A Methodology for Information Overlay on Physical Objects for Adaptive Visualization in the Real World

(邦訳:実世界における適応的な情報提示のための実物体を用いた情報重畳方式に関する研究)
 
阪口 紗季

東京大学大学院情報学環 特任研究員

[背景]情報提示技術の進歩による情報提示手法の多様化
[問題]実世界上の情報過多が環境からの情報取得を阻害
[貢献]情報過多の緩和に貢献する情報提示の方法論を提唱
 
 ポスターや看板,ディスプレイなどのメディアが街中の至る所に設置されるようになり,実世界には多様な情報が提示されるようになった.これにより,我々は多くの情報を取得可能となった反面,我々の視界は常に多くの情報にさらされるようになり,実世界は情報過多となっている.実世界における情報過多は具体的に,有益な情報が他の情報に紛れて見つけづらくなる,景観や物体の美観を損なう,情報を解釈するのに負荷がかかるといった問題を引き起こすことが懸念される.これらは,看板や画面などのメディアを乱立させることや,個々のメディアから情報を強調的に提示したり,多くの情報を提示したりすることが原因として考えられる.

 本研究では,このような実世界上の情報過多の問題の解決策として,実物体を介した適応的な情報提示手法の実現をゴールとし,実物体に情報を重畳する手法を提案する.この提案手法では,情報提示のみを目的としたメディアを設置するのではなく,情報伝達を介在する実物体に情報を重畳することによって,特定の意味を付与する.すなわち,実物体としての外観やテクスチャなどの機能を持ちながら情報を包含するオブジェクトを作成し,ユーザには実物体としての機能を使用すること,もしくは実物体が包含する情報を取得することを適応的に選択することを可能にする.

 本研究では,この提案手法について,(1)情報秘匿:実物体に,普段は視認できないように情報を重畳する,(2)情報馴致:実物体の表面に,テクスチャに馴染むように情報を重畳する,(3)情報剪定:実物体に,別の単純化された情報を重畳するといった3つのアプローチについて,ケーススタディを基に検証を行った.(1)情報秘匿のケーススタディとして,実物体の中に埋め込まれた情報を,影の中にだけ視覚化することができるシステムを実装した.このシステムでは,実物体に対して普段は視認できないが,ある特定の条件下でのみ,隠された情報が視覚化されるような,適応的な情報提示の仕組みを実現できる.(2)情報馴致のケーススタディとして,毛皮の中にディジタルな情報を提示するディスプレイを実装した.このディスプレイでは,実物体もしくは実環境の物理的な素材に調和して緩やかに情報が提示されるような適応的な情報提示の仕組みを実現できる.(3)情報剪定のケーススタディとして,複雑な形状を持つ物体である電子部品の外観を箱庭に見立てることによって単純化し,電子工作に興味を持たないユーザでも親しみやすく扱いやすい電子工作体験ツールキットを実装した.このツールキットでは,実物体が持つ情報を削ぎ落とすような,適応的な情報提示の仕組みを実現できる.

 これらのケーススタディによって,実物体に情報を重畳し,適応的に情報を提示することが可能であることが確認されたことから,提案手法は実世界における情報取得を円滑化する情報提示方式として有効であることが示唆された.

 

(2017年5月27日受付)
取得年月日:2017年3月
学位種別:博士(情報学)
大学:関西大学大学院



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本論文では,実世界上での人と環境とのインタラクションの観点から,その環境の情報過多を解消するための方策を提案し,ケーススタディを通してその有用性を示している.実物体や環境を介した情報提示手法を工夫することによりユーザの視界に入る情報量を制御する点に独創性があることから,推薦に値する.


著者からの一言


趣味でやっていた切り絵や手芸から着想を得て始めた研究を,博士論文の研究にまで発展させることができ,自分の好きなことで結果が出たことに喜びを感じました.私の興味や関心と向き合ってくださった松下先生には心から感謝申し上げます.論文執筆にあたっては,主査・副査の先生方よりご指導,ご鞭撻を賜りましたこと,深く御礼申し上げます.今後も学生時代に取り組んできた研究を基盤として,新しい環境でも発展させていけるよう精進します.