ゴール指向要求分析における形式的ゴール選択方法の構築

 
佐藤 慎一
東京工業大学 特別研究員

[背景]ゴール指向要求分析において形式的ゴール選択方法が未確立
[問題]ゴール選択において考慮すべきコンフリクトが存在
[貢献]ゴール選択基準間のコンフリクトを考慮に入れた形式的ゴール選択方法を構築

 情報システム開発プロセスの最上流工程である「要求分析」は,要求工学の立場からは,4つの段階を繰り返すことで行われる.本研究の研究対象は,その最初の段階「要求獲得」である.要求工学には,種々の技術が存在するが,本研究では,そのうちの1つ「ゴール指向要求分析」に基づいて,形式的な要求獲得方法論を確立することを研究目的としている.この研究目的を達成するための第一歩として,本博士論文では,ゴール指向要求分析における種々のコンフリクトを考慮に入れた形式的なゴール選択方法の構築を研究目標とした.本博士論文では,種々のコンフリクトのうち,主に「ゴール選択基準間のコンフリクト」を考慮に入れた上で,形式的に要求獲得する方法を構築することに成功し,研究目標を部分的に達成することができた.

 ゴール指向要求分析では,これから開発する情報システムが達成すべき目標をより具体的な目標に分解していき,最終的に情報システムで実現可能な目標まで分解されたら,その目標が要求と見なされる.個々の目標は「ゴール」と呼ばれる達成された状態であり,自然言語で記述されることが多い.最初に設定するゴールは「初期ゴール」と呼ばれ,複数設定可能である.分解元のゴールは,「親ゴール」,分解先のゴールは「子ゴール」と呼ばれ,子ゴールを持たないゴールは「最終ゴール」と呼ばれる.ゴール指向要求分析では,初期ゴールを達成するために最適な最終ゴールを要求として獲得する.本博士論文では,このことを「広義のゴール選択」と定義した.

 広義のゴール選択を行うための形式的な方法は,著者が知る限りにおいて未だ確立していない.そこで,本博士論文では,ゴールグラフ中の1つの親ゴールとそのすべての子ゴールからなる部分ゴールグラフを「2階層-部分ゴールグラフ」と定義し,2階層-部分ゴールグラフにおいて,親ゴールの達成に最適な子ゴールを少なくとも1つ選択することを「狭義のゴール選択」と定義した.そして,広義のゴール選択を「ゴールグラフ中のすべての2階層-部分ゴールグラフにおいて狭義のゴール選択がなされること」として形式的に定義し,この定義に基づいて特定のゴール選択基準のもとで広義のゴール選択を行うことが可能なアルゴリズムgsl-dfsを提案した.

gsl-dfsは,狭義のゴール選択結果が一意に定まることを前提としている.しかし,複数のゴール選択基準を考慮する場合,ゴール選択基準によって狭義のゴール選択結果が異なる「ゴール選択基準間のコンフリクト」がある2階層-部分ゴールグラフでは狭義のゴール選択ができない.そして,ゴール選択基準間のコンフリクトを持つ2階層-部分ゴールグラフがゴールグラフ上に少なくとも1つ存在する場合,広義のゴール選択(要求獲得)ができなくなってしまう.そこで,ゴールグラフ上のゴール選択基準間のコンフリクトを持つすべてのゴールを検出するアルゴリズムccc-dfsを構築した.また,ゴール選択基準間のコンフリクトが存在する2階層-部分ゴールグラフに対して形式的に狭義のゴール選択が可能な「階層分析法に基づく形式的ゴール選択方法」を提案した.

 冒頭で述べた研究目標を部分的に達成する方法である「ゴール選択基準間のコンフリクトを考慮に入れた形式的ゴール選択方法」は,これら諸方法の集成によって構築された.
 


※既存文献からの引用図が含まれる
 
(2013年6月7日受付)
取得年月日:2013年3月
学位種別:博士(理学)
大学:東京工業大学



推薦文
:(ソフトウェア工学研究会)


本研究は,「ゴール指向要求分析に基づいて要求獲得を行う際に生じるさまざまなコンフリクトを考慮に入れた上で形式的に要求を獲得するための方法」を提案している.ゴール選択基準間のコンフリクトに着目している点がユニークである.本論文は,実用性のある研究として研究会推薦博士論文にふさわしいと判断する.


著者からの一言


4つの大学を渡り歩き,応用物理学から情報科学に転向し,博士課程入学後から現在の研究を始めました.石の上にも三年の博士課程研究において,土台となる石を探すところから始めたノマドも,なんとか自分の家を建てることができました.今後は,この家を拠点に「ソフトウェア工学最後のフロンティア」要求工学を開拓していきます.要求工学に特化した数理工学「要求数理工学」の確立を目指します.