚提示技術の構築,その技術の食への応用
[貢献]健康と食べる喜びの共存,電気味覚の工学的応用


 人にとって食べるという行為は生存のためだけでなく精神的な満足を得るため,社会的協調を行うためのものとなっている.そのため人の食品への嗜好は他の生物より若干複雑に進化してきた.この進化は食文化の発展に寄与する反面,食品が持つ機能とその機能が人体にもたらす効果のバランスを崩す原因ともなり得るものであった.

 本研究では食品から得られる味覚・感覚,そしてそれを元に形成される嗜好に着目し,味覚的・感覚的刺激の提示によって食品の機能が人体に与えるバランスを制御することを試みたものである.そしてその刺激として本研究では電気味覚を応用する手法を提案した.

 電気味覚は舌に電気的刺激が与えられた際に感じられる感覚であり,生理学分野では機序や特性が多く調査されているほか,電気味覚検査など味覚検査への応用が図られている.しかしそれらの知見や装置の工学的応用,食分野への応用はこれまで行われてこなかった.

 そのため本研究ではまず食器型の電気味覚付加装置を構築した.この装置は飲食行為によって摂取する食品に電気刺激を付加する形で電気味覚を感じさせるためのものである.付加装置は食品に+極,-極の両方を接触させる両極型装置と,食品に片方の極のみ接触させ,もう片方を皮膚表面に接触させる一極型装置を実装している.特に一極型装置は装置を把持し飲食した時のみ回路が完成されるため,不用意に電流が食品に印加されることもなければ,検知回路を用意することで飲食が行われたか否かを検出することも可能である.

 付加装置を用いた味覚反応時間(提示~受容までの時間)と極性による味質の差異を検証した上で,本研究では電気味覚を用いた食品が人体に与えるバランスの制御手法として,塩味を対象とした制御手法を提案した.この手法は陰極刺激がもたらす塩味の制御効果を工学的に応用したもので,飲食を検知し飲食直後に陰極刺激の付加と停止を行い,利用者の味覚を制御することで,元の食品の塩味が強まったように感じさせる.味質の検証の結果,塩味以外の味質にも多少の影響を及ぼすものの,付加前の食品に対しても塩味が有意に強まっていることが報告されている.

 

 (2014年5月31日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(工学)
大学:明治大学



推薦文
:(ヒューマンコンピュータインタラクション研究会)


本研究では,飲食行為を介して食品の味質に電気味覚を付加することで,味質を制御する手法を提案している.そのための装置を構築し,その制御性について検証を行った上で,塩分を変化させずに塩味を制御する手法を構築している.今後さらに味覚メディアおよびHCIの分野を中心に大きく寄与すると考えられる.


著者からの一言


電気味覚も味覚メディアも本分野では萌芽的な領域にあるためさまざまな活用法を提案できた半面,図や動画に映りにくい『姿のなさ』,味に対する個人差の大きさなどに苦しめられたこともありました.そんな際に励みになったのが学会での先生方のコメントやデモを体験くださった皆様のフィードバック,そして目標とする先輩研究者の方々の姿でした.今後も食や健康を助けるHCI技術を中心に提案していくことで,皆様への恩返しやHCIを目指す新たな学生の励みとなっていければと思っています.