【1】手ごろな情報保障: 企業・大学にできること  手ごろな情報保障:  企業・大学にできること  日本電信電話株式会社 NTTサイバースペース研究所  織田修平 【2】概要  簡単に概要と流れを説明します.  大学や企業などの講義や会議,研修などにおいて,聴覚障害者に対しての情報保障を主催者,発言者側からできることを考えていきたいと思います.  まず背景として,聴覚障害者の特徴と基本的な情報保障について簡単に説明します.  次に課題として,企業,大学での情報保障の現状や課題を述べます.  そして提言として,主催者・発言者側ができることを考えていき,聴覚障害者への情報保障のポイントとその例をいくつかお話したいと思います.  最後にまとめ,ということで進めていきたいと思います. 【3】聴覚障害者の特徴  聴覚障害者の特徴を説明します.  聴覚障害といってもひとくくりにまとめることはできません.さまざまな聴覚障害者がいます.  例えば聞こえなくなった時期によります.生まれつきだったり,途中で聞こえなくなったりと.  また,聞こえの度合いにもよります.音を聞き取れる人もいれば,聞き取りにくい,あるいはまったく聞き取れない人もいます.補聴器を掛けてやっと聞き取れる人もいれば,聞き取れない人もいます.  聴覚障害者には,聴覚障害が元で声を出しにくい人もいます.一方で発話訓練によって声を出せる人もいます.  私の場合は,生まれつき耳が不自由で補聴器を掛けております.ただ,音は入りますが内容を聞き分けることができません.幼少のころからの発話訓練によって一応声が出せます.  このように様々な聴覚障害のタイプがありますが,共通して言えることは音声情報を得ることが困難,あるいは不可能であるということです.このことにより世の中の情報を得られず情報不足,コミュニケーション不足ともなります.  その為聴覚障害者は情報弱者とも言われています. 【4】基本的な情報保障  そこで,聴覚障害者の情報不足,コミュニケーション不足を補う基本的な情報保障には,手話通訳,要約筆記が一般的にあげられます.  これらは各都道府県に公的な派遣機関があります.手話通訳者,要約筆記者の養成機関もあります.  当然,派遣された人は通訳した内容を外部に漏らしてはいけない守秘義務を負います.  通訳費用は,個人で派遣依頼する場合は無料となりますが,企業や大学,学会で派遣依頼する場合は有料となります. 【5】企業・大学での情報保障の現状  これらを踏まえた上で,企業・大学での情報保障の現状をお話したいと思います.  理想として,やはり,企業における会議,研修,大学での講義,ゼミなどにおいて,聴覚障害者がいつでも自由に制限なく参加できるようにすることが理想であると考えます.  その意味から,通訳依頼を事前連絡せずともすべてに通訳がつくことが理想であると考えます.  しかしながら実際は,難しい面があります.  ひとつにはすべてには通訳がつきません.また,情報の欠落もおきやすいです.  そのような状況から,聴覚障害者にも精神的な負担を負うことになることがあります.  これらの3つの課題を詳しくお話したいと思います. 【6】課題1. すべてに通訳はつかない  一つ目の課題としてすべてに通訳はつかないことです.  これにはまずコストの問題が挙げられます.東京都の手話通訳の例にとりますと,基本的に1時間で1人当たり5,250円となります.また通訳者は1人ではなく基本的に20分交代制ですので,2人分請求されます.さらに派遣協会の最寄り駅からの交通費も請求されます.  これらを単純に毎日3時間必要だとすると,月に約46万円かかります.意外と結構な金額になります.  企業や大学側にしてみれば,社員を1,2人雇うような感じになってしまいます.  障害者を採用した企業には国からの補助費(障害者1人当たり71000円)などがありますが,活用されていない,あるいは金額的に少ないなどの問題があります.  また,理解が足りないという問題があります.例えば,社外に知られては困る内容のため,派遣要請できないというところもあるようです.先ほども述べましたが,通訳者には守秘義務があります.あることは理解しているが難しい,と言うところもあるようです.  最後に通訳者の不足が挙げられます.関東圏は通訳者の数が多いほうではありますが,通訳者の都合もあり,確保するのが難しい状況になる場合もあります.  特に地方に行くほど通訳者は少なくなる傾向にあり,学会も地方で行われた場合は,その専門性から通訳を断られることもあり確保することが難しいことがあります.また,通訳の依頼が集中して不足してしまうこともあります. 【7】課題2. 情報の欠落がある  ふたつ目の課題として情報の欠落がおこることです.  これは通訳者の技術もしくは経験のレベルが上げられます.例えば通訳をする際に,専門用語や方式などは要約せずに直訳して欲しいところを簡略してしまうことがあります.もちろん事前に通訳者との打ち合わせで直訳して欲しいと要望を出すことは可能ですが,発言者のスピードや話の内容が詰まっている状態では,簡略化されることもあります.  専門用語の問題も挙げられます.特に学会や大学,企業は専門用語が多くなります.通訳者がその分野を未経験である場合,逆に混乱させてしまうこともあり情報の欠落がおこることがあります. 【8】課題3. 精神的な負担  3つ目の課題として,聴覚障害者に精神的な負担がかかる場合があります.  この理由として,事前連絡の煩わしさが挙げられます.通訳確保の為に通訳依頼は早めに行うことが原則です.ですが,やはり直前まで参加可否を考えたい場合があるときは,煩わしく感じることもあります.このように考えることあまり正しくないかもしれませんが,少なからず参加の自由が妨げられています.  その一方で,参加への強制感もでてきます.通訳者配置をお願いしたものの,絶対に参加しなければならないというプレッシャーがかかります.  もうひとつ,申し訳ない気持ちが出てくる場合があります.例えば,30分とか10分の会議の為にいちいち通訳を要請する,お金がかかることはもちろん,途中キャンセルなども容易に出来なくなってしまいます.また周囲の人もキャンセルが できない状況になってしまい,プレッシャーを感じてしまうことがあるようです. 【9】現状,通訳者が派遣されない時  こういった課題から通訳者が派遣されない場合,  同僚や仲間などにパソコンや紙ベースで通訳をお願いすることがあります.当然プロではないのですべて通訳してもらえるわけではありませんし,出来る範囲でお願いしています.その場合,要点だけの場合もありますし,発言をすべて打ってくれる人もいます.このことから情報の欠落もおこりやすくなります.  なによりも同僚や仲間に負担がかかり,聴覚障害者側も申し訳ない気持ちが出てきやすくなります.  他の対処方法として,資料のみで理解することもありますが,これは訴求点やポイントを把握しにくい恐れがあります.  一番あってはならないのが,参加しない,あるいは我慢することです.何も知らないままでは,自立もできなくなってしまいます.聴覚障害者に限らず一般の人にも言えることで,こういうことはおこらないようにしたいと思います. 【10】(現状例) NTTクラルティ株式会社  現状例として,NTTクラルティ株式会社の会議の様子を載せます.  NTTクラルティは,昨年4月にスタートしたNTTの特例子会社です.聴覚障害の方,視覚障害の方,車椅子の方などが働いております.  そこでの会議に参加させていただきました.  机を中心に8名の会議参加者がいます.向こう側2名が聴覚障害の社員です.彼らのそばにLANでつながれたモニタがありそこに会議参加者の発言が表示されます.会議参加者の発言はその向かいにいる健聴の社員がパソコンに打ち込んでモニタに流しています.  私はこの時の様子をみてパソコン通訳をしている社員が一番負担が掛かっていて大変だなと思いました.  また聴覚障害社員は,この通訳担当の社員に対していつも申し訳ないと思っているようです.当の通訳担当の社員は大丈夫とのことですが,出張などで自身がいないときの方を心配することもあるようです.  実際,私も職場の会議でも同じような形態をとっておりますが,本当に大変だと思ってしまいます.逆にあまり内容を打てなくて申し訳なかったと言われることもあります.  結局のところ双方に心理的に負担が掛かってしまいます. 【11】提言: 主催者,発言者側ができることを考える  こういった現状から主催者,発言者ができることを皆様と一緒に考えていきたいと思います.  当然ながら手話通訳,要約筆記などの通訳の配置は大前提です.誤解のないようにしていただきたいのは,通訳がなくても大丈夫だということではありません.双方にとって良いのは通訳の配置だと考えます.  しかしながら,これまでのように諸事情によって通訳を配置できない場合もあります.  事情があるならやむをえないと我々聴覚障害者も理解はしますが,これで仕方がないと諦めていただく前に,聴覚障害者のよりスムーズな情報獲得の為に主催者,発言者が出来ることはないか考えていきたいと思います. 【12】聴覚障害者への情報保障のポイント  聴覚障害者への情報保障の3つポイントを私なりにお話したいと思います.  まず一つ目は視覚情報は多いほど良いということです.発言内容を少しでも視覚化してあれば,その分聴覚障害者も通訳者も理解しやすく,負担も軽くなります.  二つ目に非視覚情報は視覚情報へということです.例えば,資料に載っていない情報を口頭で話すことがあります.ここが重要である場合もあります.これを何らかの方法でわかるように伝えられると良いです.特に雑談レベルでも意外な情報が隠されていることがありますのでなんらかの方法で伝えられるとよいです.また,発言しているところはどこかをわかりやすく示すのもひとつです.  三つ目に事前に情報を提供するということです.聴覚障害者に限りませんが,事前に情報があるだけでも当日の心構えは変わってきます.  これらの3つのポイントを留意してすすめていただければ,少しでも情報保障は向上できると確信します. 【13】パワーポイントスライドを活用  主催者,発言者が出来ることを例を考えます  例えばパワーポイントのスライドを活用します.  スライドの文字は出来るだけ多くすることが望ましいですが,学会発表でもわかりますように通常スライドは文字を少なくという慣例があります.また文字ばかりだとかえって見にくくなることもあります.このあたりのバランスを取りながら文字を多くすることが考えられます.  スライド発表時は,現在発言しているところを示すとわかりやすくなります.アニメーションの機能はかなり良いと思います.また補助者がレーザーポインタなどを使って示すのも良いと思います  スライドにない重要な口頭情報はなんらかの方法で伝えられると良いです.その部分だけだれかに要約筆記してもらう方法もありますし,発言者自身でキータイプする方法もあります.  ノート機能を活用する方法.先ほど坂根先生が発表されたシステムのように,ノートに発言内容を書いて,スライドとは別に表示することも考えられます. 【14】ホワイトボードなどを活用  ホワイトボードや黒板,紙などの活用もあります.  発言者は発言しながらキーワードや重要ポイントをホワイトボードに書く.こうすることによってキーワード,重要事項が把握できます.また発言箇所も把握できます.  物事のフローを図式化するのも良いと思います.物事の流れを把握することができます. 【15】音声認識を活用  音声認識の活用も考えられます.  現状では認識精度,誤変換の問題もありますが,少しでも表示されるほうが良いです.直接的な部分がわからなくても前後の内容によりある程度話の流れが把握できる場合もあります.  パソコン通訳との併用によって,音声入力で誤認識した部分を手入力によって修正するなどの方法も考えられます. 【16】その他の可能性  その他の可能性として,  参加者全員がチャットで行われるといいかもしれません.文字だらけになって混乱してしまう恐れもありますが,ルールを作って行うなど考えられます.  発言者本人が手話を使う.ちょっと意地悪な話ですが,直接聴覚障害者本人に伝える良い方法のひとつです.  遠隔手話通訳の活用.筑波技術大学などで研究されている遠隔通訳を利用する方法もあります.設備などのコストの問題がありますが,通訳不足などをカバーできる意味で将来に期待したい方法です.  口頭部分は意図的に聴覚障害者に向けてゆっくり話すことも考えられます.こうすることで聴覚障害者もなんらかのサインだと感じると思います.  このように,いろいろできることは考えられます.  些細なところが,意外に役立つことがあります.完全な情報保障は難しいですが,皆さんと一緒にできることからはじめられると嬉しいです. 【17】まとめ  最後にまとめますと,  聴覚障害者への情報保障としては,通訳の配置は大前提であるということです.しかしながら諸事情で配置できない場合もあります.聴覚障害者もその事実は受け入れます.  ただ,そのままにせずに,主催者,発言者は視覚情報を出来るだけ増やすこと.ポイントとしては視覚情報は多いほど良いということ.非視覚情報はなんらかの形で視覚情報へ変換すること.事前に情報を提供することです.  以上で終わります.  ありがとうございました. 【18】(参考) 聴覚障害者が発言者となる場合  聴覚障害者が発言者となる場合は,障害の度合いによっていくつかのパターンがあります.自らの声で発表する人もいます.自ら文章を打ち込んで読み上げソフトを利用する人もいます.自らタイピングして文字表示して見てもらう人もいます.  手話を使う.この場合は手話通訳が必要となりますが・・・  前者3つの人は,質疑応答では配慮が必要となります.例えば筆談,チャットなどが考えられます.