日常生活に適したゆるやかなインタフェース


沖 真帆
公立はこだて未来大学 特任研究員

[背景]家庭環境に適するHCI設計手法
[問題]認知負荷と表現可能な情報量のバランス
[貢献]ユーザの平静状態を維持するゆるやかなインタフェースの提案


 ユビキタスコンピューティング(Ubicomp)の研究は,1990年代初頭に提唱されて以降,オフィスから家庭へと舞台を広げて盛んに研究がおこなわれてきた.Ubicompに適したHCI(Human Computer Interaction)としては,画面内の情報と実世界内の情報の連携不和を解消するためのGUIの拡張から始まり,実世界における人間の活動を支援する研究が積極的に進められている.こうしたUbicomp向けHCIの設計指針としては,ユーザの注意の在り方に焦点を当てて,注意の中心「Foreground」と周辺状況「Background」の2つの視点から議論されることが多い.たとえば前者の代表としてはTangible Interface, 実世界指向インタフェース,後者の代表としてはAmbient Display, Awareness支援などが広く知られている.しかし,Foreground なインタフェースは認知負荷が高い,Backgroundなインタフェースは表現できる情報量が少ないという問題点があった.

 本研究では,従来のForeground とBackgroundの中間領域に着目し,両者の特性を程よく併せ持つ「ゆるやかなインタフェース」を提案する.ゆるやかなインタフェースは,日常生活におけるユーザの平静状態を維持したまま,コンピュータの能力を活用したさまざまなサービスを提供することを目指す.ゆるやかなインタフェースの設計手法として,「簡潔性」「融通性」「情感性」という3つのコンセプトを軸として,日常生活を対象とした「イルゴール」「MediAlarm」という2つのアプリケーションを提案・構築する.

 まず,イルゴールは,センサで家庭内の人々の行動情報を取得して音で表現するシステムである.その際,オルゴールのメタファを取り入れたデバイスにすることで,シンプルな操作方法にて,オルゴールで思い出を振り返るようなおだやかな感覚で家族の様子を知ることができる.また,活動情報を要約し,理解しやすい音で表現することによって,短時間で家庭の雰囲気を知ることができる.

 MediAlarmは,音/光/振動/家電連携/SNS連携とそれぞれの強さを好きに組み合わせてアラームとして利用できる目覚まし時計型デバイスである.複雑なアラーム設定をプリセット化しておき,「起きたい度(起床の緊急度)」という主観的な軸に対応付けることで,毎日就寝前でも,目的のアラーム設定を容易に選択することができる.また,寝坊時の強力なアラームとして,SNS連携機能を備えている.これは,寝坊状況をSNSで公開し,友人/知人からメッセージを受けるとMediAlarmが連動して専用アラームが鳴ってユーザを起こす.他者に寝坊が知られる,そして他者から起こされているという社会的プレッシャーを利用して,起床効果を高めることを狙う.

 提案・構築したシステムを運用して得られた知見を基にして,本手法について考察し,その有効性や課題を検証した.

 



 
  (2013年6月15日受付)
取得年月日:2013年3月
学位種別:博士(理学)
大学:お茶の水女子大学



推薦文
:(ヒューマンコンピュータインタラクション研究会)


本研究は,日常生活で使われるユビキタスコンピューティングアプリケーションのための,HCI設計についての研究である.そこでは,「ゆるやかなインタフェース」が重要になると指摘し,2つのシステムの実装例に基づいてHCIを評価し設計指針を示した.ユビキタスコンピューティングにおけるHCI研究の1つの方向性を示した有意義な研究である.


著者からの一言


やわらかい発想に基づくものづくりを博士論文としてまとめるために,多くの議論・ご指導を頂いた先生方に深く感謝します.日常生活でのHCIの課題は定量化しにくい部分も多く,論文とする際に迷うことも多いと思います.本論文がそうした若手研究者にのためにお役にたてれば幸いです.