Studies on User-Behavior Driven Content Distribution Environments

(邦訳:ユーザ行動駆動型の情報流通環境に関する研究)
 
櫻打 彬夫
ヤフー(株)

[背景]携帯情報端末の普及に伴うUGCの増加とSNSによる拡散
[問題]情報の伝搬範囲と信頼性および情報流通環境の運営負荷
[貢献]問題を考慮したユーザ行動駆動型の情報流通環境を提案


 近年,携帯情報端末が普及するとともに,ユーザが文章や画像,動画などのコンテンツを作成してWEB上に公開することが一般的になった.このようなユーザ作成コンテンツ(以下,「情報」という)はSNSなどを通して拡散されることが多く,その伝搬範囲を制御することが難しいため,情報が有用である地域以外にもその情報が伝搬してしまうという問題がある.また,情報の信頼性においては誰がその情報を作成したかが重要であり,既存のサービスではユーザが相互に評価し合い権威付けを行うことが多い.しかし,これにはユーザ数の増加に伴って中央サーバに負荷がかかるという問題がある.さらに,動画などのデータサイズが大きい情報は,他のトラフィックを圧迫し,インターネットのパフォーマンスを低下させる一因となっている.

 本研究では,(1) 情報の物理的な伝搬範囲の制御を可能にするユーザクラスタの構築手法,(2) ユーザクラスタにおいて中央サーバを用いずに情報拡散と評価合意を同時に行う手法,(3) 情報配信のためのレイヤ2におけるリクエストのリダイレクト手法の3つを提案する.まず,情報の伝播範囲を制御可能なユーザクラスタを構築するために,ユーザ間の情報交換が行われる場所を階層化・組織化した多階層位置ネットワークを提案する.また,郵便局や鉄道の駅を対象としたシミュレーションによって,多階層位置ネットワークの置換回数や置換比率,置換順序などのパラメータを制御することで,情報の伝搬範囲が制御可能であることを示す.次に,情報拡散と評価合意を同時に行う手法では,回覧板をもとにしたアルゴリズムを提案する.また,さまざまなネットワーク状況を想定したシミュレーションによって,情報拡散・評価合意に要する時間と消費されるネットワークリソースとのトレードオフを明らかにする.最後に,レイヤ2におけるリダイレクト手法として,プログラマブルスイッチであるOpenFlowを用いたプロキシシステムを提案する.また,実機を用いたパフォーマンス評価でレイヤ3以上でリダイレクトする既存のシステムよりも高速に動作することを示すとともに,ランダムネットワークを用いたシミュレーションでシステムがクライアントの要求に応じて協調的に動作し,オリジナルサーバの負荷軽減とユーザエクスペリエンスの改善が実現されることを示す.

 これら3つの手法によって構築されるユーザ行動駆動型の情報流通環境では,情報の物理的な伝搬範囲の制御,効率的な情報拡散と評価合意,中央サーバの負荷を減らしたシームレスなコンテンツ配信が可能となる.すなわち,ある地域にいるユーザにとって意味のある情報のやりとりが,その情報の信頼性を保証しながら,合理的な計算機・ネットワークのリソース消費で実現できる.
 


 (2014年5月27日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(工学)
大学:立命館大学



推薦文
:(グループウェアとネットワークサービス研究会)


櫻打彬夫君は「グループウェアとネットワークサービスワークショップ」でベストペーパー賞を受賞し,また,情報処理学会論文誌に1編,Journal of Information Processingに1編の論文が掲載されるなど,その研究成果は斬新なアイディアとして高く評価されている.


著者からの一言


まず,6年半の長きに渡り多方面でご指導・ご尽力いただいた,高田秀志博士に改めて感謝の意を表します.また,周囲の支えがあったからこそ,国内外でのインターンシップや学会参加といったアグレッシブな活動だけでなく,脳の手術や左耳の失聴といった困難を乗り越えることができました.これからは,恩義に報いる意味でも社会の課題解決に寄与できるよう精進していく所存です.