知識創造活動過程で揮発する知識断片の収集とその活用に関する研究

 
生田 泰章
サイボウズ・ラボ(株) ソフトウェア・エンジニア
 
キーワード
知識創造活動支援 知識活用支援 HCI

[背景]知識創造活動のプロセスで生成される「揮発知識断片」の存在

[問題]「揮発知識断片」の活用可能性の未検証
[貢献]文書作成時とブレインストーミング時の「揮発知識断片」の収集と活用可能性の実証


 今日の知識社会において,いかに知識を創造するか,いかに知識を活用するかということは非常に重要な問題である.従来から知識工学やナレッジマネジメント等の研究分野で,知識を有効に(再)活用することを可能とするための各種技術が研究開発されてきた.これらの従来技術で利用対象としてきた知識資源は,論文や技術資料などのような,完成された最終成果物であった.一方,これらの最終成果物を生成する過程で,推敲のような試行錯誤行為等によって,いったん生成されたにもかかわらず,何らかの理由で最終成果物には取り入れられず棄却される知識断片が生じる.このような,最終成果物に反映されない知識断片は,従来はただ単に棄却されて揮発し,顧みられることがなかった.そこで,本研究では,この揮発する知識断片を「不用知」と「不要知」の2つに大別し,それぞれを収集し,活用可能性を有するかどうかの検証を行った.

 不用知は,知識断片としていったんは表出化したものの,人間が成果物としては使用しないと判断して棄却することで最終的に揮発してしまう知識断片を指す.本研究では,文書作成活動時に生成される不用知について検討を行った.文書作成における不用知とは,文書作成時にいったんは執筆したが,最終的に不必要と判断されて完成形の文書には採用されなかった単語,文などの棄却文章断片である.本研究では,まず,通常のテキストエディタを用いて棄却文章断片を収集する実験を行い,有用な棄却文章断片を収集するための要件を明らかにした.次に,この要件を満たす新たな文書作成支援システム Text ComposTer を考案・実装した.ユーザスタディを実施した結果,本システムを用いることで活用可能性の高い棄却文章断片を効率的に収集できることを明らかにした.また,収集された棄却文章断片は,別の文書作成活動での構想・構成時に特に有効に活用されることを示した.

 不要知は,知識断片として人間の頭の中では生成されたが,表出することすらなく揮発してしまう知識断片を指す.本研究では,ブレインストーミング(アイデア創造活動)時に生成される不要知について検討を行った.ブレインストーミングでは,アイデア生成の阻害になるとして,アイデアに対する批判が禁止されている.そのため,たとえアイデア生成者が批判を思いついたとしても,その批判は表出することなく揮発していた.しかし,批判にも効用があることが知られている.つまり,この批判がブレインストーミング時の不要知の1つである.そこで,別のグループがアイデア生成者らに知られることなく生成された各アイデアに対してリアルタイムに批判が可能な電子ブレインストーミングシステムCriticism Climberを考案・実装した.本システムを用いることで,批判によるデメリットを回避した状態で,批判を揮発させずに収集可能にした.また,ユーザスタディによって,この批判をアイデアの改善に有効に活用可能であることを実証した.

 本研究によって,これまでまったく顧みられることがなかった揮発する知識断片の活用可能性の一端を明らかにした.


 

 
(2019年5月31日受付)
 
取得年月日:2018年12月
学位種別:博士(知識科学)
大学:北陸先端科学技術大学院大学



推薦文
:(ヒューマンコンピュータインタラクション研究会)


論文執筆などの新規な知識の創造過程では,作成されたものの最終成果物には採用されず,単に消失する揮発知識断片が多数生じる.本研究は,これまでまったく活用されてこなかった揮発知識断片の有用性に着目した点で画期的であり,それらを活用可能とする技術を実現している点で,知識創造社会発展への多大な貢献が期待される.


研究生活


修士課程での技術移転活動の経験や特許事務所での勤務経験から,知識がうまく活用されない現状がもったいないと思い,研究としてアプローチできないかと指導教員の西本先生を訪ねたことがきっかけでこの研究はスタートしました.勤務していた大阪の特許事務所を思い切って退職し,石川に移住して始まった博士課程生活の3年間は,非常に充実したものでした.もちろん楽しいことばかりではなく,実験がうまくいかず,研究成果がうまく出せないなどの苦しい時間もありました.しかし,自分が課題に感じている事象の解明に向けて,そのことだけに集中できる環境に身を置くことができたことは,非常に幸せでした.このような快適な環境を整えてくださった西本先生には,この場を借りて改めて御礼申し上げます.これからも,「目に見えないもったいなさ」に目を向け,そのもったいなさを1つでも多く解消すべく研究を進めていこうと思います.