環境に設置したWi-Fi機器を用いた導入容易な屋内コンテキスト認識手法

 
尾原 和也
日本電信電話(株)コミュニケーション科学基礎研究所 研究員
 
キーワード
屋内コンテキスト認識 Wi-Fi電波 機械学習

[背景]Wi-Fi電波でコンテキスト情報(ユーザの状況)を推定

[問題]コンテキスト認識システム導入には大きなコストが必要
[貢献]Wi-Fi環境があればすぐにコンテキスト認識可能に


 本研究では,ユーザに負担をかけずにユーザの位置や周辺の状況といったコンテキスト情報を収集することができる社会を目指している.そのために本研究では部屋に設置されたWi-Fi機器で送受信されるWi-Fi電波を用いて,導入が容易なコンテキスト認識手法を提案している.

 屋内環境におけるコンテキスト情報は空調制御等のホームオートメーションや独居高齢者の遠隔見守りシステム等のさまざまな分野への応用が期待されている.これまで屋内コンテキスト情報の収集はカメラによる撮影や専用のセンサを設置することで実現されてきた.しかし,カメラによる撮影はプライバシーを侵害したり,撮影されることへの嫌悪感があるという問題がある.また,専用のセンサは高価であったり,設置・管理するコストがかかるという問題がある.そこで本研究ではWi-Fi電波を用いた屋内コンテキスト認識技術に注目している.Wi-Fi電波は人の動きや環境の変化によって伝搬に変化が生じるため,部屋に設置されたWi-Fi機器で送受信されるWi-Fi電波の変化から機械学習技術等を用いることでコンテキスト情報を推定することができる.Wi-Fi電波を用いたコンテキスト認識は,安価なWi-Fi機器やすでに部屋に設置されているWi-Fi機器を利用できるため,導入時の費用が安く,カメラ等と比べプライバシーに配慮したコンテキスト認識を実現できる.

 本研究では,ユーザの屋内における位置とドアの開閉状態等の日常物の状態という2種類のコンテキスト情報に対して,屋内に設置したWi-Fi機器を用いた導入容易なコンテキスト情報の推定技術を提案した.

 既存のWi-Fi電波を用いた屋内位置推定手法では,あらかじめ各環境においてWi-Fi電波の電波強度情報とユーザの位置を対応付けた学習データが必要であった.しかし,ユーザの位置情報を入力するのには大きな手間がかかり,位置推定システム導入の大きな障害となっていた.そこで,本研究では他環境から学習データを転移する手法を提案し,位置推定を行う環境における学習データ取集コストを削減した.

 日常物の状態推定において,各日常物の操作によるWi-Fi電波伝搬への影響が混合して観測される.そこで本研究では,音源分離に用いられる独立成分分析によって混合信号を各日常物の操作による影響に分離し,深層学習技術を用いることでWi-Fi電波の伝搬情報から有用な情報を自動的に抽出した.また,日常物の中でもドアに注目して,Wi-Fi電波の伝搬情報からドアの動きや方向に関する情報を推定し,教師なし機械学習技術を用いてドア開閉時の時系列パターンを抽出することで学習データ収集コストを削減したドアの開閉検知手法を提案した.

 本研究の発展によってWi-Fi電波を利用できる環境であれば,すぐにコンテキスト認識を行うことができるようになる.


 


(2019年5月29日受付)
 
取得年月日:2019年3月
学位種別:博士(情報科学)
大学:大阪大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


本博士論文では,今や一般に広くしているWi-Fiの電波情報を用いて,ユーザのコンテキストを認識する手法を提案している.既存の多くの手法は,身体などの対象物にセンサを添付することを前提としていたが,提案手法では人の歩行行動などが引き起こす電波の乱れの情報等を用いることで,導入容易な認識を実現している.


研究生活


私が取り組んでいたWi-Fi電波を用いたデバイスフリーパッシブな(対象に機器を付けない)コンテキスト認識は反射波や遮蔽による影響を考えるため直感的なモデル化が難しく,また市販のWi-Fi機器を用いためハードウェア上の限界があり,もどかしい気持ちになることが多々ありました.最近はWi-Fi電波を使ったコンテキスト認識の研究の数も多くなり,それぞれの論文を読むと三者三様の解決策があり,また研究生活を通してさまざまな分野の研究を見聞きすることで,多くのアイディアをもらえました.最後に博士前期課程からお世話になりました松下康之教授,5年間親身にご指導くださった前川卓也准教授,研究生活を支えてくださった研究室のメンバに御礼申し上げます.