組込みリアルタイムシステムにおけるメモリ保護機能対応プラットフォームおよび確率的応答時間解析

 
石川 拓也
名古屋⼤学⼤学院情報科学研究科 研究員

[背景]安全性が求められる組込みシステム開発の困難化
[問題]メモリ保護機能抽象化の不備,悲観的な応答時間解析結果
[貢献]メモリ保護機能対応基盤技術,応答時間分布解析⼿法の提案


 大規模・複雑化が進む組込みリアルタイムシステムの開発において,開発コストの低減や開発期間の短縮が求められている.ソフトウェアの開発に関して,開発効率向上のために,リアルタイムオペレーティングシステム(OS)や,組込みシステム向けのソフトウェアコンポーネント技術が提案されている.さらに近年では,安全性が求められるシステムのアプリケーション開発に適⽤するためのリアルタイムOSやコンポーネント技術が提案されている.

 ⼀⽅で,組込みリアルタイムシステムでは,システム内のタスクが,個々のデッドラインを満たすかどうかを検証することが重要である.従来のリアルタイムシステムにおけるスケジューラビリティ解析では,タスクの応答時間を解析する際に,タスクの最⼤実⾏時間など,⼀意的な値が⽤いられることが多い.しかし,これらの⼿法で仮定されている,実⾏時間が最⼤となるような状況は通常発⽣することはなく,これらの⼿法によって解析された結果はあまりに悲観的であるため,そのシステムに求められる性能を過⼤に⾒積もってしまい,開発コストの増加や開発期間の増加を起こしてしまう可能性がある.

 本研究では,組込みリアルタイムシステムにおける開発効率の向上や開発コストの削減を⽬的として,⼤きく分けて,2つの研究課題について取り組む.

 まず1つ⽬に,リアルタイムOSやソフトウェアコンポーネント技術などのアプリケーション開発⽀援技術についての課題に取り組む.この研究では,安全性を実現するためにメモリ保護機能が求められるシステムを対象とし,既存技術におけるメモリ保護機能の抽象化不備を解決し,アプリケーション開発を効率化するための,リアルタイムOSやコンポーネント技術を提案する.ここで,リアルタイムOSやコンポーネント技術を⽤いることによって⽣じる,実⾏時間の予測可能性やメモリ使⽤量への影響を⼩さくすることを⽬標とする.

 そして2つ⽬に,リアルタイムシステムにおける応答時間解析技術について,悲観的な解析結果を改善し,リアルタイムシステムの開発コストや開発期間の増加を抑えるための課題に取り組む.この研究では,周期タスクで構成されるシステムを対象とし,タスクの応答時間分布を解析する⼿法を提案する.ここで,応答時間分布の解析時間を短縮する⼿法についても提案する.

 1つ⽬の研究では,メモリ保護が必要な組込みソフトウェアをコンポーネントベースで開発するための技術,HR-TECS を提案した.また,HR-TECS を実現するために,メモリ保護機能を持ったリアルタイムOS,TOPPERS/HRP2 カーネル(HRP2 カーネル)を提案した.そして,評価実験により,HRP2 カーネルやHR-TECS を⽤いたことによってアプリケーションソフトウェアに⽣じる実⾏時間のオーバヘッドが⼩さく,かつ,予測が可能であること,メモリ使⽤量のオーバヘッドが⼩さいことを⽰した.

 2つ⽬の研究では,初期位相分布を考慮した,周期タスクの応答時間分布を解析する⼿法を提案した.本論⽂で提案する⼿法では,タスクの実⾏時間分布と初期位相分布を悲観的に離散化し,さらに,応答時間分布の終端部分に着⽬して数学的に解析することで,応答時間分布の解析時間を短縮した.そして,評価実験により,提案⼿法では,応答時間分布を悲観的に近似でき,かつ,⾼速に解析できることを⽰した.
 
 


提供するメモリ保護機能の概念図
 (2014年5月23日受付)
取得年月日:2013年12月
学位種別:博⼠(情報科学)
大学:名古屋⼤学



推薦文
:(組込みシステム研究会)


メモリ保護を考慮した組込みシステム向けのコンポーネント技術HR-TECS,および確率的応答時間解析手法を提案,評価した.いずれの手法も組込みシステム開発において重要かつ実用的な技術であり,国際学会ISORCに採択される等高く評価されている.よってここに推薦する.


著者からの一言


本研究を通じて,組込みシステム開発において考慮すべきさまざまなポイント,そのために⽣じる課題を知ることができ,⾮常によい経験ができました.また,実際のマイコン上で動作するOS などのソフトウェアを開発でき,オープンソースプロジェクトに貢献できたことに,充実感を覚えています.今後も組込みシステム分野の技術の発展に貢献していきたいです.