モジュール型有・無線統合通信システムエミュレータの実装と評価

 
眞野 浩
コーデンテクノインフォ(株) 代表取締役

[背景]電波を輻射せず通信システムの実時間評価をしたい
[問題]複雑性,即時性,再現性,スケーラビリティの確保
[貢献]無線工学系と情報処理系の融合

 本研究の目的は,高度情報化社会を支える重要基盤となる有・無線統合システムの評価技術に関し,無線通信システムを構成する機能要素をモジュール化する新しい概念による評価システムを提案・開発し,有効性を実証することである.

 電波利用の急速な増大により,電波資源の効率利用,共用技術の確立が,国際社会共通の喫緊の課題となっている.増加する需要と多様化する用途に対応するため,通信システムは,無線に閉じたシステムから,有・無線ネットワークにより複数の構成要素が接続される高度で複雑な開いたシステムへと移行しつつある.一方,共用技術では,同一の周波数資源を複数の異なる無線システムが空間軸,時間軸,周波数軸で多元的に共用する試みが始まっている.

 これら新しいシステムの開発には,初期段階からシステム全体の総合評価が必須であるが,これまで無線工学系と情報処理系の独立した単位での実験や計算機シミュレーション,実電波を用いたフィールド試験に頼らざるを得なかった.しかし,無線工学系評価は,主に伝送路評価に重点が置かれ,アプリケーションからの総合評価が困難である.また,情報処理系評価は,プロトコルやアプリケーション層の評価に重点が置かれ,無線空間で発生する干渉等による影響評価は,極端に抽象化された条件に限定され,実時間評価を有・無線統合システム上で行う事が困難であり,現実と乖離しがちである.この結果,従来の総合評価は,試作開発後に実施するフィールド試験等の実証的手法に依存し,法規制,時間的・経済的非効率性,網羅性,再現性に根本的課題がある.

 本研究は,実電波を発する事無く,複雑な有・無線統合システムの実時間評価を可能にするエミュレーションシステムを初めて提案するものである.本研究では,このエミュレーションシステムにより,新世代ネットワークを構成する多岐,多様な通信システムを統合的に評価可能なテストベッドを実現した.ここでテストベッドとは,繰り返し利用できる再現性があり,特定の要素技術に限定されない評価環境である.本研究ではその要求条件として,1)現実に近い複雑性を備えること,2)即時性があること,3)再現性があること,4)スケーラビリティがあることを定義し,提案手法がこれらに合致していることを,実装,実験評価及び机上検証により行った.

 本研究では,実際に無線LAN通信システムを構築し,異なる周波数,変調方式の干渉特性を測定し,従来の計算機シミュレーション及び実電波を輻射する高周波回路による実験的手法との評価結果を比較した.

 この結果,提案手法を用い電波を発する事無く,実時間で外部システムと連動し,法規制,利用環境等に依存しない汎用的テスト環境を実現することが実証された.

 本研究は,従来乖離していた無線工学系評価と情報処理系評価を連携させ,より実証的な評価を実施可能とする.これにより実証試験に近い評価を,開発初期から再現性をもって行う事が出来,フィールド試験の実施回数を大幅に削減し,時間,経済性を改善可能となることを示した.

 本研究は,新世代無線ネットワークの開発に大きな波及効果を持つ他,極限条件のシステム予測や,脆弱階層抽出など,実電波を使ったテストが困難な条件での評価も可能とする.加えて実空間と提案システムを結合させ,システム導入後に発生する様々な障害解析の効率向上も期待できる.さらに,提案システムによる干渉性能評価結果を計算機シミュレータの抽象化モデルに再利用可能となる.

 本研究成果は,IEEE802.11等の標準化における共有評価基盤として提案し,その利用を期待する多くの賛同を得た.

 
 

 (2015年6月10日受付)
取得年月日:2014年9月
学位種別:博士(工学)
大学:山梨大学



推薦文
:(モバイルコンピューティングとユビキタス通信研究会)


本論文では,高度情報化社会を支える基盤整備として今後ますます重要となる有・無線統合システムの評価技術に関して,無線伝搬エミュレータを中心に,システムを構成する機能要素をモジュール化した新しい概念のもとに,評価基盤システムを提案,実証しており,高く評価できる.


著者からの一言


実務から学術研究へというアプローチは,単に過去の業績のとりまとめではなく,新しい技術や課題への挑戦だった.この取り組みに,年齢は大きな障壁ではなく,むしろ研究課程は,アンチエイジングにも利する.ぜひ,多くの社会人にも,積極的に取り組んでもらいたい.