【1】協調によるユビキタスなユニバーサルデザインの実現 (静岡大学 秡川 友宏)  「協調によるユビキタスなユニバーサルデザインの実現」という題で、静岡大学の秡川 (はらいかわ) から話題提供。 【2】2015 年の情報機器・スマート家電はユニバーサルデザインになっているか  ゲストスピーカの関根さんに対抗するわけではないのですが、私自身が情報家電の研究に関係していることから、2015年の情報機器やスマート家電を占ってみたいと思う。  自販機が商品を読み上げるようになっていたり、オーブンレンジに点字ディスプレイがついて盲聾者でもさまざまな調理メニューを使いこなせるようになっていたりするのが理想。だが、現実的には、コスト競争の激しい電子機器や家電に音声合成機能や点字ディスプレイがもれなくつくなんてことはまずない。そんな機能は必要ないから。 【3】「必要ない」 は健常者の勝手な論理!  視覚に障碍のあるサイクリストと音声機器を設計したことがある。私は、妻の次にサイクリングが大好き。最近、視覚障碍者がタンデム自転車という2人乗り自転車でサイクリングを楽しむのが流行っている (私も妻と、もう数百キロは走ったと思う) 。そのときに、前の乗り手に気兼ねせずに車速や走行距離がいつでもわかるような装置を作った。そのサイクリストが「世の中の機械はユニバーサルデザインで設計されるべきだ。市販品にはじめから音声がついていればそもそも困らないのに」と言ったので、健常者の「必要ない」という勝手な論理に、障碍のある人は つくづく悩まされているのだな、と思った。 【4】本当に,「健常者の」勝手な論理?  ただ、これが本当に「健常者の」勝手な論理かどうか、検証してみたくなった。市販品はUD設計でなければならない、というのが彼の主張なのであるが、音声万歩計で、  ・盲聾の方でも使えるように点字ディスプレイつきで  ・たとえば重さと大きさは最低3倍,電池寿命はよくて半分 って製品があったらほしい? と聞いてみた。「うわー、そんなのいらないなぁ」という返事が返ってきたので、お互いに顔を見合わせた。健常者に限った論理じゃないのだ。  まさに同じ理由で、サイクルメータには音声がついていない。「いらない」から。スピーカをつけると、コストアップのみならず、雨や悪天候に対する耐久性など厄介な問題も浮上してくる。 【5】UD機器普及のための課題  UD機器普及のための課題として、万能製品は重厚長大であることがあげられる。いったいどこまで配慮すれば UD 機器といえるのか。結局全部入りになってしまうのであれば、メーカに義務づけることもむつかしいし、そんな機器が普及するわけがない。障碍のある人もない人も、自分に必要十分な機能とインタフェースだけを備えた、なるたけ軽薄短小なものがほしいのだ。  メーカとしては、マス生産・マス販売が見込める仕様の機器を、競争力のある価格帯で作らなければ競合他社に出し抜かれる。そんな中でも、視覚障碍者のための音声合成機能だけでなく、高齢者のための大きな液晶を備え、需要をシェアすることでマスを確保した「らくらくホン」などの成功例もある。  音声などのかさばらない機能はいいが、一般的には、UD 機器はユーザにとっても重厚長大であるし、メーカにとっても高コストだ。社会の中にユビキタスに普及させることができるとは考えられない。 【6】協調でUDを実現しよう! (今日のお題)  今日のお題は、協調でUDを実現しようというもの。話題は3つ。  1つめは、情報システム同士の協調。自分専用のインタフェース (たとえば点字) を持ち歩いて、世の中の機器と協調させようというもの。  2つめは、人と人との協調。障碍のある人にも歩み寄ってもらって敷居を下げることで、 (専門家でない) 我々は素人パワーを結集して,70 点のアクセシビリティーを広く担当しようというもの。  3つ目は、人と情報システムとの協調。人と人との協調を支援する情報システムを作ろうというもの。 【7】1. 情報システム同士の協調  全部入りにするとあらゆる機械が重厚長大になるという問題は、インタフェースを切り離すことで解決できる。自分専用の端末を持ち歩き、その場で他の機器と協調させるやり方。  これは、これまでの、機器とリモコンが1対1の世界から、人とリモコンが1対1の世界への転換。インタフェースを占有することで、好みや身体機能に合うインタフェースが活用できる。操作履歴からユーザの生活習慣を活用できる。また、ユーザが身につけていることで、室温などユーザの周辺状況を活用できるといった利点がある。 【8】URC (Universal Remote Console)  インタフェースに関しては先行規格がある。情報技術標準国際委員会によるANSI規格がそれ。ユニバーサルリモートコンソールと呼ばれる。389-2005から393-2005まであり、389がユニバーサルリモートコンソール,390がUI ソケット,391がプレゼンテーションテンプレート,392がターゲット記述,393がリソース記述。 【9】機器とインタフェースだけでなくて…  機器とインタフェースだけでなく、機器同士も協調してほしい。たとえば、話速変換器をつけると、テレビ,ラジオ,電話など音声関連のすべての機器に「ゆっくり」しゃべる機能がついてもいい。(デモビデオを再生)  このときには、合成機能をあるだけボタンにするのではなく、既設機器の機能が拡張されたかのように見せることが大事。たとえば、2台目のビデオが設置されると、「ビデオ2からのダビング」「ビデオ2へのダビング」という機能がビデオ1の拡張機能として現れる。このビューによって、たとえば規則音声合成装置を1つ設置すれば、すべての家電に音声応答機能がつくことになる。  このように、情報システム同士の連携は、ユニバーサルデザインの実現に大きな変革をもたらすことになる。 【10】情報のユニバーサルデザイン  ユニバーサルデザインでは、Mace らの 7 原則がよく知られている。しかし、建築や、物が対象の場合には万能ではない。たとえば、視覚に障碍のある方は有人改札に点字ブロックが欲しいといい、車椅子の方はまたぎにくいという。  情報のユニバーサルデザインというのは、フレキシビリティーが特長。文字のサイズを変えたり,異なるインタフェースを接続したりということは朝飯前。  情報機器を協調させることで、機器の後出し,データの後付け,情報の加工などは自由自在。うまく協調させることで、全部入りではなく、誰にとっても「必要十分な」インタフェースが実現でき、アクセシビリティーの向上につなげることができる。全部入り製品を義務化するかわりに、フレキシブルに協調できる共通仕様を実装することを義務付けるのが近道であると考えられる。 【11】2. 人と人との協調 (学部棟エレベータ視覚バリアフリー化)  2つ目の話題は、人と人との協調。いつもながら、静大情報学部で行なった学部棟エレベータの視覚バリアフリー化の例。  さしあたり重要なのは a) 目的階の指示と b) 到着階の知覚を保証すること。  ボタンに点字テープ (もしくは点字使用者以外も対象にできる浮き出し文字) を貼って終わりのように思えるが、b) こそ重要。途中階で止まるかもしれず、たとえ目的階が押せても着いたかどうかわからない。  一般には b) は合成音声でなされている。新設エレベータはそれでよいが、既設分をどうする? というのが問題。エレベータの改造が許されず、音声合成で知らせようにも現在階の信号が取り出せない。  手頃な情報保障で出てくるのは、いつもの静大自慢。情報学部は、工学系の情報科学科と、文科系の情報社会学科がともに研究する体制。本当にいい学部だと思う。  エレベータの視覚情報保障では、どう対応するか文工融合のゼミ討論をした。 【12】いかに到着階を知らせるか? (静大情報学部,文工融合の底力)  教員はさすがに優秀。到着階をなんとか検出できれば音声合成は可能なので、階数ランプに光センサをつける方法,デジタルの数値表示をビデオカメラで撮像し認識する方法など、さまざまなアイディアが無尽蔵に出る。しかし、エレベータ内で半永久的に電源を取る方法がない。みんなで頭をかかえる。  そのとき、情報科学科の学生さんが、「じゃあ、中に装置をつけるのはやめましょう」と言い出し、みんなで首をかしげる。しかし、そのアイディアは、廊下に「3階です,3階です,…」としゃべり続ける装置を設置してはどうかというとんでもなくすばらしいもの。たしかに、ドアが開いたら中に音声が届く。それに反射センサをとりつけて、ドアが開いているときだけしゃべる装置にしてはどうかというふうにまとまりかける。  すると、情報社会学科の学生さんが、「音声じゃなくちゃダメなんですか?」と言い出す。もし音声でなくてもいいなら、もっと広く実現できる妙案があるという。 【13】60点の落としどころ (ローテクは世界を救う :-)  そのアイディアは、エレベータの2重扉構造を利用し、外扉に階数表示の点字テープを貼るというもの。たしかに、外扉は階ごとに入れ替わる。  すると、情報科学科の学生さんが、安全のためエレベータ内部に矢印テープを貼付することを提案。このテープは、階数表示テープの現れる高さを予告して階数確認を容易にし、また、扉に衝突検出用の安全バーがあることを示す。矢印テープを見つけた視覚障害者は、安全バーを押さえつつ安心して階数確認ができる扉であることを知る。安全バーのない側の扉には階数表示テープも矢印テープも貼ってはならない。  合成音声と比べると非常にローテクだが、広く実施できる。貼付位置がまちまちでは価値半減なので、対象者の聞き取り調査を行い、階数表示テープは下から 80cm の位置に統一することに。 【14】ユニバーサルデザインのデザイン  静大方式の特徴は、エレベータに点字テープを貼るだけで済むこと。必ずしも音声でなくともよいという歩み寄りが得られるなら、我々には簡易法であるかわりに規格化して広く実施するという歩み寄りが。  60点の解かもしれないが、エレベータの回路知識は不要。誰にでも広く実施可能で、どこに出かけてもエレベータで困らない社会に手が届くかもしれない。  いちど覚えたら次からはひとりで乗れるということは重要だが、できればはじめからピヨピヨ音でエレベータ付近まで案内できるようにしたい。その点では、廊下に音声装置をつけるという80点の案も捨てがたい。ただし、その改造ができるのは、電子回路に詳しい者に限られる。さらに、満点の音声 EV は、EV の専門家にしか作れない。量と質は究極的にはトレードオフの関係にある。  我々素人は満点のサポートはできないが、お互いの歩み寄りがあれば 70 点部分を広く実施できる。高級鮨店のほかに回転寿司がたくさんできてはじめて、ユビキタスなユニバーサルデザインが実現できる。それは、障碍のある人と健常者との協調にほかならない。 【15】自販機の音声化  70点のUDというのは、広く実施するための一種の割り切り。我々だって、高級なお鮨をちょっと食べるかわりに、同じ値段で回転寿司をたらふく食べたいときがある。  たとえば、理想的な音声自販機は、入れ換えた商品のバーコードをスキャンすると、それが無線モジュールでサーバに送られ、商品データが帰ってくる方式。コインを入れる前にボタンを押すと合成音声で商品を知らせる。90点となっているのは、自販機がどこにあるか自体を知らせることができないから。これは誘導システムの問題とも考えられるし、また、いちど位置を覚えたら次からはひとりでできるということも障碍のある人のQOLにとっては重要であるので、90点とする。  手頃な音声自販機は、70点。商品を入れ換えて自販機のカギを閉めると、入れ換えた商品のボタンが点滅する。それがボイスレコーダの録音ボタンになっていて、補充係が商品名を吹き込める仕掛け。男の声での読み上げになるかもしれないが、そのかわりたくさんの場所に設置できる。音声対応の自販機の普及を待つあいだに、ユビキタスな UD を実現できる。 【16】家電の音声化  家電の音声化も同じ。音声でしゃべる家電が満点だが、音声再生のためのある程度の容量のROMとスピーカ,さらに防水のためのコストも必要。これは、音声ケータイのリモコンがあれば解決できるのでは。ウェブブラウザでまずお洗濯のコース,つぎに洗濯物の量,… とリンクをたどりながら階層的にお洗濯のメニューを選び確定すると、「がんこ汚れコース,3kg,洗濯・すすぎ」などが一気に赤外線で伝送されればいい (エアコンの赤外線フォーマットに似ている) 。  洗濯機,エアコン,オーブンレンジ,録画予約など、多くの家電はこのやりかたで音声でモード設定ができる。ウェブブラウザで通話料がかかるなら、HTMLのセットを手元にダウンロードできるようにすればいい。大がかりな仕掛けを使わなくても、いままでついてるリモコンの受光部を使い、ファームウェアのプログラムを直せば片がつく家電もたくさんある。  URCのようなものが日本で普及するまでどのくらいかかるかわからないが、それを待つだけでなく、かんたんにできる60点の解法を推進するのも、情報屋としてできるUD活動の一種ではないか? エレベータのシールと同じ理屈だ。 【17】講義・講演などの情報保障の分野でも割り切りでいろいろ実践してみた  情報保障の分野でも、割り切りでいろいろ実現してみた。プレゼン画面の手元配信はそのひとつ。弱視の方は、これまでスクリーンの内容は読むことはできなかった。PCを持ち込んでもらい、そこにリモートディスプレイ画面をワイヤレスで飛ばした。色弱であれば色マッピングを変えられるし、強度の弱視であれば画面拡大ソフトと組み合わせてもらってもいい。自分のPCを持ち込んでいただく、という歩み寄りをいただいた格好。  また、講演のリアルタイム字幕を、素人芸で70件ほど実施した。プレゼンテーションソフトのノート機能を利用して、講演者があらかじめ要約筆記者に内容を伝えておく「前ロール」という手法を使った。即興的な発言のサポートが限定されていいという歩み寄りをいただいた格好。  情報保障の場合、手話通訳者や要約筆記者などの担い手が限られていては、受けられる範囲はおのずから限定される。実際、情報保障のある研究会自体が非常に少なく、いわば高級鮨店しかなかった格好。我々は職人芸は無理だが、素人芸で回転寿司を提供した格好。担い手と受け手の協調による落としどころの発見と改善が奏功した。 【18】3. 人々と情報システムとの協調 (プレゼンノートによる字幕提示の事例)  最後の話題である、人々と情報システムの協調は、ユニバーサル社会を担う人々をいかにサポートするかという話題。この字幕提示をとりあげたい。  講義・講演等での聴覚障害者向けの情報保障として、字幕提示を検討。  通訳者等なしで福祉関係の講演を行った経験が発端。スライドの下部にセリフをすべて字幕として付与して保障。1 枚のスライドに関するセリフは一言ではなく、20 分の講演で、94 枚のスライド (実質的には 23 枚) 。  そこで、プレゼンテーションノートを活用するノート抜き書きソフトウェアを、同僚と着想し実現。講演メモをノート領域に書いておくと、PC間の連携でスライドショーに同期して副プロジェクタから投影する仕掛け。  当初は、授業のように、1人で講演も情報保障も行う形態であったから、スライドをめくると、次のスライドの字幕が一気に副スクリーンに表示される仕掛けとした。 【19】さまざまなスキルの運営者と聴講者 (人々) の協調を補助する情報システム  これを学会に持ち込んだ。講義形式の場合は自分以外に人がいないのであるから、即興的発言を補う方法がない。とりあえず講演本編だけどさっと字幕が出ればいいや、程度。しかし、字幕が一気に出るので、いまどこを話しているのかわからないという声があった。  研究会には、座長補佐とよばれる司会の補助者がいる。この人をあてにすれば、もっとわかりやすい字幕が提示できる。  座長補佐は、学生アルバイトであったり、ときには事務職員さんであったりする。スキルはさまざま。そういった環境の中で、さまざまなスキルの人々の仲立ちができるようにツールが改良されて行った。  キーをポツポツ押してもらえるなら、単純に1文ずつ送り出して、スクロール表示させることができる。簡単なキー操作ができるなら、発言順を入れ替えたり、飛ばした発言をスキップしたりもできる。さらに、タイプの能力があれば、即興発言を補うこともできる。まったくPCに疎い場合は、レーザポインタで発言箇所をなぞってもらうこともした。40点から70点まで解はいろいろあるが、敷居の低いところから周囲を巻き込み、慣れてステップアップしていただく作戦。 【20】「人々の協調をサポートするシステム」の協調  先ほどの機器連携のデモも、独自形式で作ってしまったことが失敗なので、字幕ツールもIPtalk標準に乗っかろうという作戦。これは情報システム同士の協調。ノートの抜き書き機能は持っているので、それをIPtalkに送れれば、ノートを書いてきてくれた著者に関しては、IPtalkに熟練した要約筆記者の負担も軽くなる。また、いま計画中の、スライド本体の文字列オブジェクトを直接つまんで差し込める機能を使えば、ノートのない発表でも、要約筆記は楽になるはずであると考える。  システムとシステム,システムと人,人と人のさまざまな協調をサポートするために情報技術を活用し、ユビキタスなユニバーサルデザイン環境をつくりあげていきたい。