多言語用例対訳の収集および利用システムの構築に関する研究

 
福島 拓
静岡大学大学院工学研究科 助教

[背景]多言語間コミュニケーションの機会の増加
[問題]円滑な用例対訳の収集・利用の困難さ
[貢献]用例対訳の収集・利用環境の構築


 世界的なグローバル化により多言語間コミュニケーションの機会が増加している.しかし,多言語間での正確な情報共有が十分に行われているとは言い難い.この問題は,医療分野や緊急時などにおいて顕著に現れており,解決が求められている.多言語間コミュニケーション支援のために,正確な情報共有を可能にする一技術である用例対訳を用いた支援が行われており,用例対訳の作成も多く行われている.用例対訳とは,用例を多言語に翻訳した多言語テキストペアのコーパスである.前述のように,用例対訳の利用や作成に関する個々の研究は行われてきているが,用例対訳の収集および利用の両場面を考慮したシステム構築に関する研究は行われていない.このため,利用現場で求められている用例対訳が収集されなかったり,多言語特有の問題により収集した用例対訳が利用環境に提供できなかったりする問題が発生していた.そこで本研究では,用例対訳の収集・利用システムを実際に構築し,その上で用例対訳の収集と利用の両者を考慮した用例対訳収集利用環境の構築を行った.なお,本研究では医療分野を対象としているが,医療以外の分野への適用も可能である.

 図に本研究で提案する用例対訳収集利用環境を示す.本研究ではまず,用例対訳収集の基盤となるシステムとして,医療分野を対象とした多言語用例対訳共有システムの構築を行った.本システムでは,医療従事者や患者,通訳者や翻訳者を適切に関与させて用例対訳の作成を行う.また,システム利用者が相互に用例対訳の正確性評価を行うことで,正確な多言語用例対訳の収集を行っている.

 次に,用例対訳の収集環境と利用環境の間にある問題解決を行った.具体的には,(1)利用現場で暗黙的に求められている言葉を,自動的に用例対訳の収集システムに提供し,用例対訳の作成を促す機能の構築, (2)多言語間に存在する多対多関係を擬似的な一対一関係とする,用例対訳管理構造の検討と実装,の2点を行った.このことで,用例対訳の収集環境と利用環境の間で困難であったやりとりを可能とした.

 また,用例対訳は完全一致した文のみ翻訳が可能であるため,用例対訳利用時の自由度が低いという課題を抱えていた.このため,(1)用例対訳への類似文の付与,(2)用例対訳と機械翻訳との併用,の2つのアプローチから自由度の向上を目指した.類似文の付与では,用例対訳の利用システムを想定したプロトタイプシステムを構築した.試用実験から,用例対訳利用時の自由度の向上と用例対訳作成者の負担軽減が可能であることを示した.また,機械翻訳との併用では,多言語問診票の作成を行うWebシステムを構築した.試用実験から,用例対訳と機械翻訳を適切に併用することで,正確かつ自由度の高い多言語間コミュニケーションの実現可能性を示した.

 このように,本研究では従来行われてきていなかった用例対訳の収集環境と利用環境の両者を考慮することで,より適切な用例対訳の活用方法の確立を目指している.
 

 
 
 (2013年6月11日受付)
取得年月日:2013年3月
学位種別:博士(工学)
大学:和歌山大学



推薦文
:(グループウェアとネットワークサービス研究会)


本論文は,従来は連携が難しかった用例対訳の利用環境と収集環境の間を適切に連携可能とする手法に関する論文である.本論文では,多言語間で多対多関係にある用例対訳の解決手法,用例対訳の収集可能な多言語用例対訳共有モデルおよび応答用例対構築モデルを提案し,実利用システムによりその有用性を確認しており,本分野の発展に貢献した.


著者からの一言


この研究では,CSCWをはじめとして,データベースや自然言語処理などの内容を扱っており,さまざまな分野の研究者の方々にご指導をいただきました.また,実験参加者やシステム利用者なしでは成り立たない研究であり,ご協力いただいたみなさまには非常に感謝しております.今後も,分野を横断し,社会に貢献ができる研究活動を行っていきたいと思っています.