磁界共振結合型無線電力伝送における高効率なシステム設計に関する研究

 
成末 義哲
東京大学 助教

[背景]電子機器の普及とユーザに対する充電の負担増加
[問題]室内環境に向けた無線電力伝送システムの実現
[貢献]実環境を想定したシステム設計手法の確立


 我々の生活は数多くの電子機器によって支えられている.電子機器の普及が進むにつれて,ライフスタイルは大きく変貌してきた.その一方で,電子機器の数が増加するに従い,我々に対するある種の負担が無視できなくなった.それは電力供給である.

 我々の生活空間は電力供給用のケーブルで溢れている.無線通信が実用化され,ほとんどの情報端末に組み込まれた今でさえ,ケーブルは依然として我々の生活空間を占拠している.近年ではバッテリーを内部に有する電子機器も増加し,一時的にケーブルから切り離された状態で使用することができるようになったが,その代償としてバッテリー充電の手間をユーザが担うようになった.これから先,バッテリー駆動の電子機器が増え続けた場合,それはユーザである我々にとって抱えきれないほど大きな負担となることは想像に難くない.

 この問題を解決する糸口が無線電力伝送である.無線電力伝送はその文字通り,無線で電力を送り届ける技術である.その起源はHeinrich Rudolf HertzやNikola Teslaの実験にあり,すでに100年以上の歴史を有する.近年,無線電力伝送は大きな盛り上がりを見せているが,再度火をつけるきっかけとなったのは2007年にマサチューセッツ工科大学の研究グループから発表された共振現象を利用した無線電力伝送である.送受電器として共振器を用いることにより,1mの距離を約90%の効率で伝送可能であることが示され,現在では電気自動車やモバイル機器の充電など,さまざまな応用が検討されている.しかし,当初発表された際のシステム構成は,通信用のRF電源に送電器を接続し,受電器には直接負荷が接続された必要最低限の要素から成るものであった.ゆえに,実用化に向けては,依然として解決すべき課題が数多く存在する.

 このような背景のもと,本研究では,機器やユーザをケーブルから解放すべく,室内給電無線化に向けた無線電力伝送システムに関して検討を行っている.電気自動車への無線給電などと比較するとより広い空間をカバーしなければならないだけでなく,人体やさまざまな物質が存在すること,および突発的に機器が移動する可能性があることを想定してシステムを設計する必要がある.よって,人体防護や電磁両立性維持のための漏洩電磁界低減対策が必須であることに加えて,動的に変化する環境下においても所望の電力を高効率に給電可能なシステムを構築しなければならない.

 そこで本論文では,以下に示す4つの手法により解決を図った.
  1. 直線状マルチホップ給電と電流分布に着目した平面状共振器アレイによる給電範囲の拡大
  2. 漏洩電磁界低減のためのアンテナ理論に基づいた共振器構造と電流の向きに着目した共振器の高性能化
  3. 出力電圧安定化と伝送効率最大化を同時に実現するための四端子回路網に基づいたシステム設計手法
  4. 負荷変動や周辺環境の影響を低減するための,電子制御可能かつ大電力動作可能なD級インバータを応用した連続可変リアクタ
 これらの手法は,安定した出力電圧を確保した上で,環境変化に強く,人体に対して安全かつ広範囲な空間に対して高効率な無線電力伝送システムの実現に資するものであると考えている.

 

 
 (2016年5月31日受付)
取得年月日:2017年3月
学位種別:博士(情報理工学)
大学:東京大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


情報機器の無線給電を可能にする方式の一つである電磁界共振結合方式について,従来の要素技術個別の最適化とは異なる視点で無線電力伝送システムとしての全体最適化を意識した要素技術の設計技法を開発した.実世界での利用を可能にする重要な課題を扱い解決方針を示した研究で実用性とともに将来性が高い.


著者からの一言


学部4年から博士課程卒業まで6年間に渡りご指導賜りました浅見徹教授,川原圭博准教授をはじめ,多くの方々のお力添えをいただき,博士論文を執筆することができました.深く感謝いたします.無線電力伝送の発展に少しでも貢献できますよう,理論面だけでなく実用化技術も含めて,総合的な研究を行っていきたいと考えています.