行動支援のための視線情報に基づく実世界指向インタフェースに関する研究

 
石黒 祥生
ディズニーリサーチ ピッツバーグ ポスドク研究員

[背景]人間の能力の拡張(Augmented Human)のための日常生活における眼球運動の計測
[問題]生活を阻害しない計測手段,眼球運動データを用いたインタラクション,及びライフログデータの利用法
[貢献]軽量な装着型視線認識装置の実現と長時間記録


 日常生活において常に自然な状態で視線情報を計測可能であれば, 人が見ているものを常に知ることができ, 見ている対象,すなわち興味に基づくインタラクションが可能になる.本研究では,この実現のために従来の視線認識装置と比較し十分小さく軽量であり,日常生活を阻害しない装置を実現し,さらにその装置を用いたライフログや行動支援などのインタラクションに関する研究を行なった.

 従来の視線認識装置は,限られた実験環境において高速高精度で計測することを目的として設計され,人間の眼球運動に関する多くの基礎的知見を獲得してきたが,一方でこれらの知見が実際の生活環境でも同じなのか,また得られた知見を活かすことはできないか,というような疑問や要求がある.このような背景から限定した環境での実験から生活環境での利用へ移行することが今後の眼球運動に関する研究の挑戦的な分野であり,そのための計測装置が必要不可欠であると考える.装着型視線認識装置もあるものの,センサを眼前に配置したり,見た目の違和感が大きいなど,生活に溶け込むまでには至ってはいない.

 そこでまず,本研究では赤外反射フィルタと可視光遮断フィルタを装着した小型カメラによる視線認識装置を試作し, 誤差 1.49 度(標準偏差1.04)で 30Hz,装着部の重さが 36gという従来利用されていた装置の約半分の重量,さらに眼前には透明な赤外反射フィルタのみという構成を実現した.

 この装置と画像処理などの認識技術を組み合わせることで,細かく見ている対象を知ることが可能になった.たとえば,複数対象の中から興味の対象を認識することができる.そこで,視線情報を用いた展示ガイドシステムを作成した.視線情報利用によって見たものに基づく解説が可能となり,実際に従来のガイドシステムとの比較実験を行い,分かりやすさや操作性に影響することを明らかにした.また,リアルタイム処理されたデータを記録することが可能であり,ライフログとしての利用の検討も行なった.ライフログは記録技術が発展しても,効率的に閲覧できなければ価値を損ねてしまうという問題がある.そこで,眼球運動からわかる人の注視や,読みなどの目の動き,瞬目などの情報を組み合わせたシーンの抽出手法により,ライフログデータの閲覧性を高める手法を提案,評価を行なった.

 さらに,携帯端末などの普及により,画面に注視しながら駅のホームを歩くなどの行動によって接触事故が増加傾向にあるといった報告がされるなど,社会問題になりつつある.そこで,視線情報と視覚特性を利用することで,フィードバック時に視界を妨げない視覚フィードバック手法の研究を行い,中心視野と周辺視野という人間の視覚特性の違いを利用することで,視界を阻害しない情報提示の提案と評価を行なった.

 このように,本研究では常用可能な視線認識装置を実現することで,日常生活における行動支援において視線情報を利用可能にし,視線情報を利用することで,提示情報がより理解しやすいなどの利点を実験により確認するとともに,日常的に記録することで,ライフログデータに対するシーン抽出へ応用を行なった.さらに視線情報と視覚特性を利用することで,行動を阻害しない情報提示を実現する,という視線に基づく行動支援を実現した.

 

 
 (2013年6月14日受付)
取得年月日:2012年10月
学位種別:博士(学際情報学)
大学:東京大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


視線に基づく行動支援に関する研究である.メガネ型の視線計測装置を開発し注目対象の認識と記録を実現した.また,視線特性を利用することで,行動を阻害しない情報提示手法を可能にした.日常生活の中で常用可能なインタフェースの提案と,利用シーンにおける詳細な評価が報告され,ユビキタスコンピューティング研究に大きく貢献した.


著者からの一言


細かな部品加工の際に昔は読めていたICチップ上の微細な文字が読めず,ふと自分の年齢を意識したことが印象深く残っています.一方で,そのような時間を,ご指導頂いた先生方や共に研究生活を送った先輩後輩と過ごせたことは,私にとってかけがえのないものです.これからも人々の夢や希望になれるような研究を目指し,奮励努力していく所存です.