価値観に基づくユーザモデルを用いた情報推薦システムに関する研究

 
服部 俊一
電力中央研究所 特別契約研究員

[背景]ユーザの意思決定を支援する推薦システムの普及
[問題]評価や意思決定の背後にある特性が考慮されていない
[貢献]価値観のモデル化と推薦システムにおける活用


 本研究では価値観に基づくユーザモデルを作成および活用することで,ユーザが持つ価値判断に合致した情報推薦を実現する手法を提案する.

 嗜好や行動に基づいてアイテムや情報を提示する推薦システムは,ユーザの意思決定を支援する技術として広く活用されている.その一方で,新規にシステムの利用を開始したユーザに対して適切な推薦を行えないcold-start問題が知られている.また,推薦システムの代表的な手法である協調フィルタリングなど,ユーザが付与した評価値を利用する手法では低評価あるいは高評価のアイテムに対して平均値の影響を受け,適合率が低下するという問題も指摘されている.これらの問題は,多くの従来手法が直接的な嗜好のみを用いており,評価や意思決定の背後にあるユーザの特性を考慮していないことが原因と考える.そこで本研究では,ユーザの意思決定と密接にかかわる要素として価値観に着目した.

 価値観はさまざまな分野で広く活用されている概念であり,人々の嗜好や意思決定に影響を与えるとされている.心理学やマーケティング分野で主流となっている手法では,パーソナリティやライフスタイルなど嗜好と関連の弱い要素を用いているものが多く,作成したモデルと嗜好の関連を見出すことは困難である.一方,Webインテリジェンス分野においては,アイテムの属性に対する効用を用いた手法などが提案されている.これらの手法はより嗜好と関連の深い要素であるものの,効用の判断基準となるのは利用者の経験や勘であったり,膨大な評価情報を必要とする推論であったりすることからその用途は限定的である.

 本研究では,価値観をアイテムの属性に対する「こだわり」の強さと定義し,それをモデリングすることで上述の問題解決を実現する.従来手法ではアイテムそのもの,もしくはその属性がとる値(映画であれば出演俳優の名前など)に対する嗜好を用いるが,提案手法ではアイテムの属性が総合評価に与える影響度を価値観としてモデリングし,推薦に活用する(図参照).ユーザが強いこだわりを持つ属性ほど,その属性に対する評価は安定してユーザの意思決定に影響していると考えられる.評価実験では,強いこだわりを持つ属性はそれ以外の属性よりも少数の評価情報からモデリング可能であることを示した.加えて,低評価あるいは高評価のアイテムはユーザのこだわりが評価に強く反映されていると考えられるため,これらのアイテムを対象とした場合において,提案手法は従来手法と比較して高い適合率で推薦が行えることを示した.

 本研究で得られた成果により,ユーザの嗜好と関連の深い価値観のモデル化およびその活用が可能となり,従来の推薦システムにおける問題の解決,およびユーザの価値判断に適合した意思決定の支援が実現可能である.


 

 (2015年6月8日受付)
取得年月日:2014年9月
学位種別:博士(工学)
大学:首都大学東京



推薦文
:(数理モデル化と問題解決研究会)


本論文は,価値観をアイテムの属性に対する「こだわり」の強さと定義し,これをモデリングする手法,および構築したモデルを情報推薦システムで利用する手法を提案し,評価実験により有効性を評価している.提案手法は情報推薦・フィルタリングの適用範囲を拡大するものであり,この分野の発展へ寄与することが期待できる.
 


著者からの一言


ビッグデータという言葉の流行が示すように,Webにおける利用履歴や属性情報は工業における石油にたとえられるほど重要な資源となり,企業は日々発生する情報を収集・活用することに腐心しています.その一方で膨大な情報を保持することの問題も多く,少数の情報を効果的に活用する手法を今後も模索していきたいと考えます.